道玄坂

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道玄坂
—  町丁  —
道玄坂の位置
道玄坂
道玄坂の位置
座標: 東経139度41分59.37秒北緯35.6587306度 東経139.699825度35.6587306; 139.699825
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 25px 渋谷区
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 625人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 150-0043[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 品川

道玄坂(どうげんざか)は、

  1. 東京都渋谷区にある地名(住所
  2. その由来となった渋谷駅ハチ公口前から目黒方面へ向かう上り坂の名称[4]

であり、命名はこの坂に出没して山賊野盗のふるまいをしたという和田義盛の残党、大和田太郎道玄に因む[5]、もしくは道玄庵という寺の庵主が、徳川家康に由緒書を出したことに因む[6]とされる[4]

ファイル:Keiobus-Higashi D30616 Shibu-66.jpg
渋谷駅前 (2011年)
写真中央及び左手が渋谷区道玄坂、右手は同宇田川町の町域となる
ファイル:Dogenzaka-1.jpg
道玄坂(2008年12月17日撮影)

概要

渋谷駅西側の丘陵部に位置する繁華街である。

地区

南から北へ道玄坂一丁目および二丁目がある。地区としては、北に宇田川町、東にJR渋谷駅、南に桜丘町南平台町、西に円山町に接する。郵便番号は、150-0043。

地区の大部分を緩やかな傾斜地が占め、おおむね東の渋谷川方向に下る傾向がある。1970年代半ば頃までは多くの民家が店舗などと共に混在する地域だったが、その後は店舗系の商業地がほとんどを占める反面で近年は業務系のフロアが多くを占めるビルも目立つ。

坂道としての道玄坂はかつての住所で渋谷区上通3丁目に位置し、宮益坂のふもとから続いて西に上っている[7]。上は玉川通りの道玄坂上交差点から、下は渋谷駅前までである。一時期は玉電が坂の中腹から道玄坂上までを走り、現在では玉電の代替とした新玉川線が名称変更した東急田園都市線が坂の地下を通過している。名称は、「道元坂」、「道源坂」と表記されることもあった[7]

道玄坂は、谷底である渋谷川を挟んで宮益坂(富士見坂)と対面しており、江戸時代に著された『江戸町づくし』には、「行人坂」としても紹介されている[8]

現在の地理では坂下にはターミナルである渋谷駅があり、坂の沿道には109など東急系の大型店舗・施設を中心に飲食店雑居ビル映画館などが多く立ち並んでいる。通りから文化村通りへつながる道玄坂小路には風俗店や飲食店、交番前交差点から円山町と接してBunkamura方面につながる「ランブリングストリート」沿いにはライブハウスラブホテルが密集する地域もあり、狭い範囲ながらも多様性のある地域である。

歴史

道玄坂の由来

「道玄坂」の名の由来は諸説あり、鎌倉時代前半まで勢力を持っていた和田氏の一族、または高座・渋谷氏(相模渋谷氏)の子孫だとされ、山賊として暮らしていた道玄という人物に由来するという説や、道玄が結んだ(いおり)かどうか不明ではあるものの、坂に道玄庵とよばれる庵があったからだとも伝えられる[9]

鎌倉時代に勢力を振るっていた和田義盛が、北条氏によって一族もろとも滅ぼされた後、和田氏の一族の大和田道玄は数人の一族とともに、現在の道玄坂の坂の上で旅人を見つけては山賊となって、衣類や金品を奪って暮らしていたといわれている[9]

また、道玄については、相模国高座郡(現・大和市綾瀬市付近)に住んでいた高座・渋谷氏の残党という説もある。渋谷氏は、桓武平氏の子孫である秩父武綱を祖とする秩父氏から分派した一族で、鎌倉時代に高座・渋谷氏が滅亡して、その残党が現在の渋谷一帯を領有していた武蔵・渋谷氏を頼って渋谷付近に住みつき、その子孫の一人が道玄で、やはり山賊をしていたといわれている[9]

道玄坂について、江戸時代末期に著された地誌江戸名所図会』には、次のような記載がある。

  1. 「道玄あるいは道元に作る。里諺に云、大和田氏道玄は和田義盛が一族なり。建暦三年(1213年)五月和田一族滅亡す。其の残党此所の窟中に隠れ住て、山賊を業とす。故に道玄坂というなり」
  2. 「或人云。道玄は沙門にして、此地に昔一宇の寺院ありて道玄寺と称したり。故に坂の名に呼び来れるともいひて、一ならず」

道玄坂地区沿革

ファイル:1952 Shibuya.jpg
1952年昭和27年)当時の渋谷駅前 - 左手に緩やかに登る道が道玄坂

町名の変遷

実施後 実施年月日 実施前(各町名ともその一部)
道玄坂一丁目 1970年昭和45年)1月1日 大和田町、上通三丁目、上通四丁目、南平台町、桜丘町
道玄坂二丁目 上通三丁目、円山町、大和田町、栄通一丁目

世帯数と人口

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
道玄坂一丁目 156世帯 211人
道玄坂二丁目 349世帯 414人
505世帯 625人

小・中学校の学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[12]

丁目 番地 小学校 中学校 調整区域による変更可能校
道玄坂一丁目 全域 渋谷区立神南小学校 渋谷区立松濤中学校 渋谷区立猿楽小学校
道玄坂二丁目 1~10番
11番1~3号
16番、28番
その他

交通

鉄道

バス

道路

施設

ファイル:Shibuya Tokyo in 1945.jpg
1945年昭和20年)、敗戦の年の渋谷駅前 - 左手が道玄坂

旧跡

道玄坂を舞台にした作品

文学
  • 怪人二十面相江戸川乱歩 - 二十面相の隠れ家が道玄坂にあった。
  • 幻魔大戦平井和正 - 主人公東丈の主催するGENKENの所在地が道玄坂。
  • 悪霊シリーズ小野不由美 - 主人公谷山麻衣のバイト先、「SPR(渋谷サイキックリサーチ)」の所在地が道玄坂。
  • 『みみずのたはこと(水汲み)』徳冨蘆花「余り腕が痛いので、東京に出たついでに、渋谷の道玄坂で天秤棒を買つて帰つた。」
  • 『九月十月十一月』太宰治「銀座通りといふ賑やかな美しいまちがある。堂々のデパアトもある。道玄坂歩いてゐる気持である。」
  • 『文学的自叙伝』林芙美子「三、四ヶ月で馘(くび)になり、私は両親と一緒に神楽坂だの道玄坂だのに雑貨の夜店を出すに至りました。」
  • 『青服の男』甲賀三郎「暖くなった春の宵、望月刑事は別の事件で上京して、渋谷の道玄坂の通りを歩いていた。」
  • 『堕落論』坂口安吾「道玄坂では、坂の中途にどうやら爆撃のものではなく自動車にひき殺されたと思われる死体が倒れており、一枚のトタンがかぶせてある。」
  • 『武蔵野』国木田独歩「僕が考えには武蔵野の詩趣を描くにはかならずこの町外れを一の題目とせねばならぬと思う。たとえば君が住まわれた渋谷の道玄坂の近傍、目黒の行人坂、また君と僕と散歩したことの多い早稲田の鬼子母神あたりの町、新宿、白金……」
  • 『砂がき』竹久夢二「夜も昼も道玄坂をすさまじい響をたてゝ下つていつた陸軍の軍用タンクの自動車は、私の頭に異常な不安を殘したと見えて、いつでも夜ふけてあの響を聞くと、實に荒唐無稽な恐怖におそはれる。」
  • 『綺堂むかし語り(箙の梅)』岡本綺堂「渋谷の道玄坂辺は大変な繁昌で、どうして、どうして、この辺どころじゃありませんよ」
  • 『晶子詩篇全集(街に住みて)』与謝野晶子「かかる時、たとへば渋谷の道玄坂の如(ごと)く、突きあたりて曲る、行手の見えざる広き坂を、今結びし藁鞋の紐の切目すがすがしく、男も女も脚絆して足早に上(のぼ)りゆく旅姿こそをかしからめ。」
  • 『海野十三敗戦日記』海野十三「通りより道玄坂の右側を通りて下りる。戦災の焼あとに店続々と出来てものすごき勢いなり。」
  • 『東京人の堕落時代』夢野久作「東京はこんな風に、大人の享楽主義の天国であるように、少年少女の花の都である。牛込の神楽坂、渋谷の道玄坂、神田の神保町付近、本郷の湯島天神あたりの夜は、今でもそんな気分の「淀み」を作っている。」
  • 『海豚と河豚』佐藤垢石「これ(鯨肉)を友達数人と、道玄坂のさる割烹店へ提げ込んだが、ここでは残念なことに、船で食べたような調理の旨味をだしてくれなかったのである。」
音楽

脚注

  1. 1.0 1.1 住民基本台帳・外国人登録による人口”. 渋谷区 (2017年12月1日). . 2017閲覧.
  2. 郵便番号”. 日本郵便. . 2017閲覧.
  3. 市外局番の一覧”. 総務省. . 2017閲覧.
  4. 4.0 4.1 通りの名前 渋谷区ウェブサイト、平成23年4月17日閲覧
  5. 江戸名所図会』には「俚諺(りげん)に云う。大和田氏道玄和田義盛が一族なり。建暦三年五月和田の一族滅亡す。其(その)残党此所(ここ)の窟内に隠れ住みて山賊を業とす。故に道玄坂と云うなり」としている。なお、引用中の「建暦三年」は1213年
  6. 内藤清成『天正日記』によるが、日記自体が偽書ともいわれる
  7. 7.0 7.1 「道玄坂」 横関英一 『江戸の坂 東京の坂(全)』 筑摩書房 平成22年11月10日発行
  8. 「渋谷の行人坂」 横関英一 『江戸の坂 東京の坂(全)』 筑摩書房 平成22年11月10日発行
  9. 9.0 9.1 9.2 ロム・インターナショナル(編) 2005, pp. 110-111.
  10. 同年2月2日、自治省告示第22号「住居表示が実施された件」
  11. 同年7月25日、郵政省告示第653号「郵便局を改称する件」
  12. 通学区域”. 渋谷区. . 2017閲覧.

参考文献

  • ロム・インターナショナル(編) 『道路地図 びっくり!博学知識』 河出書房新社〈KAWADE夢文庫〉、2005-02-01。ISBN 4-309-49566-4。

外部リンク