フッ化水素酸
フッ化水素酸(フッかすいそさん、Hydrofluoric acid)は、フッ化水素の水溶液である。俗にフッ酸と呼ばれ、工業的に重要であるが、触れると激しく体を腐食する危険な毒物としても知られる。
概要
フッ化水素酸はフッ化水素と共に、フッ素を含む多くの薬品、重合体(例:テフロン)および合成繊維の前駆体である。
濃フッ化水素酸は一般にガラス (SiO2) と反応して溶かすことがよく知られている。
- <ce>{SiO2} + {4HF(aq)} -> {SiF4} + {2H2O(l)}</ce>
- <ce>{SiO2} + {6HF(aq)} -> {H2[SiF6](aq)} + {2H2O(l)}</ce>
ガラスを腐食する性質のため、フッ化水素酸はポリエチレンまたはテフロン容器に入れて保存される。また、フッ化水素酸は多くの金属も腐食する。特に硝酸との混合酸は酸に対し耐食性の高いタンタルなども溶解する。
通常は47〜48% (d=1.15 g cm−3, 27.6 mol dm−3) 程度の水溶液として市販され、毒物及び劇物取締法の医薬用外毒物に指定されている。
製法
フッ化カルシウムを含む蛍石に濃硫酸を加えて加熱すると、反応してフッ化水素を生じるので、これを水に溶解する。
- <ce>{CaF2(s)} + {H2SO4} -> {CaSO4(s)} + 2 {HF(g)}</ce>
濃縮ウランである六フッ化ウランを加水分解して、ウラン燃料としての酸化ウラン(IV)とする工程では多量のフッ化水素酸が副生する[1]。
酸性
フッ化水素酸は水溶液中では他の酸と同じように解離する。他のハロゲン化水素酸とは異なり希薄水溶液中では弱酸となる。
- <ce>{HF(aq)} + {H2O(l)}\ <=> {H3O^+(aq)} + {F^-(aq)} \ , \ p\mathit{K}a\ = \ </ce>[math]\rm 3.17[/math]
[math]\mathit{\Delta} H^\circ[/math] | [math]\mathit{\Delta} G^\circ[/math] | [math]\mathit{\Delta} S^\circ[/math] |
---|---|---|
−12.55 kJ mol−1 | 18.03 kJ mol−1 | −102.5 J mol−1K−1 |
HF分子が接近したとき酸性度は次の平衡のため劇的に増加する。このためフッ化水素酸は通常の弱酸とは異なり、0.1 mol dm−3程度以上の濃度になると高濃度となっても電離度があまり減少しない。
- <ce>2HF(aq)\ <=> {H^+(aq)} + </ce><ce>FHF^-</ce><ce>(aq)</ce>
- <ce>{HF(aq)} + {F^-(aq)}\ <=> {FHF^-(aq)} \ , \mathit{K} \ = \ 5.1 FHF^-</ce>
アニオンは、水素−フッ素間の強力な水素結合によって安定化される。このイオンは純液体フッ化水素のみならず、水溶液中でも高濃度であれば生成する。
用途
各種フッ素化合物の原料として重要であるほか、ガラスの化学加工や、半導体製造時のシリコンのエッチングに用いられる。ステンレスやアルミニウムの酸化被膜除去には、硝酸との混酸が使用される。
歯科技工の分野でも用いられるが、毒物のため生きた人間の歯に塗布してはいけない。
危険性
骨や血液中のカルシウムイオンと容易に結合することにより、骨を侵し低カルシウム血症の原因ともなる。応急処置には、接触部位の流水洗浄ののちグルコン酸カルシウムが使用される。
主な事故・事件
- 2012年には韓国の化学工場でヒューマンエラーによりフッ化水素酸が漏出し、5人が死亡、4000人を超える健康被害が起きた(慶尚北道フッ化水素酸漏出事故)。
- 2013年3月、フッ酸を塗られた靴を履いた女性が、足の壊疽(えそ)を起こし、5本の指すべてを切断する重傷を負う事件が起きた[6]。これは故意に塗られたもので、犯人は殺人未遂容疑で逮捕された[6]。検察の判断で傷害罪に切り替えて起訴され[7]、傷害罪で有罪判決を受けた。
- 2015年8月、神戸市東灘区の民間の産業廃棄物処理施設で、山口組総本部からごみとして出されていたポリタンクに入っていたフッ化水素酸の液体から気化したガスを吸って、作業員ら14人が軽症を負う事故が発生[8]。
脚注
- ↑ 村田徳治 『新訂・廃棄物のやさしい化学 第3巻 廃酸・廃アルカリ・汚泥の巻』 日報出版、2004年、83-91。ISBN 978-4-89086-235-1。
- ↑ D.D. Wagman, W.H. Evans, V.B. Parker, R.H. Schumm, I. Halow, S.M. Bailey, K.L. Churney, R.I. Nuttal, K.L. Churney and R.I. Nuttal, The NBS tables of chemical thermodynamics properties, J. Phys. Chem. Ref. Data 11 Suppl. 2 (1982)
- ↑ 1982年4月22日・24日付毎日新聞(縮刷版)
- ↑ 昭和57年(1982年)4月22日(水曜日)読売新聞
- ↑ “三星(サムスン) 再びフッ酸事故…3ヶ月ぶり‘同じ場所・同じ原因’”. ハンギョレ. (2013年5月2日)
- ↑ 6.0 6.1 “靴に毒,同僚女性が足の指切断。殺人未遂容疑で男逮捕”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2013年3月28日). オリジナルの2013年3月28日時点によるアーカイブ。 . 2013閲覧.
- ↑ “「女性の靴に毒」で同僚男を起訴 地検沼津支部、傷害罪で”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2013年5月8日)
- ↑ “山口組のごみから猛毒のフッ化水素検出、14人軽症-山口組総本部家宅捜索へ”. 産経新聞. (2015年8月25日)