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藤原冬嗣

ふじわらのふゆつぐ

[生] 宝亀6(775)
[没] 天長3(826).7.24.

平安時代初期の廷臣。通称,閑院左大臣。北家内麻呂の次男。母は飛鳥部奈止麻呂の娘,百済永継。大同1 (806) 年従五位下,弘仁1 (810) 年従四位下で蔵人頭,同2年参議,同5年従三位,同7年権中納言,同9年正三位,大納言,同 12年右大臣,天長2 (825) 年正二位で左大臣。没後正一位,次いで太政大臣を追贈。

施薬院,勧学院を創設し,また『弘仁格』『内裏式』を撰進,『意見封事』3ヵ条を奏上した。そのほか,国史の監修に参画したが,業なかばで没した。文武を兼ね,『文華秀麗集』『経国集』に詩がある。

娘の順子は仁明天皇の后,文徳天皇の生母。北家のみならず藤原氏全体の政治的立場を確立した。