スピルオーバー
スピルオーバー(spill-over=余剰・余波)とはテレビやラジオにおいて、行政が放送免許で設定した放送対象地域外まで放送局が放送電波を必要以上に送出してしまうことを指す。電波漏れともいう[1]。
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概説
スピルオーバーが発生するのは、放送局が放送エリア内へ満遍なく送信させる目的で、高出力の送信施設や標高の高いところに送信所を設置した結果、やむを得ず圏外に電波が飛ぶ場合が生じるためである。
国際的に電波の越境が注目を浴びるようになったのは衛星放送などが一般化した1980年代に入ってからである[1]。衛星放送ではその性質上、本来のサービスエリアの周辺国に衛星からの電波が届いてしまうことによって政治的・文化的影響を与えることがある。スピルオーバーは特に1980年代以降の旧社会主義国や発展途上国の民主化の流れに影響を与えたといわれている[1]。
また衛星放送に限らずスピルオーバーの範囲やケーブルテレビ等による区域外送信をめぐっては地元局の視聴や収入への影響(他局からの直接視聴による番組購入の価値の低下)という論点がある一方、その制限をめぐって従来視聴できていた受信者の利益の保護といった論点もあり紛争の調整が必要な場合がある[2]。
欧州におけるスピルオーバー
もともと国境の入り組む欧州諸国では隣国のテレビの放送波が周辺国に越境することも珍しくはなかった[1]。1980年代になると地上波では多チャンネル化が進み、衛星放送サービスも地上放送と連動する形で制度設計された[1]。
1980年代末には東欧諸国で社会主義体制が次々と崩壊したが、その一因として西欧諸国の放送が東欧諸国の住民にも視聴されるようになり政治システムの民主化を促す契機となった[1]。
日本におけるスピルオーバー
衛星放送ではその性質上、本来のサービスエリアの周辺国に衛星からの電波が届いてしまうことによる政治的・文化的影響を考慮する必要があり、例えば日本の放送衛星では極力スピルオーバーを防ぐような設計がなされている。しかしそれでも韓国や台湾など日本の周辺諸国に日本の放送衛星の電波が届いてしまうことを完全に防ぐことはできず、実際に海外で日本の衛星放送を受信しているホテルや個人は多い。特に、韓国からは一時「日本の文化侵略」だとして強い拒否反応が示された[3](現在は沈静化している)。
BSデジタル・東経110度CS放送の多くの放送局ではB-CASカードが無いと視聴できないため(ただし、B-CASカード利用規約では、国外への持ち出しを禁止している)、B-CASカードおよびデジタル放送対応受信機器を海外へ持ち込まない限り海外でのBSデジタル・東経110度CS放送の放送局の多くは視聴出来ない。しかし、BSアナログ放送が停波した2011年7月24日以降も、近隣諸国において日本のBSデジタル放送を受信しているホテルや個人は引き続き存在しており、韓国では自国のテレビニュースではなくNHKのBSで放送されている英語ニュースを見ている視聴者もいる[4]。
AMラジオ
テレビ局では原則として、後述のようなケースを除き、別の都道府県で系列局を受信することはあまりないが、AMラジオでは特定の周波数にチューニングすることで、昼間でも放送対象区域外の放送局を聞くことができる地域がある。
これは、送信所の設置に波長の関係から鉄塔自体が高くなり、その高い鉄塔を支えるためのワイヤー設置等で広大な土地を必要とする関係から、都市部ではFMラジオ・テレビのように多くの送信所・中継局を設置することができず、数少ない送信所・中継局を高出力にすることでカバーしているため、スピルオーバーが起きやすくなっている。一方で、高出力であるためにスピルオーバーが多い反面、放送対象地域内の全世帯を放送区域に収めているラジオ局は、ほとんど無いのが実情である。大電力送信所を複数持つNHKでも、小笠原諸島はカバー出来ていない(2014年現在、補完FM局を父島と母島に設置して対処している)。
主に夜間、日本国内で良好に聞ける中波外国ラジオ局
- ロシアのラジオ局
- 韓国のラジオ局
- 北朝鮮のラジオ局
- 中国のラジオ局
- 台湾のラジオ局
FMラジオ
FMラジオのスピルオーバーの実情は、テレビとほぼ同じである。また周波数が低いため、テレビ波と同一条件の場合、テレビ波よりも広いエリアをカバーする。
NHK大阪FMは、1969年の開局から生駒山に送信所を設けていたが、FM放送を府県域化するにあたり、大阪府外へのスピルオーバー抑制のため、飯盛山に送信所を移してエリアを縮小したのは著名な話である[5]。
また、東京タワーのFM放送(J-WAVE/NHK東京FM/VICS)が、東京スカイツリーに移転するにあたって高所設置に伴うスピルオーバーを防ぐため、7kWに減力された。ただ、ERPは上がっているので、実質的な聴取可能エリアは拡大している。
一方、スピルオーバーによる事実上の営業エリア拡大に積極的な局も存在する。例えば広島FMのように、開局当初より「(サービスエリア内人口)520万人。実りの多いエリアです」と広告している。FM-FUJIは本来、郡内地域向け送信所の出力を極限まで上げて、東京都への電波到達を狙っている[6]。レディオキューブ FM三重やFM GUNMAのように別番組系統(Bライン)を設けたり、FMヨコハマやα-STATIONなどのように独自編成を採ったりすることで、放送対象区域外の聴取者に対応した放送局もある。
茨城県
茨城県は民放FM局周波数がいまだに割り当てられていないが、大部分の地域で近隣都県の民放FM各局(ベイエフエム、エフエム東京など地域によって異なる)が受信できるため、娯楽・音楽放送の需要には対応できており、県内情報も県域中波放送(茨城放送)が流すため、必ずしも民間ラジオの供給不足地域というわけではない。
奈良県
奈良県は、県域民放FMラジオ局の周波数(85.8MHz、500W)も近畿2府4県では既に開局していたFM大阪に次ぐ2波目として1984年から割り当てられているが、いまだに開局のめどが立たない(2013年3月現在)。ただし県北部の大半では大阪府域のFM大阪とFM802、京都府域のα-STATION、兵庫県域のKiss FM KOBEを聴けることから、茨城県と同様に民放県域FM局空白県ながら、FM電波はスピルオーバーにより恵まれている。
テレビ草創期のスピルオーバー
テレビ草創期はVHF帯のテレビのチャンネルが12しかなく、しかも3 - 4ch間を除いて周波数を隣接できないため最大7までであり資源が限られた状態だった。このため当初のテレビ局は都道府県ごとの割り当てではなく都市圏単位での周波数割り当てとされ、地域によっては隣県のテレビ局を受信することとなった(当時はスピルオーバーではなく正式な放送エリア)。また、長野県の信越放送開局までは大都市圏にしかテレビ局が開局していなかったため、受信ブースターなどを使用して大都市圏の局を受信していた地域もあった(下記の長野市の例など)。
1960年代後半のUHF大量免許期以降は都道府県単位での周波数割り当てとなったが、自県の系列局が少ない地域や難視聴地域を中心に引き続きスピルオーバーによる県外局の受信が行われた。
- 青森県
- 福島県相馬地方(宮城県のテレビを視聴)
- 山梨県郡内地方(関東圏のテレビを視聴)
- 長野県
- 新潟県糸魚川市青海町の一部(富山県のテレビを視聴)
- 石川県珠洲市(新潟県のテレビを視聴)
- 福井県敦賀市(近畿圏のテレビを視聴)
- 静岡県
- 三重県伊賀地方(近畿圏のテレビを視聴)
- 京都府丹後半島東部(福井県のテレビを視聴)
- 和歌山県(現在は近畿広域圏になったため、テレビ大阪・サンテレビ単独の受信はあるが、すべての局をスピルオーバーで視聴している例は殆ど無い)
- 兵庫県
- 岡山県
- 岡山市の一部(近畿圏のテレビを視聴)
- 鳥取県米子市・境港市(島根県のテレビを視聴。現在は鳥取県・島根県の電波相互乗り入れにより正式な放送エリアである)
- 徳島県徳島市・鳴門市周辺(近畿圏のテレビを視聴)
- 香川県
- 山口県
- 大分県北部(福岡県のテレビを視聴)
- 佐賀県南部、福岡県筑後地方・長崎県島原半島東部(熊本県のテレビを視聴[8])
- 鹿児島県北西部、出水市・(出水郡)・伊佐市(熊本県のテレビを視聴)
- 宮崎県南部、都城市・小林市・えびの市・日南市(鹿児島県のテレビを視聴)
地上波デジタルテレビにおけるスピルオーバー潰しと課題
地上デジタル放送ではスピルオーバーへの技術的制御(スピルオーバー潰し)が容易となる。特に地上デジタルのチャンネルプランではスピルオーバー受信(特に地元に系列のない局)しにくいチャンネルプランとなっているケースが多い(具体例として中国放送(RCC)広島親局(18ch)とテレビせとうち(TSC)岡山親局(18ch)、静岡県・山梨県と東京キー局、新潟テレビ21(UX)新潟親局(23ch)とテレビ東京(TX)東京親局(23ch)などがある)。具体的手法として同一チャンネル(例:山梨甲府送信所)や指向性(例:静岡牛山送信所)、方向毎の出力制御(例:テレビ神奈川(tvk)の鶴見送信所)などがある。しかし、以下の課題で今後の対応(周波数リパッキング[9]、地理的ホワイトスペース)が注目される。
- スピルオーバー状態で視聴する現行放送視聴者を如何に納得させるか。
- 瀬戸内海地方、特にその島嶼部においてはスピルオーバーによる受信以外出来ない地域が存在している。スピルオーバー潰しが行われると、その地域では地上波のテレビ放送が一切受信出来なくなる。
- 民放1局地域(徳島県・佐賀県)の視聴者を如何に納得させるか。
ただし徳島県・佐賀県は民放連では特例地域として位置づけられており、基幹放送普及計画で最低と定められている民間放送4系列(NNN/ANN/JNN/FNN)のうち地元に系列がない局の区域外再放送が認められている[10](TXN系列局や独立局などそれ以外はCATV側とテレビ局次第)。また、チャンネルプランにおいても特別に受信出来る配置になっている。
- スピルオーバー潰しを徹底すると中継局数が増えることがあるので、放送局にとって中継局置局費用がかさむことになる。一方、スピルオーバーを大目に認めると中継局数は少なくて済むため中継局置局費用を抑えられる。そのため、費用の面で各放送局の経営事情と絡むことになる。
- スピルオーバー潰しにより、地元局[11]が混信して受信が困難になる場合もある。具体的事例として以下の4つが有名である。
- 阿波中継局のNHK徳島総合の26ch/四国放送テレビの22chとサンテレビ親局の26ch/NHK神戸総合の22ch(阿波中継局が2012年7月2日に29chおよび33chへ変更したため混信は解消済み)[12][13][14]。
- 姫路テレビ・FM中継局の朝日放送の15ch、関西テレビの17chと前田山送信所の西日本放送の15ch、瀬戸内海放送の17ch。[15]
- 栃原テレビ中継局のNHK奈良総合の26chとサンテレビの26ch(栃原テレビ中継局が2012年2月に52chへ変更したため混信は解消済み)。
- 水戸テレビ放送所の日本テレビの14ch、NHK水戸総合の20chとTOKYO MX親局のアナログ14ch・デジタル20ch(日本テレビの14chは2011年7月24日のTOKYO MXアナログ停波で既に解消済み。NHK水戸総合の20chはTOKYO MXが東京スカイツリー移転時に16chに変更となり、また東京タワーからのTOKYO MXの送信が2013年5月12日に完全停波されたのを以って混信が解消されたことにより、茨城県内では受信出来る範囲が若干広がった(特に県南地域))。
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 音好宏. “国際放送論考”. . 2017閲覧.
- ↑ 総務省. “ケーブルテレビ事業者による地上テレビジョン放送の再送信の同意について”. . 2017閲覧.
- ↑ 衆議院議員草川昭三君提出放送衛星の電波が隣国へ漏洩するいわゆるスピルオーバーに関する質問に対する答弁書 - 内閣総理大臣・1990年11月2日
- ↑ 韓国 中立TV局がないためインテリはNHKの英語ニュース見る NEWSポストセブン 2014年5月29日
- ↑ 同時に飯盛山へ移転したFM大阪の送信所は1970年の開局時は大阪市内にあり、移転により3割ほどエリアが広がった(出典:「僕はFMしか知らなかった」共同通信社刊、エフエム大阪編集、69ページ)。
- ↑ 同社は郡内向けの78.6MHZの送信所周波数を「東京」と案内している
- ↑ 猪瀬直樹『欲望のメディア』1990年
- ↑ 後に佐賀県では福岡県のテレビを視聴することが一般的になる。
- ↑ チャンネル設定方法(テレビ・録画機・チューナー・パソコン・ワンセグ) | デジサポ 総務省テレビ受信者支援センター
- ↑ 徳島・佐賀に限らず地デジでは全国的に区域外再放送は4系列のうち地元に系列局のない局になっている傾向がある(独立局除く)。特に地元に同系列がある場合はアナログで再送信していても地デジでは再送信しないケースも少なくない。また地元にクロスネット局が存在する場合はその局のメイン系列は再送信せず、サブ系列のみ再送信するケースも多い(大分県ではテレビ大分がフジ・日テレの放送比率がほぼ半々であることからテレビ西日本・福岡放送の両局が再送信されている)。
- ↑ 混信する側の電波すら地元局でない(県外波)となっている場合もある。
- ↑ “阿波中継局のチャンネル変更の概要”. 総務省 四国総合通信局 (2012年6月14日). . 2017閲覧.
- ↑ “デジタル混信に対する対策計画公表地区(四国管内)”. 総務省 四国総合通信局 (2012年10月16日). . 2017閲覧.
- ↑ 2007年10月26日 徳島新聞28面「NHK阿波中継局 チャンネル変更を吉野川市民が要望」 NHKの阿波中継局から地上デジタル放送が始まり、サンテレビの地上デジタル放送が受信出来なくなったとして、吉野川市民の住民がNHKのチャンネル変更を求める署名千七十人を集め、NHKと総務省に郵送した。
- ↑ “デジタル混信の発生地域に対する対策計画(地区別)兵庫県淡路市”. 総務省 近畿総合通信局 (2010年7月23日). . 2017閲覧.