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東武鬼怒川線

停車場・施設・接続路線
KHSTa
浅草駅
LSTR
伊勢崎線
HST
東武動物公園駅
LSTR
日光線
STRq KRZo kSTR2+r kSTRc3
JR東日光線
BHF kSTR+4
0.0 TN-23 下今市駅
eABZg+l
-
1.4
新今市駅 -1929
STR STR
今市駅
kABZg2 STRl
kSTRl+4 STRq
日光線
WBRÜCKE
大谷川橋梁 大谷川
BHF
0.8
0.0
TN-51 大谷向駅
BHF
4.8 TN-52 大桑駅
eBHF
6.6 中岩駅 -1922
exSTRq eABZg+r
矢板線
BHF
7.1 TN-53 新高徳駅
eBHF
8.6 鬼怒大瀞駅 -1954
BHF
9.9 TN-54 小佐越駅
BHF
10.6 TN-55 東武ワールドスクウェア駅
DST
11.6 鬼怒立岩信号場
BHF
12.4 TN-56 鬼怒川温泉駅 (II) 1964-
eBHF
13.6 鬼怒川温泉駅 (I) -1964
BHF
14.5 TN-57 鬼怒川公園駅
BHF+GRZq
16.2 TN-58 新藤原駅
LSTR
野岩鉄道会津鬼怒川線
HST
会津高原尾瀬口駅
LSTR
会津鉄道会津線
HST
会津田島駅

鬼怒川線(きぬがわせん)は、栃木県日光市下今市駅と同市の新藤原駅を結ぶ、東武鉄道鉄道路線である。2006年3月20日市町村合併により、全線が日光市内となった。駅ナンバリングの路線記号はTN

路線データ

ファイル:TOBURAILWAY KOSAGOE STA SIGN.JPG
鬼怒川線の標識の色は日光線と同じオレンジ系(小佐越駅)

運行形態

特急と普通列車が中心で、いずれも1時間に1本程度運行されている。沿線が観光地であるのみならず東京方面から南会津方面への経路でもあることから中距離輸送の需要が高く、他線への直通運転が主体となっており、最大で4社線の直通運転が行われている。

本路線は発電所工事用に敷設された軌道(軽便鉄道)を改軌した路線ということもあり(「歴史」の節を参照)、線形は急曲線が連続し、運転速度は低く、曲率の大きいカーブ(急曲線)通過時に内外輪の速度差が大きくなるため大きなきしみ音が発生する。

特急

日光線を経由して伊勢崎線浅草駅発着の特急「きぬ」、「リバティ会津」、「リバティきぬ」東日本旅客鉄道(JR東日本)東北本線宇都宮線)と東武日光線を経由して新宿駅発着特急「きぬがわ」「スペーシアきぬがわ」が運転されている。「リバティ会津」は浅草駅から会津鉄道会津線会津田島駅まで直通し、「AIZUマウントエクスプレス」(後述)に接続する鬼怒川温泉駅始発・終着列車とともに、東京方面 - 南会津方面の需要を充たしている。

「きぬ」、「スペーシアきぬがわ」、「きぬがわ」の線内の停車駅は下今市駅・鬼怒川温泉駅・鬼怒川公園駅・新藤原駅である。日中時間帯はこれに加え東武ワールドスクウェア駅にも停車する。大半は鬼怒川温泉駅始発・終着であり、「きぬ」の一部に新藤原発の列車がある。「リバティ会津」、「リバティきぬ」は朝晩の列車が東武ワールドスクウェア駅を通過する以外は各駅に停車する。

特急は全車座席指定で、乗車には特急券が必要であるが、下今市駅 - 新藤原駅( - 会津田島駅)間の区間内のみで「リバティ会津」、「リバティきぬ」に乗車する場合、座席を指定しなければ乗車券のみで乗車することができる。

なお、夏期・冬期の特定日に運行される「尾瀬夜行」・「スノーパル」は当線内で旅客の乗降を取り扱わない。

快速「AIZUマウントエクスプレス」

会津鉄道から、JR東日本只見線会津若松駅磐越西線喜多方駅発着の快速「AIZUマウントエクスプレス」が鬼怒川温泉駅 - 新藤原駅間に1往復、当線を経由して日光線東武日光駅まで2往復の計3往復が乗り入れており、当線内は各駅に停車する。2013年3月15日までは「AIZU尾瀬エクスプレス」1往復が鬼怒川温泉駅 - 新藤原駅間に乗り入れていた。

「AIZUマウントエクスプレス」および2013年3月15日まで運行されていた「AIZU尾瀬エクスプレス」は気動車で運行されるが、東武鉄道に気動車運転士がいないため、当線内も会津鉄道の運転士が乗務する。電車は東武・野岩・会津の3社共通運用なのに対し、気動車は会津鉄道所有である(「使用車両」の節を参照)。

区間急行

2017年4月21日改正において新設。当線内では各駅に停車し、日光線の南栗橋まで直通運転を行っている[1]。ただし、実際には、東武ワールドスクウェア駅の営業時間外(普通の節を参照)に、新藤原駅 → 南栗橋駅の上り1本が定期運行されるのみであるため、東武ワールドスクウェア駅に停車する定期列車の設定はない。なお、この列車は南栗橋駅で区間急行浅草行きに接続する。

なお、同種別名の列車は2006年3月18日から2009年6月5日までにも設定されていた。夜間に会津田島発浅草行が1本運行され、当線内は各駅に停車していた(東武ワールドスクウェア駅は当時未開業)[2]

普通

普通が終日電車で運転されている。上り方では下今市駅発着列車のほか、日光線の南栗橋駅・新栃木駅まで直通する列車も多くある。下り方は一部を除き野岩鉄道会津鬼怒川線直通で会津高原尾瀬口駅発着となっており、さらに会津鉄道会津線直通列車もある。2013年3月15日までは後述の快速・区間快速が運行され各駅に停車していたため当線内の普通列車は早朝と夜間のみだった。また新藤原駅から下今市駅で方向転換して日光線東武日光駅まで直通する列車が前述の「AIZUマウントエクスプレス」とは別に1日1往復運行されていた。2013年3月16日ダイヤ改正で東武日光駅への直通が廃止され、また区間快速の減便の代替で昼間にも栃木駅・新栃木駅 - 新藤原駅・会津田島駅間の普通列車が設定された。2017年4月21日ダイヤ改正で快速・区間快速が廃止されたため終日運転となり一部は南栗橋駅まで延長され、また東武日光駅直通も再設定され従前よりも増発された。

2017年7月22日に開業した東武ワールドスクウェア駅には、東武ワールドスクウェアの営業時間に合わせて9:18発から18:18発までの列車が停車し、その他の時間帯はすべて通過する。列車番号は同駅の停車・通過に関わらず、通しで付与されている。

SL「大樹」

SL大樹
← 下今市
鬼怒川温泉 →
号車 3 2 1
形式 スハフ14 5 オハ14 1 スハフ14 1
設備
凡例
指 = 普通車指定席

2017年8月10日から、下今市駅 - 鬼怒川温泉駅間にSL列車「大樹」が土休日を中心に1日3往復運転されている[3][4]。東武鉄道における蒸気機関車 (SL) の運転は、1966年6月に佐野線での運転を最後に廃止されてから約51年ぶりの再開となる[5]

2015年8月10日、東武鉄道は北海道旅客鉄道(JR北海道)が保有するSLのC11 207を借り受けて、2017年度をめどに当線で運行する予定であることを発表した[6]。下今市駅 - 鬼怒川温泉駅間を「SL+車掌車+客車+ディーゼル機関車(DE10 1099)」の編成で運転され、ディーゼル機関車のDE10 1099は必ず列車の後ろに連結される後補機であり、上り勾配での速度低下防止のための速度維持やSLの不意の不調時において他の列車の定時運行を維持するために使用される[7]

車掌車はヨ8000形日本貨物鉄道(JR貨物)と西日本旅客鉄道(JR西日本)から1両ずつ、客車は14系普通車4両と12系グリーン車2両を四国旅客鉄道(JR四国)から、ディーゼル機関車 (DL) はDE10形1両を東日本旅客鉄道(JR東日本)から、それぞれ譲り受けた[8]。14系客車のスハフ14形の床下に搭載されているDMF15HZ-G形ディーゼル発電機は、JR北海道から甲種輸送させてきたスハフ14 500番台から載せ替えたものである。また、下今市駅には、JR西日本長門市駅構内にある国鉄長門機関区で使用されていた転車台が、鬼怒川温泉駅には、JR西日本三次駅構内にある国鉄芸備線管理所(三次機関区)で使用されていた転車台が、それぞれ譲渡を受けて運ばれて整備されている。これは、全ての列車を蒸気機関車が正向きで運転させるため、終着駅で転向させなければならないためである。また、下今市駅の構内にはSL・DLが配置される下今市機関区とSL見学エリアとして「SL展示館・転車台広場」を開設した[9]。転車台広場では、C11 207やDE10 1099の構内入換や転向を間近に見られるほか、2線配置の扇形庫を新設しており、運転日以外では、扇形庫の側面まで行け、扇形庫内で点検・整備中のC11 207を見ることができる。機関車の仕業点検・交番検査や運転の合間の缶替え・火床整理などは、近隣環境の観点から、空気濾過装置が設置された扇形庫内で実施される[10]

SL運転技術習得や検修のために既にSLを走らせているJR・私鉄・第3セクター鉄道各社に乗務員の研修を依頼しており、機関士は秩父鉄道で2名、大井川鐵道で2名、真岡鐵道で1名の計5名が研修を受けて甲種蒸気機関車運転免許を取得、機関助士はJR北海道で2名、真岡鐵道で2名、自社で4名の計8名が研修を受けて養成されている。SLの検修を受け持つ検修員はJR北海道で8名が研修を受けて養成されている。また、後補機のDL機関士(運転士)の養成も真岡鐵道で4名が研修を受けて甲種内燃車運転免許に転換しており、さらに1名が真岡鐵道で養成中である。SLに乗務する時には、機関士2名と機関助士1名の3名乗務を基本としており、検修員も必ず乗務する[11]。このように、SL「大樹」の運転は日本全国の鉄道会社の協力で実現している[4]

2016年12月1日にSL列車の愛称が「大樹」と発表され[12]、2017年1月18日に運転開始日が同年8月10日と発表された[13]。土休日を中心に年間最大140日程度運行する計画である。

なお、C11 207の故障・検査時には通常補機を務めるDE10 1099の単独牽引で『DL「大樹」』として運行される。2018年からは事前予告の上で運行される場合もあり、この際にはSL運転時より安価となるDL座席指定料金(大人510円・小児260円)が適用される[14]

オリジナルグッズ(手ぬぐい、マグネットクリップ、ICカード入れ、キーホルダー、プラバッジ、トートバッグ、クリアファイル、ボールペン等)が下今市駅3・4番線ホーム売店、鬼怒川温泉待合室内売店で販売されている。

SL「大樹」の運転が開始された2017年8月10日から『SL「大樹」完全乗車キャンペーン』が展開されており、記念乗車証を集めると枚数に応じて「今市報徳二宮神社の御守」「ピンバッジ」「完全乗車記念ブック」の各景品が受け取れる[15]。期間は2018年8月9日まで。

過去の列車種別

快速・区間快速

浅草駅発着で運転され、一部を除き野岩鉄道会津鬼怒川線会津高原尾瀬口駅会津鉄道会津線会津田島駅まで直通運転を行っていた。これは東京方面 - 南会津方面を直通運転する唯一の列車であった。また、快速・区間快速とも鬼怒川線内は各駅に停車し、当線内の各駅停車列車の役割も果たしていた。廃止時時点では、快速は浅草駅 - 新藤原駅間を2時間30分程度、区間快速で2時間45分程度の所要時間であった。2017年4月21日ダイヤ改正で廃止となり、南栗橋着の区間急行、下今市発着の普通などに置き換えられた。

使用車両

車種は特記なければ電車。

現在の車両

他社乗り入れ車両

ファイル:YAGANRAILWAY SERIES6050 62102F RPD.JPG
快速列車に使用される野岩鉄道6050系100番台(下今市駅)

過去の車両

ファイル:Kinugawa Onsen-2005-03-21 4.jpg
「AIZUマウントエクスプレス」に2010年まで使用された会津鉄道キハ8500系(鬼怒川温泉駅)


歴史

当線の歴史は、1913年(大正2年)1月に運転を開始した当時日本最大級の最大3万1,200キロワットの電力を発生する鬼怒川水力電気下滝発電所(現・東京電力鬼怒川発電所)建設のための資材運搬軌道が前身となっている。

1915年(大正4年)に藤原軌道株式会社として栃木県上都賀郡今市町(現・日光市)から塩谷郡藤原村(同)に至る2フィート6インチ (762mm) 軌間の蒸気軌道の特許を受けることから出発し、同年10月30日に創立総会を開き、会社名を下野軌道株式会社と改め、高野留吉が初代社長に就任、本社を今市町(同)に置き、資本金10万円で設立された。

1917年(大正6年)1月2日に大谷川北岸(大谷向今市) - 鬼怒川南岸(中岩)までの3マイル6分 (4.9km) が開通した。鉄道運輸事業は鬼怒川水力電気下滝発電所建設のための資材輸送を始めとする貨物輸送が主力で、開業当初の動力は蒸気機関車を利用して貨車と客車との混合編成で1日6往復し、旅客は約90人、貨物は55tを輸送した。

1917年(大正6年)5月には沿線鉱山の急激な発展に対応するため設備と資本金を50万円に増資し、同年11月に中岩 - 大原まで2.5マイル (4km) が開通し事業も上向きかけていたが、第一次世界大戦の影響で石炭と油脂類の物価が急騰したことから営業費が増大し、加えて1918年(大正7年)6月には貨物輸送の大半を占めていた西沢・木戸ヶ沢両精錬所が事業を中止するに至り、1日の貨物量が100tから40tまで激減して売上減少の大打撃を被った。しかし、1919年(大正8年)3月に大原 - 下滝間、同年10月に大谷向今市 - 新今市間が開通し、大谷川を渡って省線今市駅前から接続することになり、1920年(大正9年)1月1日には下滝 - 藤原間が開通し、開業から3年で新今市 - 藤原間10マイル9分 (16.2km) が開通した。

1918年(大正7年)9月には、高徳より分岐して東北本線矢板駅に至る軌道特許を得ていたが、1919年(大正8年)に地方鉄道法が施行されて、地方鉄道敷設免許を得て軌道敷設特許を返上した。

1920年(大正9年)5月に藤原線(現・鬼怒川線)を軌道線から電気鉄道線に改良し、地方鉄道敷設申請を提出して免許を受け、改良工事の名目で資本金100万円に増資、1921年(大正10年)6月6日に会社名を下野電気鉄道と改めた。1922年(大正11年)3月9日に新今市 - 藤原間全線電化を行い、電車線は600Vの電気鉄道として歩み出した。副業として電灯・電力の供給事業に進出した。電化当初は電車は運転されず、電気機関車の牽引で旅客運輸営業に就いた。1923年(大正12年)5月31日に不況の長期化、とりわけ鉱山の影響が大きく旅客・貨物とも運輸営業の収支が悪化し、資本金を80万円に減資した。1924年(大正13年)3月1日後に東武矢板線となる高徳 - 矢板間の一部(高徳 - 天頂間)6マイル4分 (9.7km) が開通したが、営業収支が上がらず、依然として不振に喘いでいた。

1925年(大正14年)には、新事業として乗用自動車事業に進出した。同年12月には免許がおりた。1926年(大正15年)3月11日に乗用自動車事業が営業開始、電動客車1両を導入し、電機牽引列車と併用したが沿線の自動車路線との競争が激しくなり収益が上がらず、高野留吉が取締役を退き代わって植竹竜三郎が取締役社長に就き、同年12月に宇都宮政市が植竹竜三郎に代わって就任した。1927年(昭和2年)4月には資本金を160万円に増資し、本社を東京市本所区(現・東京都墨田区)の東武本社内に移した。徐々に東武鉄道の傍系鉄道会社として経営陣も刷新していったようである。

1929年(昭和4年)、東武の日光線が下今市まで延伸されたの機に同線との連絡を図り、小倉町臨時停留所を設置、さらに同年10月22日に東武日光線下今市駅構内に乗り入れ、同駅に起点を改めて新今市 - 大谷川右岸間(新線と旧線の切り替え地点)を廃止した。このとき下野電気鉄道と東武鉄道との乗り入れを考慮して、下今市 - 大谷川右岸間、天頂 - 矢板間を東武鉄道と同じ軌間3フィート6インチ (1067mm)で建設し、大谷川右岸 - 新高徳 - 天頂間を改軌し、下今市 - 矢板間の直通運転を開始した。また、12月20日には鉄道省線との旅客貨物の連絡運輸を開始した。改軌当初は充当させる車両が少なく直通先の東武鉄道から蒸気機関車や客車を借り入れた。電車もともに充当させる車両が少なく日光電気軌道から車両を借り入れた。非電化区間の旅客輸送には汽車会社製のガソリン気動車2両を購入し充当した。翌1930年(昭和5年)には残る新高徳 - 新藤原間も改軌した。1931年(昭和6年)、電車線が600Vでは将来直通の弊害となるため1500Vに昇圧し、電車も川崎車両(現・川崎重工業車両カンパニー)から購入し就役させた。

鬼怒川川治温泉が世間から認知を受けていくうちに乗合自動車業者との競争が激化し、1932年(昭和7年)5月には下野電気鉄道線の減収が激しくなったようである。かくして同社は創業以来営業収益が芳しくなく加えて1920年(大正9年)頃からの昭和恐慌によって沿線の鉱山も深刻な経営不振に陥り、ようやく鬼怒川・川治温泉が賑わう頃となっても自動車路線との競争の激化で収支が見込めないためほとんど株主に利益配当ができず、大正年間以来大半が政府補助金の交付を受けていた。創業以来困難な経営状況が続いていた下野電気鉄道は、陸上交通事業調整法による交通統合により1943年(昭和18年)5月1日東武鉄道に買収され解散に至った。即日東武鬼怒川線として運営されている。

年表

  • 1917年(大正6年)
    • 1月2日 下野軌道が大谷向今市(現・大谷向) - 中岩(後に廃止)間 (6.0km) の営業を開始。軌間762mm。鬼怒川温泉付近にあった下滝発電所(現・東京電力鬼怒川発電所)への資材運搬のためであった。
    • 11月1日 中岩 - 大原(現・鬼怒立岩信号場)間 (4.1km) が開通。
  • 1919年(大正8年)
    • 3月17日 大原 - 下滝(現・鬼怒川温泉)間 (1.3km) が開通。
    • 10月1日 大谷向今市 - 新今市(現・JR今市駅前)間 (1.4km) が開通。
    • 12月28日 下滝 - 藤原(現・新藤原)間 (3.7km) が開通。大谷向今市駅を大谷向駅に改称。
  • 1921年(大正10年)6月6日 下野軌道が下野電気鉄道に改称。
  • 1922年(大正11年)3月19日 軌道法に基づく新今市 - 新藤原間の軌道を廃止し、同区間を電化して地方鉄道法に基づく鉄道として開業。大原駅を下原駅に、下滝駅を移設し大滝駅に、藤原駅を移設し新藤原駅に改称。
  • 1924年(大正13年)11月11日 小佐越前駅(現・小佐越駅)開業。
  • 1927年(昭和2年)
    • 2月19日 大滝駅を鬼怒川温泉駅に改称。
    • 11月以降 新今市 - 大桑間の大谷向駅廃止。
  • 1929年(昭和4年)
    • 7月7日 新今市 - 大桑間に小倉町駅開業。東武日光線乗り換え駅。
    • 10月22日 新今市 - 大谷川右岸間を廃止、下今市 - 大谷川右岸間が開通(大谷川右岸は新線・旧線との切り替え地点であるが駅ではない)。軌間は1067mm。大谷川右岸 - 新高徳間も1067mmに改軌。東武日光線と連絡開始。小倉町駅は廃止。高徳駅を新高徳駅に改称。
  • 1930年(昭和5年)
    • 5月9日 新高徳 - 新藤原間を1067mmに改軌。
    • 7月6日 鬼怒大瀞駅開業。小佐越前駅を小佐越駅に改称。
  • 1931年(昭和6年)3月1日 下今市 - 大桑間に大谷向駅開業。
  • 1933年(昭和8年)1月1日 下原駅を鬼怒立岩駅に改称。
  • 1939年(昭和14年) 鬼怒川公園駅開業。
  • 1943年(昭和18年)5月1日 東武鉄道が下野電気鉄道を買収。鬼怒川線となる。
  • 1944年(昭和19年)10月25日 鬼怒大瀞駅、鬼怒川公園駅休止。
  • 1948年(昭和23年)8月6日 週末に浅草 - 鬼怒川温泉間で特急を運転開始。
  • 1949年(昭和24年)2月1日 特急「鬼怒」運転開始(1951年に「きぬ」と改称)。
  • 1950年(昭和25年)9月1日 鬼怒川公園駅営業再開。
  • 1954年(昭和29年)11月16日 鬼怒大瀞駅廃止。
  • 1961年(昭和36年)12月1日 鬼怒川公園駅休止。
  • 1962年(昭和37年)12月10日 鬼怒川公園駅営業再開。
  • 1964年(昭和39年)10月8日 鬼怒立岩駅が廃止され信号場に変更。旧藤原町役場付近にあった鬼怒川温泉駅が下今市駅方に1.2km移転[16]。鬼怒立岩信号場 - 鬼怒川温泉間0.8km複線化。
  • 1986年(昭和61年)10月9日 野岩鉄道会津鬼怒川線が開業し、直通運転を開始。
  • 1990年(平成2年)10月12日 会津鉄道会津線会津高原駅(現・会津高原尾瀬口駅) - 会津田島駅間が電化し、野岩鉄道会津鬼怒川線を介しての直通運転開始。
  • 2005年(平成17年)3月1日 「AIZUマウントエクスプレス」運転開始。
    • 東武鉄道では1983年(昭和58年)の熊谷線廃止以来の気動車列車復活となった。ただし、運転・車掌乗務は車両の取扱方や免許等の関係で会津鉄道に委託。
  • 2006年(平成18年)3月18日 JR新宿直通の特急「きぬがわ」「スペーシアきぬがわ」運転開始。
  • 2011年(平成23年)
  • 2012年(平成24年)
  • 2015年(平成27年)
    • 9月9日[17] 大雨による新高徳 - 小佐越間の盛土流出および小佐越 - 鬼怒川温泉間の線路砕石流出で全線不通となる[18]
    • 9月18日 全線で運転再開[19]
  • 2017年(平成29年)

駅一覧

駅番号 駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 区間
急行

普通
接続路線・備考
 
TN 東武日光線直通運転
TN-23 下今市駅 - 0.0 東武鉄道:TN 日光線
TN-51 大谷向駅 0.8 0.8  
TN-52 大桑駅 4.0 4.8  
TN-53 新高徳駅 2.3 7.1  
TN-54 小佐越駅 2.8 9.9  
TN-55 東武ワールドスクウェア駅 0.7 10.6  
- 鬼怒立岩信号場 - (11.6)  
TN-56 鬼怒川温泉駅 1.8 12.4  
TN-57 鬼怒川公園駅 2.1 14.5  
TN-58 新藤原駅 1.7 16.2 野岩鉄道会津鬼怒川線
野岩鉄道会津鬼怒川線直通運転

2007年3月18日ICカードPASMO」を導入。自動改札機を設置していない駅については簡易ICカード改札機を設置して対応している。終点新藤原駅は東武鉄道のみならずPASMOエリア北端の駅である(日本の大手私鉄最北端の駅でもある)。

留置線のある駅

廃駅

  • 新今市駅(新今市 - 大谷川右岸間旧線上の駅 1922年3月19日開業・1929年10月22日廃止)
  • 小倉町駅(新今市 - 大谷川右岸間旧線上の駅 1929年7月7日開業・1929年10月22日廃止)
  • 鬼怒大瀞駅(新高徳 - 小佐越間 1930年7月6日開業・1944年10月25日休止・1954年11月16日廃止)
  • 鬼怒立岩駅(旧・大原駅→下原駅 小佐越 - 鬼怒川温泉間 1917年11月1日開業・1964年10月8日廃止、信号場へ降格)

脚注

  1. 停車駅のご案内(東武本線)を参照
  2. ただし、駅や冊子の時刻表にある「停車駅ご案内」には区間急行を示す桃色のラインは当線には表示されていなかった。
  3. 3.0 3.1 東武鬼怒川線でSL“大樹”が営業運転を開始 - 鉄道ファン・railf.jp 鉄道ニュース、2017年8月10日
  4. 4.0 4.1 東武鉄道「51年ぶりSL復活」、感動の舞台裏 - 東洋経済経済オンライン、2017年8月11日
  5. “ボイラーの蒸気圧調整、車体の打音検査、曲線、勾配走行、石炭投入のタイミング…8月出発進行へ東武SL習熟訓練中”. 産経新聞. (2017年7月1日). http://www.sankei.com/premium/news/170701/prm1707010011-n1.html . 2017閲覧. 
  6. 蒸気機関車(SL)の復活を目指します(2017年度目途) - 東武鉄道ニュースリリース(2015年8月10日) (PDF)
  7. 鉄道ファンNo.678号 pp.74 - 77
  8. 蒸気機関車(SL)復活運転の車両・施設計画概要について - 東武鉄道ニュースリリース(2016年4月21日) (PDF)
  9. 東武鉄道下今市駅構内に「転車台広場・SL展示館」が開設される - 鉄道ファン・railf.jp 鉄道ニュース、2017年7月23日
  10. 鉄道ファンNo.678号 pp.74 - 77
  11. 鉄道ファンNo.678号 pp.74 - 77
  12. 2017年夏に東武鬼怒川線で復活運転するSLの列車名称をSL「大樹」に決定! - 東武鉄道ニュースリリース(2016年12月1日) (PDF)
  13. 13.0 13.1 東武鬼怒川線で復活するSL「大樹」の営業運転開始日を2017年8月10日(木)に決定! (PDF)”. 東武鉄道 (2017年1月18日). . 2017閲覧.
  14. DL「大樹」運転について - 東武鉄道ニュースリリース(2018年1月19日) (PDF)
  15. SL「大樹」の車内では、SL観光アテンダントが地域の魅力を発信! (PDF)”. 東武鉄道 (2017年7月19日). . 2018-6-2閲覧.
  16. 鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション23「東武鉄道 1950〜60」より。
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  23. 東武鬼怒川線の建造物が国の登録有形文化財に登録決定”. railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2017年7月24日). . 2017年7月28日閲覧.

参考文献

  • 花井正弘「下野軌道/下野電気鉄道の機関車」、『鉄道ファン』2004年1月号 No.513、2004年、 pp. 140 - 146。
  • 今尾恵介『日本鉄道旅行地図帳 3号 関東1』新潮社、2008年

関連項目

外部リンク

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