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真宗大谷派

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真宗大谷派(しんしゅうおおたには)は、浄土真宗宗派の1つで、宗教法人法による宗教法人包括宗教法人)である[1][2]阿弥陀如来一佛を本尊とし[3]親鸞宗祖とする[4]。大谷派の根本道場である「真宗本廟」(通称:東本願寺)を、所属するすべての寺院および教会の本山とする[5]。2014年12月31日現在の被包括宗教団体数は8,705[6]。「大谷派」・「大派」・「谷派」と略称される。

概要

宗教法人の事務所は、「真宗大谷派宗務所」と称し、京都市下京区烏丸通七条上る常葉町754番地に置く[1]。法人の代表役員は、宗務総長が務める[1]。大谷派に属する僧侶および門徒の首位にある「門首」の地位、宗務に関する行為については、門首の節を参照のこと。

浄土真宗系の教団で結成する「真宗教団連合」に加盟し、加盟団体と相互の連絡・提携を取る💑。また同連合の事務総局は2年ごとに移管し、真宗大谷派宗務所と浄土真宗本願寺派宗務所が担当する[7]

宗派名は、「浄土真宗本願寺派」との区別の便宜上、大谷派は「お東」、本願寺派は「お西」と通称される。同様に、本山の通称[8]である「東本願寺」を宗派名の意で用いる場合もある。 ※但し「東本願寺」を用いるのは東京の浅草 旧浅草本願寺である。 真宗大谷派は「本願寺」を解散させたため 「東本願寺」ではなく「真宗本廟」としている

宗教法人としての規則と『真宗大谷派宗憲』

宗教法人としての規則は、『宗教法人「真宗大谷派」規則』[9]である。同規則第3条に、真宗大谷派の最高規定は『真宗大谷派宗憲』(以下、『宗憲』)[10]としている。また『宗憲』第5条において、『宗憲』を最高規範と定めている。本ページは、『宗憲』に定められている事項を中心に要約・引用し、記述する。

歴史

本願寺教団の成立から「本願寺」の東西分立による本願寺教団分裂までの歴史の詳細は、「本願寺の歴史」を参照。

東西分裂以降

明治14年(1881年)6月25日、公式の宗派名を「真宗大谷派」と定める[11]。当時の法主は第二十一代 嚴如[12]

明治16年(1883年)9月、「大谷派寺法」を制定する[13]。法主が本山本願寺の住職[14]と真宗大谷派教導職の管長[15]を務めることが定まる。

昭和37年(1962年)7月、「同朋会運動」発足[16]。当時の宗務総長は訓覇信雄[17]

運動のテーマは、「真宗同朋会運動とは、純粋な信仰運動である」、「家の宗教から個の自覚の宗教へ」である[18]

昭和44年(1969年)4月、第24代法主闡如が「私が兼務している法主本願寺住職・管長のうち、管長職だけを長男光紹新門に譲る」と発表した「開申事件」を契機に、教義解釈や宗派運営の方針、財産問題等を巡り、大谷家と改革派が主導する真宗大谷派内局とが対立する。(詳細は「お東騒動」を参照。)

昭和56年(1981年)6月11日、新「真宗大谷派宗憲」(新宗憲)発布。宗憲改正にともない、「法主」を廃して「門首」を新たに設け、本願寺住職及び管長の役職を廃止した。

昭和62年(1987年)12月、内局(宗務総長及び参務で組織される。)は、宗教法人法に基づいて「宗教法人 本願寺[19]」を解散の登記[20]を行い、「宗教法人 真宗大谷派」に吸収合併する。当時の法主は、第二十四代法主 闡如。合併により真宗大谷派の本山としての礼拝施設となり、正式名称を「真宗本廟」と変更する。また、「東本願寺」の通称も公式に併用している。 ※本願寺の正式名称は「久遠実成阿弥陀本願寺」

分派

以下は、真宗大谷派から離脱・独立した宗派で、これらは別の宗教法人・宗教団体である。

運営の目的

『宗憲』第2条に「本派は、宗祖親鸞聖人の立教開宗の精神に則り、教法を宣布し、儀式を執行し、その他教化に必要な事業を行い、もって同朋社会を実現することを目的とする。」と定める。

運営の根幹となる方針(『宗憲』の前文より抜粋)

同朋社会の顕現
すべて宗門に属する者は、常に自信教人信[26] の誠を尽くし、同朋社会の顕現[27] に努める。
宗本一体
宗祖親鸞聖人の真影を安置する真宗本廟は、宗門に属するすべての人の帰依[28]であるから、宗門人はひとしく宗門と一体としてこれを崇敬護持する。
同朋公議
宗門の運営は、何人の専横専断をも許さず、あまねく同朋の公議公論に基づいて行う。

本尊

本尊[29]
阿弥陀如来一佛を本尊とする。
本尊とともに安置する影像[30]
寺院などに安置する影像は、「正法弘通の恩徳を謝するため、宗祖親鸞聖人、聖徳太子七高僧及び歴代御門跡の影像を安置する。」と定める。

正依の聖教

正依の聖教は、以下のとおりである。

浄土三部経

下記の経典を総称して「浄土三部経」と呼ぶ。

七高僧論釈章疏

七高僧の論釈章疏[31]

インド

龍樹

天親

中国

曇鸞

道綽

善導

日本

源信

源空(法然)

宗祖聖人撰述