騒音
騒音(そうおん、noise pollution)は、典型七公害の1つであり、人の健康及び生活環境に影響を及ぼす。
騒音は一般には不快で好ましくない音をいうが、主観的な面があることは否めないと考えられている[1]。例えばオックスフォード英語辞典では騒音の定義ついて「望ましくない音」と説明している。また、騒音問題を国際的に扱う際には、「騒音」の語義が持つニュアンスが諸言語においてわずかずつ異なることが問題となる[2]。
騒音規制の法律には、公衆を擾乱する特定の音を発する行為を規制するタイプと、音の物理的な特性に基づいて騒音評価方法とその基準値を定めて規制するタイプがある。前者は騒音の量的測定が可能になる以前から存在する、伝統的な騒音問題への対処方法であり、おおまかな世論を含んだ質的な規制といえる[2]。後者は「一定以上の大きい音=騒音」という量的な評価に基づくが[2]、日本の国立環境研究所の調査では、音量に関わりなく望ましくない音は騒音として苦情の対象となりえる[3]。
激しい騒音は人体、特に聴力に損傷を与える。労働安全衛生の場では医学的見地から、20世紀後半より世界各地で騒音に対する量的基準が制定されている[2]。また、交通騒音などの環境騒音についても、環境性睡眠障害や心疾患等の罹患率・有病率の上昇が認められることから、WHO[4]およびWHO欧州事務局[5]がガイドラインを定めている。
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騒音の分類
騒音公害は、発生源の種類等によって工場・事業場騒音、建設作業騒音、自動車騒音、鉄道騒音、航空機騒音、その他(生活騒音、低周波音等)に分類される[6]。また、自動車騒音、鉄道騒音、航空機騒音などは交通騒音とも分類される。
工場・事業場騒音、建設作業騒音、生活騒音など、交通騒音以外の騒音を環境騒音と分類している例[7]が見受けられる。しかし、国際的には、住民が影響を受けるような騒音はすべて環境騒音(Environmental Noise,Community Noise)であり[4]、騒音職場での騒音(Occupational Noise)と区別されている。
交通騒音
自動車、鉄道、航空機などから発生する騒音。
航空機騒音をめぐる主な事件・裁判
- 1970年代:成田空港問題(成田空港反対闘争)
- 1975年以降:航空自衛隊小松基地訴訟
- 1976年:福岡空港訴訟
- 1980年以降:横田基地、厚木基地、嘉手納基地、普天間基地、岩国基地を巡る裁判
- 1981年:大阪国際空港訴訟
鉄道騒音をめぐる主な事件・裁判
工場・事業場騒音
工場・事業場内の機械や装置、工場敷地内を走行する自動車や作業車両から発生する騒音[6]
建設作業騒音
建設作業に用いる機械や建設機材、建設作業場内を走行する自動車や作業車両から発生する騒音[6]
近隣騒音
近隣騒音とは、営業騒音(カラオケ装置等の営業機器、商業宣伝・選挙等用の拡声器)、テレビ・音響機器等、事業所や家庭における空調設備など屋外に設置される機器による騒音など、上記以外の騒音である[6]。
営業騒音
店舗や住宅街における商業宣伝の拡声器使用について、1989年(平成元年)の旧環境庁の通達[8]により、各都道府県に条例によって音量や使用方法の規制が設けられている[9]。近年、住宅街を巡回する廃品回収車や移動販売車が増加していることから拡声機に係る騒音苦情の件数が増加傾向にあり、2009年度には前年比27.7%増と急増している。
生活騒音
東京都環境局では、生活騒音として次の5つを分類している[10]。
- 家庭用機器からの騒音 - 冷蔵庫、掃除機などの音
- 家庭用設備、住宅構造面からの騒音 - ドアの開閉音など
- 音響機器からの音 - ピアノ、カラオケ、ステレオ、テレビなどの音
- 生活行動に伴う音 - 話し声、食器の音など
- その他 - 自動車(主にクラクションやエンジン音、タイヤロードノイズ等)、ペットの鳴き声、風鈴の音など
近年では保育所や幼稚園、小学校など幼児・児童を預かる施設に対して「子供の声がうるさい」などの苦情が近隣住民から寄せられる事が増えており、中には裁判にまで及ぶ事例もある[11][12][13][14][15]。
ドイツでも子供の声が騒音だと問題になったが2011年5月26日、ドイツ連邦議会において『「連邦イミシオン防止法を改正案」乳幼児、児童保育施設及び児童遊戯施設から発生する子どもの騒音への特権付与』を可決した。これ以前にもベルリン市など自治体レベルで同様の条例が可決している[16][17][18][19][20]。
2015年3月27日、東京都議会は子どもの声を都の騒音条例の数値規制の対象から外す東京都環境確保条例改正案を全会一致で可決した[21]。
近隣騒音をめぐる主な事件・裁判
- 1974年:ピアノ騒音殺人事件
- 1989年:大阪地裁8月7日判決、地下鉄工事の騒音・振動等による精神的被害等につき損害賠償請求が認められた事例[22]
- 2005年
- 2008年10月25日:「足音がうるさい」と男性をナイフで切りつけ逮捕[24]。
低周波騒音
低周波音は200Hzあるいは100Hz以下の低い周波数帯域の音である。環境省は100Hz以下を低周波音としているが、国によっては200Hz以下としており、国際的な定義はない。低周波音の成分が卓越する騒音の場合、中高周波数帯域が卓越する騒音よりも、様々な住民影響が大きくなるため、より厳しい基準値が必要とされている[4]。
成人の可聴周波数範囲の下限とされる20Hz以下の音は、超低周波音と国際的に定義されている。ただし、20Hz以下の音でも高い音圧レベルではヒトは知覚できる。また、上半規管列隙症候群[25]のように、内耳に障害を持つ場合、低周波帯域の知覚特性は健常人よりも高感度となる[25]。
東北新幹線の低周波影響においても、2014年3月のダイヤ改正によりE5新幹線・E6新幹線の最高速度が320km/hの17両による走行以降から宮城県大崎市古川の古川駅が新幹線の最寄り駅となる住人によりJR東日本に「生活に支障を来すようになった」と窮状による騒音対策が求められる報道が2017年9月になされた。住民からは夜の走行において走行に地響きが著しく、卓上のコップの大きく水が揺れるとダイヤ改正以前にはなかった事項としている。宮城県庁の調査でも70デシベルを越える値が出ていたものの、JR東日本側は「音源対策だけで70デシベル以下の騒音の環境基準をクリアするのは困難」として75デシベルの基準で通す方針であった[26]。2ヶ月後の同年12月における低周波の結果では、高架橋から4メートルの民家2軒の内の1軒で屋外101デシベル、屋内93デシベルと比較的大きな値が出ている。これは給湯器など固定音源に適用される低周波の参照値(92デシベル)を越えており、住人代表の世話人からは「低周波の影響も考えられることが分かった。引き続き減速運転を求めていきたい」と述べている[27]。
騒音評価の指標
騒音は、「音の大きさ(ラウドネス)」に関するヒト聴覚の周波数特性を近似した周波数重み付け(A特性)に基づいて音圧レベルを補正した騒音レベルで計測評価されることが多い。騒音レベルの単位はデシベル(dB)。かつては単位に「ホン」も用いられていたが、日本では計量法により1997年9月30日に廃止された。
ほとんどの騒音は時間変動するため、変動する騒音レベルを何らかの方法で代表する方法が採用されている。「騒音に係る環境基準」では、変動騒音のエネルギー平均値である等価騒音レベル(LAeq)を評価指標としている[28]。
航空機騒音の場合は、騒音レベルを元に時間帯などを考慮して再計算された指数「WECPNL」が用いられてきたが、国際的な状況等を受けて2013年4月1日からLdenに移行した。
騒音の規制
世界保健機関(WHO)は1999年に「環境騒音ガイドライン」を公表し、交通騒音に起因する心疾患について言及している[29]。
欧州WHO事務局は2009年に「欧州夜間騒音ガイドライン」、2011年に「環境騒音による疾病負荷」を公表している[29]。
日本では、騒音公害は、環境基本法により、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、振動、地盤沈下、悪臭とともに典型七公害に含まれている[1]。2014年度には総務省における公害苦情調査において、件数が大気汚染を抜いて最多事例となった[30]。ただし、公害等調整委員会による苦情件数の集計は自治体に届いた苦情が対象で警察が対応した苦情は含まれていない。また、同一発生源に対する苦情は1件として集計されており[31]、我が国での騒音苦情の総数を反映していない。例えば、航空機騒音に対する苦情件数は、毎年300件程度とされているが、厚木海軍飛行場への苦情件数(神奈川県内のみ)だけで毎年5,000件程度の騒音苦情が神奈川県内自治体に寄せられている[32]。また、警察が対応した騒音苦情は含まれておらず、夜間の道路交通騒音に対する警察への苦情などは総務省が公表する苦情件数には反映されていない。
のある発生源また、騒音規制法では、特定施設を使用する事業場や、特定建設作業に規制基準が設定されている。
騒音の影響
騒音が人体に与える影響
- 心理的不快感、イライラ、ストレス
- 頭痛(頭痛が悪化し嘔吐)
- 睡眠妨害
- 難聴(職域における騒音性難聴は労災である)
- 集中力の低下
- 認知力の低下
- 体力の消耗
- 共感覚により身体的衝撃等の音以外の刺激を実際に知覚する
- 感覚の衰退
- 精神障害など
- 重度の脳障害
- 痒み・またはアトピーの悪化
- 視力低下
- 記憶低下
騒音が生態系に与える影響
風力発電施設の設置をめぐっては、騒音による鳥類の生息環境の悪化、騒音による鳥類の餌資源の逃避・減少への対策が課題となっている[33]。
脚注
- ↑ 1.0 1.1 公害とは 公害等調整委員会、2016年11月6日閲覧。
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 シェーファー 1995, pp. 262-267.
- ↑ 山岸美穂、山岸健『音の風景とは何か:サウンドスケープの社会誌』<NHKブックス> NHK出版 1999年、ISBN 4140018534 pp.85-87.
- ↑ 4.0 4.1 4.2 WHO:Guidelines for community noise,(1999).
- ↑ 欧州WHO:Night noise gudelines for Europe,(2009).
- ↑ 6.0 6.1 6.2 6.3 騒音規制法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S43/S43HO098.html
- ↑ 騒音ラベリング制度導入マニュアル 環境省水・大気環境局大気生活環境室、2016年11月6日閲覧。
- ↑ 商業宣伝等の拡声機放送に係る騒音の防止対策の推進について 環境省
- ↑ 環境確保条例の拡声機に係る基準(東京都)、拡声機の使用(大阪府) など
- ↑ 生活騒音(東京都環境局ウェブサイト内)
- ↑ 子どもは社会の"迷惑"か!?
- ↑ 「子供の声」を騒音の対象外にすべきか 東京都、条例改正の検討を開始
- ↑ 「保育園の子どもの声がうるさい」近所に住むの男性が提訴 神戸
- ↑ 子供の声は「騒音」か…脅迫、訴訟、保育所そばに「ドクロ」「般若」の看板まで
- ↑ 子どもの声は騒音か、それとも希望の響きか
- ↑ 子どもの声は「騒音」からはずす
- ↑ 「『騒音苦情』に悩む保育園。ドイツでは特権付与も…」どうすれば解決する?
- ↑ ドイツでは「子ども施設の子どもの騒音への特権付与法」が成立していた
- ↑ ドイツの「子どもの声」を騒音から外す条例はベルリン市から始まっていた
- ↑ 2011年・ドイツ連邦議会で「子どもの声を騒音としない」法改正の内容とは何か
- ↑ 「子どもの声を嫌う人」と折り合う道はあるか 東洋経済オンライン、2016年12月15日閲覧。
- ↑ 知っておきたい基本判例 - 総務省
- ↑ 近隣騒音の解決事例について-渋谷区騒音事件の処理を参考にして(PDF) - 総務省
- ↑ 横浜市緑区のマンション住人が「足音がうるさい」と上階に住む男性にナイフで切りつけた男逮捕 FNNニュースネットワーク 2008年10月26日付
- ↑ 25.0 25.1 en:Superior_canal_dehiscence
- ↑ “<新幹線>高速化で騒音や振動が悪化?JR東に住民が減速求める”. 河北新報ONLINE NEWS (河北新報社). (2017年9月5日). オリジナルの2017年9月5日時点によるアーカイブ。 . 2018年6月2日閲覧.
- ↑ “<新幹線>騒音・振動調査 大きな低周波を民家1軒で観測 騒音は基準値超え”. 河北新報ONLINE NEWS (河北新報社). (2017年12月12日). オリジナルの2018年5月31日時点によるアーカイブ。 . 2018年6月2日閲覧.
- ↑ http://www.env.go.jp/kijun/oto1-1.html
- ↑ 29.0 29.1 「航空機騒音による睡眠妨害と健康影響」、京都大学大学院工学研究科 准教授 松井利仁 日本音響エンジニアリング、2016年11月6日閲覧。
- ↑ [|公害等調整委員会]; 公害等調整委員会事務局総務課 (2015年11月30日) (PDF). 平成 26 年度公害苦情調査- 結果報告の要旨 - (Report). 総務省. p. 2 . 2016-4-6閲覧..
- ↑ http://www.soumu.go.jp/main_content/000186801.pdf
- ↑ http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f417497/
- ↑ 鳥類等に関する風力発電施設立地適正化のための手引き 環境省自然環境局野生生物課、2016年11月6日閲覧。
参考文献
- レーモンド・マリー・シェーファー 『世界の調律:サウンドスケープとはなにか』 庄野泰子訳、平凡社〈テオリア叢書〉、1995、第8刷。ISBN 458274401x。
関連項目
外部リンク
- 騒音に係る環境基準について
- 新幹線鉄道騒音に係る環境基準について
- 航空機騒音に係る環境基準について
- 騒音規制法
- 騒音の人体への影響と騒音性難聴の予防対策
- 社団法人日本騒音制御工学会
- 社団法人日本音響学会
- 商業宣伝等の拡声機放送に係る騒音の規制等対策について(環境庁大気保全局特殊公害課)
- 「人と音のコミュニケーションに関する調査研究-市民生活と音環境-」(財団法人サウンド技術振興財団)