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中合

株式会社 中合
NAKAGO
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地

日本の旗 日本
960-8501[1]
福島県福島市栄町5番1号[1]

東経140度27分41.7秒北緯37.753528度 東経140.461583度37.753528; 140.461583
設立 1935年昭和10年)10月[1]
業種 小売業
事業内容 百貨店事業[1]
外部リンク http://www.nakago.co.jp/
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株式会社 中合(なかごう、英称NAKAGO)は、福島県青森県および北海道の3道県で百貨店3店舗を運営する企業である。

概要

1874年明治7年)11月創立したダイエーグループに属する福島の老舗百貨店である[1]

創業者の中村治朗兵衛家の本家は、近江麻布の製織と行商で巨万の富を成したとされる近江商人・中村治兵衛家である[2]。三方よしの原典となる家訓を残した[3]

社名については、1935年昭和10年)、合名会社から株式会社に改組する際、それまでの社名であった『中村合名会社』『中』『合』を取って、『中合(なかごう)』としたのが由来である。なお、社名は、専務取締役を勤めた安藤順造の発案だとされる。『中合』の読み方としては、「ちゅうあい」や「なかあい」ではなく、湯桶読みから由来している「なかごう」である[4]

2005年12月1日に、北海道函館市棒二森屋青森県八戸市の三春屋を運営するアドバンスド・デパートメントストアーズオブジャパン吸収合併した[5]。また、これと同時にダイエーを引き受け先として増資を行い[6]十字屋から山形店の経営権を譲り受けた[5]

しかし、会社全体の構造改革を進める中で、1店舗を閉鎖する方針が決められ、会津店が店舗老朽化による維持費用の増大を理由に[7][8]2010年2月28日に閉店した[9]

隣接していた平和ビル(旧「山田百貨店」と「福島ビブレ」跡地)に1998年(平成10年)3月に出店し、「福島店二番館」として増床するも[10]、耐震診断の影響で[10][11]2017年(平成29年)8月31日に閉店。

また同年8月30日には、十字屋山形店も営業不振に加え、ビル所有者との耐震改修費などを巡る条件交渉が折り合わなかったため、2018年1月末で閉店すると発表。発表通りに閉店した[12]

グループスローガンは「この街と人が好きだから」。

歴史

店舗

北海道・東北地方に3店舗を経営している[1]。本支店の呼称はないが、旗艦店舗は中合福島店である。 なお、福島店以外は「中合」ではなく経営統合前から使用されている屋号を使用。

現行店舗

過去に存在した店舗

  • 旧福島店→中合大町支店(大町パルク)(福島県福島市大町、1913年(大正2年)開店 - 1984年(昭和59年)8月28日閉店[37]、旧店舗)
  • 地上5階建て、地下1階[38]
  • 1913年(大正2年)に、呉服店として荒町から移転開業[19]。1938年(昭和13年)に百貨店として増改築[39]。1956年(昭和31年)から1963年(昭和38年)にかけて増築を繰り返し[27]、1961年(昭和36年)1月には「中合ミサイルタワー」が設置された[28]
  • 福島駅前へ店舗移転後閉鎖していたものの、地元商店街からの要望もあり、1974年(昭和49年)6月には、総合スーパー業態として「中合大町支店」(愛称「大町パルク」)が開店[38][28]。その際に3階から5階は一時閉鎖された[40]が、後に3階と4階も売り場として再開した[38]
  • 1984年(昭和59年)当時、年商15億円だったものの、累計赤字がかさみ、採算が合わなくなったこと。また、店内の老朽化に伴い改修費を見積もったところ高額になったことや、周囲の再開発が浮上したため、「大町パルク」を閉鎖することを決定[38]。1984年(昭和59年)8月28日に閉店し、荒町から移転以来53年の歴史に幕を下ろした[37]
  • 閉鎖・解体後、1995年3月に「三共福島ビル」が竣工。「ホテルサンルートプラザ福島」を経て、2017年12月1日から「HOTEL SANKYO FUKUSHIMA」として営業している。
  • 当時の荒町の店舗で火災で消失した影響を受け[41]、東京方面へ呉服の仕入れの活路を見出す一環で、繊維問屋街と成していた日本橋の富沢町に呉服等の卸仕入店として開店[16]。実店舗ではなかった。
  • 東京店は、関東大震災[20]や太平洋戦争[42]で2度ほど焼失した。
  • 開店から100年にあたる1984年に閉鎖された[31]
  • 中合会津店(福島県会津若松市、2010年(平成22年)2月28日閉店、2013年(平成25年)に解体。旧・若松デパート→会津中合)。
  • 現在は小規模店舗・「サテライトショップ会津」として営業再開。
  • 福島店ニ番館(1998年(平成10年)3月1日開店 - 2017年(平成29年)8月31日閉店)
  • 隣接していた平和ビルの百貨店の「福島ビブレ」(旧・山田百貨店)の移転跡に1998年(平成10年)3月に出店し、「福島店・2番館」として紳士服や食品などの売り場を開設した[10]
  • しかし、福島市が実施した耐震診断で震度6強以上の地震で「倒壊や崩壊の危険性が高い」と判定され[10]2015年(平成27年)ごろから耐震補強の交渉を行ったが[10]、耐震工事に伴う休業での売上減の影響を「中合」が懸念し[35]、ビル所有者の「平和ビル」側は中合から長期の賃貸借契約を得られなかったことで改修費用の借入が困難と判断したため[35]2017年(平成29年)2月28日に「福島店ニ番館」を閉店することが発表され[10][35]、同年8月31日に閉店した[43]

脚注

  1. 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 1.14 1.15 1.16 中合 会社概要”. 中合. . 2017閲覧.
  2. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、10-11・13-15頁。
  3. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、12-13頁。
  4. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、162-163頁。
  5. 5.0 5.1 5.2 “ダイエー、棒二森屋を当面存続へ”. 函館新聞 (函館新聞社). (2005年9月2日) 
  6. 6.0 6.1 6.2 “三春屋などダイエー完全子会社に”. 東奥日報 (東奥日報社). (2010年5月31日) 
  7. “若松駅前再開発協が解散へ 協議は今後も継続”. 福島民報 (福島民報). (2009年5月23日) 
  8. “「中合会津店」閉店へ 建物老朽化が主因”. 福島民友. (2009年5月22日). http://www.minyu-net.com/news/news/0522/news1.html . 2009閲覧. 
  9. 9.0 9.1 9.2 “中合会津店が約50年の歴史に幕 店長「地域に感謝」”. 河北新報 (河北新報社). (2010年3月1日) 
  10. 10.0 10.1 10.2 10.3 10.4 10.5 10.6 10.7 “「中合福島店・2番館」8月末営業終了 売り場を1番館に集約”. 福島民友新聞 (福島民友新聞社). (2017年3月1日) 
  11. “中合福島店 2号館閉店 耐震基準満たさず”. 河北新報 (河北新報社). (2017年3月1日) 
  12. “中合 十字屋山形店を閉鎖 来年1月末”. 日本経済新聞. (2017年8月31日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASFB30H8L_Q7A830C1L01000/ . 2017-9-1閲覧. 
  13. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、13-15頁。
  14. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、24-25・28頁。
  15. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、29-32頁。
  16. 16.0 16.1 16.2 ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、34-37頁。
  17. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、39-45頁。
  18. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、35-37頁。
  19. 19.0 19.1 ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、54-55頁。
  20. 20.0 20.1 ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、77-104頁。
  21. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、162頁。
  22. 22.0 22.1 新家健精. “福島商調協の軌跡 大店法は地域商業に何をもたらしたか”. 福島大学地域研究 第4巻第3号 (福島大学地域研究センター) (1993-1). 
  23. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、172頁。
  24. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、212-213頁。
  25. 25.0 25.1 ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、213頁。
  26. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、215頁。
  27. 27.0 27.1 ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、215-216頁。
  28. 28.0 28.1 28.2 ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、220頁。
  29. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、217頁。
  30. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、221-223頁。
  31. 31.0 31.1 31.2 ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、224頁。
  32. 2011年1月6日
  33. 酒田・清水屋店撤退を正式表明 正社員は異動、契約社員は打ち切り山形新聞(2011年1月6日) 2011年3月30日閲覧
  34. 34.0 34.1 “マリーン5清水屋、営業スタート 23日にプレオープン”. 山形新聞 (山形新聞社). (2012年3月5日) 
  35. 35.0 35.1 35.2 35.3 “中合福島店 2号館閉店 耐震基準満たさず”. 河北新報 (河北新報社). (2017年3月1日) 
  36. “福島店2番館閉店 百貨店の中合”. 日本経済新聞. (2017年9月1日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASFB31H5L_R30C17A8L01000/ . 2017-9-1閲覧. 
  37. 37.0 37.1 「大町パルクついに閉店」『福島民報(福島民報社)、1984年(昭和59年)8月29日、朝刊18面。
  38. 38.0 38.1 38.2 38.3 「大町パルク、来月で閉店」『福島民報縮刷版1984年7月号』(福島民報社)、83頁(1984年(昭和59年)7月5日、朝刊3面)。
  39. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、172・216頁。
  40. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、222頁。
  41. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、32-34頁。
  42. ややまひろし『百年の商魂 中合に伝わる商いの心』 民報印刷、2002年7月、197-198頁。
  43. “福島店2番館閉店 百貨店の中合”. 日本経済新聞. (2017年9月1日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASFB31H5L_R30C17A8L01000/ . 2017-9-1閲覧. 

関連項目

  • 北国街道安藤家(12代当主安藤與惣次郎・13代当主安藤順造 中合社長、14代当主安藤権一 会津中合会長)
  • 日東紡績(福島精練製糸)

外部リンク

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