スパゲッティ
スパゲッティ(スパゲティー、スパゲッティー、スパゲティなどとも、イタリア語: spaghetti[1])は、イタリア料理で使われる麺類であるパスタのひとつで、紐のように細長いものをいう。
イタリア本国においては数あるパスタの中でヌードルの一種を指す代表的なパスタであり、よく食べられているパスタの一つでもある。
Contents
種類
スパゲッティ (spaghetti) という語は、「ひも」を意味するイタリア語 spago に縮小辞のついた形 (spaghetto) の複数形である。原義どおり、デュラム小麦粉のセモリナを使ったひも状のパスタで、断面が円形で、太さは2mm弱のものを指す。
- 少し太い物(2mm強)をスパゲットーニ (spaghettoni) またはヴェルミチェッリ (vermicelli)
- 少し細い物(1.6mm前後)をスパゲッティーニ (spaghettini)
- さらに細い物(1.3mm - 1.5mm程度)をフェデリーニ (fedelini)
- 1.2mm未満の物をカペッリーニ (capellini)
と言い分ける。ヴェルミチェッリは、バーミセリーと英語読みで呼ぶこともある。
小麦粉と塩の他に、イカスミや唐辛子、ホウレンソウを練り込んだスパゲッティもあり、乾麺として市販されている。
乾燥されて市販されているスパゲッティの多くは茹でるのに1.4mm前後の細いものでも5分、1.6mm前後の中くらいの太さで8分、1.8mm前後の太いものだと10分以上かかるので乾燥させずにレトルトパックにした商品もある。またレトルトパックを使ってカップで調理できるようにしたインスタントスパゲッティも近年売り上げを伸ばしている。また一部のメーカーでは乾燥状態での麺の断面を改良して最短で茹であがりを2分としているものもある[2]。茹でる時には硬水の使用が望ましい。軟水でゆでる場合にはアルペンザルツ(岩塩)やにがりで硬度を補う[3]。
スパゲッティ料理
代表的なメニュー
- ナポリタン(イタリアン)
- ミートソース(ボロネーゼ)
- カルボナーラ
- ヴォンゴレ
- ペスカトーレ
- ペペロンチーノ
- ジェノヴェーゼ
- プッタネスカ
- アラビアータ
- イタリアンスパゲッティ
- イカスミスパゲッティ(ネーロ)
- Naporitan by urasimaru.jpg
ナポリタン
- Lutong Bahay - Bolognese Spaghetti.jpg
ボロネーゼ
- Carbonara fiorentina.jpg
カルボナーラ
- Spaghetti alle vongole.jpg
ヴォンゴレ
- Spaghetti agll' aglio, olio e peperoncino by kawanet.jpg
ペペロンチーノ
- Puttanesca-1.jpg
プッタネスカ
- Spaghetti all' arrabbiata.jpg
アラビアータ
- Flickr - cyclonebill - Spaghetti i blæksprutteblæk.jpg
ネーロ
和風スパゲッティ
- たらこスパゲッティ(明太子スパゲッティ)
- 和風きのこスパゲッティ
- あんかけスパゲッティ(名古屋)
- Tarako spaghetti.jpg
たらこスパゲッティ
- Wafu Mushroom Spaghetti.jpg
和風きのこスパゲッティ
- AnkakeSpa1.jpg
あんかけスパゲッティ
日本においてはツナ缶、たらこ、辛子明太子、海苔、山菜、納豆、大根おろし、水菜などを使ったり、醤油などで和風の味付けをしたスパゲッティ料理が広く好まれ、和風スパゲッティと呼ばれている。ヘルシー素材が好感を持たれ、国内外で日本人以外が和風の味付けのスパゲッティを食べることも多い。
スパゲッティは、主にフォークで巻き取って食べるが、店によってはフォークではなく箸で食す所もある。
調理済み製品
ソースが缶詰、瓶詰めで市販されているケースは本家イタリアを筆頭に各国で見られ、スパゲティとソースを合わせた状態で市販される物も増えている。冷凍食品から始まり、日本では20世紀終わり頃からコンビニエンスストアやスーパーマーケットで常温状態で売られることが普通に見られるようになった。種類もミートソース、ナポリタンといった日本でのスパゲッティの代表的存在に加え、和風な物やイタリア風なものまで多岐にわたる。アメリカでも同様にコンビニエンスストアで調理済み常温商品が販売されている。
歴史
1928年、日本で初めての国産スパゲッティ「ボルカノ」は兵庫県尼崎市南塚口町(現在のピッコロシアター)にあった高橋マカロニ(髙橋胖氏)によって製造された。この商品名は彼がイタリアでスパゲティに出会い、その時見たヴェスヴィオ火山からネーミングした。当時は「スパゲッチ」と称した。(現在は日本製麻株式会社ボルカノ食品事業部)
終戦後の1945年から1952年まで続いた占領期にアメリカ軍兵士がレーションとしてよく食べていたことから知られるようになった。大量生産の軍用食であるため、あらかじめ茹でた麺をケチャップで味付けしたものが主流だった。1953年当時、東京でスパゲッティが食べられる店は帝国ホテルと、CIA東京支局初代局長のポール・ブルームが自邸の元料理人に開かせた田村町の「壁の穴」など3軒ほどしかなく、帝国ホテルでは960円、壁の穴では100円で提供された[4]。同店は、安さとオーダーボイル(注文後に麺を茹でる)とアルデンテ(歯ごたえを残す)を実行したことにより、在日外国人客や海外通に支持された[4]。1960年代半ば頃には広く一般家庭でも料理されるようになったが、1980年代後半までは、日本においてスパゲッティといえば、アメリカ式のミートソースと日本生まれであるナポリタンが双璧を成していた。外食メニューとして1960年代当時は大都市部(東京・名古屋・大阪・福岡)や港町(横浜市・神戸市)を除けばまだイタリア料理専門店が珍しく、洋食屋や喫茶店などで食べられることが極く一般的であった。
当時は麺を茹でおきしておき(茹でるときに入れる食塩もほんのひとつまみであり、結果、麺自体にほとんど味もコシも効いていない[5])、注文に合わせて肉、ピーマンやタマネギなどと油で炒め、単純に市販のケチャップでからめてそのまま味付けとする方法が一般的であった(つまり焼きそばのような調理法である)。また、レトルトのうどんのようなインスタント麺も多かった。こうした調理法であったため、今日のスパゲッティ水準から見ればあまり美味とは言えないものもあった。ただ今日では、レトロなナポリタン・イタリアンなどと称されるケチャップ炒めスパゲティが昭和ノスタルジーの風物として人気を得ている。
こうした「日本風スパゲティ」が、かつては一部の例外を除き、おおむね一般的であった(伊丹十三[6]は、1968年に刊行されたエッセイ集「女たちよ!」において、「スパゲティは断じて、炒めうどん(焼きうどん)ではない」と書いている)。しかし1980年代後半からのバブルによる「イタメシブーム」が火付け役となり、本場イタリア風の様々なスパゲッティとともに日本独自のたらこスパゲッティ(明太子スパゲッティ)が人気となった、そして1990年代半ば頃より、徐々に家庭での調理も本場イタリアの調理法を踏襲するものとなり、また前述のような日本独特の素材と和える方法が各種編み出された。これらの需要に応えるため、スパゲティ用の調味料やソースがイタリアから輸入されるとともに、日本の食品メーカーが和風スパゲティ向けに各種製品を開発・販売している。また即席麺でも「日清Spa王」(日清食品)のようなスパゲティが登場している。
地方で考案され、ご当地グルメとして根付いたスパゲッティ料理も数種類ある。「あんかけスパゲティ」(愛知県)や、熱した鉄板の上にスパゲティと豚カツをのせてミートソースをかけた「スパカツ」(北海道釧路市)などが代表例である。
脚注
- ↑ 複数形。原型はspaghetto。
- ↑ マ・マー早ゆで2分スパゲティ1.4mmチャック付結束タイプ 商品情報
- ↑ パスタを茹でるときにアルペンザルツをおすすめする訳
- ↑ 4.0 4.1 壁の穴とは壁の穴
- ↑ 当時はむしろ、そのような方が好まれたようである。
- ↑ 伊丹十三はスパゲッティに関して『ヨーロッパ退屈日記』(1965年)で「アルデンテ」という言葉や食べ方を普及させた。「…皿の一隅に、タバコの箱くらいの小さなスペースを作り、…巻く専用の場所に指定する。…フォークの先を軽く皿に押しつけて、そのまま時計廻りの方へ静かに巻いてゆく…フォークの四本の先は、スパゲッティを巻き取るあいだじゅう、決して皿から離してはいけない」。