「否定神学」の版間の差分
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否定神学(ひていしんがく、ギリシア語 apophatike theologia)とは、キリスト教神学において、神を論ずる際に使われた方法論の一つ。ラテン語では via negativa 否定の道 とも呼ぶ。
概要
神の本質は人間が思惟しうるいかなる概念にも当てはまらない、すなわち一切の述語を超えたものであるとして、「神は~でない」と否定表現でのみ神を語ろうと試みる。肯定神学とともに、キリスト教神学における二潮流を形作る。神秘主義との関連が強く、またドイツ語圏を中心に哲学へも影響を与えた。
具体例
- 万物の原因であって万物を超えているものは、非存在ではなく、生命なきものでもなく、理性なきものでもなく、知性なきものでもない。
- 万物の原因であって万物を超えているものは、身体をもたず、姿ももたず、形ももたず、質ももたず、量ももたない。
- 万物の原因であって万物を超えているものは、いかなる場所にも存在せず、見られもせず、感覚で触れることもできず、感覚もせず、感覚されることもできない。
- 万物の原因であって万物を超えているものは、光を欠くこともなく、変化もなく、消滅もなく、分割もなく、欠如もなく、流転もなく、そのほか感覚で捉えられるどんなものでもない。[1]
否定神学の目的と思想
この神学は「いかなる仕方で神に様々な属性を述語づけることが可能か」を目的とするものではなく、「いかにして神と合一し、神を賛美するべきか」を問題とし、探求することを目的としている [2]。
そして、否定神学は人間が神と合一する最終局面において、人間が神の臨在のなかで言語にも思惟にも窮してしまい、ただ沈黙するしかできなくなったときの神理解を問題とするのである[3]。
また、否定神学は肯定神学と補完し合うことによって意義を持つ。例えば、肯定神学では、「神は善性である」と表現する。いっぽう否定神学においては、「神は善ではない」と表現できる[4]。ただしそれは神が悪であるという意味ではなく、人間の知性によって認識できるいかなる「善」をも超えているという意味である。人間や事物は神の善性に似ることができる。なぜなら善の源は神であるから。しかしそれは神が善性において人間と似ていることを意味しない。したがって、神は、人間が把握しうる限りでの善ではない。こうして一切の述語は否定される。否定神学の終局は、人が人間の思惟と言葉を捨てて沈黙の中で、語ることのできない光のうちに、神と合一することにおかれる。
歴史
否定神学は偽ディオニュシオス・アレオパギテスの書、『神名論』『神秘神学』(6世紀ごろ)で展開されたが、イエス・キリストと同時代のユダヤ人哲学者で中期プラトン学派のフィロンの著作『カインの子孫』[5]、3世紀新プラトン学派のプロティノスの著作『エネアデス』(「善なるもの一なるもの」)[6]、4世紀の神学者ニュッサのグレゴリウスの『モーセの生涯』にその原型を見出すことが出来る[7]。偽ディオニュシオスは肯定神学と否定神学の二つの道を示す。肯定神学により人が認識する神についての知識は有意義ではあるが神についての一面的な知識に過ぎない。神についての知識は肯定神学と否定神学を併用することによってより深く探求できる、あるいは浄化、照明、合一の道を実践できるというものである。
『神秘神学』に代表される「ディオニュシオス文書」は、7世紀の告白者マクシモスや8世紀のダマスコのヨアンネスなどに受容され、正教会神学における静寂主義の成立にも影響を与えた。さらに偽ディオニュシオスの著作は9世紀のヨハネス・スコトゥス・エリウゲナによりラテン語訳されるとともに、『天上位階論』に対する註解書『天上位階論註解』も著されて、以後「ディオニュシオス文書」は西方神学にも東方神学同様に絶大な権威を持って受容されていった[8]。 トマス・アクイナス、エックハルト、ニコラウス・クザーヌスやドイツ神秘主義にその受容と影響をみることができる。また、14世紀イギリスの『不可知の雲』の匿名の著者によって英語に翻訳されて、17-18世紀のイギリス神秘主義の黄金期にも影響を与えている[9]。
脚注
参考文献
- アンドルー・ラウス『キリスト教神秘思想の源流 プラトンからディオニシオスまで』水落健治 訳、教文館、1988年1月初版。ISBN 4-7642-7125-7
- 『中世思想原典集成3 後期ギリシャ教父・ビザンティン思想』偽ディオニュシオス「神秘神学」今 義博訳、解説、平凡社、1994年8月。ISBN 4-582-73413-8