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肝付兼太

きもつき かねた
肝付 兼太
プロフィール
本名 肝付 兼正[1]
(きもつき かねまさ)
性別 男性
出生地 日本の旗 日本鹿児島県揖宿郡喜入町(現・鹿児島市)[2]
死没地 日本の旗 日本
生年月日 (1935-11-15) 1935年11月15日
没年月日 (2016-10-20) 2016年10月20日(80歳没)
血液型 AB型
身長 171 cm
職業 声優俳優
事務所 劇団21世紀FOX(初代主宰)
81プロデュース(最終所属)
声優活動
活動期間 1954年 - 2016年
ジャンル アニメ、ゲーム、吹き替え
デビュー作 『婦人の時間』
俳優活動
活動期間 1954年 - 2016年
ジャンル テレビドラマ、映画、舞台
デビュー作 『こぶしの花の咲くころ』
声優テンプレート

肝付 兼太(きもつき かねた、1935年11月15日 - 2016年10月20日[3])は、日本の声優俳優演出家。本名は肝付 兼正(きもつき かねまさ)。81プロデュース所属。劇団21世紀FOX初代主宰[4]

生涯

肝付氏の末裔[2][5]1935年11月15日[1]鹿児島県揖宿郡喜入村(現鹿児島市喜入町[2]で生まれたが、3歳の時に鹿児島を離れ東京で育った[5]。戦時中は山梨に疎開した[6]。終戦後中学へ進学するにあたり、私立中学を受験したが失敗[7]。その当時、役者の仕事は映画かラジオ番組が主だった中で気を紛らわすためにラジオドラマを聞いており、NHKの『話の泉』という番組の公開録画を見に行った折「この場所で仕事が出来たら…」と思ったのがきっかけで映画俳優を志す[8]。憧れていた俳優は榎本健一[9]。しかし、祖母から「映画俳優をやれる容姿ではない」と諭され、顔出しよりもラジオドラマで声のみで出演する「声優」の仕事を目指すようになる[7]帝京高校在学時に自ら演劇部を設立[10]。その演劇部で木下順二の『夕鶴』を上演したのがきっかけで芝居の道へ進む[9]。高校卒業後は父親の他界により大学進学を断念した。ラジオ東京(現TBS)放送劇団の第4期生の募集に応募するが落選し、高島屋に勤務[8]しながら劇団七曜会に入団した[11]。当時、七曜会がNHKの仕事に積極的に取り組んでいたため、それが縁で肝付もNHKのラジオドラマに出演するようになり[12][13]、役者として食べていくという自分の気持ちを確固たるものにするため高島屋は退社した。しかし、声優としてデビューした後もしばらくは食べていけなかったため、旅行会社の添乗員や靴磨き、歯科医などでアルバイトをしていた経験もある[7]。七曜会が解散した後は、青野武と共に日生劇場のこけら落とし公演のオーディションを受け合格し、これに出演[7]。七曜会から分裂した劇団作品座の所属を経て[14]、TBS放送劇団出身の千葉耕市がプロダクションを建てるために役者集めをしていたところに誘われ、そのプロダクションに所属した[12]。所属プロダクションはその後、青二プロダクション[14]ぷろだくしょんバオバブ[15]、自身が主宰する21世紀FOXと変遷。2016年2月2日付けで81プロデュース所属となった。

映画デビューは1956年公開の『こぶしの花の咲くころ』(家城巳代治監督)であり[7][12]、当時はまだ劇団の研究生で本名の「肝付兼正」として床屋の青年役で出演した。これ以外に1966年のポルノ作品である『汚辱の女』にも出演しているが、実写映画作品の顔出しの役者としての出演経験はこの2本のみ[12]

ラジオドラマデビューは主婦向けの昼の番組『婦人の時間』(NHK)で、クリーニング屋の御用聞きの役。台詞は二言だけだったが、当時は全てが生放送だったこともあり、その時の緊張感と二言の台詞はいまだに忘れないという[7]

アフレコデビューは海外ドラマ地方検事』(TBS)での暴走族の役[16]

国産のアニメが登場してからは『0戦はやと』、『ビッグX』、『エイトマン』等に端役で出演するようになるが、1965年の30歳直前にマネージャーが藤子作品のキャスティングを担当することもあり、TBS版の『オバケのQ太郎』のゴジラ役でアニメのレギュラーを獲得。当初は「スタジオの外だと面白いのに、中だとつまらない」とマネージャーから言われていた。そんな折、第4話収録時に開き直ってアドリブを入れまくったところ、見学に来ていた藤子不二雄が手を叩いて喜び気に入られた。これ以降、藤子不二雄作品には原作者指名で役を貰い、必ずと言っていいほど出演するようになった[16][8]。藤子作品で出演していない作品は『チンプイ』、『モジャ公』など[6]。『ジャングル黒べえ』では初主役[17]となる黒べえ役を演じ、テレビ朝日版の『ドラえもん』では骨川スネ夫役を1979年の放送開始以来26年間に亘って担当。日本テレビ版の『ドラえもん』ではジャイアン役を担当していた。

1980年代の小劇場ブームの時に、北村想の作品『寿歌』と出会い衝撃を受ける。自身も演劇をやりたいと強く思い、紀伊國屋で北村の『十一人の少年』の台本を見つけ「この戯曲の上演をしたい」と考え許可を取り、当時講師をしていた養成所の若者を集め、1983年9月に劇団21世紀FOXを結成した[18]。結成当時のメンバーに宮下タケル松尾まつお速見圭西原久美子らがおり、すぐ後に山口勝平が入団する。劇団では演出、構成を手がけるだけでなく、若手俳優の育成指導にもあたっている。2008年には劇団が結成25周年を迎え、同年12月にはかつて劇団に所属していた伊藤健太郎らを招いて25周年記念公演を開いた[19]

1985年11月から12月にかけて喉の手術のため入院(1980年頃から多くのアニメ作品にキャラクターの声で出演していたため)。そのため『ドラえもん』(テレビ朝日版)のスネ夫、『オバケのQ太郎』(テレビ朝日版)のハカセ役は、木佐キザオ役で共演していた龍田直樹が代役を務め、『にこにこぷん』ではじゃじゃ丸が風邪を引いたという設定で2週間しゃべらずに乗り切った。手術の際、自分の声が綺麗になってしまうことを恐れ、ポリープをピンセットでつぶしたという[20]

2004年ニトロプラスから発売されたドラマCD鬼哭街』では「ディレクション」(演出)としてクレジットされているが、出演はしていない。

2005年、第14回日本映画批評家大賞で、大山のぶ代ら『ドラえもん』(テレビ朝日版)のオリジナルレギュラー陣4人とともに田山力哉賞を受賞[21]。さらに2006年11月、第11回アニメーション神戸で、同じくオリジナルレギュラー陣4人とともに特別賞を受賞[22]2007年3月には東京国際アニメフェア2007で、同じくオリジナルレギュラー陣4人とともに第3回功労賞を受賞[23]2012年、第六回声優アワード「功労賞」を受賞[24]

晩年は病気療養していたが、2016年10月20日肺炎のため死去。80歳没[3][4]。同年9月19日に収録されたNHKラジオの『ラジオ深夜便』のコーナー「シリーズ【時代を創った声】」(2016年11月6日放送)への出演が最後の仕事となった[25]

また、長年レギュラー出演していた、『それいけ!アンパンマン』では2016年10月21日放送の「ホラーマンとカッパチーノ」の回が最後の出演となり、また、2016年クリスマススペシャル『ポッポちゃんのきらきらクリスマス』では生前の声を使ったライブラリ出演となっている。収録済の作品としては、2017年1月29日NHK BSプレミアムで放送された『ワンワンパッコロ!キャラともワールド』にゲスト出演したじゃじゃまるの声及び2018年2月9日フジテレビで放送された金曜プレミアム・ミステリードラマスペシャル『新 京都殺人案内』の事件目撃者役の出演が遺作となった。

2017年1月9日、テレビ朝日にて放映された『人気声優200人が本気で選んだ!声優総選挙!3時間SP』で第23位に選ばれる[26]

人柄

特色

アニメ草創期から活動しており、少年から老人、人間以外の役もこなす。異性の老婆役を担当した経験がいくつかある[27]。主に子供向けのアニメや教養番組に出演している。

印象に残る作品について、初主演の『ジャングル黒べえ』の黒べえ役と『バーバパパ』を挙げている。特に『バーバパパ』では小原乃梨子と2人だけで全てのキャラクターに声を当てたほか、3人の子供の主題歌を歌いレコード化もされており、「唄う声優」となったのはおそらく自分が初めてではないかと語っている[17]。『ジャングル黒べえ』時も主題歌を歌うように依頼されたが、テンポが速く無理だったため、結局大杉久美子が主題歌を担当し、肝付は合いの手だけを入れている。その後、『にこにこぷん』のじゃじゃ丸として週3本ペースで2000曲ぐらい唄ったが、唄っているうちに調子がわかるようになったという。最初の2・3年は大変だったと回想している[27]。『怪物くん』では怪物三人組で『おれたちゃ怪物三人組』という曲を唄っているが、3人が3人とも音痴だったため作曲者の小林亜星はとても苦労していたという[28]

洋画の吹き替えをすることはあまりないが、ウディ・アレンジェリー・ルイス[6]を担当した作品がいくつかある。「泣くも笑うもすでに出来上がっているものに合わせるだけの洋画の吹き替えは、『なぞりの芸』って事であまり好きではない。その点アニメは自分で考えてキャラクターを作っていくという面白さがある」と著書やインタヴューで語っている[16]。また、ディズニー作品において、コオロギ(『ピノキオジミニー・クリケット)、ネズミ(『おしゃれキャット』ロックフォール)、カモメ(『リトル・マーメイド』スカットル)という3種類の動物役を演じている。

2005年3月18日をもって『ドラえもん』のスネ夫役を降板するが、その後も『トリビアの泉』の影ナレーターなどの企画でスネ夫を演じた。また、『それいけ!アンパンマン』のホラーマンや『トムとジェリー』の新吹き替えでトムを演じるなど、声優としての活動を続けた他、『東京アニメーター学院』で声優科の講師も務めた。2006年には、文学座代表の戌井市郎や演出家の瓜生正美らとともにパラダイス一座を結成する[29]など、70歳を越えた後も精力的に演劇活動を行っていた。

出演作品にまつわる逸話

テレビアニメ『銀河鉄道999』の車掌を演じる際、「なんだこれは?」と喧々囂々で原作者の松本零士も肝付に車掌の正体を教えなかった[30]ため、今まで演じてきたキャラクターの中でも一番演じるのが難しかったと語っている。真面目で律儀なイメージで演じていったが、正体が分かった時には「最初から正体が空気だと分かっていたら、演じようがなかった(笑)」と語っていた(『創ったヒト』出演時)。

テレビ朝日版の『ドラえもん』では骨川スネ夫役を1979年の放送開始以来26年間に亘って担当したが、日本テレビ版の『ドラえもん』ではジャイアン役を担当していた。だが、ジャイアンを担当していたことに関して自身はあまり記憶には残っていなかったと語っており、日本テレビ版の『ドラえもん』のことは白黒作品であったと勘違いしていた。

2008年3月15日放送の『ナンボDEなんぼ』(関西テレビ)に、大山のぶ代とともにゲスト出演した。「声優のナンボ」をテーマに、ドラえもん収録時のエピソードや、今まで演じてきたキャラクターへの思い入れなどを語っていた。

アドリブがそのままキャラクターの設定や定番の台詞として採用されたケースがいくつかあり、たとえば、『キテレツ大百科』の刈野勉三の訛り口調[20]や、『ドラえもん』スネ夫の「のび太のくせに生意気だ」という台詞[31]、『にこにこぷん』でじゃじゃ丸が登場する時に言う「オッス!!じゃじゃまるさんだぞ!」という台詞は、肝付によるアドリブから生まれたものである。

赤塚不二夫作品にも多数の出演経験があるが、「お願い!ランキング」の1コーナー、「雄二のぶっちゃけ部屋」のゲストとして肝付が出演した際、1988年のテレビアニメ『おそ松くん』のイヤミ役を担当したときは、赤塚は肝付がイヤミ役を担当することには賛成しなかったと明かした[20]。これは、前作のイヤミを演じたのが肝付の先輩でもある小林恭治であり、比較的早口で紳士的な口調で喋る小林とは違い、イヤミのキャラでもある嫌味な部分やずる賢さを全面的に押し出した肝付の演技は小林とは180度異なっていたため、赤塚は周囲に「前と全然違うなあ」と違和感を漏らしていたという(このことは赤塚の死後、関係者によって肝付に明かされた)。だが、放送終了後「違うタイプのイヤミっていうことでいいかもね」と一応納得したという。肝付はイヤミを演じた当時について「10年前にこの役をやれたら、もっとテンション上げられたのにって思っていました」と語っているが、それでも収録が終わると「今日は毛細血管が7本切れた」というくらいテンション高く演じていたという[27]

ドカベン』では、殿馬一人を担当。殿馬の「づら」という口調は、山梨の方言であるため疎開したときの経験を活かして役に反映させたという。殿馬が、『ドカベン プロ野球編』でドラフト5位でオリックスに入団したことや「殿馬の振り子打法は、イチローなんかも真似した」などということで、プロ野球中継の解説をキャラクターとして行ったことがある[6]。また、自身のTwitterアカウントも「tonoma_zura_」で取得している。

人間関係

ドラえもん (テレビ朝日版)』で共演したジャイアン役のたてかべ和也とは、50年以上の付き合いがあり特に仲が良かった。『ドラえもん』のテレビ放送25周年特集のインタビューでは、「性格的には僕とたてかべさんはまったく違うんです。お互い劇団にいて、同じような悩みがあって、昔はなにかっていうと議論をするのが流行っていた時期があって、そんな時にたてかべさんと話すと、すごく話が入ってくるんですね。そういう考え方もあるんだなって」と語っている。2015年6月にたてかべが死去した際、通夜の挨拶や葬儀の弔辞を読み、いずれにおいても最後にはスネ夫の声で呼びかけた[32][33]

野沢雅子とは共演の機会も多く、夫婦以上に一緒にいる時間が長い時期もあったという。共演作は『銀河鉄道999』や『怪物くん(テレビ朝日版)』、『ドラえもん(初代・日本テレビ版)[注釈 1]、『ウルトラB』、『ビリ犬』、『ど根性ガエル(1972年版)』、『ドロロンえん魔くん』などがある。

山口勝平の芸名の一部である「かっぺい」というのは、福岡なまりが抜けていなかった山口を、肝付が「いなかっぺい」と命名したことに由来している[34]。また、山口、関智一高木渉の芝居ユニットである「さんにんのかい」の名付け親でもある。

趣味・嗜好・特技

趣味はスポーツ全般(主にゴルフ)、落語。小学生の頃に謝恩会で落語を披露した経験を持ち[10]、学生時代は落語家を目指していた時期もあったという。アイディアマンとしての一面も持ち、1980年代に開催された当時の若手声優イベント『声優フェスティバル』は肝付の発案である。また、機械の類にも強く、かつて劇団21世紀FOXが赤字になった際には、自分でビデオを編集し、それを売って赤字を埋めたことがある[35]

俊足の持ち主であり、50歳の時にテレビ朝日の『ビートたけしのスポーツ大将』に出場し、100m走で優勝している(タイムは11秒2)。さらにカールくんと対決して勝ったことがあるほど脚が速い(正確にはハンデ付与のため90m走だったという)。

50歳頃まではが全く呑めず、同じく下戸で番組の打ち上げなどによく参加していた加藤精三と一緒に「会費で飲めないのは悔しいから」と言ってコーラばかり飲んでいた。晩年では少量程度なら呑めるようになったというぐらい[12]

後任・代役

肝付の病気療養中による代役や没後の後任は以下の通り。

出演

太字はメインキャラクター。

テレビアニメ

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劇場アニメ

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OVA

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ゲーム

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ドラマCD

吹き替え

映画

ドラマ

アニメ

邦画

特撮

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テレビドラマ

映画

人形劇

ラジオ

舞台

  • 劇団21世紀FOX作品に多数出演。全作品演出担当。
    • 1984年
      • 第1回 十一人の少年
      • 第2回 挽歌RAブルース+グッドバイ
    • 1985年
      • 第3回 碧い彗星の一夜
      • 第4回 月夜とオルガン
      • 第5回 虎☆ハリマオ
    • 1986年
      • 第6回 私の青空
      • 第7回 霧の中の少女
      • 第8回 碧い彗星の一夜(再演)
    • 1987年
      • 第9回 BUDORI 眠れぬ夏の月
      • 第10回 日曜日ナビはオルガンを弾いた
      • 第11回 BUDORI 眠れぬ夏の月(再演)
    • 1988年
      • 第12回 踊子THE DANCER MURDER CASE
      • 第13回 虎☆ハリマオ(再演)
      • 第14回 PICTURE BOOKS
    • 1989年
      • 第15回 FAIRY TALE フェアリー・テール
      • 第16回 SUKOSHI FUSHIGI もの語り
      • 第17回 日曜日ナビはオルガンを弾いた(改訂版)
    • 1990年
      • 第18回 PICTURE BOOKS II
      • 第19回 アリス・イン・ワンダーランド
    • 1991年
      • 第20回 新・碧い彗星の一夜
      • 第21回 PICTURE BOOKS(再演)
      • 第22回 踊子THE DANCER MURDER CASE(再演)
    • 1992年
      • 第23回 日曜日ナビはオルガンを弾いた(改訂版再演)
      • 第24回 アリス・イン・ワンダーランド(再演)
      • 第25回 インシデンタルギフト
    • 1993年
      • 第26回 作家とその弟子
      • 第27回 私の青空 MY BLUE HEAVEN
      • 第28回 ギヤマンの仮面 第一編 俳優の仕事
    • 1994年
      • 第29回 SUKOSHI FUSHIGI もの語り・II〜あたらしき緑の日々〜
      • 第30回 ギヤマンの仮面 第二篇"月下の嵐" 完結篇"宿命の対決"
      • 第31回 想稿・銀河鉄道の夜
    • 1995年
      • 第32回 デザートはあなたと-情熱の砂漠・連続殺人事件-
      • 第33回 スチャラカパイのギッチョンチョン
      • 第34回 何処へ -いずこへ-
      • 第35回 スタートリック-星の魔法-
    • 1996年
      • 第36回 独立サッカリン部隊
      • 第37回 ムラサキ先生の多忙な愛情
    • 1997年
      • 第38回 十一人の少年1997〜それからの物語〜
      • 第39回 北北東に進路をとれ
      • 第40回 踊子THE DANCE AT DEATH
    • 1998年
      • 第41回 冒険!!ロビンソン・クルウ島
      • 第42回 BUDORI 眠れぬ夏の月
    • 1999年
      • 第43回 ここより永遠に 最後の闘い 完結篇
      • 第44回 トンデモ・ボカン
    • 2000年
      • 第45回 シグナルとブランコ
      • 第46回 改訂版 日曜日ナビはオルガンを弾いた
    • 2001年
      • 第47回 2001-
      • 第48回 デュナミスボックス 〜可能性の匣〜
      • 第49回 F・f・-エフ-
    • 2002年
      • 第50回 アリス・イン・ワンダーランド〜Grade Up Version ! ぴーちくぱーちくかしましい〜
      • 第51回 月夜とオルガン(再演)
    • 2003年
      • 第52回 音楽劇「碧い彗星の一夜」ファンタジィバージョン
      • 第53回 風博士-KAZE HAKASE-
    • 2004年
      • 第54回 森乃女学院千一夜物語 〜青い時代の娘たち〜
      • 第55回 紫煙倶楽部の(完全)犯罪 〜デモクラシーホテルの地下の男達〜
    • 2005年
      • 第56回 十一人の少年(再演)
      • 第57回 PICTURE BOOKS -絵本-(再演)
    • 2006年
      • 第58回 夜空のムコウミズ
    • 2007年
      • 第59回 どってんかばなし -愛と空気の物語。-
      • 第60回 インシデンタル・ギフト(再演)〜終わってしまった風景の夜に集いし者 汝らに幸あれ〜
    • 2008年
      • 第61回 おかえりグランパ
      • 第62回 音楽劇ステーションケンジ -21世紀FOXバージョン-
    • 2009年
      • 第63回 スチャラカパイのギッチョンチョン(再演)
    • 2010年
      • 第64回 独立サッカリン部隊(再演)
      • 第65回 南の島に星がふる
    • 2011年
      • 第66回 赤いリンゴに唇よせて
      • 第67回 RとJ
    • 2012年
      • 第68回 THE DANCE AT DEATH -踊子-
  • 「シラノ・ド・ベルジュラック」(兵士1他、1964年4月、日生劇場)
  • パラダイス一座旗揚げ公演「オールド・バンチ〜男たちの挽歌」(2006年12月6日 - 12月13日、ザ・スズナリ)
  • パラダイス一座公演「続オールド・バンチ〜復讐のヒットパレード」(2007年12月12日 - 12月21日、ザ・スズナリ)
  • 指揮者とは何か(2008年2月13日、大阪市いずみホール)
  • 爆笑活劇 パタリロ西遊記2007年版(孔子)
  • パラダイス一座最終公演「続々オールド・バンチ〜カルメン戦場に帰る」(2009年2月8日 - 2月15日、下北沢 本多劇場)
  • 劇団K-Show第8回公演客演「今日の終電明日の始発」(2009年5月18日 - 5月24日、新宿 スペース107)
  • 楽塾創立13周年記念公演客演「ほろほろと、海賊」(2010年4月27日 - 5月4日、space早稲田)
  • パラダイス一座特別公演「オールド・バンチ〜男たちの挽歌(エレジー)・完結編〜」(2011年12月16日 - 12月25日、ザ・スズナリ)

パチンコ・パチスロ機

CM

イヤミの声で出演

  • 日産キューブCM(2009年)[38]
  • 東映・赤塚不二夫アニメコレクション 映画・TVスペシャル・OVA豪華13本立てなのだ!CM(2011年)

999号車掌の声で出演

骨川スネ夫の声で出演

その他

音響監督

著書

参考文献

  • 新・怪物くん音頭
作詞 - 藤子不二雄 作曲:小林亜星 編曲:筒井広志 歌:肝付兼太、野沢雅子、こおろぎ'73相模太郎神山卓三
  • おれたちゃ怪物三人組よ
作詞 - 藤子不二雄 作曲:小林亜星 編曲:筒井広志 歌:肝付兼太、相模太郎、神山卓三

脚注

注釈

  1. なお、『ドラえもん(初代・日本テレビ版)』での野沢雅子との共演は第14話からである。

出典

  1. 1.0 1.1 「テレビ・タレント人名事典(第5版)」 p.359、2001年7月、ISBN 4-8169-1677-6
  2. 2.0 2.1 2.2 ここはふるさと旅するラジオ アナウンサー旅日記 3月5日(月) 鹿児島県 鹿児島市喜入町 喜入小学校(2014年2月2日時点のアーカイブ) 2014年1月19日閲覧
  3. 3.0 3.1 声優の肝付兼太さん死去 『ドラえもん』初代スネ夫役”. ORICON STYLE (2016年10月24日). . 2016閲覧.
  4. 4.0 4.1 “声優の肝付兼太さん死去 スネ夫、イヤミ、殿馬、999の車掌”. スポーツニッポン. (2016年10月24日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/10/24/kiji/K20161024013595350.html 
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