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{{基礎情報 都道府県
 
{{基礎情報 都道府県
 
|都道府県名 = 沖縄県
 
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|歌など = 県の魚 : [[タカサゴ]](グルクン)<br />県の歌 : [[沖縄県民の歌]]<br />[[沖縄返還|本土復帰]]記念日 : [[5月15日]]<br />[[慰霊の日]] : [[6月23日]]
 
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|郵便番号 = 900-8570
 
|郵便番号 = 900-8570
|所在地 = 那覇市泉崎一丁目2番地2号<br /><small>{{ウィキ座標度分秒|26|12|44.8|N|127|40|51.3|E|region:JP-47_type:adm1st|display=inline,title|name=沖縄県}}</small><br />[[ファイル:Okinawa Prefectural Government Headquarters01ss3200.jpg|220px|沖縄県庁]]
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|外部リンク = [http://www.pref.okinawa.lg.jp/ 沖縄県]
 
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'''沖縄県'''(おきなわけん)は、[[日本]]で最も西に位置する[[県]]。[[沖縄本島]]・[[宮古島]]・[[石垣島]]など多くの島々から構成される<ref name="国土構成島数">{{cite web|url=http://www.pref.okinawa.jp/site/kikaku/chiikirito/ritoshinko/ritou-gaikyou.html|title=離島の概況について/沖縄県|accessdate=2017-10-12}}</ref>。[[都道府県庁所在地|県庁所在地]]は[[那覇市]]。
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'''沖縄県'''(おきなわけん)
 
 
== 概要 ==
 
[[鹿児島県]]の[[薩南諸島]]を除く[[南西諸島]]の島々([[沖縄諸島]]・[[先島諸島]]・[[大東諸島]])から構成されており、[[東シナ海]]と[[太平洋]]に挟まれている。面積は2,281㎢と[[香川県]]・[[大阪府]]・[[東京都]]に次いで小さく、また人の居住する日本最南端の地域を含む県でもある<ref>日本最南端は[[東京都]]に属する[[沖ノ鳥島]]であるが、人は住んでおらず民間人が自由に立ち入ることはできない。</ref>。
 
 
 
県民の約9割が[[沖縄本島]]に集中しており、行政上は沖縄本島とそれ以外の[[離島]]とに分けられる場合がある。
 
 
 
ほぼ全域が[[亜熱帯]]気候であり、一部は[[熱帯]]に属する。年間を通して温暖な気候であり、最高気温と最低気温の差も小さく標高の高い山も存在しないため[[氷点下]]になることもない。
 
 
 
海上輸送路([[シーレーン]])および軍事的要地([[第一列島線]])として重要な場所に位置し、多数の[[在日米軍|在日米軍基地]]が存在する。主な米軍施設として、[[嘉手納飛行場]]・[[普天間飛行場]]・[[キャンプ・バトラー]]等が存在する。
 
 
 
[[与那国島]]は日本最西端の[[領土]]であり、[[八重山郡]][[与那国町]]は日本の最西端の[[地方自治体]]でもある。また正確な日本の東西南北の最端部の中で唯一自由に訪れることができる場所である。
 
 
 
[[尖閣諸島]]は同県[[石垣市]]に属しており日本が実効支配している日本固有の領土だが、[[中華人民共和国]]および[[中華民国]]([[台湾]])は尖閣諸島(あるいは沖縄県全土)の領有権を主張している。([[中華民国#沖縄県への認識|中華民国による沖縄県への認識]]、[[中国人による沖縄県への認識]]、および「[[尖閣諸島問題]]」」を参照)。
 
 
 
同地にはかつて[[三山時代|三山]]を統一した[[尚巴志王|尚巴志]]により建国された[[琉球王国]]が存在し、[[明国]]や[[清国]]に[[朝貢]]し[[冊封]]を受けていた([[第一尚氏王朝]])。[[1469年]]に[[尚徳王]]の家臣の金丸が首里城でクーデターを起こし王位を[[簒奪]]、金丸は自らを[[尚円王]]と号する([[第二尚氏王朝]])。[[1609年]]([[慶長]]14年)に[[薩摩藩]]の侵攻を受け[[尚寧王]]は降伏し、当時王国の領土であった[[奄美群島]]は薩摩藩に割譲<ref>ただし名目上は琉球の一部とされた。詳細は[[奄美群島の歴史]]を参照。</ref>、[[王府]]は薩摩藩の影響下におかれた([[琉球侵攻]])。以来、琉球王国は日本の薩摩藩と清国に『両属』する曖昧な国際的地位となっていたが、[[鎖国]]体制下の両国の[[中継貿易]]地としての役割を担い、交易を通じて独自の文化と地位を保っていた。
 
 
 
近代に入り日本本土で[[明治維新]]がおこり[[開国]]したことを受け清国との間に外交関係が樹立されると[[中央集権]]国家の確立を急ぐ明治政府の命により琉球王国は[[琉球藩]]に、後に[[廃藩置県]]で'''沖縄県'''となり、[[尚泰王]]は強制廃位させられ約450年間続いた琉球王国は名実共に消滅した([[琉球処分]])。清国は日本側の一方的な処分に抗議するなど帰属問題は尾を引いていたが、後に[[日清戦争]]で日本が勝利したことにより沖縄の領有権が最終的に確定した。琉球王国時代の城跡遺跡は『[[琉球王国のグスク及び関連遺産群]]』として[[ユネスコ]]の[[世界遺産]]に登録されている。
 
 
 
[[1945年]]([[昭和]]20年)、[[第二次世界大戦]]では『唯一の地上戦』と呼ばれる<ref>「唯一」という言葉については議論がある。[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-162452-storytopic-3.html 沖縄地上戦 国内唯一→国内最大 政府が閣議決定](琉球新報)</ref> [[沖縄戦]]の戦場となった。米軍は[[4月1日]]に沖縄本島の[[読谷村]]の海岸に上陸、瞬く間に島の北半分を制圧、日本軍は米軍の総攻撃を受け南部に追い込まれ、総司令部が置かれていた[[首里城]]も焼け落ち、[[6月23日]]に沖縄守備軍最高指揮官の[[牛島満]]中将らが[[摩文仁]]で自決したことで組織的戦闘は終結した。約3カ月に及ぶ激戦により県民の4人に1人が犠牲になり土地も荒廃した。現在、摩文仁は[[沖縄戦跡国定公園]]に指定されており、6月23日は[[慰霊の日]]として沖縄県の休日となっている。
 
 
 
戦後、南西諸島は米軍の占領下におかれ、'''沖縄県は一旦消滅'''した([[アメリカ合衆国による沖縄統治]])。米軍主導のもと新たに『[[琉球政府]]』が誕生、基地建設のため集落や農地を大規模に接収し、[[730 (交通)|右側通行の道路]]を整備し、通貨として[[B円]]、後に[[米ドル]]を使用させ、日本本土への渡航に[[パスポート]]が必要になるなど、米国流のやり方で戦後復興が進められていった。[[1952年]](昭和27年)に[[GHQ]]の占領下にあった[[日本国との平和条約|本土が主権回復]]した後も引き続き沖縄は米軍の統治下におかれた。[[1950年代]]以降になると[[朝鮮戦争]]や[[ベトナム戦争]]が勃発し、沖縄は米軍の前線補給基地として重要度を増し、数多くの米軍人が駐留、[[B-52 (航空機)|B-52]]等の[[戦略爆撃機]]や[[枯葉剤]]や[[核兵器]]といった[[大量破壊兵器]]も多数配備され、ベトナムからは『悪魔の島』と恐れられた<ref>「1962年・沖縄 「核兵器庫」の嘉手納」毎日新聞2016年2月20日 東京夕刊</ref>。経済は基地に大きく依存していた一方で、当時ドル高円安の[[固定相場制]]の影響もあり物価は安く生活は安定しており、人口は終戦直後の約50万人から本土に復帰する直前にはほぼ倍になるまで増加した。しかし米軍による強権的・差別的な施政に島民は強い反感を抱き、本土への復帰を求める大規模な反基地運動が各地で展開されていった([[島ぐるみ闘争]])。[[1971年]](昭和46年)に[[佐藤栄作]]首相と[[リチャード・ニクソン]]大統領との間で[[沖縄返還協定]]が締結され、翌[[1972年]](昭和47年)に沖縄は日本に返還され'''沖縄県が復活'''した。([[沖縄返還]])<ref>ただし沖縄復帰を前に制定された「[[沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律]]」では、戦前の沖縄県が地方自治法に定める県として建前上存続するものとされた。</ref><ref>なお復帰に際して日本は米国に対し総額3億2000万ドルを支払っている(現在の為替レート(2016年10月時点)で約5000億円)</ref>。米軍統治時代から続く基地問題や[[不発弾]]の問題、[[日米地位協定]]の問題は当県の主要な政治課題となっている(「[[普天間基地移設問題]]」を参照)。
 
 
 
歴史的経緯・文化・風習・習慣・人名・方言・[[経済]]・制度的にも本土のそれとは大きく異なり、俗に県外のことを「[[内地]](ナイチ)」、県民以外の人を「内地人(ナイチャー)」と呼び分ける場合がある。
 
 
 
日本屈指の[[リゾート]]地であり、歴史文化・[[沖縄料理]]・[[レジャー]]・[[マリンスポーツ]]・[[戦争遺跡]]などを強みに[[観光]]分野に特に力を入れており、観光業を含む[[第三次産業]]が79.2[[パーセント|%]]を占めている一方で[[第一次産業]]は5.4%、[[第二次産業]]は15.4%と非常に低い<ref>[http://www.pref.okinawa.jp/kodomo/sangyo/c1_uchiw.html 沖縄の産業/産業のうちわけ] - 2014-12-4閲覧</ref>。
 
 
 
また格闘技界においては[[空手]]の発祥の地として世界的に有名であり、多数の外国人門下生が県内の道場に入門し稽古している。
 
 
 
== 名称 ==
 
「沖縄(おきなわ)」という地名の由来は、「沖あいの漁場」を意味する「おき(沖)な(魚)は(場)」を由来とする説([[伊波普猷]])と、「沖にある場所」「遠い場所」を意味する「おき(沖・遠い)なは(場所)」を由来とする説([[東恩納寛惇]])とがあるが、いずれも定説には至っていない。
 
 
 
[[淡海三船]]が著した[[鑑真]]の伝記『唐大和上東征伝(とうだいわじょうとうせいでん)』(779年成立)では、[[天平勝宝]]5年[[12月12日 (旧暦)|12月12日]]([[754年]]1月9日)遣唐使一行が阿児奈波島(おきなわじま/あじなわじま/あこなはじま)に漂着したと記されており、この島は沖縄本島のことを指していたという<ref>「沖縄コンパクト事典」阿児奈波島(あこなはじま) 琉球新報社発行2003年3月1日</ref>。のちに中国による呼称の琉球と呼ばれるようになったようである。この琉球の語源についてもまだ明らかになっていない。
 
 
 
[[琉球処分]]の際、[[明治|明治政府]]内では「'''琉球県'''」の名称も検討された。これは[[1879年]](明治12年)、[[琉球藩]]を廃して沖縄県が設置される際に俎上に上っていたものである。内務卿の[[伊藤博文]]から太政大臣の[[三条実美]]に提出した同年3月1日付の琉球処分に関する文章には「琉球藩ヲ廃シ、更ニ琉球県ヲ被置候、此旨布告候事但県庁ハ首里ニ被置候事」とあり、琉球県の名称が使われていたが採用には至らなかった。この間の経緯は不明であるが、[[中国語]]由来の琉球に対し、沖縄のほうがより日本帰属の意思が明確になるため選ばれたと推察できる。用語としての「沖縄」は元々は[[沖縄本島]]を指す言葉であったが、沖縄県設置により鹿児島県[[奄美群島]]を除く[[琉球諸島]]全域が沖縄と呼ばれるようになり、より広義に解釈されるようにもなった<ref>『琉球史辞典』[[中山盛茂]] 著、琉球文教図書、1969年</ref>。
 
 
 
== 地理・地域 ==
 
[[ファイル:Okinawakenchizu.png|thumb|right|沖縄県の地図]]
 
[[国土交通省]]による日本の14地域区分の1つである沖縄は、沖縄県1県のみから成る<ref name="yougo">'''14地域''' ⇒ 北海道、東北、関東内陸、関東臨海、東海、北陸、近畿内陸、近畿臨海、中国山陰、中国山陽、四国、九州北九州、九州南九州、沖縄。{{Cite web|url=http://www.mlit.go.jp/term/file000005.html#shi|title=用語集|publisher=国土交通省|accessdate=2013-06-01}}</ref>。なお、「九州地方」の一部または「九州・沖縄地方」と呼ぶ場合もある。([[九州#「九州」の由来|九州・「九州」の由来]]参照)[[国土交通省]]は、「[[沖縄本島]]」を、「[[本土]]」5島の一つとしている<ref>[[島国]]([[領土]]がすべて[[島]]から成る国)である日本を構成する6,852の島に対する『国土交通省』による区分け ⇒ 6,852島(本土5島・[[離島]]6,847島)。[出典] 『国土交通省』サイト 離島振興課 離島とは(島の基礎知識)[http://www.mlit.go.jp/crd/chirit/ritoutoha.html] 2009年11月27日閲覧。<br />
 
ただし、島について地理学上はこのような分類・区分けはない。</ref><ref>【参考】日本の[[島]]の面積順に上位10島 ⇒ [[本州]]、[[北海道]]、[[九州]]、[[四国]]、[[択捉島]]、[[国後島]]、[[沖縄本島]]、[[佐渡島]]、[[奄美大島]]、[[対馬]]。<br />
 
[出典] [[国立天文台]] (編)[[理科年表]] 平成19年版 P565 ISBN 4621077635。</ref>。
 
[[国土地理院]]、[[海上保安庁]]によると、沖縄県は363の島から成っている<ref name="国土構成島数" />。49の有人島と多数の[[無人島]]からなり、0.01[[平方キロメートル|km<sup>2</sup>]]以上の面積を有する島は160島存在する<ref name="160islands">[http://www.pref.okinawa.jp/site/kikaku/tochitai/tousho.html 沖縄県の島しょ別面積一覧] (沖縄県を構成する160の[[島]]の名称と面積の一覧表) 沖縄県土地対策課。</ref>。最東端から最西端までは約1,000[[キロメートル|km]]、最北端から最南端までは約400kmと、広大な県域を持つ<ref>{{Cite web
 
|url = http://www3.pref.okinawa.jp/site/contents/attach/12017/P1-7.pdf
 
|title = NATURE in OKINAWA
 
|format = PDF
 
|publisher = 沖縄県文化環境部 自然保護課
 
|accessdate = 2012-06-28
 
}}</ref>。
 
南西諸島は鹿児島県から台湾近くまで長く延びており、地理的分布では北の[[トカラ列島]]までと、[[奄美群島]]と[[沖縄諸島]]および[[先島諸島]]の3つに大きく分けられる。<br>
 
[[沖縄本島]]と[[宮古島]]の間は[[宮古海峡]]と呼ばれ最狭区間でも約145[[海里]](約270km)の距離があり、そのうち約48海里(約89km)が[[領海]]と[[接続水域]]になっており、残りの約97海里(約97km)が[[排他的経済水域]]になっている。<br>
 
与那国島と台湾の間は約54海里(約100km)である。
 
{|class="wikitable" style="width:70%;text-align:center"
 
|+沖縄県の端<span style="font-weight:normal"><ref>{{Cite web
 
|url = http://www.pref.okinawa.jp/tochi/toukeide%20tisei.html
 
|title = 統計データ 沖縄の東西南北端
 
|publisher = 沖縄県企画部土地対策課
 
|accessdate = 2012-08-02
 
}}</ref></span>
 
!
 
!島
 
!所属自治体
 
!備考
 
!位置
 
|-
 
!最北端
 
|[[硫黄鳥島]]
 
|[[久米島町]]
 
|有人島に限れば[[伊平屋島]]<ref>{{Cite web
 
|url = http://www.pref.okinawa.jp/chiiki_ritou/simajima/iheya.html
 
|title = 知・旅・住 離島総合情報サイト 沖縄のしまじま 伊平屋島 / 野甫島
 
|publisher = 沖縄県企画部地域離島課
 
|accessdate = 2012-08-02
 
}}</ref>
 
|rowspan="4" style="width:252px;padding:auto"|{{Location map many|Japan Ryukyu Islands
 
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|label = 硫黄鳥島
 
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}}
 
|-
 
!最南端
 
|[[波照間島]]
 
|[[竹富町]]
 
|日本最南端の有人島<ref>{{Cite web
 
|url = http://www.town.taketomi.lg.jp/islands/index.php?content_id=6
 
|title = 美しき島々 波照間島
 
|publisher = 竹富町
 
|accessdate = 2012-08-02
 
}}</ref>
 
|-
 
!最東端
 
|[[北大東島]]
 
|[[北大東村]]
 
|
 
|-
 
!最西端
 
|[[与那国島]]
 
|[[与那国町]]
 
|日本最西端の島<ref>{{Cite web
 
|url = http://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/center.htm
 
|title = 日本の東西南北端点の経度緯度
 
|publisher = [[国土地理院]]
 
|accessdate = 2012-08-02
 
}}</ref>
 
|}
 
離島が多いものの、離島の医療は人材的・経済的理由から不足気味であり、[[病院]]がなく[[診療所]]のみという島も多い。そのため、離島で治療できない急患患者の[[沖縄本島]]への空輸を[[陸上自衛隊]]や[[海上保安庁]]が行っている。なお、[[宮古島]]、[[石垣島]]には県立の総合病院が設置されているため、それらの島の周辺離島での急患は沖縄本島ではなく宮古島や石垣島に搬送される場合もある。
 
 
 
県庁所在地である那覇市の半径1,000km圏内には[[九州|九州島]]全域や[[下関市]]、[[上海市|上海]]、[[福州市|福州]]や[[台湾|台湾島]]全域が含まれ、1,500km圏内には[[大阪市|大阪]]、[[南京市|南京]]、[[ソウル特別市|ソウル]]、[[平壌]]、[[マニラ]]、[[香港]]などが位置する。2000km圏内には[[東京]]、[[仙台市|仙台]]、[[北京市|北京]]、[[瀋陽市|瀋陽]]、[[海口市|海南省海口市]]、[[長春市|長春]]、[[ウラジオストク]]等が存在し、2500km圏内には[[稚内]]、[[成都市|成都]]、[[重慶市|重慶]]、[[ハノイ]]、[[グアム]]、[[北マリアナ諸島]]、[[パラオ]]が収まるなど、まさに[[東アジア]]・[[東南アジア]]と[[日本]]との接点とも言える位置にある。
 
 
 
沖縄本島の中部・南部は[[那覇市]]・[[沖縄市]]を中心として都市化・人口集中が進んでおり、全面積の約5分の1に110万人以上が居住している(''[[沖縄本島#中南部都市圏]]'' も参照)。その上、[[治外法権]]の米軍基地が多数存在しており、利用できる面積はさらに限られる。そのため[[人口密度]]は全国で第9位であり、[[三大都市圏]]の都府県を除くと[[福岡県]]に次いで2番目に高い。
 
 
 
=== 地質 ===
 
琉球諸島は太平洋側の[[琉球海溝]]と東シナ海側の[[沖縄トラフ]]に挟まれる。琉球海溝は[[フィリピン海プレート]]が[[ユーラシアプレート]]に潜り込むことによりできたもので、これは[[南海トラフ]]と同様の成因である。また背海盆沖縄トラフはユーラシアプレートが新しい時代に引き裂かれて陥没した1000〜2000[[メートル|m]]の窪みであり熱水鉱床などがみられる。地質的には琉球列島(諸島)のうち沖縄島と奄美大島はケラマ海裂とトカラ海峡とに挟まれた中琉球と呼ばれ、島は海洋地殻の上に海洋地殻の付加体(海洋地殻の陸側斜面となるユーラシア・プレートの下にフィリッピン海プレートが沈み込むときに、海溝の陸側斜面ユーラシアプレートの端に押し付けられて隆起した海洋地殻の上の堆積物)で構成され、さらに3億〜5000万年前の古い付加堆積物で作られる沖縄島北側と、500万年前に作られた現地性堆積物により構成される沖縄島南側に大きく分けられる。
 
 
 
=== 自然 ===
 
;[[生物]]
 
:[[亜熱帯]]で[[生物]]に好適な気候に恵まれ、貴重な動植物が多い。沖縄本島北部には[[山原]]と呼ばれる[[森林]]が広がっており、[[ノグチゲラ]]、[[ヤンバルクイナ]]、[[ヤンバルテナガコガネ]]といった[[天然記念物]]等貴重な生物が生息している。山原と沖縄本島の海岸線の一部、[[慶良間諸島]]等が[[沖縄海岸国定公園]]に指定されている。西表島一帯および石垣島の一部が[[西表石垣国立公園]]に指定されており、[[マングローブ]]林が広がるほか、[[イリオモテヤマネコ]]等の貴重な生物が生息している。なお、[[環境省]]が指定する[[日本の重要湿地500]]のうち、55ヶ所が沖縄県内にある。これは、[[北海道]](61ヶ所)に次いで日本で2番目に多い。
 
;[[大雨]]と[[水不足]]
 
:[[2005年]](平成17年)から[[2007年]](平成19年)各年の[[6月]]に[[梅雨前線]]の影響で大雨と[[雷]]が沖縄本島を襲い、各地で冠水、[[土砂崩れ]]、[[崖崩れ]]等が相次いだ。平年値では年間を通じて降水量が多いが、[[梅雨]]と[[台風]]による降雨が多いこと、年による変動が大きいこと、大きな河川がなくすぐに海に流出してしまうことなどから、気候・地形的に水不足に陥りやすい<ref>[http://www.pref.okinawa.jp/kodomo/sugata/a2_kikou.html 沖縄の気候 沖縄こどもランド]</ref>。また、1946年に約51万人だった人口が、本土復帰の[[1972年]](昭和47年)に約96万人と増加し、需給関係から[[1990年代]]前半までしばしば水不足による[[断水]]が行われた<ref>[http://www.eb.pref.okinawa.jp/museum/gallon/seigen/ 給水制限の記録(沖縄県企業局)]</ref><ref>{{PDFlink|[http://www.eb.pref.okinawa.jp/jigyou/gaiyou/H18/pdf/p1.pdf 沖縄県企業局概要 沖縄の水]}}</ref>。特に[[昭和56-57年沖縄渇水|1981-1982年の渇水]]では日本最長の326日間にわたって給水制限が実施された。そのため、屋根の上などに給水タンクを設置している家が多い。しかし、沖縄本島北部から南部への導水が進み、また[[1997年]](平成9年)に気候に左右されず安定して水の供給が可能な[[海水淡水化]]施設が[[北谷町]]に完成し<ref>[http://www.eb.pref.okinawa.jp/sisetu/suigen/kaisui/index.html 海水淡水化施設(沖縄県企業局)]</ref>、[[2005年]](平成17年)に県人口が約136万人と増加したものの、断水に見舞われることは減った。
 
;[[地震]]
 
{{Main|南西諸島近海地震}}
 
:「地震大国」と言われる日本において、[[九州]]などと同じく、一年あたりの(有感)地震回数が少なく、また気候や人口密度などの面から最も地震に関する[[リスク]]が少ない地域の一つとされていた(地震の発生度や発生時の被害の大きさを示す地震地域係数が日本で唯一「0.7」の都道府県となっているが、この値は後年見直される可能性もある)。しかし、[[損害保険料率算出機構]]の最新の統計集では2等地となっており、特段リスクが低い地域と見なされなくなった。過去には[[1771年]]の[[八重山地震]]による[[大津波]]で、[[先島諸島]]に多大な被害が生じている。最近では[[2010年]](平成22年)の[[沖縄本島近海地震|沖縄本島近海で発生した地震]]で約100年ぶりに沖縄本島で震度5以上を観測し、[[勝連城跡]]の城壁の一部が崩壊した<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-158365-storytopic-1.html 沖縄本島近海地震 糸満で震度5弱 本島99年ぶり 勝連城跡一部崩落] - 琉球新報(2010年2月28日付の報道)</ref>。
 
 
 
=== 気候 ===
 
<div style="font-size:smaller">
 
{{Climate chart|[[那覇市]]
 
|15|20|107
 
|15|20|120
 
|17|22|161
 
|19|24|166
 
|22|27|232
 
|25|29|247
 
|27|32|141
 
|27|32|241
 
|26|30|261
 
|23|28|153
 
|20|25|110
 
|16|21|103
 
|float = right
 
|clear = both
 
|source = [http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/nml_sfc_ym.php?prec_no=91&prec_ch=%89%AB%93%EA%8C%A7&block_no=47936&block_ch=%93%DF%94e&year=&month=&day=&elm=normal&view= 気象庁 那覇(1981年 - 2010年の平均値)]
 
}}</div>
 
日本国内における気候区分では[[南日本気候]]に属する。
 
 
 
[[宮古島]]・[[多良間島]]・[[石垣島]]・[[西表島]]・[[与那国島]]・[[波照間島]]・[[沖大東島]]は[[熱帯]]性気候で[[ケッペンの気候区分]]では[[熱帯雨林気候]] (Af) に、それ以外の地域では[[亜熱帯]]性で[[温暖湿潤気候]] (Cfa) に属する。沖縄県各地方ともに高温多湿で年間降水量は2,000[[ミリメートル|mm]]以上で、年間平均気温は約22[[°C]]となっている。しかし、最高気温が35℃を超える[[猛暑日]]になることはほとんど無い<ref>{{Cite web
 
|title = 報道発表資料 夏(6 - 8月)の天候
 
|url = http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/stat/tenko100608.pdf
 
|pages = 17
 
|publisher = [[気象庁]]
 
|date = 2010-09-01
 
|accessdate = 2011-07-18
 
}}</ref>。これは、沖縄は陸地面積が狭く周りを海に囲まれていること([[海洋性気候]])から、[[フェーン現象]]や晴天弱風と都市化がもたらす大規模な[[ヒートアイランド現象]]のような要因がないためである(但し都市部での小規模なヒートアイランド現象の研究報告はある)。また沖縄は台風[[銀座]]と呼ばれており、毎年多くの[[台風]]が接近する。月別で注目すると、降水量は[[梅雨]]入りの平均期間である5月と台風が多く接近する8月に多い。また、日照時間は7月に長く、冬期の1月・2月では短い。梅雨明け頃には、[[夏至南風]](沖縄本島ではカーチーベー、宮古・八重山周辺ではカーチーバイ<ref>{{Cite web
 
|url = http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-94538-storytopic-86.html
 
|date = 1999-06-22
 
|title = きょう夏至/サルスベリ鮮やか
 
|publisher = [[琉球新報]]
 
|accessdate = 2012-06-28
 
}}</ref>)と呼ばれる秒速10m以上の南寄りの強い風が吹き、夏の到来を告げる[[季節風]]として知られている<ref>{{Cite web
 
|url = http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-40850-storytopic-121.html
 
|date = 2003-03-01
 
|title = 沖縄コンパクト事典 カーチーベー
 
|publisher = 琉球新報
 
|accessdate = 2012-06-28
 
}}</ref>。
 
 
 
==== 降雪 ====
 
冬期に降雪があることはごくまれであるが、[[1977年]](昭和52年)[[2月17日]]に[[久米島]]で、[[2016年]](平成28年)[[1月24日]]に久米島と名護市でそれぞれ[[霙|みぞれ]](気象記録上は[[雪]]と同じ扱い)が観測された<ref>[https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=151170 沖縄で雪を観測 39年ぶり史上2回目] - 沖縄タイムス、2016年1月24日</ref>。[[気象庁]]が公式に発表した沖縄県での降雪記録はこの2例のみで、久米島での降雪は日本における降雪の南限記録である<ref>[http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq1.html 気象庁 雨・雪について「沖縄で雪が降ったことはありますか?」]</ref>。
 
 
 
観測開始以前においては、[[琉球王国]]の正史とされる『球陽』によると、[[1774年]]、[[1816年]]、[[1843年]]、[[1845年]]、[[1857年]]にそれぞれ現在の沖縄県の領域で降雪があったことを記録している<ref>[http://homepage2.nifty.com/ho-/kisyou/nahasnow/nahasnow.htm 「高気温時の降雪 〜限界と可能性・沖縄に雪は降ったか?〜」]</ref>。
 
 
 
なお、[[昭和38年1月豪雪]]では県内各地で[[霜]]・[[霰|あられ]]・[[雹|ひょう]]などが観測されており農作物への被害も発生している<ref>{{PDFlink|[http://www.jma-net.go.jp/okinawa/menu/news/2016/20160124teion.pdf 強い寒気に伴う低温について]}} - 沖縄気象台、2016年1月24日</ref>。
 
 
 
[[1999年]](平成11年)[[12月20日]]とその前後に那覇市などで「雪が降った」という目撃談が複数報告され、[[NHK沖縄放送局]]でもその「雪らしきもの」の映像を放送したが、気温が高かったことなどから気象台は否定的で<ref>朝日新聞 2000年1月26日 朝刊1面「天声人語」。(朝日新聞縮刷版 平成12年1月、1277頁)</ref><ref>{{Cite news
 
|title = え〜っ!沖縄で雪? 宮原さんがビデオ撮影
 
|url = http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-113837-storytopic-86.html
 
|date = 2000-01-18
 
|accessdate = 2011-08-10
 
|newspaper = 琉球新報
 
|pages = 朝刊・23 (本紙)
 
}} - 12月20日18時40分頃、沖縄県庁近く、[[パレットくもじ]]前広場での目撃談</ref>、公式な降雪記録とはなっていない。
 
 
 
{|class="wikitable" style="width:90%;margin:0 auto;font-size:small;text-align:center;white-space:nowrap"
 
|+沖縄県内各地の気象データ<ref>{{Cite web
 
|url = http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/select/prefecture.php?prec_no=91&prec_ch=%89%AB%93%EA%8C%A7&block_no=&block_ch=&year=&month=&day=&view=
 
|title = 気象統計情報
 
|publisher = 気象庁
 
|accessdate = 2012-01-09
 
}}</ref>
 
!rowspan="3" colspan="2"|平年値<br />(月単位)
 
!colspan="8"|[[沖縄諸島]]
 
![[大東諸島|大東<br />諸島]]
 
!colspan="2"|[[宮古列島|宮古諸島]]
 
!colspan="6"|[[八重山諸島]]
 
|-
 
!colspan="5"|[[沖縄本島]]
 
!rowspan="2"|[[伊是名島|伊<br />是<br />名<br />島]]
 
!rowspan="2"|[[渡嘉敷島|渡<br />嘉<br />敷<br />島]]
 
!rowspan="2"|[[久米島|久<br />米<br />島]]
 
!rowspan="2"|[[南大東島|南<br />大<br />東<br />島]]
 
!rowspan="2"|[[宮古島|宮<br />古<br />島]]
 
!rowspan="2"|[[多良間島|多<br />良<br />間<br />島]]
 
!colspan="2"|[[石垣島]]
 
!colspan="2"|[[西表島]]
 
!rowspan="2"|[[波照間島|波<br />照<br />間<br />島]]
 
!rowspan="2"|[[与那国島|与<br />那<br />国<br />島]]
 
|-
 
![[国頭村]]<br />奥
 
![[名護市]]
 
![[金武町]]
 
![[那覇市]]
 
![[南城市]]<br />糸数
 
!登野城
 
!伊原間
 
![[祖納 (竹富町)|祖納]]
 
![[大原 (竹富町)|大原]]
 
|-
 
!colspan="2"|[[ケッペンの気候区分|気候区分]]
 
|[[温暖湿潤気候|Cfa]]
 
|Cfa
 
|Cfa
 
|Cfa
 
|Cfa
 
|Cfa
 
|Cfa
 
|Cfa
 
|Cfa
 
|[[熱帯雨林気候|Af]]
 
|Af
 
|Af
 
|Af
 
|Af
 
|Af
 
|Af
 
|Af
 
|-
 
!rowspan="2"|[[気温|平均<br />気温]]<br />([[セルシウス度|°C]])
 
!最暖<br />月
 
|26.7<br />(7月)
 
|28.8<br />(7月)
 
|28.6<br />(7月)
 
|28.9<br />(7月)
 
|27.1<br />(7月)
 
|28.3<br />(7月)
 
|26.7<br />(7月)
 
|28.8<br />(7月)
 
|28.5<br />(7月)
 
|28.7<br />(7月)
 
|29.0<br />(7月)
 
|29.5<br />(7月)
 
|28.8<br />(7月)
 
|28.9<br />(7月)
 
|28.9<br />(7月)
 
|28.9<br />(7月)
 
|28.8<br />(7月)
 
|-
 
!最寒<br />月
 
|14.5<br />(1月)
 
|16.3<br />(1月)
 
|16.2<br />(1月)
 
|17.0<br />(1月)
 
|15.2<br />(1月)
 
|16.1<br />(1月)
 
|15.3<br />(1月)
 
|16.7<br />(1月)
 
|17.7<br />(1月)
 
|18.0<br />(1月)
 
|18.4<br />(1月)
 
|18.6<br />(1月)
 
|18.3<br />(1月)
 
|18.3<br />(1月)
 
|18.0<br />(1月)
 
|18.8<br />(1月)
 
|18.4<br />(1月)
 
|-
 
!rowspan="2"|[[降水量]]<br />([[ミリメートル|mm]])
 
!最多<br />月
 
|309.5<br />(6月)
 
|248.2<br />(8月)
 
|228.8<br />(5月)
 
|260.5<br />(9月)
 
|253.3<br />(6月)
 
|269.9<br />(6月)
 
|268.8<br />(5月)
 
|263.9<br />(6月)
 
|200.6<br />(5月)
 
|262.5<br />(8月)
 
|249.6<br />(8月)
 
|261.6<br />(8月)
 
|250.6<br />(9月)
 
|273.6<br />(8月)
 
|284.1<br />(8月)
 
|197.7<br />(9月)
 
|293.2<br />(9月)
 
|-
 
!最少<br />月
 
|138.3<br />(12月)
 
|96.2<br />(12月)
 
|78.3<br />(12月)
 
|102.8<br />(12月)
 
|111.7<br />(1月)
 
|97.5<br />(12月)
 
|124.1<br />(12月)
 
|119.0<br />(7月)
 
|84.7<br />(1月)
 
|130.8<br />(1,7月)
 
|127.2<br />(12月)
 
|126.3<br />(12月)
 
|122.3<br />(7月)
 
|141.6<br />(7月)
 
|137.6<br />(3月)
 
|106.2<br />(12月)
 
|138.5<br />(7月)
 
|-
 
!rowspan="2"|[[日照時間|日照<br />時間]]<br />([[時間]])
 
!最長<br />月
 
|239.2<br />(7月)
 
|245.7<br />(7月)
 
|218.1<br />(7月)
 
|238.8<br />(7月)
 
|210.1<br />(7月)
 
|289.8<br />(7月)
 
|230.5<br />(7月)
 
|255.4<br />(7月)
 
|278.8<br />(7月)
 
|246.7<br />(7月)
 
|199.1<br />(7月)
 
|264.5<br />(7月)
 
|245.6<br />(7月)
 
|253.2<br />(7月)
 
|245.4<br />(7月)
 
|259.3<br />(7月)
 
|258.9<br />(7月)
 
|-
 
!最短<br />月
 
|78.3<br />(1月)
 
|86.2<br />(2月)
 
|88.3<br />(2月)
 
|87.1<br />(2月)
 
|93.0<br />(2月)
 
|91.5<br />(1月)
 
|87.8<br />(1月)
 
|77.4<br />(2月)
 
|114.5<br />(2月)
 
|82.6<br />(2月)
 
|73.9<br />(1月)
 
|82.1<br />(2月)
 
|70.5<br />(1月)
 
|74.5<br />(1月)
 
|86.5<br />(2月)
 
|91.9<br />(1月)
 
|55.7<br />(1月)
 
|-
 
|colspan=19 style=text-align:left|
 
*1981年から2010年まで(ただし金武町、多良間島は1971年から2000年まで)の平均値
 
|}
 
 
 
=== 島嶼 ===
 
{| class="infobox" style="text-align:center; float:left; width:60%; font-size:90%"
 
|+ 沖縄県に属する島嶼の面積上位20島
 
|-
 
! style="background:#6fc;" |
 
! style="background:#6fc;" | 島嶼名
 
! style="background:#6fc;" | 面積 (km<sup>2</sup>)
 
! style="background:#6fc;" |
 
! style="background:#6fc;" | 島嶼名
 
! style="background:#6fc;" | 面積 (km<sup>2</sup>)
 
|-
 
|-----
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''1'''
 
|| '''[[沖縄本島]]'''
 
|| 1,206.98
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''11'''
 
|| '''[[多良間島]]'''
 
|| {{0|00}}19.81
 
|-----
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''2'''
 
|| '''[[西表島]]'''
 
|| {{0}}289.61
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''12'''
 
|| '''[[渡嘉敷島]]'''
 
|| {{0|00}}15.31
 
|-----
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''3'''
 
|| '''[[石垣島]]'''
 
|| {{0}}222.25
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''13'''
 
|| '''[[伊是名島]]'''
 
|| {{0|00}}14.12
 
|-----
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''4'''
 
|| '''[[宮古島]]'''
 
|| {{0}}158.87
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''14'''
 
|| '''[[波照間島]]'''
 
|| {{0|00}}12.73
 
|-----
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''5'''
 
|| '''[[久米島]]'''
 
|| {{0|00}}59.53
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''15'''
 
|| '''[[北大東島]]'''
 
|| {{0|00}}11.93
 
|-----
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''6'''
 
|| '''[[南大東島]]'''
 
|| {{0|00}}30.53
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''16'''
 
|| '''[[黒島 (沖縄県竹富町)|黒島]]'''
 
|| {{0|00}}10.02
 
|-----
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''7'''
 
|| '''[[伊良部島]]'''
 
|| {{0|00}}29.06
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''17'''
 
|| '''[[下地島]]'''
 
|| {{0|000}}9.68
 
|-----
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''8'''
 
|| '''[[与那国島]]'''
 
|| {{0|00}}28.95
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''18'''
 
|| '''[[小浜島]]'''
 
|| {{0|000}}7.86
 
|-----
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''9'''
 
|| '''[[伊江島]]'''
 
|| {{0|00}}22.76
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''19'''
 
|| '''[[屋我地島]]'''
 
|| {{0|000}}7.82
 
|-----
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''10'''
 
|| '''[[伊平屋島]]'''
 
|| {{0|00}}20.66
 
|style="background:#f5f5f5;"| '''20'''
 
|| '''[[粟国島]]'''
 
|| {{0|000}}7.62
 
|-----
 
| colspan="6" align=center style="background:#6fc;" | '''出典''':[[国土地理院]](2016年10月1日現在)<ref name="island-area">{{Cite web|date=2016-10-01|url=http://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/MENCHO/201610/f3_shima.pdf|title=平成28年全国都道府県市区町村別面積調 島面積|format=PDF|publisher=[[国土地理院]]|accessdate=2017-02-27}}</ref>
 
|}
 
 
 
<div class="thumb tright">
 
<div class="thumbinner" style="width:302px">
 
<div style="width:300px;padding:auto">{{Ryukyu Islands Labelled Map}}
 
</div>
 
<div class="thumbcaption">南西諸島の位置。</div>
 
</div>
 
</div>
 
 
 
{{沖縄諸島}}
 
{{宮古諸島}}
 
{{八重山諸島}}
 
{{尖閣諸島}}
 
{{大東諸島}}
 
 
 
=== 自然公園 ===
 
[[ファイル:万座毛.jpg|thumb|right|沖縄海岸国定公園([[万座毛]])]]
 
*[[国立公園]]
 
**[[西表石垣国立公園]]
 
**[[慶良間諸島国立公園]](2014年3月5日指定<ref>[http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=64133 慶良間諸島国立公園が誕生 きょう指定] - 沖縄タイムス(2014年3月5日付、同日閲覧)</ref>)
 
**[[やんばる国立公園]](2016年9月15日指定<ref>{{Cite news |title=やんばる国立公園が誕生 |newspaper=[[沖縄タイムス]] |date=2016-09-16 |page=1}}</ref>)
 
*[[国定公園]]
 
**[[沖縄海岸国定公園]]
 
**[[沖縄戦跡国定公園]]
 
*[[都道府県立自然公園|県立自然公園]]
 
**久米島県立自然公園
 
**伊良部県立自然公園
 
**渡名喜県立自然公園
 
 
 
=== 地形 ===
 
;山岳
 
*[[於茂登岳]] (526m) - 沖縄県の最高峰。
 
*[[与那覇岳]] (503m) - 沖縄本島最高峰。
 
*[[古見岳]] (470m)
 
*[[城山 (沖縄県)|城山]] (177m)
 
 
 
;河川
 
本県の河川の特徴としては、急勾配でかつ、河川延長が短く、[[流域面積]]が小さいことが挙げられる<ref>[http://www.pref.okinawa.jp/kasen/con02/02kasen.html 沖縄の河川] - 沖縄県土木建築部河川課</ref>。その為、河川流量の変動が顕著で、大雨による増水、少雨による水不足に陥りやすい。また[[マングローブ]]林など日本本土と異なる亜熱帯特有の自然環境を形成している<ref>[http://www.dc.ogb.go.jp/kaiken/mizu/kaiken_mizu_genkyou.html 沖縄の地形・地質と河川・砂防・海岸等] - 沖縄総合事務局 開発建設部</ref>。現在、沖縄本島北部では[[赤土]]の流出、中南部では畜舎からの[[排水]]等の影響による河川[[汚染]]が問題となっている<ref>[http://www.ule.co.jp/biofit74.pdf 琉球大学 沖縄の河川の特徴と魚類の生活史]</ref><ref>[http://www.okiu.ac.jp/Language/contest/02/03/group8/group8.htm 沖縄国際大学 沖縄の川]</ref>。
 
 
 
本県には国内で唯一、[[一級河川]]が存在しない。[[二級河川]]の開発は知事の要請に基づき[[沖縄振興特別措置法]]により、日本政府の直轄事業として改良・修繕工事を行っている<ref>[http://www.dc.ogb.go.jp/kaiken/mizu/kaiken_mizu_genkyou.html 沖縄の河川行政] - 沖縄総合事務局 開発建設部</ref>。
 
*[[浦内川]] - 沖縄県最長の川でマリユドゥの滝などを有する。
 
[[File:01マリヨドの瀧IMG 3858.jpg|thumb|マリユドゥの滝]]
 
*[[塩川 (沖縄県)|塩川]] - 日本で唯一塩分を含む川
 
*[[源河川]]
 
*[[国場川]]
 
*[[比謝川]]
 
*[[羽地大川]]
 
*[[宮良川]]
 
 
 
;湖沼・干潟等
 
*[[大池 (沖縄県)|大池]] - 沖縄県最大の自然湖
 
*[[福上湖]] - 沖縄県最大の[[人造湖]]
 
*[[漫湖]]
 
*[[泡瀬干潟]]
 
*[[池間湿原]]
 
*[[名蔵アンパル]]
 
*[[八重干瀬]]
 
 
 
=== 地域区分 ===
 
[[1896年]](明治29年)[[4月1日]]の[[郡制]]施行に伴い、[[国頭郡]]、[[中頭郡]]、[[島尻郡]]、[[宮古郡]]、[[八重山郡]]の5郡が設置された。現在もその旧郡の境界をもって5地域(5地区)に分ける慣例が残っている。ただし、島尻郡が[[沖縄本島]]周囲の離島全てを含む形となっているため、[[伊平屋島]]と[[伊是名島]]は旧島尻郡の中心の那覇から遠くなっており、航路で近い国頭郡の枠に入れる例が多い。
 
 
 
行政による地域区分では、旧郡による5地域において中頭地区に入る浦添市を南部広域市町村圏に入れている。また、島尻郡の離島は別扱いとなる。
 
 
 
沖縄県は11市・5郡・11町・19村あり、町は全て「ちょう」、村は全て「そん」と読む。<!--
 
*括弧書きは、[[市町村合併|合併]]により発足することが決定している自治体。*印は、それにより消滅する予定の自治体。-->
 
 
 
==== 沖縄諸島 ====
 
{{Okinawa Island Labelled Map}}
 
;北部広域市町村圏
 
旧国頭郡の範囲に、島尻郡の伊平屋島と伊是名島を加えた範囲。旧郡の名称から「国頭地区」とも呼ばれる。
 
*[[名護市]]
 
*[[国頭郡]]
 
**[[国頭村]] - [[大宜味村]] - [[今帰仁村]] - [[本部町]] - [[恩納村]] - [[宜野座村]] - [[金武町]] - [[東村]]
 
*[[伊江島]]([[国頭郡]]) - [[伊江村]]
 
*[[伊平屋島]]([[島尻郡]]) - [[伊平屋村]]
 
*[[伊是名島]](島尻郡) - [[伊是名村]]
 
;中部広域市町村圏
 
{{See also|沖縄都市圏}}
 
旧中頭郡の範囲から浦添市を除いた範囲。
 
*[[沖縄市]]
 
*[[うるま市]]
 
*[[宜野湾市]]
 
*[[中頭郡]]
 
**[[北谷町]] - [[嘉手納町]] - [[西原町]] - [[読谷村]] - [[北中城村]] - [[中城村]]
 
;南部広域市町村圏
 
{{See also|那覇都市圏}}
 
沖縄本島にある旧島尻郡部分に浦添市を含めた範囲。以前は宜野湾市、西原町も中部ながら南部広域圏に属していた。また西原町も南部広域圏には属していないものの一部の事務組合には南部と合同になることもある。
 
*[[浦添市]]
 
*[[那覇市]]
 
*[[豊見城市]]
 
*[[糸満市]]
 
*[[南城市]]
 
*[[島尻郡]]
 
**[[与那原町]] - [[南風原町]] - [[八重瀬町]]
 
;離島
 
{{Okinawa Prefecture Labelled Map}}
 
いずれも島尻郡、南部広域市町村圏に属しており、「南部離島」とも呼ばれる。
 
*[[久米島]] - [[久米島町]]
 
*[[慶良間諸島]]
 
**[[渡嘉敷島]] - [[渡嘉敷村]]
 
**[[座間味島]] - [[座間味村]]
 
*[[粟国諸島]]
 
**[[粟国島]] - [[粟国村]]
 
**[[渡名喜島]] - [[渡名喜村]]
 
*[[大東諸島]]
 
**[[北大東島]] - [[北大東村]]
 
**[[南大東島]] - [[南大東村]]
 
 
 
==== 先島諸島 ====
 
;宮古支庁
 
旧宮古郡の範囲
 
*[[宮古島市]]
 
*[[宮古郡]]
 
**[[多良間村]]
 
;八重山支庁
 
旧八重山郡の範囲
 
*[[石垣市]]
 
*[[八重山郡]]
 
**[[竹富町]] - [[与那国町]]
 
 
 
=== 米軍基地 ===
 
[[ファイル:US military bases in Okinawa.svg|thumb|沖縄の米軍基地|150px]]
 
{{Main|在日米軍|普天間基地移設問題|台湾関係法}}
 
* 主な米軍基地 - [[嘉手納基地]]、[[普天間基地]]など。
 
 
 
2017年現在、在日米軍の専用施設は沖縄本島の総面積の15%を占めている<ref>nippon.com [http://www.nippon.com/ja/features/h00008/ 【日本の安全保障】沖縄の米軍基地沖縄本島の面積の18%] 2014年9月閲覧</ref><ref>[http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/97464 【沖縄復帰45年】依然、米軍専用施設の70%が集中 本島の15%占める]</ref>。
 
 
 
== 歴史 ==
 
{{Main|沖縄県の歴史|沖縄県の年表|アメリカ合衆国による沖縄統治|沖縄返還}}
 
[[ファイル:Naha Shuri Castle16s5s3200.jpg|thumb|right|[[首里城]]([[那覇市]])]]
 
古代
 
『[[続日本紀]]』には、[[文武天皇]]2年([[698年]])に朝廷の命により、務広弐文忌寸博士が南島(なんとう)(南西諸島)に派遣されたとある。このときの文忌寸博士の任務は屋久島、種子島、奄美大島の朝貢関係を確認することにあり、文武天皇3年([[699年]])に多褹・掖玖・菴美・度感から朝廷に来貢があり位階を授けたと記載がある。これ以降、朝廷は種子島に国司を派遣するとともに、久米島や石垣島にも服属を求める使者を派遣している。[[和銅]]8年([[715年]])には南島の奄美・夜久・度感・信覚・球美の島民が来朝し貢上したという記載があり、蝦夷の人々とともに南島の人々に位階を授けたとある。他にも[[養老]]4年([[720年]])に南島人232人に位を授け、また[[神亀]]4年([[727年]])に南島人132人に位階を授けた、などの記載がある
 
 
 
* [[宣徳]]4年([[1429年]]) - [[尚巴志]]による[[三山時代|三山]]統一。[[琉球王国]]が成立。
 
* [[天順 (明)|天順]]6年([[1462年]]) - [[尚円王]]により[[第二尚氏王統]]が成立。
 
* [[弘治 (明)|弘治]]13年([[1500年]]) - [[尚真王]]、[[八重山諸島]]を征服。さらに[[嘉靖]]元年([[1522年]])には与那国島を征服し王府の支配下に置く。
 
* [[慶長]]14年([[1609年]]) - [[薩摩藩]]による[[琉球侵攻]]。これ以降、琉球王国は薩摩藩の付庸国となり、薩摩藩への貢納を義務付けられ、[[江戸上り]]で江戸幕府に使節を派遣した。[[奄美群島]]は王府の支配から切り離され薩摩の直轄地へ。
 
* [[嘉永]]6年([[1853年]]) - [[黒船来航]]。ペリー率いる軍艦が那覇港に強制上陸して、武装した兵員を率いて上陸し、市内を行進しながら首里城まで進軍した。
 
* [[明治]]5年([[1872年]])- [[沖縄県の歴史#琉球処分|琉球処分]]により琉球王国が[[琉球藩]]に再編される。
 
* [[1879年]](明治12年)3月11日 明治政府は琉球藩を沖縄県としたが、琉球内ではそれを不服とし清に救援を求める人々もあった。日清の関係は悪化し、前合衆国大統領[[ユリシーズ・グラント]]による助言もあり、1880年北京で日清の交渉が行われた。日本は日清修好条規に最恵国待遇条項の追加と引き換えに日本の先島諸島割譲(分島改約案)を提示したが、分島にたいする琉球人の反対や、清の国内事情から妥結にまでは至らなかった<ref>劉傑/三谷博/揚大慶 編著「国境を超える歴史認識」12p 東京大学出版会 ISBN 4-13-023053-0</ref>。
 
* [[1896年]](明治29年)鹿児島大浜 - 奄美大島 - 沖縄本島間、翌[[1897年]](明治30年)沖縄本島 - 石垣島 - 淡水(日本領台湾)、[[1912年]]([[大正]]元年)石垣島 - 宮古島間に、電信[[海底ケーブル]](1心鎧装)が敷設された<ref>[http://www.nttwem.co.jp/knowledge/history/chronological_table.html 『海底線百年の歩み』より・日本での海底通信ケーブル年表/NTTワールドエンジニアリングマリンH.P]</ref>。[[1916年]](大正5年)には、[[ドイツ帝国]]が布設した上海 - ヤップ間回線を[[第一次世界大戦]]により沖縄へと陸揚して那覇(沖縄) - ヤップ線を転用敷設<ref>日本電信電話公社海底線敷設事務所編 『海底線百年の歩み』 電気通信協会 1971年 p.200.</ref>。
 
* [[1945年]]([[昭和]]20年)3月 - 6月[[沖縄戦]]、沖縄本島南部を中心に住民に多数の犠牲者が出る。同年4月1日以降米国海軍軍政府布告1号により米軍占領地域で順次日本政府の統治から切り離され県民はアメリカの統治下へ。
 
* [[1945年]]9月20日、[[沖縄]]本島の収容所で行われた市会議員選挙で、女性に参政権が認められ選挙が行われた。<ref>http://www.archives.pref.okinawa.jp/publication/2012/09/post-93.html</ref>
 
* [[1946年]](昭和21年)1月GHQ覚書により連合国よりアメリカ軍政へ移管。
 
* [[1946年]](昭和21年)4月米軍は沖縄民政府を発足させ、沖縄諮詢会で互選された志喜屋孝信を知事に任命し、旧県会議員を主体に沖縄議会を設立。
 
* [[1948年]](昭和23年)10月「米国の対日政策に関する勧告に対する国家安全保障会議の諸勧告(NSC/2,3)」により米軍の沖縄恒久保持、基地の開発の方針が示される。
 
* [[1949年]](昭和24年)8月全沖縄的な群島政府が設立される。
 
* [[1950年]](昭和25年)12月[[琉球列島米国民政府]](United States Civil Administration of the Ryukyu Islands)とアメリカ軍政の沖縄統治機関の名称を変更。大規模な基地建設の開始。
 
* [[1951年]](昭和26年)4月マッカーサー元帥解任。
 
* [[1952年]](昭和27年)4月28日[[日本国との平和条約]]発効。
 
* [[1970年]](昭和45年)12月20日 - [[コザ暴動]]発生。
 
* [[1972年]](昭和47年)5月15日 - 日本に復帰する([[沖縄返還]])。「[[沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律]]」第3条により「従前の沖縄県は、当然に、地方自治法に定める県として存続するものとする。」と規定され、地方自治法が適用された。
 
* [[1975年]](昭和50年)7月 - [[沖縄国際海洋博覧会]]が開催された。その際皇太子明仁親王(当時)夫妻の沖縄訪問時に[[ひめゆりの塔事件|テロ事件]]が発生した。
 
* [[1978年]](昭和53年)7月30日 - [[730 (交通)|対面交通の変更]]。車両が右側通行から左側通行へ改められた。
 
* [[1981年]](昭和56年) 翌年にかけて日本最長の326日間にわたる給水制限が実施される。
 
* [[1987年]](昭和62年) [[第42回国民体育大会]]開催。
 
* [[1992年]]([[平成]]4年) 11月2日 - 首里城正殿等を復元、[[首里城公園]]開園。
 
* [[1997年]](平成9年) 日米間で[[普天間飛行場]]の返還を含む基地移転案に基本合意。
 
* [[2000年]](平成12年)7月21日 - [[沖縄サミット|第26回主要国首脳会議]]が開催され、それを記念して[[二千円紙幣]]発行がされた。
 
* [[2002年]](平成14年)11月1日 - 世界最大(当時)の水族館[[沖縄美ら海水族館]]が新装開園。
 
* [[2003年]](平成15年)8月10日 - [[ゆいレール|沖縄都市モノレール線]]が開通した。
 
* [[2012年]](平成23年)9月11日 - [[尖閣諸島国有化]]。
 
* [[2013年]](平成25年)12月27日 - [[仲井眞弘多]]知事が米軍[[普天間飛行場]]の名護市[[辺野古]]移設に向けた埋め立てを承認。
 
* [[2014年]](平成26年)[[2014年沖縄県知事選挙|知事選挙]]で仲井眞弘多が破れ、[[翁長雄志]]が知事に当選。
 
* [[2015年]](平成27年)普天間飛行場の辺野古移設を巡り県と国が法廷闘争を繰り広げる。工事を一時停止して協議するが9月に決裂し工事再開。
 
* [[2016年]](平成28年)裁判所の和解案に基づき政府と協議。9月16日、福岡高裁で辺野古移設に関して県の敗訴が確定。
 
 
 
== 人口 ==
 
{{Main|沖縄県の人口統計}}
 
 
 
2015年度の[[国勢調査 (日本)|国勢調査]]結果より前回の2010年度と比較して、沖縄県の人口は約4万人(2.9%)増加し、[[都道府県]]別で[[東京都]](2.7%)を抜き全国で最も人口増加率が高くなった<ref name="census">{{Cite web
 
|date = 2016-02-26
 
|url = http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2015/kekka/pdf/youyaku.pdf
 
|title = 平成27年国勢調査 人口等基本集計結果
 
|format = PDF
 
|publisher = [[総務省]]
 
|accessdate = 2016-11-18
 
}}</ref>。人口増加率は全国1位。人口別では初めて65歳以上人口が15歳未満人口を上回った。地域別で見ると[[沖縄本島]]の中部と南部で増加し、移住先として人気のある[[石垣島]]を除けば、沖縄本島北部と離島の大部分で減少している。[[国立社会保障・人口問題研究所]]は、2025年に143万3千人まで増加すると予測している<ref>{{Cite web
 
|year = 2012
 
|month = 02
 
|url = http://www.pref.okinawa.jp/toukeika/so/topics/topics_400-1.pdf
 
|title = 統計トピックス 平成60年に1億人割れ!
 
|format = PDF
 
|publisher = 沖縄県企画部統計課 管理資料班
 
|accessdate = 2012-06-28
 
}}</ref>。2010年の自然増加率は人口千人あたり5.0人増と全国最高である<ref name="demo">{{Cite web
 
|date = 2011-12-07
 
|url = http://www3.pref.okinawa.jp/site/contents/attach/25979/P122-124kakuteisuu.pdf
 
|format = PDF
 
|title = 沖縄県の人口動態統計の概要
 
|publisher = 沖縄県
 
|accessdate = 2012-06-28
 
}}</ref> が、社会増加率は各年により増減が変動する<ref name="ryu">{{Cite web
 
|date = 2011-09-01
 
|url = http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-181128-storytopic-1.html
 
|title = 県人口140万突破 12年余で10万人増
 
|publisher = [[琉球新報]]
 
|accessdate=2012-06-28
 
}}</ref>。また2010年度の[[合計特殊出生率]]は1.87人<ref name="demo" /> と1975年度以来連続で全国1位を維持している<ref>{{Cite web
 
|url = http://www.pref.okinawa.jp/kenzou/sukoyaka/pdf/09p_21p_bosi1.pdf
 
|title = 健やか親子沖縄2010 第2章 母子保健の現状
 
|format = PDF
 
|publisher = 沖縄県福祉保健部 健康増進課
 
|accessdate = 2012-06-28
 
}}</ref>。2015年度国勢調査によれば、65歳以上の人口比率 (19.6%) が、調査開始以来、15歳未満 (17.4%) を上回った<ref name="ryukyushimpo-20161112-06">{{Cite news |title=国勢調査 県人口 143万3566人 |newspaper=[[琉球新報]] |date=2016-11-12 |page=6}}</ref>。[[粗死亡率]]は男女ともに全国で最も低いが<ref name="deathrates">{{Cite web
 
|date = 2012-03-01
 
|url = http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/other/10sibou/dl/gaikyou.pdf
 
|title = 都道府県別にみた死亡の状況 -平成22年都道府県別年齢調整死亡率-
 
|format = PDF
 
|publisher = 厚生労働省
 
|accessdate = 2012-06-28
 
}}</ref>、[[年齢調整死亡率]]は全国平均に近く<ref name="deathrates" />、特に成人男性は全国3位以上の年齢調整死亡率となっている<ref name="kuwae">{{Cite web
 
|author = 桑江なおみ他
 
|year = 2006
 
|url = http://plaza.umin.ac.jp/phnet/kj121-128.pdf
 
|title = 沖縄県における平均寿命、年齢調整死亡率、年齢階級別死亡率の推移 (1973-2002)
 
|format = PDF
 
|work = 沖縄県衛生環境研究所報 第40号
 
|publisher = 大学病院医療情報ネットワーク研究センター
 
|accessdate = 2012-06-28
 
}}</ref>。沖縄県在住の[[外国人]]は、[[国籍]]別で2010年現在[[アメリカ合衆国|アメリカ]]([[在日米軍|米軍]]とその関係者は含まれない。)が最も多いが、[[中華人民共和国|中国]]・[[大韓民国|韓国]]籍の外国人も増加傾向にある<ref name="demography">{{Cite web
 
|date = 2011-10-28
 
|url = http://www.pref.okinawa.jp/toukeika/kokutyou22/H22kakuhou.pdf
 
|title = 沖縄県の人口、世帯、住居
 
|format = PDF
 
|publisher = 沖縄県企画部統計課
 
|accessdate = 2012-06-28
 
}}</ref>。2015年度の国勢調査で、県内の外国人は11,020人となり、2010年度より3,369人 (44%) 増加している<ref name="ryukyushimpo-20161112-06" />。
 
 
 
なお人口統計には含まれない在沖米軍人・軍属・家族数は2013年度現在47,300人にのぼる。
 
 
 
2016年度の沖縄県への入域観光客統計は年間8,613,100人で過去最高を記録し一日平均で約23,500人になる。
 
 
 
また本土から赴任した[[自衛官]]や国の[[出先機関]]の出向公務員も多数存在するために、これらを含めると見かけ上の人口は統計よりも7〜10万人も多い。
 
 
 
[[ファイル:2010-2015 population growth rate map of municipalities of Okinawa prefecture, Japan.svg|thumb|350px|沖縄県に属する地方自治体の人口増加率分布図。2010年度国勢調査結果から2015年度を比較。
 
{{Multicol}}
 
'''増加'''
 
{{legend|#296400|10.0 %以上}}
 
{{legend|#50c800|5.0 - 10.0 %}}
 
{{legend|#81ff2d|3.0 - 5.0 %}}
 
{{legend|#bdff91|0.0 - 3.0 %}}
 
{{Multicol-break}}
 
'''減少'''
 
{{legend|#ffcdcd|0.0 - 3.0 %}}
 
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{{legend|#ff0505|5.0 - 10.0 %}}
 
{{legend|#b40000|10.0 %以上}}
 
{{Multicol-end}}]]
 
 
 
{{人口統計|code=47000|name=沖縄県}}
 
 
 
== 政治・行政 ==
 
:''※ [[沖縄返還]]以前の沖縄における統治機構は、「[[琉球政府]]」および「[[琉球列島米国民政府]]」を参照。''
 
 
 
=== 知事 ===
 
{{Main|沖縄県知事一覧}}
 
{|class="wikitable" style="text-align:center" border="1" frame="box" rules="all" cellspacing="0" cellpadding="3"
 
| bgcolor="#99ffff" colspan="8" |'''沖縄県公選知事'''
 
|-
 
!代
 
!氏名
 
!style="width:8em"|在職期間
 
!期
 
!出身地
 
!最終学歴
 
|-
 
!style="background:#eee"|1
 
|[[屋良朝苗]]<br /><small>やら ちょうびょう</small>
 
|[[1972年]](昭和47年)[[5月15日]]<br />- [[1976年]](昭和51年)[[6月24日]]
 
|2
 
|[[中頭郡]][[読谷村]]
 
|[[広島高等師範学校]]卒業<br />(現・[[広島大学]])
 
|-
 
!style="background:#eee"|2
 
|[[平良幸市]]<br /><small>たいら こういち</small>
 
|[[1976年]](昭和51年)[[6月25日]]<br />- [[1978年]](昭和53年)[[11月23日]]
 
|1
 
|中頭郡[[西原町]]
 
|[[沖縄師範学校]]卒業
 
|-
 
!style="background:#eee"|3
 
|[[西銘順治]]<br /><small>にしめ じゅんじ</small>
 
|[[1978年]](昭和53年)[[12月13日]]<br />- [[1990年]](平成2年)[[12月9日]]
 
|3
 
|[[島尻郡]][[知念村]]<br />(現・[[南城市]])
 
|[[東京大学]][[法学部]]卒業
 
|-
 
!style="background:#eee"|4
 
|[[大田昌秀]]<br /><small>おおた まさひで</small>
 
|[[1990年]](平成2年)[[12月10日]]<br />- [[1998年]](平成10年)[[12月9日]]
 
|2
 
|島尻郡[[具志川村]]<br />(現・[[久米島町]])
 
|[[アメリカ合衆国|米]]・[[シラキューズ大学]]大学院修了
 
|-
 
!style="background:#eee"|5
 
|[[稲嶺恵一]]<br /><small>いなみね けいいち</small>
 
|[[1998年]](平成10年)[[12月10日]]<br />- [[2006年]](平成18年)[[12月9日]]
 
|2
 
|[[関東州]][[大連市|大連]]<br />(現・[[中華人民共和国|中国]]・[[遼寧省]][[大連市]])
 
|[[慶應義塾大学]][[経済学部]]卒業
 
|-
 
!style="background:#eee"|6
 
|[[仲井眞弘多]]<br /><small>なかいま ひろかず</small>
 
|[[2006年]](平成18年)[[12月10日]]<br />- [[2014年]](平成26年)[[12月9日]]
 
|2
 
|[[大阪府]][[大阪市]]
 
|東京大学[[工学部]]卒業
 
|-
 
!style="background:#eee"|7
 
|[[翁長雄志]]<br /><small>おなが たけし</small>
 
|[[2014年]](平成26年)[[12月10日]]<br />- 現職
 
|1
 
|[[真和志村]](現:那覇市)
 
|[[法政大学]][[法学部]]卒業
 
|}
 
 
 
=== 組織・庁舎 ===
 
{{Main|沖縄県庁|沖縄県庁舎}}
 
 
 
=== 議会 ===
 
[[ファイル:Okinawa Prefectural Assembly02bs3200.jpg|thumb|right|沖縄県議会議事堂([[那覇市]])]]
 
{{Main|沖縄県議会}}
 
*[[議員定数]] 48人
 
*任期 [[2012年]](平成24年)[[6月25日]] - [[2016年]](平成28年)[[6月24日]]
 
沖縄県議会議員選挙は[[統一地方選挙]]では実施されない数少ない都道府県議会議員選挙の1つである(他は[[東京都]]、[[茨城県]]、[[岩手県]]、[[宮城県]]、[[福島県]])。これは、日本復帰後の選挙が[[1972年]](昭和47年)[[6月25日]]に行われたことによるためで、東京・茨城は議会の解散、岩手・宮城・福島は[[東日本大地震]]による延期のためであり、事情が異なる。
 
 
 
=== 財政 ===
 
==== 2015年度 ====
 
*標準財政規模 3567億9084万円
 
*[[財政力指数]] 0.29(都道府県平均 0.47)
 
**財政力指数が0.3未満のEグループ(11自治体)に分類されている
 
*経常収支比率 95.1%(都道府県平均 94.6%)
 
**財政の硬直化が進んでいることを示す指標である
 
*将来負担比率 81.3%(都道府県平均 210.5%)
 
*[[実質公債費比率]] 12.2%(都道府県平均 14.1%)
 
*人口100,000人当たりの職員数 1,412.52人(都道府県平均1,110.90人)
 
*[[ラスパイレス指数]] 107.0(都道府県平均 107.4)
 
;地方債残高
 
*普通会計分の地方債現在高 6829億9400万円
 
*上記以外の特別会計分の地方債(企業債)現在高 1541億800万円
 
 
 
== 経済・産業 ==
 
[[ファイル:Minnajima beach, Okinawa.jpg|thumb|right|水納ビーチ([[水納島 (沖縄県本部町)|水納島]])<br />沖縄県は日本で最も有名な[[リゾート|マリンリゾート地]]の一つであり、重要な観光資源となっている。]]
 
 
 
=== 産業 ===
 
沖縄県は日本屈指の観光立県であり[[サービス業]]が発達していて県経済の中心になっている。また観光以外に目立った産業のない沖縄県は、[[在日米軍]]基地が生み出す経済(軍雇用者所得、軍用賃借料、米兵向け商店・飲食店など)に依存している側面があり、経済依存度は、1972年の15.5%から低下したものの、現在でも5.7%を占めている。米軍基地内には、オフィスや病院、[[ショッピングセンター]]などの施設があり、約9000人前後の県民が基地施設に勤務していて、[[沖縄県庁]]に次ぐ大口の就職先になっている。
 
 
 
沖縄県の産業構造は、全国に比べて第2次産業のウエイトが低く、第3次産業のウエイトが高いことが特徴であるが、この傾向は、復帰以降全く変わっていない。平成25年度の県内総生産に占める第2次産業及び第3次産業の割合は、それぞれ13.9%及び84.4%となっており、全国の24.4%及び73.9%と比べその差異は明らかである。特に、製造業の割合は、全国が18.4%に対し沖縄県は4.2%とその差異は極めて大きい。
 
また、政府サービス生産者(公的な電気・ガス・水道業や公務等の経済活動)の割合が沖縄県(平成25年度)では16.0%と高い。この高い割合は、復帰以降続いているものである<ref>{{PDFlink|[http://www.ogb.go.jp/soumu/choki/keizai_gaikyou/h28/1-3sangyoukouzou.pdf 平成28年度 沖縄県経済の概況]}}</ref>。
 
 
 
[[2014年]]([[平成]]26年)度の県内総生産は4兆1749億円で、前年度と比較した経済成長率は、1.5%増加した。名目は3.5%増の4兆511億円で、それぞれ6年連続のプラス成長だった<ref>{{PDFlink|[http://www.pref.okinawa.jp/toukeika/accounts/2014/acc_all.pdf 平成26年度 県民経済計算]}}</ref>。平成26年度の一人あたり県民所得は212万9000円(全国平均は286万8000円)である。[[失業率]]は日本一高いが2016年には沖縄の完全失業率は23年ぶり3%台に低下した。
 
 
 
離島県であることから、生産できない[[生鮮食品]]・[[家電製品]]・[[自動車]]等、他都府県から移入する必要があるものは輸送費の分だけ本土に比べ割高となってしまう。そのため、本土の[[地方]]と比べて、特別[[物価]]が低くはなっていない。
 
 
 
==== 農業・漁業 ====
 
農業では日本唯一の熱帯・亜熱帯性気候を生かし、[[マンゴー]]、[[アセロラ]]、[[パイナップル|パイン]]、[[ドラゴンフルーツ]]等のトロピカルフルーツや、[[サトウキビ]]、[[タバコ]]、[[ツルレイシ|ゴーヤー]](ニガウリ)といった農作物が生産されている。
 
 
 
漁業では[[マグロ]]、[[イカ]]、[[ブリ]]、[[タカサゴ]]、[[アジ]]、[[アカハタ]]などの他[[クルマエビ]]の養殖も盛んである<ref>生活情報センター編集部編 『さかなの漁獲・養殖・加工・輸出入・流通・消費データ集2005』 生活情報センター、2005年</ref>。
 
 
 
畜産業では、養豚が古くから盛んに行われ沖縄固有品種[[アグー]]が有名。また[[ヤギ]]や[[ウシ]]も生産されている。
 
 
 
==== 工業・鉱業 ====
 
 
 
製糖・飲料・食料品製造等の製造業やセメント製造を中心とした窯業・土石製品製造業があるがいずれも小規模である。
 
 
 
沖縄本島の[[本部半島]]には良質な石灰岩が存在し、セメントの原料や砕石・砕砂の原料として採掘されている。[[沖大東島]]や[[北大東島]]にはかつて燐鉱石が豊富に存在していたが、現在では採掘され尽くしており枯渇している。
 
 
 
沖縄本島沖の海底には国内最大規模の[[熱水鉱床]]が広がっており、[[銅]]、[[亜鉛]]などのほか、[[ガリウム]]や[[ビスマス]]など[[レアメタル]]を含むため、次世代の海洋資源として試掘調査が活発化している。
 
 
 
東シナ海の海底には推定埋蔵量約1000億バレルに上る天然ガスや石油が眠っており、[[日中中間線]]周辺では[[中華人民共和国|中国]]との領有権争い([[東シナ海ガス田問題]]を参照のこと)が生じている。
 
 
 
植物資源を燃料に充てられる[[バイオエタノール]]が脚光を浴び、県産サトウキビが原料として注目されていたが採算性悪化で撤退している。
 
 
 
==== 観光業 ====
 
本県の主な産業として、伝統・歴史・自然・食・国際色を生かした[[観光業]]が挙げられる。ただし、これらの観光業は景気に左右されやすい。
 
沖縄本島のリゾートホテル付設や公営の[[海水浴場]]の多くは、[[ワイキキビーチ]]と同様に[[人工海浜]]であり、観光資源ではあるが「沖縄の自然」ではない。観光客数は国内外合わせて5,690,000人(国内:5,443,800人、海外:246,200人)<ref>[http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/contview.jsp?cateid=233&id=21613&page=1 2009年度入域観光客統計概況(沖縄県観光企画課)]</ref> である。訪れる外国人観光客は、[[中華民国|台湾]] (75%)、[[アメリカ合衆国|米国]] (11%)、[[大韓民国|韓国]] (4%)、[[香港]] (2%)、[[中華人民共和国|中国]] (2%) という比率になっている<ref>{{PDFlink|[http://www.geocities.jp/umemurat2001/Works/Keizai68.pdf 国際観光のグローバル・トレンド及び沖縄観光の展望と課題]}}</ref>。米国からの観光客は、米軍基地関係者が多く含まれる。
 
 
 
[[2000年]](平成12年)に[[主要国首脳会議]]が行われたのをきっかけに、国際会議、コンベンションといったイベント開催地としての体勢作りを進めている。また県はスポーツアイランド構想を掲げ[[エコツーリズム]]も活発化している。
 
 
 
==== 情報 ====
 
[[1998年]](平成10年)から「沖縄県マルチメディアアイランド構想」に基づき、[[海底ケーブル]]の陸揚げ本数が多いことから IX (Internet Exchange) の語に掛けて IT Exchange 等の呼びかけを行い[[コールセンター]]やIT企業の優遇策による誘致を活発に行っている。その一方で内外から施設は立派であるが内容が伴わないとして[[箱物行政]]といった批判も多い。
 
 
 
[[2010年代]]頃からスマートフォンアプリの開発業も盛んになっている。
 
 
 
=== 優遇税制・特例 ===
 
[[ファイル:DFS GALLERIA OKINAWA01.JPG|thumb|right|[[DFSギャラリア・沖縄]]]]
 
経済振興のため、数々の特例<ref>[http://www.cao.go.jp/yosan/soshiki/h19/zei/zei_okinawa.html 平成19年度税制改正要望 5.沖縄の振興] - 内閣府(2010年10月5日閲覧)</ref> が設定されている。
 
* [[ガソリン税]](本土<!--のどこ?-->より1[[リットル]]当たり7円引き)や、[[沖縄自動車道]]の通行料金(本土より[[沖縄自動車道#通行料金|約4割引]])などが軽減されている。
 
* 沖縄県発着の航空便に関しては、[[航空機燃料税]]が50%減免されていることもあり、県外の同一距離路線に比べて5000円程度安くなっている<ref>{{PDFlink|[http://www.teikokyo.gr.jp/pdf/2006_yobo.pdf 平成19年度税制改正に関する要望]}}</ref> ため、結果として観光客誘致にも寄与している。
 
* 観光においては、[[沖縄の観光戻税制度|観光戻税制度]]、のちの[[特定免税店制度 (沖縄)|特定免税店制度]]が他県にはない特徴的な優遇税制である。
 
* [[酒税]]の軽減措置がある(→[[泡盛#沖縄県酒造組合連合会の独自基準導入と経緯|泡盛]]、[[オリオンビール#歴史|オリオンビール]]参照)。
 
* [[2002年]](平成14年)4月に施行された沖縄振興特別措置法により、IT関連企業、金融関連企業の誘致を行っている。税制上の優遇([[法人税]]の控除、[[特別土地保有税]]の非課税、[[事業所税]]の課税標準の特例)と大地震等の災害の可能性の低さを理由に、いくつかの企業が特別地区への移動を行っている。
 
 
 
=== 企業 ===
 
県内では、本州等で展開している[[企業]]の地域会社が多数存在する。
 
;電気通信事業者
 
:[[電気通信事業者]]では、携帯電話の [[Au (携帯電話)|au]] のサービスを提供する地域会社として[[沖縄セルラー電話]]がある。この会社は沖縄県の経済振興を目的として設立された企業であることから、同社の過半数株式を所有する [[KDDI]] だけでなく、地元企業の[[沖縄電力]]のほか県内の財界人・有力企業も出資している。沖縄県独自のサービスも展開していることもあり、県内では他県での[[市場占有率]]が首位の[[NTTドコモ]]を抑えている([[2005年]](平成17年)現在の市場占有率は49%)。なお、同社は政治的な配慮により[[ドミナント規制]]対象外だったが、のちに au 本体 ([[KDDI]]) が対象となっている。
 
:また、[[アステル]]グループの[[PHS]]サービスを提供していた沖縄電力グループの旧[[アステル沖縄]]を引継ぎ、[[2005年]](平成17年)[[1月25日]]に事業を開始した[[ウィルコム沖縄]]([[本州]]などでPHSサービスを提供する[[ウィルコム]](旧DDIポケット)の子会社)がある。
 
;酒類
 
:[[ビール]]メーカーとして県内で大きな市場占有率を持つ[[オリオンビール]]が存在する。なお、同社は県内における酒税減免措置にのった県内市場の高い占有率を成しているが、日本全体で見た場合の市場占有率は1%程度であるため[[私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律|独占禁止法]]に抵触しないとされる。
 
;新聞
 
:新聞は輸送事情の関係から、本土の全国紙は現地印刷が開始された[[日本経済新聞]]を除き、当日の朝に配送することが不可能なため(本土における夕刊配達の時間帯に朝刊が配達される状態)、[[地方紙]]である[[沖縄タイムス]]および[[琉球新報]]が購読率の大半を占めている。
 
;金融
 
:金融機関は、店舗数では県内の[[地方銀行]]のほか[[郵便局]]([[ゆうちょ銀行]])や[[JAバンク]]([[沖縄県農業協同組合|JAおきなわ]])が圧倒的である。[[都市銀行]]については、[[みずほ銀行]]那覇支店のみが存在する。県外の[[地方銀行]]は[[鹿児島銀行]]の沖縄支店が[[2015年]]になって設置された。
 
 
 
==== 沖縄県に本社を置く主要企業 ====
 
;製造業
 
:*[[沖縄コカ・コーラボトリング]]([[浦添市]])
 
:*[[オリオンビール]](浦添市)
 
:*[[ヘリオス酒造]]([[名護市]])
 
:*[[琉球セメント]](浦添市)
 
:*[[コーラルバイオテック]]([[那覇市]])
 
:*[[ブルーシールアイスクリーム|フォーモスト・ブルーシール]](浦添市)
 
:*[[おっぱ乳業]]([[今帰仁村]])
 
:*[[沖縄製粉]](那覇市)
 
:*[[沖縄ハム総合食品|沖縄ハム]]([[読谷村]])
 
:*[[沖縄ホーメル]]([[中城村]])
 
:*[[沖縄食糧]](浦添市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
;小売業
 
:*[[サンエー (沖縄県)|サンエー]]([[宜野湾市]])
 
:*[[金秀商事]](西原町)
 
:*[[イオン琉球]]([[南風原町]])
 
:*[[リウボウインダストリー]](那覇市)
 
:*[[沖縄ファミリーマート]](那覇市)
 
:*[[ローソン沖縄]](浦添市)
 
:*[[メイクマン]](浦添市)
 
:*[[ホームセンタータバタ]]([[うるま市]])
 
:*[[南西石油]]([[西原町]])
 
:*[[りゅうせき]](浦添市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
;一般電気事業
 
:*[[沖縄電力]](浦添市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
;卸売業
 
:*[[ジーマ (企業)|GIMA]](浦添市)
 
:*[[琉薬]](浦添市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
;情報通信業
 
:*[[ウィルコム沖縄]](那覇市)
 
:*[[CSKコミュニケーションズ]](那覇市)
 
:*[[沖縄セルラー電話]](那覇市)
 
:*[[プロトソリューション]](宜野湾市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
;新聞業
 
:*[[琉球新報]](那覇市)
 
:*[[沖縄タイムス]](那覇市)
 
:*[[八重山日報]] (石垣市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
;放送業
 
:*[[琉球放送]](那覇市)
 
:*[[沖縄テレビ放送]](那覇市)
 
:*[[琉球朝日放送]](那覇市)
 
:*[[ラジオ沖縄]](那覇市)
 
:*[[エフエム沖縄]](浦添市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
;金融業
 
:*[[琉球銀行]](那覇市)
 
:*[[沖縄銀行]](那覇市)
 
:*[[沖縄海邦銀行]](那覇市)
 
:*[[コザ信用金庫]](沖縄市)
 
:*[[おきぎん証券]](那覇市)
 
:*[[OCS (信販)|OCS]](那覇市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
;運輸業
 
:''※[[バス会社]]については[[#バス]]を参照。''
 
:*[[日本トランスオーシャン航空]](那覇市)
 
:*[[琉球エアコミューター]](那覇市)
 
:*[[沖縄岡崎運輸]](那覇市)
 
:*[[沖縄交通]](那覇市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
;建設業
 
:*[[國場組]](那覇市)
 
:*[[沖電工]](那覇市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
;観光業
 
:*[[かりゆし (企業)|かりゆし]](那覇市)
 
:*[[ザ・テラスホテルズ]](名護市)
 
:*[[沖縄ツーリスト]](那覇市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
;飲食業
 
:*[[A&W沖縄]](宜野湾市)
 
:<!--バグ回避用-->
 
 
 
==== 沖縄県に拠点事業所を置く主要企業 ====
 
;工場
 
:*[[日本鉄工]](糸満市)
 
 
 
== 生活・交通 ==
 
=== 警察 ===
 
* [[沖縄県警察]]
 
 
 
=== 交通 ===
 
==== 空港 ====
 
島嶼県であるという事情から、県外への移動や県内離島間の移動は空路が主に利用されている。県内には、以下の表の空港と[[伊是名場外離着陸場]]があるほか、[[在日米軍]]が[[基地]]として利用する[[嘉手納基地|嘉手納飛行場]]、[[普天間基地|普天間飛行場]]などがある。
 
[[ファイル:Naha Airport03n4272.jpg|thumb|240px|[[那覇空港]](那覇市)]]
 
{|class="wikitable"
 
|+style="font-weight:bold"|2005年度旅客数([[日本の空港#乗降客数]]参照)
 
|-
 
!rowspan="2" style="background:#fc9"|[[空港]]
 
!rowspan="2" style="background:#f96"|旅客合計
 
!colspan="3" style="background:#a4aaf9"|国内線
 
!colspan="2" style="background:#ccf"|国際線
 
|-style="text-align:center"
 
|style="background:#ccc"|旅客数
 
|colspan="2"|定期便
 
|style="background:#ccc"|旅客数
 
|定期便
 
|-
 
|rowspan="3" style="text-align:center;background:#fff"|[[那覇空港|那覇]]
 
|rowspan="3" style="text-align:right;background:#ffc"|13,666,846人
 
|rowspan="3" style="text-align:right"|13,387,304人
 
|span style="font-size:80%;"|[[本土]]
 
|span style="font-size:80%;"|([[花巻空港|花巻]])・[[仙台空港|仙台]]・[[福島空港|福島]]・<br />'''[[東京国際空港|羽田]]'''・'''[[成田国際空港|成田]]'''・([[新潟空港|新潟]])・<br />[[小松空港|小松]]・'''[[中部国際空港|中部]]'''・'''[[大阪国際空港|伊丹]]'''・<br />'''[[関西国際空港|関西]]'''・'''[[神戸空港|神戸]]'''・[[岡山空港|岡山]]・<br />[[広島空港|広島]]・[[高松空港|高松]]・[[松山空港|松山]]・<br />[[高知空港|高知]]・[[北九州空港|北九州]]・[[福岡空港|福岡]]・<br />[[熊本空港|熊本]]・[[長崎空港|長崎]]・[[宮崎空港|宮崎]]・<br />[[鹿児島空港|鹿児島]]・[[奄美空港|奄美]]・[[与論空港|与論]]
 
|rowspan="3" style="text-align:right"|276,542人
 
|rowspan="3" style="font-size:80%;"|[[仁川国際空港|ソウル]]・<br />[[上海浦東国際空港|上海]]・<br />[[台湾桃園国際空港|台北]]・<br />[[香港国際空港|香港]]
 
|-
 
|style="font-size:80%;"|県内
 
|style="font-size:80%;"|[[北大東空港|北大東]]・[[南大東空港|南大東]]・<br />[[粟国空港|粟国]]・[[久米島空港|久米島]]・[[宮古空港|宮古]]・<br />[[石垣空港|石垣]]・[[与那国空港|与那国]]
 
|-
 
|style="font-size:80%;"|[[チャーター便|チャ]]
 
|style="font-size:80%;"|[[沖永良部空港|沖永良部]]・[[伊是名場外離着陸場|伊是名]]・<br />[[伊江島空港|伊江島]]
 
|-
 
| rowspan="3" style="text-align:center" | [[石垣空港|石垣]]
 
|rowspan="3" style="text-align:right;background:#ffc"|1,890,802人
 
|rowspan="3" style="text-align:right"|1,890,013人
 
|style="font-size:80%;"|本土
 
|style="font-size:80%;"|'''羽田'''・'''関西'''・'''神戸'''
 
|rowspan="3" style="text-align:right"|789人
 
|rowspan="3"|香港
 
|-
 
|style="font-size:80%;"|県内
 
|style="font-size:80%;"|那覇・宮古・与那国
 
|-
 
|style="font-size:80%;"|チャ
 
|style="font-size:80%;"|[[波照間空港|波照間]]
 
|-
 
|rowspan="2" style="text-align:center"|[[宮古空港|宮古]]
 
|rowspan="2" style="text-align:right;background:#ffc"|1,121,221人
 
|rowspan="2" style="text-align:right"|1,121,221人
 
|style="font-size:80%;"|本土
 
|style="font-size:80%;"|'''羽田'''・'''関西'''
 
|rowspan="2" style="text-align:right"|0人
 
|rowspan="2"| -
 
|-
 
|style="font-size:80%;"|県内
 
|style="font-size:80%;"|那覇・石垣・[[多良間空港|多良間]]
 
|-
 
|rowspan="2" style="text-align:center"|[[久米島空港|久米島]]
 
|rowspan="2" style="text-align:right;background:#ffc"|261,256人
 
|rowspan="2" style="text-align:right"|261,256人
 
|style="font-size:80%;"|本土
 
|style="font-size:80%;"|('''羽田''')
 
|rowspan="2" style="text-align:right"|0人
 
|rowspan="2"| -
 
|-
 
|style="font-size:80%;"|県内
 
|style="font-size:80%;"|那覇
 
|-
 
|style="text-align:center"|[[与那国空港|与那国]]
 
|style="text-align:right;background:#ffc"|78,585人
 
|style="text-align:right"|78,585人
 
|style="font-size:80%;"|県内
 
|style="font-size:80%;"|那覇・石垣
 
|style="text-align:right"|0人
 
| -
 
|-
 
|style="text-align:center"|[[多良間空港|多良間]]
 
|style="text-align:right;background:#ffc"|36,065人
 
|style="text-align:right"|36,065人
 
|style="font-size: 80%;"|県内
 
|style="font-size:80%;"|宮古
 
|style="text-align:right"|0人
 
| -
 
|-
 
| style="text-align:center;"|[[南大東空港|南大東]]
 
|style="text-align:right;background:#ffc"|35,749人
 
|style="text-align:right"|35,749人
 
|style="font-size:80%;"|県内
 
|style="font-size:80%;"|那覇・北大東
 
|style="text-align:right"|0人
 
| -
 
|-
 
|style="text-align:center"|[[粟国空港|粟国]]
 
|style="text-align:right;background:#ffc"|14,326人
 
|style="text-align:right"|14,326人
 
|style="font-size:80%;"|県内
 
|style="font-size:80%;"|那覇
 
|style="text-align:right"|0人
 
| -
 
|-
 
|style="text-align:center"|[[北大東空港|北大東]]
 
|style="text-align:right;background:#ffc"|13,646人
 
|style="text-align:right"|13,646人
 
|style="font-size:80%;"|県内
 
|style="font-size:80%;"|那覇・南大東
 
|style="text-align:right"|0人
 
| -
 
|-
 
|style="text-align:center"|[[慶良間空港|慶良間]]
 
|style="text-align:right;background:#ffc"|3,625人
 
|style="text-align:right"|3,625人
 
|style="font-size:80%;"| -
 
|style="font-size:80%;"| -
 
|style="text-align:right"|0人
 
| -
 
|-
 
|style="text-align:center"|[[波照間空港|波照間]]
 
|style="text-align:right;background:#ffc"|3,621人
 
|style="text-align:right"|3,621人
 
|style="font-size:80%;"|チャ
 
|style="font-size:80%;"|石垣
 
|style="text-align:right"|0人
 
| -
 
|-
 
|style="text-align:center"|[[伊江島空港|伊江島]]
 
|style="text-align:right;background:#ffc"|555人
 
|style="text-align:right"|555人
 
|style="font-size:80%;"|チャ
 
|style="font-size:80%;"|那覇
 
|style="text-align:right"|0人
 
| -
 
|-
 
|style="text-align:center"|[[下地島空港|下地島]]
 
|style="text-align:right; background:#ffc"|0人
 
|style="text-align:right"|0人
 
|style="font-size: 80%;"| -
 
|style="font-size: 80%;"| -
 
|style="text-align:right"|0人
 
|}
 
*出典:[[国土交通省]]航空局・{{PDFlink|[http://www.mlit.go.jp/koku/04_outline/10_data/03_kanrijoukyoucyousyo/h17.pdf 空港管理状況調書]}}(2005年度)
 
*就航先は[[2008年]](平成20年)4月1日現在
 
*[[チャーター便]]の旅客数含む
 
*括弧は通年運航ではない(季節運航もしくは運休期間がある)路線を示す
 
*[[三大都市圏]]への航空路は'''太字'''で表記
 
 
 
==== 鉄道路線 ====
 
{{Main|沖縄県の鉄道}}
 
[[ファイル:Okinawa City Monorail.jpg|thumb|right|[[沖縄都市モノレール線]]]]
 
太平洋戦争前には沖縄本島に[[沖縄県営鉄道]]、[[沖縄電気]]([[路面電車]])、[[沖縄軌道]]、[[糸満馬車軌道]]が存在したが、沖縄電気の路面電車と糸満馬車軌道はバスの台頭により廃止され、残った沖縄県営鉄道と沖縄軌道も[[沖縄戦]]で破壊され消滅した。戦後は長らく鉄道路線が存在しなかったが、2003年(平成15年)に[[沖縄都市モノレール線]](ゆいレール)那覇空港 - 首里間が開業した<ref>これにより電車が走っていない都道府県は[[徳島県]]だけになった</ref>。
 
 
 
2013年現在、2006年(平成18年)に明らかになった那覇 - 名護間に鉄道を建設する構想は、建設費を[[日本国政府]]が一部(または全部)負担することを除き、建設や運営の主体や手法などについて調査・検討中である<ref>{{Cite news |title=政府、沖縄鉄道構想の支援を検討 普天間跡地に駅 |newspaper=[[産経新聞|MSN産経ニュース]] |agency=産業経済新聞社 |date=2013-08-21 |author= |url=http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130821/plc13082101370001-n1.htm |accessdate= }}</ref>。また南大東村では、観光客の増加を図ることが目的に、1983年までサトウキビを運搬するために島内を運行していた鉄道「シュガートレイン」の復活を計画している<ref>{{Cite news |title=南大東村が鉄道“シュガートレイン”の復活を計画 |newspaper=琉球新報 |date=2013-09-22 |author= |url=http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-212834-storytopic-5.html |accessdate= }}</ref>。
 
 
 
全都道府県の中で唯一、[[JR]]各社の路線が敷設されていない。これは[[日本国有鉄道|国鉄]]時代から同様であるが、[[鉄道小荷物]]については[[琉球海運]]などとの連絡運輸により取り扱いが行われていた<ref>[http://www.geocities.jp/kikuuj/zatugaku/chiri-zatu1.htm 沖縄地理雑学](同リンク中では「国鉄那覇港駅」と紹介されているが、正確には国鉄と連絡運輸を行っていた[[琉球海運]]の駅である)</ref>。なお、かつては那覇市に[[九州旅客鉄道]](JR九州)[[九州旅客鉄道沖縄支店|沖縄支店]]が設置されていたが、2017年3月17日をもって閉店したため、JRの営業拠点が全く存在しなくなった。
 
 
 
このほか、[[鉄道事業法]]に準拠する[[索道]]としては2016年4月1日に宮古島のシギラリゾート内にリフトが設置されている<ref>[http://www.unimat.co.jp/news/647 沖縄初のペアリフト「ザ シギラリフト オーシャンスカイ」] - [[ユニマットホールディング|ユニマットグループ]]、2016年4月6日</ref><ref>{{PDFlink|[http://ogb.go.jp/okiunyu/info/260822-2.pdf 沖縄県初の索道事業を認可]}} - 内閣府[[沖縄総合事務局]]、2014年8月22日</ref>。
 
 
 
==== バス ====
 
沖縄本島では那覇市内の[[沖縄都市モノレール]](ゆいレール)以外に鉄道がないため、都市内および都市間を結ぶ交通機関として、島内各地にバス路線網が展開されている<ref>バス事業者の一覧については、{{PDFlink|[http://ogb.go.jp/okiunyu/survey/H19unyuyoran.pdf 沖縄総合事務局運輸部 平成19年度運輸要覧]}} より抜粋。</ref>。また、石垣島や宮古島でも島内の交通機関としてバス路線網がある。
 
 
 
ほかに、島の港・空港・中心集落・観光地を結ぶ交通手段として、小規模な路線バスの運行が行われている島も多い。
 
 
 
また、沖縄県は、日本で唯一、[[国鉄バス]]→[[JRバス]]の定期旅客営業路線が歴史上において存在したことのない都道府県である。
 
;一般乗合・一般貸切兼業
 
{{col|
 
*沖縄本島
 
**[[琉球バス交通]]
 
**[[沖縄バス]]
 
**[[那覇バス]]
 
**[[東陽バス]]
 
**沖縄中央観光
 
|
 
*宮古諸島
 
**[[宮古協栄バス]]
 
**[[八千代バス・タクシー]]
 
**[[共和バス]]
 
|
 
*八重山諸島
 
**[[東運輸]]
 
**[[西表島交通]]
 
}}
 
;一般貸切専業
 
{{col|
 
*沖縄本島
 
**[[中部観光バス]]
 
**大東交通
 
**ワールドトランス
 
**平安座総合開発
 
**沖宮観光バス
 
**結
 
**サクシードプランニング
 
**美ら島
 
**國和第一ハイヤー
 
**翔陽
 
**沖縄南観光
 
|
 
**ハイウエイ沖縄
 
**太陽交通
 
**[[カリー観光]]
 
**ロケーションファースト
 
**アンドインディー
 
**フジさくら観光
 
**Island Limousines
 
**タワダロケーションサービス
 
**ダイトウ
 
**沖縄ツーリスト
 
|
 
*伊江島
 
**[[伊江島観光バス]]
 
*久米島
 
**久米島交通
 
*八重山諸島
 
**[[平田観光]]
 
**かびら観光交通
 
**トラベル派遣
 
**竹富島交通
 
**[[コハマ交通]]
 
**ちゅら島交通
 
**いりおもて観光
 
}}
 
;特定
 
*沖縄本島
 
**那覇空港グランドサービス
 
**[[那覇バス]]<!--那覇空港にてスカイマークのランプバスを運行。-->
 
*八重山諸島
 
**[[東運輸]]
 
**かびら観光交通
 
 
 
==== 道路 ====
 
*本土復帰後、[[1978年]](昭和53年)[[7月29日]]までは、車輌は右側通行だった。''※ [[730 (交通)]]も参照。''
 
*沖縄本島、特に[[那覇都市圏]]では[[渋滞]]が激しく、県内の1km当たりの渋滞損失額は[[三大都市圏]]の都府県に次いで大きい<ref>[http://www.mlit.go.jp/road/ir/data/jutai/juni-hyo/itiran.html 都道府県別1km当たり渋滞損失額(国土交通省)]</ref>。
 
*他の都道府県と比べ県の特性上、レンタカーを示す「わ」ナンバーや「れ」ナンバー、米軍関係者の使用車であることを示す「Y」ナンバーや「A」ナンバーの車が非常に多い。
 
*県の自動車保有台数は約100万台である。
 
;高速道路
 
*[[沖縄自動車道]]
 
*[[那覇空港自動車道]]
 
;一般国道
 
*[[国道58号]]
 
*[[国道329号]]
 
*[[国道330号]]
 
*[[国道331号]]
 
*[[国道332号]]
 
*[[国道390号]]
 
*[[国道449号]]
 
*[[国道505号]]
 
*[[国道506号]]
 
*[[国道507号]]
 
;県道
 
{{Main|沖縄県の県道一覧}}
 
 
 
==== 港湾 ====
 
航空機を使うまでもない近接離島間の移動には、船舶が広く利用されている。石垣市の石垣港は、[[中華人民共和国|中国]]と[[中華民国|台湾]]との中継港として使われている。
 
;[[重要港湾]]
 
*[[那覇港]]
 
*[[運天港]]
 
*[[金武湾港]]
 
*[[中城湾港]]
 
*[[平良港]]
 
*[[石垣港]]
 
 
 
=== 医療・福祉 ===
 
{{main|Category:沖縄県の医療機関}}
 
;[[災害拠点病院]]
 
*[[沖縄県災害拠点病院]]
 
;[[保育所]]
 
*[[沖縄県保育所一覧]]
 
 
 
=== 教育 ===
 
[[ファイル:University of the Ryukyus in 1960s.JPG|thumb|right|[[1960年代]]の琉球大学。開学当初から[[1980年代]]前半まで、のちに復元された[[首里城]]跡に位置していた。]]
 
2007年度より開始された小学6年生および中学3年生を対象にした[[全国学力・学習状況調査]]では、2011年度、沖縄県は全ての科目で最下位<ref>{{Cite news
 
|url = http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-195444-storytopic-11.html
 
|title = 学力テスト最下位 学びの環境づくりが重要
 
|newspaper = 琉球新報
 
|date = 2012-08-10
 
|accessdate = 2012-10-08
 
}}</ref>
 
となったが、2014年度の調査では沖縄県は小学6年生算数で全国2位となった。
 
;大学
 
[[国立大学|国立]]
 
*[[琉球大学]](本部は[[西原町]]であるが、キャンパスの敷地は西原町、[[中城村]]及び[[宜野湾市]]の3[[市町村]]にまたがっている)
 
<!--バグ回避用-->
 
[[公立大学|公立]]
 
*[[沖縄県立看護大学]]([[那覇市]])
 
*[[沖縄県立芸術大学]](那覇市)
 
*[[名桜大学]]([[名護市]]、[[2010年]](平成22年)3月まで私立大学であった)
 
<!--バグ回避用-->
 
[[私立大学|私立]]
 
*[[沖縄大学]](那覇市)
 
*[[沖縄国際大学]]([[宜野湾市]])
 
*[[沖縄キリスト教学院大学]](西原町)
 
*[[沖縄科学技術大学院大学]]([[国頭郡]][[恩納村]]、2011年設立)
 
;短期大学
 
*[[沖縄女子短期大学]](那覇市)
 
*[[沖縄キリスト教短期大学]](西原町、沖縄キリスト教学院大学と併設)
 
;高等専門学校
 
[[国立高等専門学校機構|国立]]
 
*[[沖縄工業高等専門学校]](名護市)
 
;高等学校・中学校・小学校・その他の学校
 
以下の一覧記事を参照されたい。
 
*[[沖縄県特別支援学校一覧]]
 
*[[沖縄県専修学校一覧]]
 
*[[沖縄県高等学校一覧]]
 
*[[沖縄県中学校一覧]]
 
*[[沖縄県小学校一覧]]
 
*[[沖縄県幼稚園一覧]]
 
*[[沖縄県英語学校一覧]]
 
 
 
=== マスメディア ===
 
==== 新聞 ====
 
2大[[県紙]]のシェアが併せて約7割弱に達し、[[先島諸島]]では独自の地元紙が発行される。[[全国紙]](一般紙)は下記の事情もあり、他県と比べシェアが極めて低い<ref>[http://adv.yomiuri.co.jp/yomiuri/busu/busu09.html 読売新聞広告ガイド] 2010年下半期の県別平均販売部数(2011年9月5日閲覧)</ref>。[[2017年]]4月1日に[[八重山日報]]が沖縄本島版を発行した。
 
;県紙
 
*[[沖縄タイムス]]
 
*[[琉球新報]]
 
;先島諸島のローカル紙
 
*[[八重山毎日新聞]]、[[八重山日報]]([[八重山諸島]])
 
*[[宮古毎日新聞]]、[[宮古新報]]([[宮古列島|宮古諸島]])
 
;地方紙その他
 
[[西日本新聞]]も沖縄県の官公庁や図書館、および九州本土に本社を置く企業・法人の出先機関(沖縄支店など)に向けた事実上の「業務用」として新聞を発行していたが、[[2009年]](平成21年)に発行を停止した。同新聞は[[1967年]](昭和42年)-[[1977年]](昭和52年)と[[2000年]](平成12年)-2009年に那覇支局を設けていた。
 
;全国紙
 
[[読売新聞]]、[[毎日新聞]]、[[朝日新聞]]、[[日本経済新聞]]、[[産経新聞]]の各社が当県に総・支局を設置している。[[2008年]](平成20年)[[11月1日]]より日経が琉球新報社への委託による現地印刷を開始し、[[全国紙]]では唯一、朝夕刊とも地元紙と同時に配達を行っている。なお、読売、毎日、朝日は東京本社版および西部本社版を、産経は大阪本社版がそれぞれ販売されている。<!--沖タイの購読者は「朝日新聞デジタル」の提携新聞コースで紙面ビューアを利用して読むことも可能。-->これらの一般紙はいずれも発行地より空輸されるため、配達は当日の午後にずれ込む(<!--本土新聞事業開発(社名の通り、県内での本土新聞の販売を引き受ける専門の会社)の各販売店が、-->前日の夕刊<!--現地が月曜日および休日の翌日など(前日が「夕刊不発行日」)の場合を除く。-->と同時配達)。また先島諸島や[[大東諸島]]については、全国紙だけでなく地方県域新聞2紙も印刷後空輸や船便で配送されるため、本島などから比べて朝刊の配達が遅れてしまう。
 
;スポーツ紙
 
[[スポーツ新聞]]は、[[日刊スポーツ]]と[[スポーツニッポン]]([[新報スポニチ]])が当県で現地印刷を行っているが、両紙とも[[本州]]などで発行される新聞とは異なり、10〜12ページで発行されている(沖縄県には<!--ウインズ(競馬)やボートピア(競艇)・サテライト(競輪)などの場外売り場を含め-->[[公営競技]]の施設がないため公営競技面は掲載されていないほか、[[番組表]]も非掲載)。なお、那覇空港内や那覇市内の一部のコンビニでは、東京本社版の各紙が発行日当日に空輸され販売されているが、価格は定価より<!--事実上の送料(航空貨物運賃相当)にあたる-->50円上乗せした180円となっている。
 
;日刊機関紙
 
[[創価学会]]の[[機関紙]]・[[聖教新聞]]が当県で現地印刷を行っている。また[[日本共産党]]の機関紙・[[しんぶん赤旗]]は福岡県の印刷所で印刷されたものが空輸で送られ、全国紙と同様、昼過ぎからの配達となる他、[[大韓民国]]の[[世界平和統一家庭連合|宗教団体]]が運営する[[世界日報 (日本)|世界日報]]も、一般全国紙・スポーツ紙と同じく、東京で発行された新聞を空輸して午後に主要航空ターミナル・コンビニでの即売と、一部の一般紙(全国紙・地方紙問わず)への委託宅配という形をとっている<ref>日刊新聞の販売自体は、現状首都圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)を中心としており、それ以外の地域は郵送での配送となる</ref>。このため[[番組表]]も首都圏のものに加え、沖縄県の先発2局<ref>琉球放送と沖縄テレビ。琉球朝日放送、及びラジオは未掲載</ref> の当日昼〜翌日朝の番組表を収録している。
 
 
 
==== 放送局 ====
 
*[[NHK沖縄放送局]] - 旧[[沖縄放送協会]]
 
*[[琉球放送]] (RBC)(テレビ:[[Japan News Network|JNN]] ラジオ:[[Japan Radio Network|JRN]])
 
*[[沖縄テレビ放送]] (OTV) ([[フジニュースネットワーク|FNN]]/[[フジネットワーク|FNS]])
 
*[[琉球朝日放送]] (QAB) ([[All-nippon News Network|ANN]])
 
*[[ラジオ沖縄]] (ROK) ([[全国ラジオネットワーク|NRN]])
 
*[[エフエム沖縄]] ([[JAPAN FM NETWORK|JFN]])
 
*[[AFN]] - 在日米軍放送。本州や長崎県にある各局と違い、中波 (AM) ラジオだけでなくテレビおよびFMラジオでも番組を制作し放送している。
 
 
 
===== テレビ放送における特記事項 =====
 
NHK受信料支払率は、平成23年度末の初公表において全国最低の42.0%であった。{{See also|NHK受信料#受信契約・受信料#受信契約・支払い率}}
 
[[ファイル:Nhk-okinawa.jpg|thumb|right|[[豊見城高安テレビ・FM放送所]]]]
 
;先島諸島・大東諸島における特記事項
 
:[[大東諸島]]では長らく県内のテレビ放送が受信できなかったため、アナログ放送では[[関東地方|関東広域圏]]を放送対象とするテレビ局のうち[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]・[[テレビ東京]]を除く各局の放送を、[[小笠原諸島]]向けに送信されている衛星回線を使用し中継していた(このほか、[[NHK衛星第1テレビジョン|NHK衛星第1]]・[[NHK衛星第2テレビジョン|NHK衛星第2]]テレビも地上波で中継)。なお、県内の話題については電話回線を利用した字幕情報が必要に応じて挿入されていた。その後、[[2011年]](平成23年)初頭から敷設工事が進められた海底光ケーブルで送られてくる信号で沖縄本土からのテレビ放送波を送ることができるようになり、同年7月のNHK沖縄放送局・民放各局のデジタル中継局の開局によって、RBC は本島のテレビ放送開始から51年、OTV は本島の開局から52年、QAB は本島の開局から16年でようやく視聴可能になった(詳細は[[大東諸島#テレビ]]を参照)。
 
:[[先島諸島]]に関しても、テレビ放送の開始当初は先発3社4局(NHK・民放2チャンネルずつ)の中継局が整備されておらず、那覇本局からの電波を直接受信、ないしはケーブルテレビの中継回線を介した受信も技術的に不可能であったので、[[1993年]][[12月]]の中継局開設までは在那地上波の受信が全くできなかった。そのため、[[宮古テレビ]]、[[石垣ケーブルテレビ]]の自主放送で、在那局、及び東京・大阪のいわゆる[[キー局]]などからの[[番組販売]]を独自に購入した番組をネットするという状態が続いた。
 
:なお、琉球朝日放送 (QAB) は、[[1995年]]に開局後も先島諸島での中継局が整備されなかったため、宮古・石垣では引き続きケーブルテレビの自主放送により[[テレビ朝日]]の番組を時差放送していたが、[[2009年]](平成21年)10月21日にデジタル新局として QAB の中継局が設置され、本島の開局から14年でようやく視聴可能になった。これに伴い、宮古・石垣のケーブルテレビにおいても、中継局非設置の代替として、[[デジアナ変換]]<ref>宮古・石垣のケーブルテレビでは先発3社・4局もアナログ放送を配信していたが、4:3の通常画質だったそれらとは異なりQABははじめから[[レターボックス (映像技術)|レターボックス16:9]]を使っていた</ref> による補完再放送を行っていた。
 
;ネットワーク系列局の空白
 
:県内には、日本テレビ・テレビ東京両系列の放送局が置かれていない(佐賀県と並び、クロスネット局を含めた日本テレビ系列が放送対象地域外となっている都道府県でもある)が、これらの系列各局により制作された番組の一部は県内の他系列に属する放送局で、ローカル枠で放送されている他、OTV では、日本テレビ系列が主催する毎年夏放送の『[[24時間テレビ 「愛は地球を救う」|24時間テレビ]]』、『[[全国高等学校クイズ選手権|高校生クイズ]]』および[[年末年始]]の『[[全国高等学校サッカー選手権大会|高校サッカー]]』の中継(沖縄県大会および全国大会の沖縄県代表絡みの試合)にも参加している他、日本テレビ系が放送権を獲得した[[FIFAワールドカップ]]の[[サッカー日本代表|日本代表]]戦や[[夏季オリンピック]]の[[マラソン|女子マラソン]]競技の中継の沖縄県でのネットを担当する。(放送時間が[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系の全国放送番組の時間帯に被った場合、その番組については臨時にネット返上するか後日振替放送を行う。)
 
:日本テレビでは、系列局のない県内におけるニュース取材を行う目的で[[日本テレビ那覇支局]]を設置している。なお、同局系列の系列局については1990年代に[[南西放送]]が開局予定だったが実現しなかった。
 
;他県と隔絶しているゆえの事象
 
:県内の全ての[[ケーブルテレビ局]]では、アナログ・デジタルとも地形や技術上などの問題もあり、[[区域外再放送|県外民放の再配信]]は一切行われていない。また[[琉球新報]]・[[沖縄タイムス]]の[[番組表]]も鹿児島県を含めた県外民放はラジオを含め一切掲載されていない<ref>以前は他地域での経営上の理由(ケーブルテレビ局側における設備上のコストや県内既存局の圧力)などで再送信されなかったケースもたびたびあったが本土の県庁所在地の中心部のケーブルテレビ局は4大系列とも再送信されることが一般的である。</ref>。
 
;その他
 
:近隣のテレビ局と豊見城市にある送信所を直線で結ぶ位置にある沖縄県庁の庁舎は、{{要出典範囲|電波の転送路を妨害しないよう|date=2010年10月}}庁舎の屋上部分を曲線的に窪ませた形状となっている。
 
 
 
===== AMラジオ局について =====
 
[[沖縄本島]]北部・[[先島諸島]]および大東諸島では夜間〜早朝を中心に近隣国の混信をまともに受けやすいため、FM電波を使って中継放送が行われている。
 
 
 
===== FMラジオ局について =====
 
FM沖縄は現在先島諸島、大東諸島では中継局がないため直接受信不可(なお宮古島では地元の[[エフエムみやこ|コミュニティFM局]]が同局の一部の番組を放送)。NHK-FM は現在大東諸島では中継局がないため直接受信不可<ref>ただし、NHK-FM は[[2011年]](平成23年)9月からラジオ第1・第2とともにインターネットを通じた同時配信により聴取可能となったが、すべて東京からの放送となるため本来の沖縄県域および九州・沖縄ブロックの番組と権利上の理由で同時配信されない番組がある場合は中継局が整備されない限り聴取不可。なお、2012年度に2か所の中継局が開局されたが、開局されたのは[[東京都]][[小笠原諸島]]の父島・母島両中継局であり、大東諸島では依然として開局のめどが立っていないため、父島・母島両中継局開局後は全国で唯一 NHK-FM のラジオ放送による直接受信ができない地域として残ることになった。</ref>。
 
 
 
また[[コミュニティ放送局|コミュニティFM局]]は県下全ての市にあり、2016年2月現在で計17局が放送を行っている。
 
 
 
===== インターネットラジオでの再放送 =====
 
*[[radiko]]では、沖縄県内の無料配信、及びそれ以外の県での有料会員制「radikoプレミアム・エリアフリー聴取」のサービスでは、RBC i-radio、ラジオ沖縄、FM沖縄を配信している。
 
*[[NHKネットラジオ らじる★らじる]]では、東京・名古屋・大阪・札幌・福岡・仙台・広島・松山の各放送局の県域放送を含むラジオ第1・2、FMが聴取できるが、沖縄県向けのローカル放送は対象外のため聴取できない。
 
 
 
===== コールサインについて =====
 
[[アメリカ合衆国]]の施政権下では '''KSxx''' を用いていたが、本土復帰([[1972年]](昭和47年))以降は '''JOxx''' を用いている。
 
 
 
==== ケーブルテレビ ====
 
*[[:Category:沖縄県のケーブルテレビ局|沖縄県のケーブルテレビ局]]を参照。なお[[大東諸島]]にはケーブルテレビ局が現状{{いつ|date=2015年1月}}ない。
 
 
 
== 文化・スポーツ ==
 
[[琉球王国]]成立以前から[[日本]][[本土]]の影響を受けつつ、[[中国大陸]]や[[東アジア]]の文化も受け入れ、混ざり合う[[文化]]を築き上げてきた<ref>[http://rca.open.ed.jp/city-2000/outline/index.html 琉球文化の概要 琉球文化アーカイブ]</ref>。また[[太平洋戦争]]後から[[沖縄返還]]に至るまで、長期間[[アメリカによる沖縄統治|米軍に統治]]されていたため、[[アメリカ合衆国]]の文化も多岐にわたって浸透している。
 
=== 宗教 ===
 
[[ファイル:Sefautaki.jpg|right|thumb|[[斎場御嶽]]([[南城市]])]]
 
{{Main|琉球神道}}
 
[[アニミズム]]を基本としており、本土の[[神道]]の原形([[古神道]])に近いと言われる。[[琉球神道]]とも言われ、本土の[[神社]]に当たるものとして[[御嶽 (宗教)|御嶽]]がある。また、[[祖先崇拝]]の風も強く残る。
 
 
 
[[仏教]]は、王族や一部の上層階級が信仰するのみで、一般の農民にはほとんど浸透しておらず、[[葬式]]の儀礼の一部に用いられるにとどまった。現在でも仏教信徒の数は、本土に比べると極端に少ない。近年葬儀は一応仏式で行われるようになったが、本土のように宗派別の僧侶ではなく、無宗派の僧によって執り行われる場合が多い。また、僧とは別に[[ユタ]]を呼ぶ事例もある。
 
 
 
[[墓]]は、自然のほら穴等を使った岩陰墓や崖を掘り込んだ掘込墓から、中国の影響を受けた[[亀甲墓]]へと変わり、現在では[[破風墓]]が一般的である。また、遺骨の処理方法も[[風葬]]や[[洗骨]]をする独特の風習があったが、近年では保健所等の指導や婦人運動の結果、多くの地域で[[火葬]]が実施されるようになった。
 
 
 
戦後は、米軍の影響で[[キリスト教]]信仰も盛んである。その多くは[[プロテスタント]]派に属する。県内には約210か所の[[教会 (キリスト教)|キリスト教会]]が存在し、全国で最もクリスチャン人口の比率が高い。
 
 
 
=== 言語・方言 ===
 
{{Main|琉球語|ウチナーヤマトグチ}}
 
沖縄県で使われている言葉は大まかに以下の三つに分けることができるが、[[団塊の世代]]より後に生まれた世代の県民では共通語化が著しく、[[平成]]以降に生まれた世代の県民になると、琉球語だけでなく沖縄弁(ウチナーヤマトグチ)でさえも衰退が著しいが、特に強い保護政策等はとられていない。
 
* [[琉球語]] - 日本政府の立場としては、日本語の方言である琉球方言として扱われることが多いものの、[[ユネスコ]]などの国際機関の間では日本語とは異なる[[日本語族]]に属した独立した言語であるとされる。伝統的な沖縄の言語であるが、日常的な使用はほぼ高齢者層に限られる。明治から昭和中期まで[[方言札]]を使った強力な標準語普及運動が推進されたことに加え、本土復帰運動や戦後のマスメディアや学校教育の発展に伴いそれらを通じて、[[琉球語]]を軽視する反面、[[標準語]]に接する機会が圧倒的に増えたため、琉球語が使われることは非常に少なくなっており、特に平成以降に生まれた世代では大半が理解することすら難しいほど衰退している。おおまかに、[[沖永良部与論沖縄北部諸方言|国頭語]](国頭方言)、[[沖縄語]](沖縄方言)、[[宮古語]](宮古方言)、[[八重山語]](八重山方言)、[[与那国語]](与那国方言)に分けられるが、それら諸言語(諸方言)の間でもそれぞれ別言語とされることがあるほどの違いがあり、いずれもユネスコにより[[消滅危機言語の一覧|絶滅危機言語]]とされている。
 
* [[ウチナーヤマトグチ]] - 沖縄県民の大半が日常的に使用する言葉であり、日本語の共通語を基盤に琉球語の要素を混合させた[[新方言]]とされる。沖縄弁とも言われる。しかし、ウチナーヤマトグチと言えども、平成以降に生まれた世代の沖縄県民において年齢が下がるほど衰退傾向が著しく、[[日本語の方言のアクセント|アクセント]]面で影響が残る程度となっており、語彙面では[[共通語]]と差異がほとんどみられない場合も少なくない。
 
* [[共通語|日本語共通語]] - マスメディア・学校教育や公的機関などで使われている。昭和初期までに生まれた高齢者層では琉球語、沖縄弁、共通語との[[トライリンガル]]、戦後から昭和末期までに生まれた世代では沖縄弁と共通語の[[二言語話者|バイリンガル]]が大半であり使い分けができる。一方、平成以降の生まれの世代においては共通語とほぼ変わらない言葉を話す傾向が強く、ほぼ共通語のみのモノリンガルに近い。また年々その傾向も年齢が下がるにつれて強くなりつつある<ref>[http://www.ninjal.ac.jp/archives/jalic/group5/95.2.25p9.pdf 日本語の国際化と沖縄の言語状況] [[東京外国語大学]] [[井上史雄]]</ref>。このように、日本国内でも特に共通語化が進みつつある地域とされており、危惧されている。
 
* [[英語]] - [[アメリカ合衆国による沖縄統治|アメリカの統治下にあった沖縄]]では英語が事実上<ref>琉球政府章典や各種法令で公用語は定められていないが、琉球政府章典や各種法令には日本語、米軍からの布令布告には英語が使用されている。 [http://www.archives.pref.okinawa.jp 沖縄県公文書館] 参照</ref> の第二[[公用語]]であった。現在でも英語教育を受けた高齢者や米軍基地内で従事して働く軍雇用員・米軍や兵士相手の商売をしている者・米国人と結婚した家族の間では英語を解す人は多い。
 
 
 
=== 人種・民族 ===
 
{{See also|琉球民族|日本人|大和民族}}
 
沖縄の地に先祖を持つ人々は、地理的・歴史的・文化的な経緯から一般的に[[琉球民族]]と称される。人種的には先史時代から10世紀にかけて[[南九州]]から移入したとされ、[[分子生物学]]の研究でも本土と遺伝的に近いことが確かめられている。北琉球と呼ばれることもある[[沖縄諸島]]の住民は、分子生物学的([[Y染色体]]による系統分析)にほぼ[[九州]]、[[本州]]、[[四国]]の住民と同じである。
 
日本政府は琉球民族を沖縄の「[[先住民族]]」とは認定していないが、[[ユネスコ]]は沖縄に特有の民族性、歴史、文化、伝統を有することを認めている。
 
沖縄復帰後に本土に先祖を持つ[[大和民族]]が多数移り住んだ。
 
 
 
女性の国際結婚率は全国で最も高く、米国人男性と沖縄人女性との間に生まれたハーフあるいはクオーターの[[混血]]も(非嫡出子かを問わず)多い。
 
 
 
=== 名字 ===
 
{{Main|沖縄県の名字}}
 
沖縄の名字の多くは、地名に由来する。琉球王国時代では、王族、士族らは現在の名字に相当する'''家名'''を名乗り、[[領地]]が変わるたびにそれも変化した。[[薩摩藩]]による侵攻以降、薩摩藩の[[政策]]と[[琉球王府]]の[[施策]]により、日本風の二字姓家名からいわゆる沖縄風の三文字姓に改名した家系が多い。琉球処分後、一般庶民にも姓を名乗ることが許され、また明治以降は琉球語読みの名字の多くは日本語読みに改まった。
 
 
 
=== 建築 ===
 
[[ファイル:Nakamura House Kitanakagusuku01n3104.jpg|thumb|right|[[中村家住宅 (沖縄県)|中村家住宅]]([[北中城村]])]]
 
{{See also|琉球建築}}
 
沖縄県の伝統的な建築は、主に琉球王国時代に発展した。建造物の多くは建築様式や素材・技術などで他地域の建築(主に[[日本建築]]・中国建築)との類似点が多く見られるが、風土等の面で異なるために独自の発展が見られる。王朝時代において、琉球士族などを中心に瓦葺きの木造建築である貫木屋(ヌチジャー)、庶民は主に穴屋(アナヤー)と呼ばれる掘立[[小屋]]に住居を構えていた。また住居以外には、[[城壁]]や[[橋梁]]等の石造建築物に[[琉球石灰岩]]が多く使用されたが、沖縄戦により失われた建築物も多い。戦争により多くの木造住宅だけでなく山林が消失し、大量の職人と資材が失われ、復興をアメリカ軍が主導するかたちで[[ツーバイフォー]]構造の建物が多く建てられた。
 
 
 
現在では、台風やシロアリに強い[[鉄筋コンクリート構造]]に給水タンク(大きな河川がなく幾度と[[水不足]]を経験したため)を設置した住宅が一般的になっている<ref>[http://www-edu.pref.okinawa.jp/bunka/jp_okinawa/jpn54.htm 沖縄県教育委員会 沖縄の歴史と文化]</ref><ref>[http://rca.open.ed.jp/city-2000/house/index.html 沖縄の住まい]</ref>。
 
 
 
在日米軍の軍人軍属およびその家族が居住する目的で基地外に建築された[[米軍住宅|外人住宅]]も多数存在しており、本土の基地縮小とは裏腹に復帰後も戸数は拡大していった。新築物件には主に将校や高級士官が、中古物件には下級軍人や軍属や日本人が居住している。増加する米軍人員を収容するための住宅需要が高まり、民間投資によるアメリカ人向けの大規模な土地造成と住宅地建築が行われた。新築物件には主に高級士官、古い物件には下級軍人や軍属および日本人が居住し、現在も宜野湾市、北中城村、沖縄市、うるま市、北谷町などに「外人住宅街」が存在し、独特の街並みを形成している。
 
*[[重要伝統的建造物群保存地区]]
 
**[[渡名喜島]](渡名喜村)
 
**[[竹富島]](竹富町)
 
 
 
=== 伝統工芸 ===
 
; [[経済産業大臣指定伝統的工芸品]]
 
* [[久米島紬]](織物、[[1975年]])
 
* [[宮古上布]](織物、1975年)
 
* [[読谷山花織]](織物、[[1976年]])
 
* [[ミンサー織り|読谷山ミンサー]](織物、1976年)
 
* [[琉球絣]](織物、[[1983年]])
 
* [[首里織]](織物、1983年)
 
* [[与那国織]](織物、[[1987年]])
 
* [[喜如嘉]]の[[芭蕉布]](織物、[[1988年]])
 
* [[八重山ミンサー]](織物、[[1989年]])
 
* [[八重山上布]](織物、1989年)
 
* [[紅型|琉球びんがた]](染色品、[[1984年]])
 
* [[壺屋焼]](陶磁器、1976年)
 
* [[琉球漆器]](漆器、[[1986年]])
 
* [[知花花織]](織物、[[2012年]])
 
 
 
; 伝統工芸品
 
{{Main|日本の伝統工芸品の一覧#沖縄県}}
 
 
 
=== 芸能等 ===
 
{{See also|沖縄音楽|琉球古典音楽}}
 
{{要出典範囲|date=2018年1月|琉球王国時代に広まった琉球古典音楽は、中国に起源をもつ[[三線]]を始め、[[琉球舞踊]]や日本芸能である[[能]]、[[狂言]]等の要素を取り入れた[[組踊]]が発展し、さらに[[琉歌]]による文学的表現も確立させた。琉球処分後には庶民にも三線音楽が普及し、現在でも[[民謡]]が盛んに歌われるほか、ポピュラー系の音楽ジャンルにも影響を及ぼしている}}。また、[[エイサー]]は[[浄土宗]]の[[念仏]]が基となり形成された伝統芸能であり、近年では宗教色のない[[創作エイサー]]へも発展している。
 
 
 
アメリカ統治時代に、[[コザ市]](現[[沖縄市]])では、[[朝鮮戦争]]や[[ベトナム戦争]]に明け暮れた米軍人向けにクラブやライブハウスが流行し、多数のハードロックミュージシャン達が活躍した。戦争の終結、[[米ドル]]の相対価値の下落、[[Aサイン]]バーの閉鎖等、環境の変化に伴い衰えたものの、現在でも全国に進出して活動しているミュージシャンは多い。
 
 
 
現代では沖縄県出身の芸能人も盛んに活躍し、[[沖縄アクターズスクール]]の卒業生を筆頭に数多くの歌手、アイドル、タレントの輩出している。
 
 
 
=== 衣装 ===
 
伝統的衣装である[[琉装]]のほか、近年では[[アロハシャツ]]に似た[[かりゆしウェア]]も見られる。
 
 
 
戦後は収容所で生活していた住民らに米軍から放出された衣類が支給された。収容所が解体された後も耐久性や利便性から米軍放出品の衣類が利用され、現在に至るまで販売されている。
 
 
 
=== 武術 ===
 
{{Main|琉球古武術|空手道}}
 
以前から存在していた沖縄固有の武術「[[手 (沖縄武術)|手(ティー)]]」と、琉球王国時代に伝来した[[中国武術]]により融合して誕生したのが、[[手 (沖縄武術)|唐手]](からて、トゥーディー)であり、後の[[空手道]]に発展した<ref>[http://www.wonder-okinawa.jp/023/001/001/index.html 沖縄の伝統 空手・古武術]</ref>。戦後、空手を習得したアメリカ軍人や、日本から海外へ渡った[[空手家]]により、次第に世界へと普及した。
 
 
 
広義の[[琉球古武術]]は、徒手空拳術(空手)と武器術から成る。一般的に古武術は後者を指すが、空手と武器術は互いに密接な関係にある<ref>[http://www.paw.hi-ho.ne.jp/ryukyu-kbujut/index2.html 琉球古武術の歴史]</ref><ref>[http://kodenkarate.jp/ryukyukobu.html 古伝空手・琉球古武術のすすめ]</ref>。[[棒術]]、[[トンファー]]術など様々だが、中でも[[ヌンチャク]]を用いた武器術は世界的にも有名である。
 
 
 
=== 馬術 ===
 
{{Main|琉球競馬}}
 
速さではなく、美しさを競う[[古式競馬]]。琉球競馬(ンマハラシー)は300-500年ほど前から行われ、明治以降は全県民的な催事となり太平洋戦争中までは[[琉球競馬]]が盛んに行われていた。
 
2013年から琉球競馬の復活事業として[[沖縄こどもの国]]にて行われる。
 
 
 
=== 料理 ===
 
{{Main|沖縄料理}}
 
本土においては[[7世紀]]以降、[[稲作]]を神聖視する一方で、[[肉食]]は[[穢れ]]とみなされ、表向き禁忌とされた。しかし、沖縄は19世紀まで本土から独立した国家であったためこの思想がなく、早くから肉料理が発達した。中国の影響からか特に[[豚肉]]料理が伝統的に発達している。[[牛]]、[[馬]]、[[猪]]、[[鳥]]の肉を食べるが、祝いの席などで山羊の刺身、山羊汁、チーイリチーをふるまうことが多い、山羊の肉と血液を調理するチーイリチャーは、沖縄ならではのものといえる。古くから諸外国との貿易で繁栄した海洋王国のためか、琉球料理には、遠い[[北海道]]産の[[コンブ|昆布]]も多く使われる。<ref>『47都道府県うんちく事典』235頁出版社-PHP文庫・執筆者-八幡和郎</ref>
 
[[ファイル:Awase soba by ayustety in Okinawa city.jpg|thumb|right|沖縄そば]]
 
*[[ゴーヤーチャンプルー]]
 
*[[沖縄そば]]
 
*[[泡盛]]
 
*[[アバサー]]([[ハリセンボン]])
 
*[[グルクン]](県魚)
 
また、アメリカ占領時の食文化も今日に受け継がれている。<ref>[http://www.wonder-okinawa.jp/026/his_8.html 終戦後のアメリカ食文化]</ref>
 
*[[タコライス]]
 
*[[ポーク玉子]]
 
*[[コンビーフ]]
 
*[[ハンバーガー]]
 
*[[アイスクリーム]]
 
*[[キャンベルスープ]]
 
*[[スパム]]
 
*[[ルートビア]]
 
 
 
=== 差別 ===
 
 
 
==== 琉球民族間での差別 ====
 
王府の管轄下にあったニンブチャー(チョンダラー)以外には[[被差別民]]がいなかった<ref>赤坂憲雄「沖縄に被差別民は存在したか(下)」『部落解放』554号, 2005年, p.55</ref> ため、本土の[[部落差別]]にあたるものはないものの、王族と庶民の格差は甚だしく大きい階級・身分社会であった。また都市部以外では[[シマ社会]]の旧習が今も色濃く残っており、[[男尊女卑]]や、部外者排斥の傾向が見られる。また、沖縄固有の歴史的事情に起因する差別も知られている。離島民は本島民から激しい差別を受けてきた。
 
 
 
==== 大和民族による差別 ====
 
本土ではかつて、沖縄出身者が異質な存在として差別的に扱われることが多かった。1903年には展覧会で沖縄出身の遊女を[[アイヌ]]や[[台湾原住民]]などとともに異民族として「展示」し、沖縄県民の反発を招く事件が起こった(詳細は[[人類館事件]]を参照)。大正から昭和初期にかけて沖縄から本土への出稼ぎが増加した際には、標準語や本土の習慣・時間感覚に不慣れな者が多かったことなどを背景に、求人告知や商店の入口で「琉球人お断り」と但し書きされる事例があった。
 
 
 
==== 在沖米軍による差別 ====
 
戦後のアメリカ統治時代に、米軍は銃剣とブルドーザーによって強権的に土地を接収し、米軍兵による強盗・強姦・殺人等の事件が相次ぎ、沖縄人の間に反米感情が高まり、特に[[ポール・W・キャラウェイ]][[琉球列島高等弁務官]]時代には非常に強権的な態度で沖縄人を抑圧した([[キャラウェイ旋風]])。[[1970年]]12月には、米軍人による交通事故を発端に[[コザ暴動]]にまで発展した。
 
 
 
==== 奄美出身者への差別 ====
 
地理的・文化的に近い[[奄美群島]]は、琉球王国の侵略を受け服属したのは約1世紀半であったが、[[島津氏]]によって本土勢力の支配下となり明治維新で鹿児島県に属した後も、沖縄との人的交流が盛んな地域であった。しかし、[[太平洋戦争]]後のアメリカ占領軍の施政下から奄美群島が先に祖国復帰を果たすと、「日本国民」に戻った奄美出身者の人権を制限する施策が、沖縄本島住民の陳情により次々と導入された。また、{{要出典範囲|date=2015年1月|[[沖縄タイムス]]などのマスコミも[[差別]]を助長するような報道を行い}}、民間に差別感情が広まった。
 
{{Main|沖縄の奄美差別}}
 
 
 
==== 混血児への差別 ====
 
アメリカ人とアジア人、特にアジア地域へ来たアメリカ軍人と現地の女性との間にできた子どもは[[アメラジアン]]と呼ばれる。沖縄には今日でもアメリカ軍の軍人・軍属が多く居住し、多くのアメラジアンが生まれ続けているが、差別も根深い。米軍基地とテレビで目にすることが、沖縄で育ったアメラジアンが知っているアメリカ文化の全てということが多い<ref>[http://www.jsdf.org/usmc-okinawa/1024.html 地元の子どもたちが海兵隊員と交流 - JSDF.ORG]</ref>。にもかかわらず外見でアメリカ人と決めつけられ、商店からつまみ出される、公共のプールに入れさせてもらえない<ref>[http://kangaerukai.net/173zadankai.htm 李京愛・豊住マルシア・野入直美・葉映蘭・秋辺得平・榎井縁「日本社会に暮らす『在日』と『新渡日』の思い」]『むくげ』173号, 2003年</ref> といった差別を受けている。慰霊の日の前後に公立校では[[反米]]的な学習が展開されるため、「[[ヤンキー]]・ゴー・ホーム」と迫害される[[いじめ]]を浴びる<ref>上里和美『アメラジアン もうひとつの沖縄』かもがわ出版, 1998年, p.28, 46</ref>。さらに、アメラジアン自身だけではなくその母親にまで、反米意識に基づく差別・偏見のまなざしが向けられている<ref>野呂浩「「アメラジアン・スクール・イン・オキナワ」一考察」『東京工芸大学紀要 人文・社会編』27巻2号, 2004年, p.28</ref>。また、アメラジアンの多くが集まっていたオキナワ・クリスチャン・スクール・インターナショナルの新校舎建設地が[[産業廃棄物|産廃]]の投棄跡であったため生徒に吐き気や皮膚炎症、[[性器]]の発赤といった健康被害が多発した時には、沖縄県は[[ダイオキシン]]や[[ポリ塩化ビフェニル|PCB]]の検査をせずに「安全宣言」を出して済ませてしまい、結局約80名が退学する事態となった<ref>上里和美『アメラジアン もうひとつの沖縄』かもがわ出版, 1998年, p.15</ref><ref>野呂浩「「アメラジアン・スクール・イン・オキナワ」一考察」『東京工芸大学紀要 人文・社会編』27巻2号, 2004年, p.27</ref>。
 
 
 
==== ハンセン病者への差別 ====
 
沖縄県は[[ハンセン病]]が多く発生してきた地域であり、20世紀末には日本人の新規発症者の6割から7割を沖縄県出身者が占めている<ref>日本ハンセン病学会ハンセン病新患調査班「ハンセン病新規患者の統計解析(1993年―2000年)『日本ハンセン病学会雑誌』71巻, 2002年, p.224</ref><ref>石井則久・杉田泰之・中嶋弘「ハンセン病新患動向: 1993年から1997年まで」『日本皮膚科学会雑誌』109巻, 1999年, p.763</ref> が、沖縄社会のハンセン病に対する差別や迫害は厳しいものであった<ref>日弁連法務研究財団ハンセン病問題に関する検証会議『ハンセン病問題に関する検証会議 最終報告書』2005年, p.697</ref>。[[シマ社会|シマ]]ではハンセン病者(「クンチャー」と呼ばれ、これは[[乞食]]を意味する琉球方言である)を[[ガマ (洞窟)|ガマ]]、崖地、ゴミ捨て場などに隔離し、シマに戻ることを禁じる文化があった<ref>中村文哉「ハンセン病罹患者の<居場所>―沖縄社会と<隔離所>―」『山口県立大学社会福祉学部紀要』14号, 2008年, p.42, 44</ref>。亡くなっても一族の墓には入れず、逆さまにして埋め、二度と生まれてこないよう[[呪い]]をかけた<ref>中村文哉「沖縄社会の二つの葬祭儀礼―沖縄のハンセン病問題と「特殊葬法」―」『山口県立大学社会福祉学部紀要』11号, 2005年, p.44-46</ref>。昭和50年代に[[火葬場]]が増えてから沖縄にも本土式の葬儀が広まった<ref>塩月亮子「沖縄における死の現在―火葬の普及・葬儀社の利用・僧侶への依頼―」『日本橋学館大学紀要』7号, 2008年, p.52, 61</ref> が、その下でも遺骨に炒り豆を置く呪い(「これが芽吹いたら生き返ってこい」という意味だが、炒ってあるので絶対に芽は出ない)が行われている<ref>中村文哉「沖縄社会の二つの葬祭儀礼―沖縄のハンセン病問題と「特殊葬法」―」『山口県立大学社会福祉学部紀要』11号, 2005年, p.24</ref>。
 
 
 
近代医学的なハンセン病医療の場を作る動きに、沖縄県民は激しく抵抗した<ref>Koba, A., Ishii, N., Mori, S., & Fine, P.E.M. (2009). "The decline of leprosy in Japan: patterns and trends 1964-2008". ''Leprosy Review'': '''80''', p.439</ref>。[[国立ハンセン病療養所]]設置を阻止するための暴動(嵐山事件)が起きたり、療養所設置を求めた[[青木恵哉]]ら、ハンセン病患者が焼き討ちにあったりもしている。その青木らにより、ようやく開園にこぎつけた沖縄県立国頭愛楽園(現在の[[国立療養所沖縄愛楽園]])は、地域社会との交流が他の療養所以上に乏しかった。
 
 
 
感染性への誤解も根強く、[[琉球新報]]は投薬治療中の教員から児童へ感染が広がっているという誤った考え方を主張し(後に他紙記者により「沖縄戦後ジャーナリズム最大の汚点」と指弾される)、また[[らい予防法]]廃止前に行われた世論調査では住民の87%がハンセン病患者の全員隔離に賛成という結果が出ている<ref>日弁連法務研究財団ハンセン病問題に関する検証会議『ハンセン病問題に関する検証会議 最終報告書』2005年, p.698</ref>。
 
 
 
==== 精神障害者への差別 ====
 
復帰前の調査では、沖縄は精神障害の有病率が本土の2倍との結果が得られ<ref>謝花直美「沈黙の声 沖縄戦の精神障害者」『季刊 戦争責任研究』52号, 2006年, p.9</ref>、近年でも精神的疾病、性暴力、家族内暴力、学校内暴力、自殺などが全国トップレベルである<ref>{{PDFlink|[http://okinawasympo.files.wordpress.com/2011/12/panel-29.pdf 沖縄戦の後遺症とトラウマ的記憶]}} 復帰40年沖縄国際シンポジウム「これまでの沖縄学 これからの沖縄学」</ref>。
 
 
 
その沖縄で特徴的なのは、西洋医学とは整合しない土着の信仰や旧習に基づく障害観である。精神障害者を家族が[[座敷牢]]に閉じこめる[[私宅監置]]は、本土では1950年に禁止されたが、沖縄では復帰後もなお障害者の座敷牢状態が続き、また家族は地域社会から疎外され見捨てられる有様であった<ref>島成郎「社会の変化と精神障害者の処遇―沖縄での経験から―」『精神神経学雑誌』77巻, 1975年, p.450</ref><ref>[http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n220/n220_02-02.html 内藤喜和子「沖縄・伊江島から思うこと」]『月刊ノーマライゼーション』1999年11月号</ref>。精神障害は悪霊([[マジムン]])によって起こされているという理解もあり、これを迷信として否定するよう呼びかける[[精神科医]]がいる一方で、[[ユタ]]信仰の影響を受け土着化したキリスト教である[[沖縄キリスト教福音]]はその主張自体が悪霊に言わされているものだと批判し、[[統合失調症]]や[[てんかん]]には[[悪霊ばらい|悪霊払い]]を行っている<ref>池上良正『悪霊と聖霊の舞台 沖縄の民衆キリスト教に見る救済世界』どうぶつ社, 1991年, p.84, 138</ref><ref>[http://homepage3.nifty.com/jwil-helpcult/karuto/k0808.html 「キリスト教会の「カルト化」」]『AERA』2008年7月28日号</ref>。「医者半分、ユタ半分」ということわざがあり、精神科医が精神病の患者にユタを勧める例もある<ref>野村恭代「施設と地域との「共生」への課題―沖縄県精神障害者施設における調査から―」『関西福祉科学大学紀要』14巻, 2010年, p.92</ref>。
 
 
 
一方、ユタは精神障害者に近いというとらえ方から、精神障害者が社会の役に立っているという認識をしている人も多い<ref>野村恭代「施設と地域との「共生」への課題―沖縄県精神障害者施設における調査から―」『関西福祉科学大学紀要』14巻, 2010年, p.90</ref>。精神異常を来した者のうち、神や先祖とのコンタクトや憑依体験に至った者はカミダーリと呼ばれ、社会に受けいれられる「肯定的な狂気」として存在できる<ref>[http://homepage2.nifty.com/RYOKO/seinaru%20kyouki.htm 塩月亮子「聖なる狂気 沖縄シャマニズムにおける憑依現象」] 立川武蔵(編)『癒しと救い アジアの宗教的伝統に学ぶ』玉川大学出版部, 2001年</ref>。
 
 
 
==== 自衛官への差別 ====
 
[[職業差別]]として、[[自衛官]]に対する差別がある。[[本土復帰]]に伴い[[自衛隊]]が沖縄に配置されると、自衛官たちは人殺し呼ばわりされ、[[自衛隊員]]の子供は半年以上も学校に通うことが出来なかったほどである。また様々な行事から閉めだされた上に、参加が許可されても自衛隊を名乗ることを許されなかった。自治体は自衛官やその家族の住民登録を拒否し、ゴミの処理を受け付けなかった事例もあった。[[那覇ハーリー]]で自衛隊を名乗って参加することが許されたのは2001年のことであった<ref>{{Cite news |url = http://www.yomiuri.co.jp/job/biz/qanational/20120516-OYT8T00845.htm |title = 沖縄では自衛隊の基地も迷惑施設なの? |publisher = 読売新聞 |date = 2012-05-16 |archiveurl = http://archive.fo/2SRRS |archivedate = 2013-05-01 |accessdate = 2017-03-22 }}</ref>。
 
 
 
2017年3月9日には[[宮古島市#市議会|宮古島市の市議]]である石嶺香織が、自身の[[Facebook]]に「[[アメリカ海兵隊|(アメリカ)海兵隊]]から訓練を受けた[[陸上自衛隊]]が[[宮古島]]に来たら、[[アメリカ軍|米軍]]が来なくても絶対に[[強姦|婦女暴行]]事件が起こる」などと投稿し[[炎上 (ネット用語)|炎上]]したため、「自衛隊全体を批判しているわけではない」と謝罪し「戦争のための軍隊という仕組みに対して(批判した)」などと言及したところ、再度炎上する事態となり、石嶺は2つの投稿をFacebookから削除した<ref name="sankei20170312">[http://www.sankei.com/politics/news/170312/plt1703120010-n1.html 宮古島市議のフェイスブックが炎上 「米軍に訓練された自衛隊が来たら婦女暴行事件が起きる」] [[産経新聞]] 2017.3.12</ref>。宮古島市議会は「投稿は自衛隊員、米海兵隊員に対する職業的差別であり、断じて許すことができない暴言と言わざるを得ず、市議会の品位を著しく傷つけるものだ」などとして石嶺に対する辞職勧告決議(賛成20、反対3、欠席1)を可決した。石嶺は「私は議会が選んだ議員ではない」などとして辞職を拒否している<ref>{{Cite news
 
|url = http://www.sankei.com/politics/news/170321/plt1703210032-n1.html
 
|title = 「自衛隊が来たら婦女暴行事件起きる」FBに投稿した石嶺香織・宮古島市議に辞職勧告 宮古島市議会、賛成多数で可決
 
|publisher = [[産経新聞]]
 
|date = 2017-03-21
 
}}</ref>。
 
 
 
=== スポーツ ===
 
==== スポーツチーム ====
 
{{See also|Category:沖縄県のスポーツチーム}}
 
*[[クリード安仁屋ベースボールクラブ]]
 
*[[FC琉球]]([[サッカー]][[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]])
 
*[[琉球ゴールデンキングス]] - [[ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ]]に所属のプロ[[バスケットボール]]チーム。
 
*[[琉球コラソン]]([[日本ハンドボールリーグ]])
 
*[[琉球ボクシングジム]]
 
 
 
==== 主なスポーツイベント ====
 
*[[おきなわマラソン]]
 
*[[全日本トライアスロン宮古島大会]]
 
*[[ツール・ド・おきなわ]]
 
*[[NAHAマラソン]]
 
 
 
==== スポーツ施設 ====
 
[[日本野球機構|日本プロ野球]]の[[キャンプ (日本プロ野球)|春季キャンプ]]地が沖縄県に集中しており、[[2011年]](平成23年)は、12球団中10球団(1軍のみ)が県内でキャンプを行った。以下に主な運動公園・[[野球場]]を挙げた。
 
*[[沖縄県営奥武山公園]]
 
**[[那覇市営奥武山野球場]]
 
*[[沖縄県総合運動公園]]
 
*[[浦添運動公園]]
 
**[[浦添市民球場]]
 
*[[宜野湾市立野球場]]
 
*[[北谷公園野球場]]
 
*[[沖縄市野球場]]
 
*[[宜野座村営野球場]]
 
*[[名護市営球場]]
 
*[[久米島野球場]]
 
*[[宮古島市民球場]]
 
*[[石垣市営球場]]
 
 
 
== 観光 ==
 
{{Main|沖縄県の観光地}}
 
 
 
== 沖縄県を舞台とした作品 ==
 
{{節スタブ|date=2014-11}}
 
<!-- 網羅するとえらい分量になりそうですので、将来的には分割する事になる可能性が高そうですネ。舞台の大部分が沖縄であるものだけでお願いします。沖縄がちょっとだけ出てくる、なんてもののご加筆はどうかご勘弁を。-->
 
{{see also|Category:沖縄県を舞台とした作品}}
 
<small>※発表年順</small>
 
; 映画
 
* [[ひめゆりの塔 (1953年の映画)|ひめゆりの塔]] ([[1953年の日本公開映画|1953年]]、[[東映]])
 
* [[電光空手打ち]] ([[1956年]]、[[東映]])
 
* [[狼やくざ 殺しは俺がやる]] ([[1971年の日本公開映画|1971年]]、東映)
 
* [[激動の昭和史 沖縄決戦]] ([[1971年の日本公開映画|1971年]]、[[東宝]])
 
* [[夏の妹]] ([[1972年の日本公開映画|1972年]]、[[日本アート・シアター・ギルド|日本ATG]])
 
* [[ゴジラ対メカゴジラ]]([[1974年の日本公開映画|1974年]]、[[東宝]])
 
* [[沖縄やくざ戦争]] ([[1976年の日本公開映画|1976年]]、東映)
 
* [[空手バカ一代 (映画)|空手バカ一代]] ([[1977年の日本公開映画|1977年]]、東映)
 
* [[男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花]] ([[1980年の日本公開映画|1980年]]、[[松竹]])
 
* [[友よ、静かに瞑れ]] ([[1985年の日本公開映画|1985年]]、[[東映セントラルフィルム]])
 
* [[ベスト・キッド#ベスト・キッド2|ベスト・キッド2]] ([[1986年の日本公開映画|1986年]])
 
* [[マリリンに逢いたい]] ([[1988年の日本公開映画|1988年]]、[[松竹富士]])
 
* [[Aサインデイズ]] ([[1989年の日本公開映画|1989年]]、[[大映]])
 
* [[3-4X10月]] ([[1990年の日本公開映画|1990年]]、松竹)
 
* [[ソナチネ (映画)|ソナチネ]] ([[1993年の日本公開映画|1993年]]、松竹)
 
* [[モスラ2 海底の大決戦]] ([[1997年の日本公開映画|1997年]]、東宝)
 
* [[釣りバカ日誌イレブン]] ([[2000年の日本公開映画|2000年]]、松竹)
 
* [[ニライカナイからの手紙]] ([[2005年の日本公開映画|2005年]]、IMJエンタテインメント=ザナドゥー=エルゴ・ブレインズ=ビジュアルアート研究所配給)
 
* [[涙そうそう (映画)|涙そうそう]] ([[2006年の日本公開映画|2006年]]、東宝)
 
* [[カフーを待ちわびて]] ([[2009年の日本公開映画|2009年]]、[[エイベックス・グループ|エイベックス]])
 
* [[てぃだかんかん]] ([[2010年の日本公開映画|2010年]])
 
*[[絶壁の上のトランペット]]([[2016年日本公開映画|2016年]])
 
; テレビドラマ
 
* [[十字路 (1978年のテレビドラマ)|十字路]] ([[1978年のテレビ (日本)|1978年]]、[[日本放送協会|NHK]])
 
* [[ちゅらさん]] (2001年、NHK)
 
* [[さとうきび畑の唄]]([[2003年のテレビ (日本)|2003年]]、[[TBSテレビ|TBS]])
 
* [[純と愛]]([[2012年のテレビ (日本)|2012年]] - [[2013年のテレビ (日本)|2013年]]、NHK)
 
;文芸
 
*[[風車祭]] ([[池上永一]]、1997年)
 
*[[カフーを待ちわびて]] ([[原田マハ]]、2006年)
 
*風のマジム (原田マハ、2010年)
 
;アニメ
 
* 対馬丸 さようなら沖縄 ([[1982年]]、対馬丸製作委員会)
 
* 白旗の少女 琉子 ([[1988年]]、共同映画全国系列会議)
 
* かんからさんしん ([[1989年]]、かんからさんしん製作委員会)
 
* [[ストラトス・フォー]] ([[2003年]]、[[UHFアニメ]])
 
* [[BLOOD+]] ([[2005年]]、[[MBSテレビ|MBS]])
 
* [[あそびにいくヨ!]] ([[2010年]])
 
* [[エウレカセブンAO]] ([[2012年]]、[[MBSテレビ|MBS]])
 
* [[はいたい七葉]] ([[2012年]]、[[QAB]])
 
* [[ラブライブ! (テレビアニメ)|ラブライブ!(2期)]] ([[2014年]]、那覇市・恩納村・本部町)
 
* [[生徒会役員共|生徒会役員共*(第2期)]] ([[2014年]]、那覇市・竹富町)
 
;ゲーム
 
* [[夏空カナタ]]
 
* [[Dolphin Divers]]
 
* [[南の島に降る雪]]
 
* [[MaYA 〜微睡島ノ眠姫〜]]
 
* [[龍が如く3]]
 
 
 
== 人物 ==
 
{{Main|沖縄県出身の人物一覧}}
 
 
 
== 脚注 ==
 
{{脚注ヘルプ}}
 
{{Reflist|2}}
 
 
 
== 関連項目 ==
 
<!-- 関連するウィキリンク、ウィキ間リンク -->
 
{{ウィキポータルリンク|日本の都道府県/沖縄県|[[画像:Shadow_picture_of_Okinawa_prefecture_2.png|40px|Portal:日本の都道府県/沖縄県]]}}
 
{{Multimedia|沖縄県の画像}}
 
{{Sisterlinks|wikt=|b=|q=|s=|commons=沖縄県|commonscat=Okinawa prefecture|n=Category:沖縄県|v=|voy=Okinawa|d=Q766445|species=Okinawa prefecture}}
 
* [[:Category:沖縄県]]
 
* [[沖縄慰霊の日]] - 条例によって沖縄戦の慰霊の日と定められた沖縄県の休日。
 
* [[沖縄県の観光地]]
 
* [[日本の地方公共団体一覧]]
 
* [[日本の地理]]、[[日本の地域]]
 
* [[日本列島]]、[[南西諸島]]、[[琉球諸島]]
 
* [[本土]]、[[離島]]
 
* [[島]]、[[島国]]、[[島の一覧]]
 
* [[大阪府]][[大阪市]][[大正区]] - 沖縄県からの移住者が多い地域であり、沖縄料理や食材が多く扱われている事から「リトル沖縄」と呼ばれている。
 
* [[ボリビア]][[サンタクルス県|サンタ・クルス県]] - 沖縄県からの移住者によって設けられた入植地がある。その場所は[[オキナワ移住地]](コロニア・オキナワ(西: Colonia Okinawa))と呼ばれている。
 
* [[incubator:Wp/ryu/沖縄県|沖縄県]]([[incubator:Wp/ryu/Main Page|琉球語版ウィキペディア]])
 
  
 +
[[南西諸島]]中ほぼ南半分の[[沖縄諸島]],[[宮古諸島]],[[八重山諸島]]などの約 160島からなる県。北端は鳥島([[硫黄鳥島]]),南端は[[波照間島]],西端は[[与那国島]]でタイワン(台湾)島と相対し,全体として弧を描いて散在する。東端は[[琉球海溝]]を隔てて約 360km離れた太平洋上の[[大東諸島]]。島々の地形は「高島」と「低島」に分けられる。[[石垣島]],[[西表島]],[[久米島]]のように山地をもつ島が高島で,宮古諸島,[[黒島]],[[竹富島]]など低平な台地状の島が低島である。[[沖縄島]]は北部に山地があり,[[うるま市]]以南は低島型。海岸には[[サンゴ礁]]が発達し,紺青の海と白浜が特徴。全体に[[亜熱帯気候]]で冬でも東京,大阪の 4~5月の気温。年間降水量は約 2300mmと多い。7月からの台風シーズンに備えて建物などの周囲には石垣,ブロック塀,屋敷林などがめぐらされ,家屋も堅固な造りでブロック建築が目立つ。15世紀頃中国との[[朝貢貿易]]で活気づき,那覇泊港には大和船の往来も盛んであった。南蛮貿易,中国貿易で富裕になったが,ポルトガル,スペインの東洋進出などの影響を受けて衰退。慶長14(1609)年[[薩摩藩]]に征服されてからは多額の税を課せられ,中国貿易の利潤を吸い上げられて苦しんだ。明治5(1872)年琉球王国([[琉球]])から[[琉球藩]]となり,1879年琉球藩から沖縄県となる。第2次世界大戦末期にアメリカ軍が上陸,激しい戦闘により県民に多くの犠牲者を出したうえ占領([[沖縄の戦い]])。1951年サンフランシスコ条約([[対日講和条約]])によってアメリカ合衆国の統治下に置かれた。アメリカの軍事的戦略拠点とされ([[在日アメリカ軍]]),経済は基地に依存し,第3次産業が肥大化した。巨大な基地存在の矛盾は本土復帰運動を高揚させ,1972年日本への復帰を果たした([[沖縄返還]])。3次にわたる沖縄振興開発計画にもかかわらず,産業開発の立ち遅れが課題。[[西表石垣国立公園]],[[慶良間諸島国立公園]],[[やんばる国立公園]],[[沖縄海岸国定公園]]および[[沖縄戦跡国定公園]],[[久米島県立自然公園]],[[伊良部県立自然公園]]があり,亜熱帯という気候条件や独特の伝統文化と相まって,観光産業の伸びが著しい。戦跡にひめゆりの塔([[ひめゆり部隊]]),健児の塔などがあるほか,摩文仁丘(まぶにがおか)に各都道府県の慰霊塔が立ち並び,1995年記念碑「平和の礎(いしじ)」が除幕された。1996年にいたってようやく基地の整理縮小の動きが緒についた。2003年那覇空港ターミナルと首里汀良町を結ぶ沖縄都市モノレール(ゆいレール)が開通したが,県内交通は自動車に大きく依存する。県外および県内主要島とは航空機と船舶で結ばれている。
 +
 
== 外部リンク ==
 
== 外部リンク ==
 
* {{osmrelation-inline|3795635}}
 
* {{osmrelation-inline|3795635}}
 
* [http://www.pref.okinawa.lg.jp/ 沖縄県](公式サイト)
 
* [http://www.pref.okinawa.lg.jp/ 沖縄県](公式サイト)
 
* [http://www.okinawastory.jp/ 沖縄観光情報WEBサイト おきなわ物語] - 沖縄観光コンベンションビューロー
 
* [http://www.okinawastory.jp/ 沖縄観光情報WEBサイト おきなわ物語] - 沖縄観光コンベンションビューロー
* [http://www.pref.okinawa.jp/site/kikaku/tochitai/tousho.html 沖縄県の島しょ別面積一覧] 沖縄県を構成する160の[[島]]の名称と面積の一覧表 - 沖縄県土地対策課
+
 
* [http://lana.co.jp/omuj// 2016 ミスユニバース沖縄大会]
 
 
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[[Category:日本の都道府県]]
 
[[Category:日本の都道府県]]
 
[[Category:沖縄県|*]]
 
[[Category:沖縄県|*]]

2018/8/18/ (土) 23:46時点における最新版

おきなわけん
沖縄県
地方 九州地方沖縄地方
団体コード 47000-7
ISO 3166-2:JP JP-47
面積 2,280.98km2
総人口 1,445,136
推計人口、2018年6月1日)
人口密度 634人/km2
隣接都道府県 鹿児島県
県の木 リュウキュウマツ
県の花 デイゴ
県の鳥 ノグチゲラ
他のシンボル 県の魚 : タカサゴ(グルクン)
県の歌 : 沖縄県民の歌
本土復帰記念日 : 5月15日
慰霊の日 : 6月23日
沖縄県庁
所在地 900-8570
沖縄県那覇市泉崎一丁目2番地2号
北緯26度12分44.8秒東経127度40分51.3秒
外部リンク 沖縄県
沖縄県の位置

沖縄県行政区画図

― 市 / ― 町・村

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沖縄県(おきなわけん)

南西諸島中ほぼ南半分の沖縄諸島宮古諸島八重山諸島などの約 160島からなる県。北端は鳥島(硫黄鳥島),南端は波照間島,西端は与那国島でタイワン(台湾)島と相対し,全体として弧を描いて散在する。東端は琉球海溝を隔てて約 360km離れた太平洋上の大東諸島。島々の地形は「高島」と「低島」に分けられる。石垣島西表島久米島のように山地をもつ島が高島で,宮古諸島,黒島竹富島など低平な台地状の島が低島である。沖縄島は北部に山地があり,うるま市以南は低島型。海岸にはサンゴ礁が発達し,紺青の海と白浜が特徴。全体に亜熱帯気候で冬でも東京,大阪の 4~5月の気温。年間降水量は約 2300mmと多い。7月からの台風シーズンに備えて建物などの周囲には石垣,ブロック塀,屋敷林などがめぐらされ,家屋も堅固な造りでブロック建築が目立つ。15世紀頃中国との朝貢貿易で活気づき,那覇泊港には大和船の往来も盛んであった。南蛮貿易,中国貿易で富裕になったが,ポルトガル,スペインの東洋進出などの影響を受けて衰退。慶長14(1609)年薩摩藩に征服されてからは多額の税を課せられ,中国貿易の利潤を吸い上げられて苦しんだ。明治5(1872)年琉球王国(琉球)から琉球藩となり,1879年琉球藩から沖縄県となる。第2次世界大戦末期にアメリカ軍が上陸,激しい戦闘により県民に多くの犠牲者を出したうえ占領(沖縄の戦い)。1951年サンフランシスコ条約(対日講和条約)によってアメリカ合衆国の統治下に置かれた。アメリカの軍事的戦略拠点とされ(在日アメリカ軍),経済は基地に依存し,第3次産業が肥大化した。巨大な基地存在の矛盾は本土復帰運動を高揚させ,1972年日本への復帰を果たした(沖縄返還)。3次にわたる沖縄振興開発計画にもかかわらず,産業開発の立ち遅れが課題。西表石垣国立公園慶良間諸島国立公園やんばる国立公園沖縄海岸国定公園および沖縄戦跡国定公園久米島県立自然公園伊良部県立自然公園があり,亜熱帯という気候条件や独特の伝統文化と相まって,観光産業の伸びが著しい。戦跡にひめゆりの塔(ひめゆり部隊),健児の塔などがあるほか,摩文仁丘(まぶにがおか)に各都道府県の慰霊塔が立ち並び,1995年記念碑「平和の礎(いしじ)」が除幕された。1996年にいたってようやく基地の整理縮小の動きが緒についた。2003年那覇空港ターミナルと首里汀良町を結ぶ沖縄都市モノレール(ゆいレール)が開通したが,県内交通は自動車に大きく依存する。県外および県内主要島とは航空機と船舶で結ばれている。

外部リンク

先代:
琉球藩
行政区の変遷
1879年 - 1945年 (第1次沖縄県)
次代:
琉球列島米国軍政府
先代:
琉球列島米国民政府
琉球政府
行政区の変遷
1972年 - (第2次沖縄県)
次代:
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