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稲垣実男

稲垣 実男(いながき じつお、1928年(昭和3年)3月28日 - 2009年(平成21年)3月5日)は、日本政治家

衆議院議員(7期)、国務大臣北海道開発庁長官沖縄開発庁長官などを歴任。

来歴・人物

愛知県幡豆郡一色町(現・西尾市)の仕出し料理屋「新黒」に生まれる[1]。愛知県立西尾実業学校(現・愛知県立鶴城丘高等学校)、愛知県岡崎中学校特設科(現・愛知県立岡崎高等学校)卒業[2][3]

1947年4月、第23回衆議院議員総選挙中垣國男旧愛知4区から立候補。このとき一色町出身の池田駒平県議から頼まれ、中垣の選挙を手伝う。「新生日本を築くのはこの人だ」と確信を深めた稲垣は1948年春に上京[4]。中垣の秘書をしながら早稲田大学の第二政治経済学部に通った[5][2]

1974年12月、中垣國男は永年在職議員表彰を受けた頃、桑原幹根引退のあとの愛知県知事選挙に出るよう誘われる。桑原からも「ぜひ」という声がかかるが、その申し出を断ると同時に衆議院議員も引退する意志を固める[6]

1975年7月、中垣は関係者に引退を示唆。この頃、旧吉良町出身の労働省職員の鈴木新一郎が衆院選へ出馬の意向を示しており、中垣は出馬を思いとどまるよう鈴木を諭した[7]。選挙違反で停止中であった稲垣の公民権がちょうど同年7月末で復権することもあり[8]、中垣は稲垣を後継者として考えいていた。同年8月16日に開かれた中垣の後援会長会で稲垣に一本化することが決められた[9]

1976年12月、中垣の地盤を継いだ稲垣は第34回衆議院議員総選挙に旧愛知4区から立候補するも次点で落選。しかし翌年1月16日、最下位で当選した浦野幸男(自民党)が死去したため、1月21日繰り上げ当選した[10][11]中尾栄一武藤嘉文らと親しかったことから、派閥は中曽根派に所属した[2]。その後、江藤・亀井派に移る。厚生政務次官、党全国組織委員会副委員長、衆議院決算委員長、党政調副会長などを歴任。

1983年12月の第37回衆議院議員総選挙において大規模な選挙違反事件を起こし、高浜市議会議員4人が逮捕された[12]

1990年2月の第39回衆議院議員総選挙は次点で落選。順位3位で当選した杉浦正健は、選対幹部が広く買収を行っていたことが総選挙直後に発覚。岡崎市議会議員が13人逮捕される事態を招くが、自身は逮捕されなかった[13]

1993年7月の第40回衆議院議員総選挙で返り咲く。

小選挙区制となった1996年10月の第41回衆議院議員総選挙には比例東海ブロック単独で出馬し、7回目の当選を果たす。同年11月7日、第2次橋本内閣北海道開発庁長官沖縄開発庁長官として入閣した。

2000年6月の第42回衆議院議員総選挙も比例単独で出馬し落選。政界を引退。

出資法違反で逮捕

2004年6月10日、自らが社長を務める投資顧問会社が、無許可・無認可で高齢者相手の詐欺的商法を手がけていたことが判明し、出資法違反容疑で逮捕。約230人から7億円弱を違法に集めたとされる。稲垣は10億円を超える借金を抱えていたとみられ、逮捕時に「相当額の借金があり、これを返してもう一花咲かせたかった」と供述している[14]2005年7月、執行猶予付き有罪判決確定。

判決確定後は東京都内のマンションで一人暮らしをしていたが、2009年3月5日、出入りしていた女性により室内で病死している所を発見された。80歳没[15]

選挙の記録

執行日 選挙 選挙区 当落
1976年12月5日 第34回 旧愛知4区
1979年10月7日 第35回 旧愛知4区
1980年6月22日 第36回 旧愛知4区
1983年12月18日 第37回 旧愛知4区
1986年7月6日 第38回 旧愛知4区
1990年2月18日 第39回 旧愛知4区
1993年7月18日 第40回 旧愛知4区
1996年10月20日 第41回 比例東海ブロック
2000年6月25日 第42回 比例東海ブロック

脚注

  1. 中日新聞』1980年6月4日付朝刊、13面、「衆院選候補者の横顔 (上)」。
  2. 2.0 2.1 2.2 中垣國男 『戦後政治の思い出』 自費出版、1980年4月29日、236-238頁。
  3. 東海新聞』1976年11月24日、1面、「総選挙事務所めぐり (4) 稲垣候補 自新」。
  4. 稲垣実男 「中垣先生のこと」 中垣國男 『戦後政治の思い出』 自費出版、1980年4月29日、277-278頁。
  5. 北海道沖縄開発庁長官 稲垣実男氏 『建設グラフ』1997年5月号
  6. 中垣國男 『戦後政治の思い出』 自費出版、1980年4月29日、239頁。
  7. 『東海新聞』1975年9月2日、「幹事長迎え祝賀会 中垣代議士記者会見 後継問題に言及」。
  8. 『東海新聞』1975年8月5日、「近く一本化工作を 鈴木、稲垣両氏 ポスト中垣問題」。
  9. 『東海新聞』1975年8月19日、「稲垣で一本化を ポスト中垣 後援会長会で一致」。
  10. 稲垣実男 | 衆議院議員 | 国会議員白書
  11. 当時は選挙執行後3ヶ月以内に当選者が死去または辞退した場合に次点者の繰上げが認められていた。
  12. 『中日新聞』1990年10月17日付朝刊、30面、「高浜市議4人に有罪 衆院選稲垣氏派違反」。
  13. 『中日新聞』1990年2月23日付朝刊、2月26日付朝刊、3月19日付朝刊。
  14. 朝日新聞』2004年6月10日、11日、朝刊、14版。
  15. 『朝日新聞』2009年3月9日、夕刊、4版。


公職
先代:
岡部三郎
日本の旗 沖縄開発庁長官
1996年 - 1997年
次代:
鈴木宗男

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