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2018/8/14/ (火) 09:42時点における最新版
ホタル(蛍、螢)は、コウチュウ目(鞘翅目)・ホタル科 Lampyridae に分類される昆虫の総称。発光することで知られる昆虫である。
Contents
概要
おもに熱帯から温帯の多雨地域に分布し、世界にはおよそ2,000種が生息しているとされる。幼虫時代を水中ですごす水生ホタルと陸上の湿地ですごす陸生ホタルがいる[1][2]。
日本で「ホタル」といえば、本州以南の日本各地に分布し、5月から6月にかけて孵化するゲンジボタル Luciola cruciata を指すことが多い。日本ではゲンジボタルが親しまれていて、これが全てのホタルの代表であるかのように考えられるが、実際には遥かに多様な種がある。国内には約40種が知られるが、熱帯を主な分布域とするだけに、本土より南西諸島により多くの種がある。
さらに南に下った台湾では約58種が生息しており、初夏にホタルを鑑賞する観光行事も行われている。
ゲンジボタルの成虫が初夏に発生するため、日本ではホタルは夏の風物詩ととらえられているが、必ずしも夏だけに出現するものではない。たとえば朝鮮半島、中国、対馬に分布するアキマドボタル Pyrocoelia rufa は和名通りに秋に成虫が発生する。西表島で発見されたイリオモテボタル Rhagophthalmus ohbai は真冬に発光する。
形態
成虫の体長は数mm-30mmほどで、甲虫としては小型-中型である。体型は前後に細長く、腹背に平たい。特に前胸は平らで、頭部を被うことが多い。よくある色合いは全体に黒っぽく、前胸だけが赤いというものである。その体は甲虫としては柔らかい。オスとメスを比べるとメスのほうが大きい。メスは翅が退化して飛べない種類があり、さらには幼虫のままのような外見をした種類もいる。成虫期間は約1-2週間。
幼虫はやや扁平で細長い。頭部は胸部に引っ込めることができる。胸部に短い三対の歩脚があり、腹部の後端に吸盤があって、シャクトリムシのように移動する。
食性
多くの種類の幼虫は湿潤な森林の林床で生活し、種類によってマイマイやキセルガイなどの陸生巻貝類やミミズ、ヤスデなどといった土壌動物の捕食者として分化している。日本にすむゲンジボタル、ヘイケボタル、クメジマボタルの3種の幼虫は淡水中にすんでモノアラガイやカワニナ、タニシやミヤイリガイなどの淡水生巻貝類を捕食するが、これはホタル全体で見るとむしろ少数派である。(実際、ファーブル昆虫記に登場するホタルは陸棲で、カタツムリを補食する。)また、スジグロボタルの幼虫は普段は陸上で生活するが、摂食時のみ林内の小さな湧き水や細流の水中に潜り、カワニナを捕食していることが知られている。ゲンジボタルやヘイケボタルなど水生の種では、幼虫・成虫ともに水草やスイカのような香りがある。
多くの種類の成虫は、口器が退化しているため、口器はかろうじて水分を摂取するぐらいしか機能を有していない。このため、ほぼ1-2週間の間に、幼虫時代に蓄えた栄養素のみで繁殖活動を行うことになる。海外の種の中には成虫となっても他の昆虫などを捕食する種類がいる。
発光
ホタルが発光する能力を獲得したのは「敵をおどかすため」という説や「食べるとまずいことを警告する警戒色である」という説がある。事実ホタル科の昆虫は毒をもっており、よく似た姿や配色(ベーツ擬態、ミューラー擬態)をした昆虫も存在する。ただし、それらは体色が蛍に似るものであり、発光するわけではない。
卵や幼虫の時代にはほとんどの種類が発光する。成虫が発光する種は夜行性の種が大半を占め、昼行性の種の成虫では強く発光する種も存在するが、多くの種はまず発光しない。夜行性の種類ではおもに配偶行動の交信に発光を用いており、光を放つリズムやその際の飛び方などに種ごとの特徴がある。このため、「交尾のために発光能力を獲得した」と言う説も有力である。一般的には雄の方が運動性に優れ、飛び回りながら雌を探し、雌はあまり動かない。成虫が発光する場合は蛹も発光するので、このような種は生活史の全段階で発光することになる。昼行性の種では、光に代わって、あるいは光と併用して、性フェロモンをコミュニケーションの媒体としていると考えられる[2]。
変わった例では以下のような種類もいる。
- 一方の性のみ発光する。
- 他種の雌をまねて発光し、その雄をおびき寄せて捕食してしまう。
- 雄が一か所に集まり一斉に同調して光る。東南アジアのマングローブ地帯で、一本の木に集まって発光するものが有名。ゲンジボタルも限定的ではあるが集団がシンクロ発光するのが見られる[3]。
発光のメカニズム
発光するホタルの成虫は、腹部の後方の一定の体節に発光器を持つ。幼虫は、腹部末端付近の体節に発光器を持つものが多いが、より多くの体節に持っている場合もある。
ホタルの発光物質はルシフェリンと呼ばれ、ルシフェラーゼという酵素とATPがはたらくことで発光する。発光は表皮近くの発光層でおこなわれ、発光層の下には光を反射する反射層もある。ホタルに限らず、生物の発光は電気による光源と比較すると効率が非常に高く、熱をほとんど出さない。このため「冷光」とよばれる。
おもな種類
日本には40種類以上のホタルがいるといわれる。代表的な種類には以下のようなものがいる。
- ゲンジボタル Luciola cruciata Motschulsky, 1854
- 体長15mm前後で、日本産ホタル類では大型種。成虫の前胸部中央には十字架形の黒い模様がある。幼虫は川の中流域にすみ、カワニナを捕食する。初夏の風物詩として人気が高く、保全への試みが日本各地で行われているが、遺伝的に異なる特性を持った他地域のホタルの増殖・放流による遺伝子汚染が問題になってもいる。
- ヘイケボタル Luciola lateralis Motschulsky, 1860
- 体長8mm前後で、ゲンジボタルより小さい。おもに細流や水田などの止水域で発生する。幼虫はカワニナだけでなくモノアラガイやタニシなど様々な淡水生巻貝類を幅広く捕食し、やや富栄養化した環境にも適応する。また時には干上がる水田のような環境でも、鰓呼吸だけではなく空気呼吸を併用し、泥に潜って生き延びる。成虫の出現期間は長く、5月から9月頃まで発光が見られる。
- ヒメボタル Luciola parvula Kiesenwetter, 1874
- 体長は7mm前後で、ヘイケボタルより更に小型の陸棲のホタルである。西日本の林地や草地に分布する。幼虫は林床にすみ、マイマイやキセルガイなどを捕食する。5-6月に羽化し、かなり強く発光するが、川辺などの開けた場所ではなく森林内などの人目につきにくい場所で光るのであまり知られていない。名古屋城の堀の中に広がる草地には、都市部では珍しい大規模な生息地があることが知られている。メスは飛行できないため分布地の移動性は小さく個々の個体群は隔離されがちで、地域により体長など遺伝的特性の差が著しい。
- マドボタル Pyrocoelia
- マドボタル属 Pyrocoelia の総称で、多くの種類がある。和名はオスの胸部に窓のような2つの透明部があることに由来する。メスは翅が退化していて、蛹がそのまま歩き出したような外見をしている。幼虫は陸生で、主に小型のカタツムリ類を捕食し、他の陸生のホタル幼虫に比べて夜には活発に光りながら草や低木にもよじ登るので、よく目立つ。成虫はよく光るものも痕跡的な発光しかしないものもある。本州東部には中型種のクロマドボタル、本州西部と四国、九州には中型種のオオマドボタル、対馬には大型種のアキマドボタルが生息し、南西諸島では何種もの大型種が島ごとに種分化している。
- オバボタル Lucidina biplagiata Motschulsky, 1866
- 体長10mm前後。体は黒色で平たく、前胸に2つの赤い斑点があり、尾部も赤い。他のホタルと同じような体色だが、昼行性でほとんど発光しない。幼虫は森林の土壌中で、小型のミミズを捕食している。
なお、ベニボタルは和名に「ホタル」とあるがホタル科ではなく、同じホタル上科のベニボタル科(Lycidae)の昆虫である。
ホタルの保護と復活
多摩動物公園昆虫館でホタル飼育技術を確立した矢島稔は、昭和40年代以来、皇居ほか各地のホタル復活に手を貸してきた[4]。現在では自然保護の気運も高まり、自然回復や河川の浄化を含めて、自治体などの取り組みとしてゲンジボタルの保護や放流が行われるようになっている。
しかし、ホタル復活を謳いながら実はビオトープが「造園業者が手掛ける箱庭」「人寄せパンダ」に過ぎなかったり、ホタルの養殖販売業者からホタルの幼虫や成虫を購入して放すだけだったりする場合も少なくない[5]。ホタルをめぐってのトラブルも各地で発生しており、解決すべき課題も多い。
- ホタルを放流したはいいが、川辺の護岸や植生により定着できない
- ホタル狩りの観光客がライトを点灯させ、ホタルの活動が妨げられた
- ホタル狩りの観光客が道を塞ぎ、地域住民の交通に支障を来たした[1]
- 川を汚さないようにと、子供たちの川遊びまでも禁止された
- ホタルとコイを同じ水域に放流した
なお、他地域のゲンジボタル、または幼虫の餌となるカワニナを放流することは遺伝子汚染を引き起こすため、行うべきではない。
文化
夜に発光しながら活動するホタル類、特にゲンジボタルは古来から日本で人気のある昆虫の一つで、ホタルを題材とした文化も数多い。ホタル発光研究の草分けとして知られる神田左京は「ホタル」の名が日本書紀(彼地多有蛍火之光神)や万葉集(螢成)にすでに見られると指摘する[6]。
ゲンジボタルを中心とする日本に於けるホタル鑑賞のことを特に「ホタル狩り」という。ホテルなどでの催しとしてホタルを放つ例もある。 また、ゲンジボタル以外が完全に無視されていたわけではなく、陸生のマドボタルなどの幼虫は土蛍(つちぼたる)と呼ばれ、これに言及したものも見掛けられる。なお、ヒカリキノコバエの幼虫がこの名で呼ばれることがある。
蛍狩りの唄として「ホーホー蛍来いこっちの水甘いぞ」云々が知られる。横須賀市自然・人文博物館によると、「甘い水」とは農薬や洗剤に汚染されていない水で、ことさら砂糖水のような甘味のついた水分に好んで集まるわけではない。
慣用句
- 蛍二十日に蝉三日 : 旬の時期が短いことの喩え。
- 蛍雪、蛍雪の功、蛍の光 窓の雪、車胤聚蛍(しゃいんしゅうけい) : 東晋の車胤並びに孫康の故事から「夏はホタルの光で、冬は雪明りで勉強する」という意味で、苦学することの喩え。
- 蛍火 : 蛍の光、淡い光から転じて、小さく消え残った火の喩え。
- 「腐草」(くちくさ)。ホタルの異名。かつてホタルは朽ちた草からできたものという俗説に基づく言葉である。
俳句・短歌
- ゆく蛍 雲の上までいぬべくは 秋風吹くと雁に告げこせ(伊勢物語45段、後撰集252、在原業平)
- 夕されば 蛍よりけに燃ゆれども 光見ねばや人のつれなき(古今集562、紀友則)
- こゑはせで身をのみこがす蛍こそ いふよりまさる思なるらめ(源氏物語第二十五帖 蛍の巻)
- 音もせで思ひに燃ゆる蛍こそ 鳴く虫よりもあはれなりけれ(後拾遺集216、源重之)
- 物思へば 沢の蛍もわが身より あくがれいづる魂かとぞ見る(後拾遺集1164、和泉式部)
- 奥山にたぎりて落つる瀧の瀬の 玉ちるばかりものな思ひそ(後拾遺集1165、貴船の明神)
- 我が恋は 水に燃えたつ蛍々 物言はで笑止の蛍 (閑吟集)
- 己が火を木々に蛍や花の宿(芭蕉)
- 手習ひの顔にくれ行くほたるかな(蕪村)
- 大蛍 ゆらりゆらりと 通りけり(一茶)
- 人寝ねて蛍飛ぶなり蚊帳の中(子規)
小説・映画
- 螢川 - 宮本輝のベストセラー小説、芥川賞受賞作。
- 火垂るの墓 - 野坂昭如の小説。および同名のアニメ映画。
- ほたるの星 - 2004年の日本映画。宗田理原作。ホタルの放流をテーマにした、実話を元にした作品。
楽曲
- 蛍の光(唱歌の定番の一つ)
- 蛍こい(童歌)
- じんじん(沖縄民謡の童謡)
- 蛍(作詞:井上赳 作曲:下総皖一 文部省唱歌)
- 北の蛍(森進一 作詞:阿久悠 作曲:三木たかし 編曲:川口真)
- 蛍(松原のぶえ 作詞:たかたかし 作曲:弦哲也 編曲:前田俊明)
- 蛍(陰陽座 作詞:黒猫 作曲:瞬火)
- 蛍虫(誠直也 特捜最前線の挿入歌として使われた形跡あり)
- 螢火(day after tomorrow 作詞:五十嵐充 作曲:鈴木大輔 編曲:五十嵐充、day after tomorrow)
- 蛍(TUBE)
- 蛍(鬼束ちひろ)
- 蛍(福山雅治)
- 螢火蟲(伊能静)
- 蛍(レミオロメン)
- 蛍(藤田麻衣子)
- 蛍(サザンオールスターズ)
「蛍」の付く言葉
- 蛍烏賊:(体の各部に発光器を備え、光を発することから)
- 蛍族:(ベランダでの喫煙の姿が、まるで蛍の火のように見えることから)
- 蛍火:(蛍が発する光のことを指す季語)
- 蛍袋:(鐘形花のそのさまが、提灯(火垂る=蛍)に似ていることから)
- 蛍石:(蛍光を持つことが発見された最初の鉱物)
- 蛍光・蛍光灯:(蛍の光が熱を出さないということから)
「ホタル」の名の付く生物
ホタルは発光する生物の典型と見なされ、生物発光を行なう生物にはホタルイカ、ウミホタルなど往々にしてホタルの名がつけられる。また、蛍狩り等との関連で名がついたものにホタルブクロなどがある。また、ホタルはベイツ型擬態のモデルともなっており、そのために似た体色の別群の昆虫がある。ホタルガ、ホタルカミキリなどはこれに近い。
「蛍」の付く地名
- 青森県青森市大字浅虫字蛍谷
- 青森県青森市大字駒込字蛍沢
- 青森県つがる市木造柴田蛍沢
- 青森県平川市切明蛍沢
- 青森県北津軽郡中泊町宮野沢蛍澤
- 福島県相馬郡新地町福田螢田
- 新潟県上越市吉川区尾神螢場
- 富山県富山市婦中町蛍川
- 愛知県大府市長草町螢ケ脇
- 滋賀県大津市蛍谷
- 京都府亀岡市千歳町毘沙門蛍川
- 大阪府豊中市蛍池北町
- 大阪府豊中市蛍池中町
- 大阪府豊中市蛍池西町
- 大阪府豊中市蛍池東町
- 大阪府豊中市蛍池南町
- 高知県南国市蛍が丘
- 福岡県久留米市蛍川町
- 福岡県田川市夏吉蛍ケ丘
- 熊本県天草市新和町碇石螢目
- 台湾台北市蛍橋
ホタルの名所
- 日本
- 台湾
- マレーシア
脚注
参考文献
- 東京ゲンジボタル研究所 『ホタル百科』 丸善出版、2004年5月。ISBN 4-621-07435-0。
- 大場信義 『ホタルの木』 どうぶつ社、2003年5月。ISBN 4-88622-321-4。
- 大場信義 『だれでもできるホタル復活大作戦ーぼくらの町にホタルがもどってきた』 合同出版、2004年8月。ISBN 4-7726-0316-6。
- 神田左京 『(復刻)ホタル』 サイエンティスト社、1981年4月(原著1935-12-25)。
- 東京ゲンジボタル研究所・古河義仁 『ホタル学 里山が育むいのち』 丸善出版、2011年5月。ISBN 978-4-621-08389-5。
- 矢島稔 『昆虫誌●光とはばたきの信号』 東京書籍〈東書選書62〉、1981年5月。
- 矢島稔 『謎とき昆虫ノート』 日本放送出版協会〈NHKライブラリー〉、2003年6月。ISBN 4-14-084163-X。