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南北戦争


南北戦争(なんぼくせんそう、英語: American Civil War

1861~65年に行われたアメリカ合衆国と,その連邦組織から脱退した南部 11州が結成した南部連合との戦争。アメリカは建国以来奴隷制度の存在を認めてきたが,資本主義の発展と西方への領土拡大とともに奴隷制度は深刻な道徳的・政治的問題となり,60年西部への奴隷制度拡張に反対する A.リンカーンが大統領に当選するに及んで,61年2月奴隷制度擁護を主張する南部7州が連邦を脱退して独立し南部連合を結成,これを認めない北部との間に戦争が起った。戦争は 61年4月 12日の南軍による連邦のサムター要塞攻撃で開始され,初期には南軍が北部に進攻する勢いさえみせた。しかし,ゲティズバーグの戦いで北軍が勝利してからは戦局は北軍に有利に展開した。南部連合は R.リー将軍ら優秀な軍人に恵まれてはいたが,近代戦を戦い抜くにはあまりに貧しく,北軍による海上封鎖,ミシシッピ川制圧作戦,南部縦断作戦によって東部に追いつめられ,65年4月リー将軍はアポマトックス・コートハウスで北軍司令官 U.グラント将軍に降伏した。4年間にわたり,南北合せて約 400万人の将兵を巻込み,南北の戦死者は合計約 62万人 (北軍約 36万人,南軍約 26万人) であった。また,この戦争は史上初めて工業力,鉄道,電信が勝敗決定の役割を果した本格的な近代戦争であり,連発ライフル,手動式機関銃などの新兵器が登場し,海戦では,初めて甲鉄艦,潜航艇などの艦艇が使用された。なおこの戦争中,63年1月リンカーンは奴隷解放宣言を発し,南軍敗北の結果,奴隷解放が法的に実現した。しかし黒人の社会的・経済的解放は放置され,その後,黒人はなしくずしに差別制度のなかに押込められた。戦後南部の北部への経済的従属化,植民地化は一層深まり,南部をその市場に組込んだ産業資本主義は飛躍的な発展をとげることになった。

脚注

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