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大統領制

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青色の国が大統領制を採用している。

大統領制(だいとうりょうせい、: presidential system)とは、国家元首ないし行政権の主体たる大統領国民から直接的に選出する政治制度[1] [2][3]

概説

大統領制は国家元首ないし行政権の主体たる大統領を国民から直接的に選出する政治制度である[1][2][3]。 日本国外務省によれば、大統領が存在する政体政治体制)につき、それぞれアメリカ合衆国は大統領制・連邦制、フランス第五共和政は共和制、ドイツ連邦共和国は連邦共和制、大韓民国は民主共和国、フィリピン共和国は立憲共和制などとしている[4]

漢字文化圏では、「大統領」(大韓民国)や「主席」(中華人民共和国ベトナム社会主義共和国・一時期の北朝鮮)や「総統」(台湾中華民国)など独自の呼称を用いる国家もあるが、英語では現在は[5]どちらも「President」である。なお、共和制であっても、国家主席職を事実上廃止して以降の北朝鮮や、国家主席廃止時期の中華人民共和国、ソビエト連邦では、議会の常務委員会もしくは幹部会の委員長・議長を元首・元首格としている。

類型

権力分立の観点からは立法府と行政府の厳格な分立を組織原理としているものを大統領制、両権力の緩やかな分立もしくはある程度の融合を組織原理とするのが議院内閣制とされ、また、民主主義の観点からは立法府の行政府に対する信任の有無もしくは行政府の立法府に対する責任の有無(大統領は国民から直接選出され国民に対して直接責任を負う)が基準とされるが両者の中間形態も存在する[6][7][8]

アメリカ型大統領制

特徴

アメリカ型の大統領制は徹底された三権分立の統治機構をとる。大統領は議会選挙とは別に選挙により国民から直接的に選出され(アメリカの大統領選挙選挙人団の制度を採用しており、制度上においては間接選挙であるが実質的には直接選挙として機能しているとされる[9])、原則として大統領は任期を全うし(議院内閣制の国のような不信任の制度は無く、犯罪の嫌疑により弾劾が成立した時のみ職を失う)、また、大統領には議会解散権や法案提出権がないこと、議員と政府の役職を兼務できないこと、政府職員は原則として議会に出席して発言できないことなどを特徴とする[9][10]アメリカの場合、大統領議会に出席するのは年頭教書演説と予算教書演説のときぐらいであるとされる[11]

アメリカ型大統領制は、1819年大コロンビア成立を皮切りに成立した、ラテンアメリカ諸国でも施行された。

大統領制において、議会側が大統領に対して用いる牽制・抑制手段には、予算承認権・条約批准権、高官人事の承認権、大統領に対する弾劾・罷免などがある。また、大統領側が用いる対抗手段には、政府法案の提出あるいは勧告権、大統領令などの行政立法権、法案の拒否権や遅延権、非常事態宣言や戒厳令などの非常権限などがある。ただし、これら権限の有無と細部は各国で異なる[12]

日本地方自治体の統治機構とよく比較されるが、アメリカの政治制度においては大統領には制度上公式には議案提出権や予算提出権、議会解散権が認められていない点で両者は異なる[13][14]。今日、重要法案については大統領が主導的な役割を果たすようになっているものの、大統領が議会に直接議案を提出するわけではなく自党の有力議員に法案提出を依頼する形がとられている[14][15]。また、予算についてもアメリカの場合、大統領は予算教書演説のみで直接提案することはできず、予算は法案の形式で議員が提案した上で審議される[11]

分析

アメリカ型の大統領制はイギリス型の議院内閣制ウェストミンスター・システム)と比較されることが多い。

統治機構の観点からは、イギリス議院内閣制ウェストミンスター・システム)は立法権行政権が政権与党によって結合され強力な内閣のもとに権力の集中を容認する制度(議会の多数を占める政党が行政権を担う)であるのに対し、アメリカ型大統領制は立法権と行政権を厳格に分離し権力の分散という点を強調し権力分立を指向する制度であるとされる[16][17]。ところが、日本では歴史的・制度的な点から長い間にわたり議院内閣制のために権力の集中は生じず、また、大統領制のほうが権力の統合の度合いが強い政治制度とみられてきたとの指摘がある[17][18]。この点については、アメリカで大統領の役割が拡大したのは20世紀以降になってからのことであること、また、実際には国内政治における大統領と国際政治における大統領は異なる存在であるが日本を含む外国からみると強い影響力を行使しているように見える一因となっているとの可能性が指摘されている[19]。アメリカの政治制度の場合、軍事外交面においては大統領は議会からの制約を比較的受けないと分析されている[20]

立法と行政の関係について、大統領制の下では大統領と議会とは別々に選出されるため民意は二元的に代表されるのに対し(二元代表制)、議院内閣制では議会のみが選挙により選出されて内閣はそれを基盤として成立するため民意は一元的に代表される(一元代表制)[21]。この点から議院内閣制のほうが権限の委任関係は明白となるため、立法と行政との関係を円滑に処理するという点においては、より簡単な政治モデルであるとされる[22]。しかし、二元代表制と言う表記は、通常アメリカ政治の英語表現では用いられないので、注意が必要である。

大統領制に対しては、固定された任期が政治を硬直的なものにする、大統領の所属政党が議会で少数派の場合に政策決定に困難を生じ停滞的なものになってしまうなど消極的な見方がある一方、大統領制の下では説明責任や政権の構成の予測可能性が明確になる、大統領と議会との間に適度な抑制と均衡を築くことができるといった見方もあり、学者間で議論が交わされてきた[23]

大統領制の場合には大統領の所属政党と議会の多数派が違う政党になる状態(分割政府、divided government)を生じることもあり、その場合、大統領の望む法案の成立が思うように進まなくなる可能性がある。分割政府の状態は大統領も議会も任期制のため容易には解消しない[24]

アメリカ合衆国においては20世紀の行政国家化に伴って大統領が立法を主導し、司法に対しても一定の影響を与えているとされ、本来の厳格な三権分立は緩やかなものとなっている[25]。しかし、大統領の所属政党と上院あるいは下院の支配政党が異なる分割政府の状態を生じた場合にはやはり厳格な権力分立の特徴が顕在化するとされる[26]。大統領の立法面でのリーダーシップは抑制されることとなり、また、議会で成立した法案に拒否権が発動されるなど生産性が低い状態に陥る可能性もある[27]。ただ、アメリカ合衆国の政治制度は分割政府の常態化を前提としつつ、政治運営や立法活動が複雑な駆け引きの下に行われ、盛んな利益集団の活動を背景として大統領や連邦議会議員が利害調整を行っていくという点に特質があり、これは長い歴史を経て形成されてきたものである[28]1776年の建国時以来の大統領制は200年以上の時間をかけ立法府と行政府の協働関係を構築することによって両者の決定的対立を避けてきたとされる[29](分割政府の下における両者の協力的関係についてはチャールズ・O.ジョーンズの分析がある[27])。ただし、このような大統領制がうまく機能しているのは「アメリカがほとんど唯一の例」と評されることもある[30]。アメリカ型の大統領制を導入した国々、特にラテンアメリカ諸国で政治停滞や軍事クーデターの問題に直面することとなったためである[30]。そもそもアメリカでも大統領議会との対立を解消するための制度化されたシステムが存在するわけではないとされ[29]、政権と議会との対立が先鋭化して予算が成立せず政府機能の一時停止(政府閉鎖、government shutdown)に陥ったことがある[11]

ホアン・リンスなど、大統領制民主主義に批判的な学者は、大統領と議会の対立が深刻になると、国政が麻痺状態に陥ったまま抜け出せなくなる危険があり、危機収拾のために憲法を無視しなければならないという主張が生まれ、非常事態のための規定が濫用されたり(議会の強制解散など)、大統領による独裁や反政府派によるクーデターを招くことになる、と主張した[31]

その一方で、独裁やクーデターを招いた大統領制はほぼラテンアメリカに集中していることから、ラテンアメリカという特殊な地理的要因を指摘する向きもあるし、大統領制内部での様々な制度的差異にこそ着目すべきであって大統領制そのものが問題なのではない、という主張もある[32]

近年は大統領制にも多様な類型が存在することを前提としつつ、それに付随する諸制度や他の政治制度との組み合わせとともに分析されるようになっており[33]、政策選択やそれをもたらすリーダーシップなどミクロ的な観点が重視されるようになっている[34]

なお、アメリカでは立法部への圧力活動が特に活発で(ロビー活動も参照)、これは政党の分権的・拡散的性格や党議拘束が弱く党派の区分によらない交差投票が一般的であること等の要因によるためとされるが[35]、利益や集団の多様化は統治権力の収拾を困難なものにするため、統治権力の安定をいかに図るかが制度上の課題として指摘されている[36]

名誉職型大統領制

大統領を直接選挙で選出する場合でも、議院から選出された代表(首相)により実質的な政治が布かれ、事実上の議院内閣制を採用しつつも大統領が国家の権威と名誉を象徴する職掌を担う政治制度として名誉職型大統領制がある。フィンランドの大統領ポーランドの大統領ドイツの大統領トルコの大統領(ただしこれは国民投票)などである。

半大統領制

フランス第五共和政ロシア連邦のように大統領と首相が二頭政治を布いて権力を拮抗させる政治制度は半大統領制と呼ばれる。

歴史

アメリカ

大統領制はアメリカ合衆国憲法ではじめて具現化された。それはフランス思想家であるシャルル・ド・モンテスキューの「権力分立論」に強い影響を受けている[37][38]

モンテスキューは1729年から1年半にわたってイギリスに滞在し『法の精神』第11編第6章「イギリスの国制について」を叙述し権力分立について論じている[37]

イギリスでは1688年名誉革命以降、君主の権力を制限するため議会と君主が立法権を共有する憲法習律が形成され(制限君主制)、君主と議会は相互に独立性をもって対峙し厳格に権力を分立した。制限君主制においては国王に任命される大臣は内閣を形成し、国王と議会の中間にたって国王と議会の仲介役を果たした(議会における君主主権)[39]

イギリスの国王国家元首であると同時に国軍の最高司令官でもあり、議会で成立した法律に対しては拒否権を持っていた。これらの制度は制限君主を大統領に置き換える形でアメリカ合衆国憲法に取り入れられた。アメリカ合衆国の大統領議会からの独立性を強め、厳格な三権分立制を形成していった。

ただし、モンテスキューの考察は当時慣行が確立されつつあった議院内閣制はその視野に入っておらず、イギリス国王の庶民院(下院)の解散権や国王が議会多数派から大臣を任命するようになった点については明確に語っていないなど、当時のイギリスの国制を忠実に叙述したとはいえず、実際には存在しないイギリスの政治制度を理想化して描かれたものとの指摘がある[37][38]

また、ロバート・ダールによれば、アメリカ合衆国憲法制定当時、イギリスの政治では首相議会からの信任を必要とするなど政治体制に重大な変化がおこりつつあったが、これが全面的に表面化するのは1832年であったために憲法の立案者がこのような変化を知ることはできなかったと指摘している[40]

アメリカの統治機構は権力の機能的拡散(三権分立)と権力の地域的拡散(連邦制)を特徴とする[41]。アメリカ合衆国憲法の制定当時、保守的な指導者らは議会多数派が行政府を支配して大きな権力をふるうことを危惧し、また、大統領選挙においても直接投票とすることを不安視して各州の大統領選挙人による投票という形がとられることとなったといわれる[42]

議会が強く大統領の地位が相対的に弱いという関係は、南北戦争のあったエイブラハム・リンカーンの政権下などを除き、19世紀末まで続くこととなったとされる[42]

しかし、20世紀に入って産業革命からなる資本主義の発達とともに経済社会問題への対応が必要になり大統領の権限は拡大していくこととなった[43]

アメリカではニューディール政策の時期から1960年代にかけて大統領の役割は拡大し、その後、1980年代までは議会の復権期、1990年代以降は大統領と議会との協調期にあると分析されている[44]

大統領が国の政治に主導的役割を果たす政治制度はフランクリン・ルーズベルトの政権下で確立された[43]。1929年以来アメリカでは大不況に陥っていたが(世界恐慌)、フランクリン・ルーズベルトは大統領に就任すると重要法案をホワイトハウスで立案し議会に働きかけて早期に可決実行に移された[43]

その後も大統領の権限拡大は進み、ベトナム戦争の頃になると「帝王的」との世論の批判を受けるようになった[45]

リチャード・ニクソン政権下では、連邦政府の制約なしで予算面において州政府に直接に交付金を給付できる制度が創設され、また、国庫支出につき限度額以上のものに対して拒否権を行使できる制度の創設が画策された[46]

しかし、1970年代半ばウォーターゲート事件が起きると下院司法委員会が大統領弾劾手続を行うなど議会はその地位を回復することとなった[46]。ただ、その反面、リチャード・ニクソンの後継の大統領・ジェラルド・R・フォードは対議会関係に苦慮したとされる[46]。なお、1968年以降、特に分割政府の出現する期間が長くなっている[27]

大統領の対議会関係がうまくいくか否かは、大統領が国内政治を強力に遂行していくことができるか否かという点で極めて重要とされる。

ジョン・F・ケネディは議会の抵抗にあい重要法案が通過しないなど国内政策の点においては大きな成果を残すことができなかったが[47]リンドン・ジョンソンは議会対策に熟練していたため社会福祉法を成立させることができたとの分析がある[47]。また、ジミー・カーターもエネルギー法案について議会承認に1年以上もかかり大幅に修正され、また、パナマ運河法案では上院承認に1年以上かかってしまうなど対議会関係がうまくいかない事態を生じたが、その原因として大統領就任前に議会やワシントンとの関係が全くなかった点が指摘されている[46]

1995年から1996年にかけビル・クリントン政権は財政均衡化をめぐり議会と鋭く対立し、その際には予算が成立せず政府機能の一時停止という事態になった[11]政府閉鎖も参照)。

フランス

有権者団の代表としての大統領および議会の観点からは普通選挙制の導入は、フランスが最初であり、制度としてはフランス革命によって君主制が廃止された1792年、大統領選としてはフランス第二共和政期の1848年に実施している。

18世紀末のフランス革命以来、議会主義が徹底されていたが、議員行動の自由が幅広く認められ、政党の議員に対する拘束あるいは政権構成員に対する拘束が極めて緩かったために、議院内閣制にとっては大きな障害とされた[48]

1958年アルジェリア戦争により政権の軍部統制は失敗し、大統領制に議院内閣制の要素を加えた半大統領制の政治形態をとるフランス第五共和政が成立した[49]

大統領制を採用する主な国家

脚注

  1. 1.0 1.1 芦部信喜 & 高橋和之 2011, p. 320.
  2. 2.0 2.1 小林直樹 1981, p. 232.
  3. 3.0 3.1 大石眞 2004, p. 85.
  4. 外務省・各国地域情勢[1]
  5. かつては「主席」は「chairman」とも訳されていた
  6. 芦部信喜 & 高橋和之 2011, p. 321.
  7. 小林直樹 1981, pp. 233-235.
  8. 衆憲資第35号15頁。直接は「主要国における議院内閣制・両院制(2003.7.10説明資料)」国立国会図書館専門調査員・高見勝利[2]
  9. 9.0 9.1 毛利透 et al. 2011, p. 231.
  10. 小林直樹 1981, p. 233.
  11. 11.0 11.1 11.2 11.3 建林正彦 2008, p. 144.
  12. 代表的には、Shugart, Matthew Soberg, and John M. Carey. 1992. Presidents and Assemblies: Constitutional Design and Electoral Dynamics. Cambridge: Cambridge University Press.
  13. 佐藤俊一 2002, p. 49.
  14. 14.0 14.1 松下圭一, 新藤宗幸 & 西尾勝 2002, p. 22-23.
  15. 建林正彦 2008, p. 127.
  16. 飯尾潤 2007, p. 143,154.
  17. 17.0 17.1 佐々木毅 & 清水真人 2011, p. 376.
  18. 弘文堂編集部 2001, p. 72.
  19. 渡辺靖 2010, p. 47.
  20. 建林正彦 2008, p. 137.
  21. 飯尾潤 2007, p. 18.
  22. 飯尾潤 2007, p. 155.
  23. 建林正彦 2008, p. 108-111.
  24. 建林正彦 2008, p. 107.
  25. 飯尾潤 2007, p. 146-147.
  26. 飯尾潤 2007, p. 147.
  27. 27.0 27.1 27.2 建林正彦 2008, p. 131-132.
  28. 飯尾潤 2007, p. 147-148.
  29. 29.0 29.1 松下圭一, 新藤宗幸 & 西尾勝 2002, p. 25.
  30. 30.0 30.1 毛利透 et al. 2011, p. 235.
  31. Linz, Juan J. 1990. "The Perils of Presidentialism." Journal of Democracy 1 (1):51-69.
  32. 上記Shugart and Careyにくわえ、Mainwaring, Scott, and Matthew Soberg Shugart, eds. 1997. Presidentialism and Democracy in Latin America. Cambridge: Cambridge University Press; Cheibub, Jose Antonio. 2007. Presidentialism, Parliamentarism, and Democracy. Cambridge: Cambridge University Press.を参照。
  33. 建林正彦 2008, p. 116-117.
  34. 建林正彦 2008, p. 113-114.
  35. 辻清明 1976, p. 19.
  36. 辻清明 1976, p. 23.
  37. 37.0 37.1 37.2 野中俊彦 2006, p. 34.
  38. 38.0 38.1 飯尾潤 2007, p. 144.
  39. 「シリーズ憲法の論点3」国立国会図書館調査及び立法考査局[3]PDF-P.3
  40. ロバート・ダール 2003, p. 85.
  41. 辻清明 2006, p. 18.
  42. 42.0 42.1 建林正彦 2008, p. 111.
  43. 43.0 43.1 43.2 建林正彦 2008, p. 122.
  44. 渡辺靖 2010, p. 56-57.
  45. 建林正彦 2008, p. 132.
  46. 46.0 46.1 46.2 46.3 畠山圭一 2008, p. 50.
  47. 47.0 47.1 畠山圭一 2008, p. 49.
  48. 飯尾潤 2007, p. 148-149.
  49. 飯尾潤 2007, p. 149.

参考文献

  • 野中俊彦 『憲法Ⅰ』 有斐閣、2006、第4版。ISBN 9784641129986。
  • 芦部信喜 『憲法』 岩波書店、2011、第5版。ISBN 9784000227810。
  • 佐々木毅 『ゼミナール現代日本政治』 日本経済新聞出版社、2011。ISBN 9784532134075。
  • 毛利透 『統治』 有斐閣〈LEGAL QUEST, . 憲法 1〉、2011、5版。ISBN 9784641179134。
  • 小林直樹 『憲法講義』下巻、東京大学出版会、1981、新版。ISBN 4130320572。
  • 大石眞 『憲法講義』1、有斐閣、2004。ISBN 4641129568。
  • 飯尾潤 『日本の統治構造 : 官僚内閣制から議院内閣制へ』 中央公論新社〈中公新書〉、2007。ISBN 9784121019059。
  • 弘文堂編集部 『いま、「首相公選」を考える』 弘文堂、2001。ISBN 433546018X。
  • ロバート・ダール 『アメリカ憲法は民主的か』 岩波書店、2003。ISBN 4000220195。
  • 佐藤俊一 『地方自治要論』 成文堂、2002。ISBN 9784792331719。
  • 松下圭一 『自治体の構想(4)機構』 岩波書店、2002。ISBN 9784000110945。
  • 渡辺靖 『現代アメリカ』 有斐閣、2010。ISBN 9784641124196。
  • 畠山圭一 『アメリカ・カナダ』 ミネルヴァ書房〈世界政治叢書〉、2008。ISBN 9784623048694。
  • 建林正彦 『比較政治制度論』 有斐閣、2008。ISBN 9784641123649。
  • 辻清明 『行政の過程』 東京大学出版会〈行政学講座〉、1976。
  • 「アメリカの大統領行政府と大統領補佐官」廣瀬淳子(レファレンス2007.5 国立国会図書館調査及び立法考査局)[4]

関連項目