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福岡航空交通管制部

福岡航空交通管制部(ふくおかこうくうこうつうかんせいぶ)とは、福岡県福岡市東区大字奈多字小瀬抜に所在する航空交通管制部国土交通省地方支分部局)である。部内の航空管制機関である福岡管制区管制所英語: Fukuoka area control center; Fukuoka ACC)で、航空路管制業務や進入管制業務などを行う。航空交通管理センター(ATMC)を部内に併設するほか、敷地内には福岡VORTAC航空保安無線施設)を設置している。ICAO空港コードは、福岡ACCはRJDG、ATMCはRJJJである。

概要

西日本のうち、岡山県鳥取県より西、瀬戸内海備讃瀬戸より南、紀伊水道より西および、種子島屋久島より北をおよその管轄区域としている。

北西は仁川FIR、北東は東京ACC、南西は上海FIR・台北FIR、南は那覇ACCと接している。

部内に設置されている航空交通管理センター(ATMC)は、東京ACCおよび那覇ACCの担当していた洋上管制および、飛行情報区(FIR)の機能を一元化するとともに、各航空交通管制部の機能のバックアップとして設置された。現在は日本近海および北西太平洋洋上管制・福岡FIRの業務を中心に行っている。管制部本庁舎とATMCは別の建屋で運用される。ATMCの詳細については当該記事を参照されたし。

敷地北西部には、福岡空港着陸用および航法支援に、VORTACが設置されている。(福岡空港敷地内にはILSを除く航法援助に関する航空保安無線施設はない)VORTACは超短波全方向式無線標識(VOR)と、戦術航法装置(TACAN)を併設した無線航行陸上局である。

また、九州各地や那覇ACC、東京ACCとは遠隔対空通信網(RCAG)[1]でつながっており、RCAGの一拠点となっている。

沿革

福岡航空交通管制部以前

  • 1955年(昭和30年)11月:米軍第1955管制通信中隊運営の福岡ARTCCに (板付、芦屋、築城、岩国が管轄飛行場)、日本人管制官7名がOJTのため着任。福岡ARTCCは板付飛行場東側地区に設置[2]
  • 1956年(昭和31年)福岡ARTCCが廃止され ARTCC は東京のみとなる。代わって板付ラプコンが板付飛行場西側に新設された。日本人管制官が増員された[2]
  • 1959年(昭和34年)福岡空港事務所に管制課が設置される[2]
  • 1961年(昭和36年)9月:米軍が行っていた北九州及び中国地方の一部エンルート業務を、米軍に代わり日本側で実施するため、航空交通管制本部長から福岡空港事務所長へ当該管制空域の委任が行われた。ラプコン内に福岡地区管制所が設置され、米軍と同居する形で日本人管制官が業務開始[2]
  • 1965年(昭和40年)5月:運輸省設置法の改正により、福岡航空保安事務所の下部機構として福岡空港事務所福岡管制所が設置法され、管制所の組織が制度化された[3]
  • 1966年(昭和41年)3月5日:福岡市和白町奈多(当時)に庁舎を移転。前夜に米軍管制隊とのお別れパーティーを春日原米軍キャンプで開催された。奇しくも、カナダ太平洋航空の羽田空港着陸失敗事故の晩であり、翌日の移転初日にはBOACの富士山麓墜落事故が発生した。当時の管制官総数は27名[2]

福岡航空交通管制部以後

  • 1966年(昭和41年)5月20日:運輸省設置法改正により3管制部制が発足し、福岡空港事務所福岡管制所は福岡航空交通管制部となる[2]
  • 1966年(昭和41年)12月:岩国の東部及び南九州地区が東京航空交通管制部から移管される。さらに20名近い管制官を東京航空交通管制部や九州各地の空港から受け入れ、北九州、中国、南九州の3セクターの運用を開始。取り扱い平均機数は庁舎移転前の150機/日から314機/日に増加。管轄空港は福岡、鹿児島、宮崎、熊本、大分、松山、大村、福江、小倉、広島、種子島、屋久島、宇部、壱岐の各空港と、築城、新田原、芦屋、鹿屋、目達原、小月、岩国の各飛行場[2]
  • 1968年(昭和43年)10月:北九州セクターに高々度管制席を設置。ジェット機時代に対応するために、プロペラ機が使用するカラー航空路とジェット用航空路を分離管制するため。当時の管制官総数は約50名。全ての職員合計でも90名に満たない程度[2]
  • 1969年(昭和44年):取り扱い機数は平均450機/日[2]。3月、三郡山ARSR完成[3]
  • 1970年(昭和45年):三郡山ARSR、RCAG が試験運用を開始[2]
  • 1971年(昭和46年)8月:同年7月に発生した雫石事故を受けて、自衛隊訓練空域にL、N、P及び築城飛行場にNW回廊が設定[2]
  • 1972年(昭和47年):南九州高々度席設置。枕崎RCAG運用開始[2]
  • 1973年(昭和48年):中国、北九州セクターにそれぞれ高々度北席設置。要員総数118名。平均取り扱い機数は627機/日[2]、1月 三郡山ARSR正式運用開始[3]
  • 1974年(昭和49年):雁ノ巣庁舎建設開始。候補地として福岡空港東側の米軍弾薬庫跡地、新宮の元福岡無線標識所跡、旧雁ノ巣飛行場跡の3箇所から選定された[2]
  • 1976年(昭和51年):土佐清水RCAG運用開始。管轄管制空域全域で直接通信が可能になる[2]
  • 1977年(昭和52年)3月:雁ノ巣の新庁舎に移転。FDPの試験運用を開始[2]
  • 1978年(昭和53年):岩国と福江でRCAGの運用を開始。RDPの試験運用開始。FDPの正式運用開始[2]
  • 1979年(昭和54年):VOR航空路が設定された。前年にカラーエアウェイが廃止された[2]
  • 1980年(昭和55年):中国セクターが南北に分割された。10月に初の女性管制官が着任した。要員総数147名[2]
  • 1983年(昭和58年):今ノ山RCAG運用開始。4月、RDPの正式運用開始[2]
  • 1984年(昭和59年):今ノ山ARSR運用開始。奄美ARSR運用開始。要員総数155名。平均取り扱い機数770機/日。セクターは北九州、西九州、中国北、中国南、南九州東、南九州西の6セクターで運用[2]
  • 1985年(昭和60年):三郡山ARSR更新[2]。7月、福岡航空交通管制部構内のマイクロウェーブ回線局舎に落雷のため回線消失。地中ケーブルに切り替えて運用するも15機に最大60分の遅延が発生。
  • 1988年(昭和63年)12月:那覇管制部との間でレーダー移送運用開始[2]
  • 1990年(平成2年):平田ARSR、RCAG 運用開始。ARSR RCAG 各6箇所体勢[2]
  • 1991年(平成3年)9月:航空交通流管理センターの庁舎建設工事開始[2]
  • 1992年(平成4年):平均取り扱い機数が1000機/日を越える[2]
  • 1993年(平成5年):岩国進入管制所空域の一部返還[2]
  • 1994年(平成6年):南九州高々度セクター運用開始。航空交通流管理センター庁舎完成、運用開始。管制官161名。平均取り扱い機数が1155機/日[2]
  • 1995年(平成7年):福江ORSR運用開始。これにより管内全空域でレーダーサービスが可能になる[2]
  • 1996年(平成8年):福岡航空交通管制部発足30周年。平均取り扱い機数が1328機/日[2]
  • 1999年(平成11年):空域評価システム(ADES)の導入。中国高々度セクターの運用開始。全8セクター体勢[2]
  • 2000年(平成12年):要員161名。平均取り扱い機数が1448機/日[2]
  • 2006年:東京管制部および那覇管制部で担当していた洋上管制業務を統合し航空交通管理センター(ATMC)を部内に設置。福岡FIRを設置。
  • 2022年4月:福岡低高度航空管制を神戸管制部に移管するとともに、神戸管制部(現在の那覇管制部管轄区域)の高高度管制を福岡管制部に移管予定[4]
  • 2025年:東京管制部・札幌管制部(廃止予定)の高高度管制を福岡管制部に移管。全国の高度10km以上の高高度および洋上部を福岡ACCおよびATMCが担当予定。また、東京・神戸の各管制部とバックアップ機能を相互に担当予定[5]

担当エリア

  • コールサインは「福岡コントロール」、11のセクターが存在する。
  • 周波数は定期的に変更されるゆえ、この項では周波数は明記しない。最新の周波数については、AIS JAPANのAIP等を参照されたい。
  • なお、主・副の周波数がVHF/UHFごとに1つずつ設定されている。すなわち、1セクターあたり4つの周波数が存在する。[6]
  • 福岡ACCの施設内には対空送信施設はなく、遠隔地に対空送信・受信施設・航空路監視レーダーを設置している。
セクター番号 セクター名
F01 中国北(Chugoku-North)
F02 中国南(Chugoku-South)
F03 北九州(North-Kyushu)
F05 西九州(West-Kyushu)
F06 南九州西(South-Kyushu-West)
F07 南九州高高度(South-Kyushu-High)
F08 南九州東(South-Kyushu-East)
F11 中国高高度(Chugoku-High)
F15 沖之西(Okino-West)
F16 四国北(Shikoku-North)
F17 四国南(Shikoku-South)

航空保安無線施設

航空交通管制部内に航空保安無線施設が設置されているのは福岡ACCのみである。

識別符号は福岡航空交通管制部のICAO空港コードの末尾2字のDGに、日本国内でVORTACを意味するCを3文字目に組み合わせたDGCである[7]

局名 種類 識別符号 周波数 チャンネル 運用時間
Fukuoka VORTAC VOR DGC 114.5MHz CH-92X H24
Fukuoka VORTAC TACAN DGC 1179MHz CH-92X H24

近隣施設

脚説

  1. 遠隔対空通信(RCAG)網 - 国土交通省航空局
  2. 2.00 2.01 2.02 2.03 2.04 2.05 2.06 2.07 2.08 2.09 2.10 2.11 2.12 2.13 2.14 2.15 2.16 2.17 2.18 2.19 2.20 2.21 2.22 2.23 2.24 2.25 2.26 2.27 2.28 2.29 2.30 2.31 「航空管制五十年史:航空交通の安全ひとすじに」, 航空管制五十年史編纂委員会, 航空交通管制協会刊, 2003年3月, P107 「5-3 福岡航空交通管制部」
  3. 3.0 3.1 3.2 「福岡航空交通管制部」, トランスポート 1975年4月, 運輸振興協会編, 運輸振興協会刊, 樋口敏行
  4. 今後の我が国航空管制の課題と対応 (将来の航空交通需要増大への戦略) (PDF) - 国土交通省航空局交通管制部
  5. 今後の我が国航空管制の課題と対応 (将来の航空交通需要増大への戦略) (PDF) - 国土交通省航空局交通管制部
  6. AIS Japan - 国土交通省航空局(英語)※要ログイン
  7. 参考までに、VOR局は"O", DME局は"D", VOR/DME局は"E", TACAN局は"T", VORTAC局は"C"を3文字目に表記する。1-2文字目は、IACO空港コードの末尾2字を付することが多い。

関連項目

外部リンク