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ウルトラマン

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ウルトラマン
放送時間 日曜 19:00 - 19:30(30分)
放送期間 1966年7月17日 - 1967年4月9日(39回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 TBS
監督 円谷一 ほか
脚本 金城哲夫 ほか
出演者 小林昭二
黒部進
石井伊吉
二瓶正也
桜井浩子 ほか
ナレーター 石坂浩二
浦野光
音声 モノラル放送
オープニング 「ウルトラマンの歌」

特記事項:
カラー放送(但し、当時、カラー放送を実施していない一部のネット局は白黒放送)
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ウルトラマン』は、日本特撮テレビ番組(カラー)、および、その劇中に登場する巨大変身ヒーローの名前である。制作円谷プロダクション1966年昭和41年)7月17日から1967年(昭和42年)4月9日の間にTBS系で毎週日曜日19:00-19:30に全39話が放送された。映像上の題名は「ウルトラマン 空想特撮シリーズ」。武田薬品の一社提供枠「タケダアワー」内で放送[注 1]

『ウルトラマン』に続いて放送された一連の番組、および、その劇中の巨大変身ヒーローは「ウルトラマン」と総称される場合がある。種族としてのウルトラマンについては別項を参照。

後続作品のヒーローと区別するために本作のウルトラマンを「初代ウルトラマン」「初代」「マン」と呼ぶ場合がある[1]

本作は漫画や劇場用映画、小説テレビゲームなどでメディア展開されている。本項では最初に制作されたテレビ作品を中心に記述する。

概要

怪獣宇宙人によって起こされる災害や超常現象の解決に当たる科学特捜隊と、それに協力するM78星雲光の国の宇宙警備隊員であるウルトラマンの活躍劇である。

劇中に登場する怪獣が好評だった『ウルトラQ』に続く「空想特撮シリーズ」の第2作として、『ウルトラQ』の世界観を継承する番組として制作・放映された。オープニングタイトルの流れはカラー化された『ウルトラQ』のタイトルロゴ映像から赤画面になり、上に『ウルトラマン』、下に『空想特撮シリーズ』とクレジットされる(BGMは「Q」のものに新録のパーカッションなどをオーバーダビングしたものを使用)[注 2]

本放送時の平均視聴率は36.8%[2]、最高視聴率は42.8%(1967年3月26日放送の第37話。ビデオリサーチ調べ、関東地区)[3]を記録した人気番組だった。放送終了後もその人気が衰えることはなく、最初に行われた再放送でも平均視聴率が18%台を記録した。海外でも1970年代から100を超える国・地域で放映されてきた[4]

初放映から50年が経過した2017年現在でも世代に関係なく認知度が高く、『決定! これが日本のベスト100』(テレビ朝日系列)の2002年9月8日放送分「あなたが選んだヒーローベスト100」の第2位にランクインしている。固有名詞としての「ウルトラマン」は、『広辞苑』の見出しにも記載されている(2008年刊の第6版287ページ)。また、第39話(最終回)でウルトラマンがゼットンに倒されたシーンは、初放映当時の子供たちに少なからず衝撃を与え、影響を受けたと語る著名人も多い。大仁田厚前田日明は「大人になったらゼットンを倒してウルトラマンの仇をとろう」と、格闘技を始めたきっかけになったことを語っている[5]

商業的にも成功し、本作やそのキャラクターに関連する商品は玩具だけでなく、生活用品などあらゆる分野で発売されている。

商業的側面から本作で特に特筆すべき点は、日本のテレビ番組で初めて商品化権の入札制度を導入したことである[注 3]。本作以前はテレビ局の担当者とコネがある業者が商品化権を取得していたが、本作以降は金のあるものから優先的に商品化権取得の機会が与えられるようになった。もっとも、実際のところは『ウルトラQ』を商品化したマルサン商店などの業者が優遇されており、本格的に入札制度が機能するのは次回作『キャプテンウルトラ』からである。

2012年8月より、円谷プロ×WOWOWウルトラ三大プロジェクトの一環として、初のHDリマスターによるハイビジョン版が放映された。

物語の骨子

科学特捜隊のハヤタ隊員は、竜ヶ森上空を飛行する青い球体と赤い球体を小型ビートルで追跡。しかし、小型ビートルは赤い球体と衝突・墜落し、ハヤタは命を落としてしまう。

赤い球体の正体はM78星雲の宇宙人・ウルトラマンで、宇宙の墓場に護送中に逃亡した宇宙怪獣ベムラー(青い球体の正体)を追って地球までやって来た。自分の不注意でハヤタを死なせたことに責任を感じたウルトラマンは、ハヤタに自分の命を分け与えて地球の平和を守るために戦うことを決意。こうして、ウルトラマンとハヤタは一心同体となった。

以後、ハヤタは科学特捜隊が危機に直面するとベーターカプセル[注 4]を点火させてウルトラマンに変身し、人類を脅かす怪獣や宇宙人に戦う。

誕生過程

本作の企画が始動したのは、1965年8月頃のことだった。当時、第2クールを制作中の『ウルトラQ』が日曜夜7時枠で翌年1月からスタートとほぼ決定したことも追い風となり、TBSプロデューサーの栫井巍かこい たかしと円谷特技プロ企画文芸部室長・金城哲夫が中心となってさまざまなアイデアが出されていった。TBSはかなり早い段階で、4つの条件を円谷特技プロに提示している。

  1. カラーで制作する。
  2. 怪獣と互角に戦える、正義のモンスターを主人公にする。
  3. 『ウルトラQ』のレギュラー俳優を1人残す[注 5]

会議の中では「主人公が怪獣では具合が悪い」という意見が圧倒的に多く、監修者の円谷英二が「スーパーマンのようなヒーローを登場させてはどうか」と提案した[7]。また、この時期に円谷が特技監督を担当した東宝特撮映画で、人間に味方する巨人と凶暴な怪獣が死闘を展開する『フランケンシュタイン対地底怪獣』(1965年・東宝)が公開されており、この映画も本作の企画に少なからず影響を与えていると言われている。

ここでフジテレビ用に企画されていた番組『Woo』の「人間に味方する友好的宇宙人の活躍」というアイデアが流用され、『科学特捜隊ベムラー』という企画書が作成された[8]。この企画書では、「常識を越えた事件を専門に扱う科学特捜隊」と彼らに協力する正体不明の宇宙人ベムラーが設定されている。「飛行機事故で消息を絶った主人公がヒーローになって生還する」という設定はこの時点ですでに見られるが、主人公とベムラーの関係は企画書には明記されていない。

ベムラーの容姿は日本の伝説上の生物・烏天狗を思わせるもので、関係者から「敵怪獣との区別がつきにくい」や「ヒーローとしてのキャラクター性が弱い」との指摘があった。

そこで『ベムラー』企画は再検討され、新たに『科学特捜隊レッドマン』が企画されることとなった[注 6]。この企画書では、正義の怪獣ではなく「甲冑を思わせるような赤いコスチューム」をまとった謎の男として設定されている。身長は2メートルから40メートルまで伸縮自在と設定されている。また、変身時間の制限も導入された。主人公とヒーローの関係についても「飛行機事故でサコミズを死なせた宇宙人レッドマンが責任を取ってサコミズの身体を借りる」と明記され、後の完成作品におけるウルトラマンの設定の基本的な部分は完成していた。その一方、レッドマンは故郷が他の惑星の侵略で滅亡していること、サコミズ本人はすでに死亡してその心はレッドマンであること、サコミズには人気歌手の恋人がいることなど、完成作品との相違部分もある。

こうしてレッドマンのデザインは幾分かヒーロー的になったものの、拵井はもっとシンプルでインパクトのあるデザインを要求した。また、前述のように本作はアメリカへのセールスを前提としており、アメリカの事情に詳しいTBSの大谷乙彦らが「今の形では外国人に受け入れられない。もっと無表情な鉄仮面のようなもののほうが謎があっていい。」と提案した[9]。こうして試行錯誤した結果、ウルトラマンのデザインが完成した[注 7]

「ベムラー」の名は、第1話に登場する怪獣の名前として残された[10]

制作背景

前作の『ウルトラQ』は放送前に全話の撮影を終了させていたが、本作は放映と平行して制作する一般的なドラマのスタイルとなった。TBSから支給された予算は1クールにつき7000万円(1本約538万円)、本編のクランクインは1966年3月16日だった[11]

本作は、ほぼ同時期に放映された『マグマ大使』とともにカラーで放送される[注 8]連続テレビ映画の草分けだったうえ、巨大な宇宙人を主人公とする大がかりな特撮中心のドラマは世界にも類例がないため、番組制作は苦難の連続だった。

飯島敏宏監督によるAブロック(放映第2話、第5話、第3話)は本編・特撮を同一スタッフが手がける一斑体制で開始したが、16mmカラーフィルムの入念なテスト(色彩設計や照明の光量など)やウルトラマンの着ぐるみの度重なる塗り直し(初期は、ラテックス製のマスクと未塗装の黒いウェットスーツを使用していた)、操演中のジェットビートルをホリゾントにぶつけて大破させるなど撮影は遅々として進まず、野長瀬三摩地監督のBブロック(放映第7話、第4話、第6話、第9話)からは別班体制に変更された。なお、Bブロックは円谷一監督によるCブロック(放映第1話と第8話)の撮影を優先したため、完成済みの第7話を除いて後回しにされた。第1話に先駆けて放映されたテレビ番組『ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生』のおかげで、なんとか無事に放映が始まったものの、スケジュールは次第に切迫し、特撮を2班編成にしても間に合わなくなってきた。円谷英二のダメ出しによる撮り直しだけでなく、スタジオと撮影機材のレンタル料も大きな負担になっていたという。

そのため、番組の続行を望むTBS側とこれ以上の続行は不可能とする円谷特技プロとの間で協議が重ねられ、「赤字はともかく、週1回の放送に間に合わないのが確実になった」(高野宏一他複数のスタッフによる証言)ために3クール39話の放送で一旦終了することが決定した[注 9]

時代設定

本放送当時は厳密な時代設定の統一は行われておらず、本放送当時の現実と未来が混在している。

本放送当時にTBS番宣課が発行した「ウルトラマンあらすじ集」第一集[12]と、『週刊少年マガジン』1966年31号(8月7日号)でのグラビアページの時代設定は、「1975年頃」という記載がある。スタッフの認識は近未来という程度で明確な合意はなく、第23話でジャミラの墓標に没年が1993年と記されていたり、第39話で「1930年代から40年以上」とのセリフがあるなど一定していない。

唯一の前後編である第26話・第27話は、劇中で子供たちが怪獣の存在を否定していたり、子供のごっこ遊びでウルトラマンの変身方法が知られていたりと、現実世界寄りの演出がされている。また、第35話では延長工事途中の首都高速道路や日本で唯一の超高層ビル[注 10]など、放送当時の東京の景観がそのままミニチュアセットで再現されている。

シリーズとしての「ウルトラマン」

『ウルトラマン』に続いて一連のシリーズ作品が制作・放映された。毎回、巨大ヒーローと怪事件処理専門チームが連携し、宇宙や異次元、地球のどこからか現れる怪獣や宇宙人たちと戦うというコンセプトの特撮番組で、子供たちから人気を博す。これらの作品は、「ウルトラシリーズ」や「ウルトラマンシリーズ」と呼ばれる。

脚注

注釈

  1. 本作ないしは以降のウルトラシリーズの作品で怪獣が毒殺されることがなかったのはこれが原因とも言われている。また、第26・27話での関西ロケは武田薬品工業の要請によると言われ、本編ではゴモラが武田本社ビルを破壊している。
  2. 放映前から「ウルトラQ 空想特撮シリーズ」と銘打って番組宣伝されていた。
  3. これは『ウルトラQ』の海外販売の際にTBSがアメリカ合衆国の商品化権業務の実態を調査した結果、導入されたものである。
  4. 近年は玩具などで「ベータカプセル」とする記述が増えている。
  5. ただし、初期の企画書『科学特捜隊ベムラー』では、桜井浩子の役どころはサコミズ隊員の妹・由起子となっており、女性隊員役には田村奈巳那須ますみ中真千子などが候補に挙がっていた[6]
  6. レッドマンの名称は、本作以後の作品でも企画段階の番組名を他社に商標登録されてしまうのを防ぐためのコードネームとして、円谷特技プロでしばしば用いられるようになった。『ウルトラマン白書』では、本作の時点でも盗用防止用の仮題であったとしている[8]。1972年には同名のミニ番組も制作されている。
  7. 飯島敏宏は無表情なウルトラマンのデザインに反対しており、当初のスーツでは口が動かせるものにするように指示した。Aタイプマスクの口元に寄っているシワは、その仕掛けの名残である。
  8. 本作の本放送開始当時、カラー放送が開始されていなかった一部のネット局では(主に九州地方に多かった。)、当該局のカラー放送開始まで本放送をモノクロで放送していた。
  9. 制作体制の見直しが行われ、『ウルトラセブン』放送までの半年間、東映制作の『キャプテンウルトラ』が放映されることになった。
  10. 劇中のイデ隊員のセリフより。ビルの名までは明確に語られていなかったが、放送当時の日本で超高層ビルと言えば霞が関ビルだけで、しかもまだオープン前である。

出典

  1. 第2期ウルトラシリーズ(『帰ってきたウルトラマン』〜『ウルトラマンレオ』)での劇中の呼称や、当時の学年雑誌より。
  2. 「続ウルトラマン」企画書より(ジェネオンエンタテインメント刊「帰ってきたウルトラマン1971」30頁所収)
  3. 引田惣弥 『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』 講談社、2004年、4頁、99頁、224頁。ISBN 4062122227
  4. 特集・特撮ヒーローは今もたたかう Part2 タイに渡ったウルトラマン。バルタン星人をやっつけろ! - 朝日新聞グローブ、2016年11月29日
  5. 前田日明、ウルトラマンの敵討ち!宿敵ゼットンを打ちのめす! シネマトゥデイ 2014年1月29日
  6. バンダイ『ウルトラマンLDボックス』解説書2頁、ジェネオンエンタテインメント刊『昭和41年ウルトラマン誕生』78頁
  7. 講談社『テレビマガジンヒーローグラフィックライブラリー(1) ウルトラマン』より。
  8. 8.0 8.1 白書 1982, 怪獣ベムラーとレッドマン
  9. テレビヒーローの創造
  10. 白書 1982, p. 43.
  11. ジェネオンエンタテインメント刊『ウルトラマン1966+』54頁
  12. 『宇宙船別冊 ウルトラマン大鑑』(朝日ソノラマ・1987年)。218頁