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佐藤栄作

佐藤栄作.jpg
佐藤 栄作
さとう えいさく
生年月日 1901年3月27日
出生地 日本の旗 日本 山口県熊毛郡田布施町
没年月日 (1975-06-03) 1975年6月3日(74歳没)
死没地 日本の旗 日本 東京都港区
出身校 東京帝国大学法学部
前職 運輸省官僚
所属政党民主自由党→)
自由党→)
(無所属→)
自由民主党

日本の旗 第61-63代 内閣総理大臣
内閣 第1次佐藤内閣
第1次佐藤第1次改造内閣
第1次佐藤第2次改造内閣
第1次佐藤第3次改造内閣
第2次佐藤内閣
第2次佐藤第1次改造内閣
第2次佐藤第2次改造内閣
第3次佐藤内閣
第3次佐藤改造内閣
在任期間 1964年11月9日 - 1972年7月7日
天皇 昭和天皇

内閣 第2次池田第3次改造内閣
第3次池田内閣
在任期間 1963年7月18日 - 1964年6月29日

内閣 第2次池田第1次改造内閣
在任期間 1961年7月18日 - 1962年7月18日

日本の旗 第64代 大蔵大臣
内閣 第2次岸内閣
第2次岸改造内閣
在任期間 1958年6月12日 - 1960年7月19日

日本の旗 第7代 建設大臣
第4代 北海道開発庁長官(兼任)
内閣 第4次吉田内閣
在任期間 1952年10月30日 - 1953年2月10日
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ノーベル賞受賞者ノーベル賞
受賞年:1974年
受賞部門:ノーベル平和賞
受賞理由:非核三原則の提唱

佐藤 栄作佐藤 榮作、さとう えいさく、1901年明治34年)3月27日 - 1975年昭和50年)6月3日

政治家。内閣総理大臣(首相。在任 1964~72)。7年8ヵ月の長期政権記録をつくった。

岸信介の実弟。第五高等学校,東京大学を卒業後,鉄道省に入り運輸次官を務めた。1948年民主自由党に入党,同年第2次吉田茂内閣の官房長官。のち,郵政大臣,建設大臣,国務大臣などを歴任し,1964年病気辞任した池田勇人のあとを継いで自由民主党総裁,内閣総理大臣となり,国際労働条約(ILO条約)の承認,日韓基本条約の調印,大学臨時措置法の成立,沖縄返還協定の調印(沖縄返還)などを実現した。

在任全期間を通じて野党,マスメディアから「官僚政治」「対米依存」と非難されつつも,単独与党,絶対多数の政局安定を持続した。

1974年ノーベル平和賞受賞。

関連項目

人物

  • 橋本龍伍 - 佐藤が葬儀委員長を務めた
  • 保利茂 - 「佐藤派の大番頭」と称される
  • 野中広務 - 佐藤が大阪鉄道局長時代、局に勤務

団体

  • 極真会館 - 初代会長を務め、会長就任の3ヵ月後に総理大臣に就任した。


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