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門司市

もじし
門司市
廃止日 1963年2月10日
廃止理由 新設合併
門司市八幡市戸畑市小倉市若松市北九州市
現在の自治体 北九州市
廃止時点のデータ
地方 九州地方
都道府県 福岡県
総人口 156,195
(推計人口[1]、1963年10月1日現在)
隣接自治体 小倉市山口県下関市
門司市役所
所在地 福岡県門司市
Moji ward office.JPG
旧門司市役所(現・門司区役所
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門司市(もじし)は、福岡県北東部にかつてあった市。市域は企救半島の大半の地域を占めている。北九州の玄関口として門司港を中心に産業が発展していた。1963年(昭和38年)2月10日八幡市戸畑市小倉市若松市と合併して北九州市となり消滅した。

北九州市が1963年(昭和38年)4月1日政令指定都市に昇格した際、旧門司市域は行政区の一つである門司区となった。

歴史

平安時代の太政官に「豊前門司」とあるのが初見[2]。その他「文字」「文司」「毛字」とも記された[3]。市域は律令制下では豊前国に属する。江戸時代には小倉藩に属し[4]廃藩置県によって福岡県に属した。1889年(明治22年)に築港会社が設立され港湾整備が開始され、貿易港として発展した[5]

沿革

  • 1889年4月1日 - 町村制施行に伴い、企救郡門司村・田野浦村・小森江村が合併し村制施行して文字ヶ関村が成立。同時に企救郡に以下の3村が発足。
    • 柳ヶ浦村 ← 柳ヶ浦村
    • 東郷村 ← 大積村・白野江村・黒川村・喜多久村・柄杓田村
    • 松ヶ江村 ← 猿喰村・畑村・今津村・吉志村・恒見村・伊川村
  • 1894年8月1日 - 文字ヶ関村が町制施行して門司町となる。
  • 1899年4月1日 - 門司町が市制施行して門司市となる。
  • 1908年12月1日 - 柳ヶ浦村が町制施行して大里町となる。
  • 1923年2月1日 - 門司市が大里町を編入。
  • 1929年11月1日 - 門司市が東郷村を編入。
  • 1942年5月15日 - 門司市が松ヶ江村を編入。
  • 1963年2月10日 - 八幡市戸畑市小倉市若松市と合併して北九州市となり消滅。
  • 1963年4月1日 - 北九州市の政令指定都市昇格に伴い旧市域が門司区となる。

主な医療機関

交通

鉄道

道路

航路

脚注

  1. 『北九州市史 近代・現代 行政社会』800頁
  2. 『角川日本地名大辞典』40、1345頁。
  3. 『日本歴史地名大系』41、1255頁。
  4. 『角川日本地名大辞典』40、1347頁。
  5. 『角川日本地名大辞典』40、1348頁。
  6. 『北九州市史 近代・現代 行政社会』989頁。
  7. 7.0 7.1 7.2 『北九州市史 近代・現代 行政社会』991頁。

参考文献

  • 角川日本地名大辞典 40 福岡県
  • 日本歴史地名大系 41 福岡県の地名
  • 北九州市史編さん委員会編『北九州市史 近代・現代 行政社会』北九州市、1987年。
  • 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。

関連項目

外部リンク