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オーギュスト・マルモン


オギュスト・フレデリク・ルイ・ヴィエス・ド・マルモン(Auguste Frédéric Louis Viesse de Marmont 1774年7月20日 - 1852年3月22日)は、フランスの軍人、貴族、政治家。ナポレオン1世の下級士官時代からの腹心の部下だったが、1814年に連合軍がパリに迫る絶望的な状況のなか寝返り、フランスを降伏に追い込んだ。ナポレオンは彼を許さず回想録などで非難し続けたが、遺書では彼を許した。

砲兵将校としても有名であり、王政時代末期に制式されたグリボーバル・システムの後継として、フランス革命戦争での経験や戦訓を反映させて軽量化などの改良を図った共和暦11年システムの制定に尽力している。なお、共和暦11年とはフランス革命暦11年で1803年のことである。

略歴

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