カーン
Caen | |
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人口動態 | |
人口 |
108 365人 (2012年) |
人口密度 | 4217人/km2 |
住民の呼称 | Caennais |
地理 | |
座標 | 西経0度22分10秒北緯49.18305556度 西経0.369444444度 |
標高 |
平均:8 m 最低:2 m 最高:73 m |
面積 | 25,70km2 (2 570ha) |
公式サイト | http://caen.fr/ |
カーン(Caen[1])は、フランスの北西部に位置する都市で、カルヴァドス県の県庁所在地である。カンとも表記される。
概要
フランスを代表する城下町の一つ。1999年現在の人口は約11万4千人、面積は26km2。近隣コミューンと併せた人口は約20万人、カーン都市圏は37万人の人口を有する。
第二次世界大戦の終盤、ノルマンディー上陸作戦の後、カーンは激戦地となり、街は聖堂と病院を残し灰燼に帰した。カナダ軍とイギリス軍がカーンを確保したのは1944年7月9日である。街の再建には14年間(1948年 - 1962年)が費やされた。
歴史的遺産
カーンは中世からの歴史を持ち、ノルマンディー公兼イングランド王ウィリアム1世の建てた城、修道院、教会などの歴史的建造物で知られる。1060年頃に建てられたカーン城は、西ヨーロッパでも最大級の中世城砦である。
またウィリアム1世は王妃マティルダとの結婚を改悛するため、街に2つの修道院を建設させた。1063年に完成された男子修道院は聖エティエンヌ(ステファノ)に、1060年に完成された女子修道院は聖ジルに献堂された。両修道院は後に廃止され、建物は現在はそれぞれ、市庁舎と地域圏議会議事堂として使用されている。
第二次世界大戦の犠牲者への記念として、平和記念碑(Mémorial pour la Paix)が建てられている。
教育
カーン大学は1432年、イングランド王兼フランス王ヘンリー6世の叔父でフランス摂政ベッドフォード公ジョン・オブ・ランカスターにより創立された。1438年には既に5つの学部を備えていた大学の設立は、1452年にはフランス王シャルル7世によっても正式に追認された。1944年に空襲により破壊された後、1948年より再建が開始され、1957年に新校舎が落成した。
交通
都市交通はバスとゴムタイヤトラム(2002年に導入、TVR方式)が主力。
関係者
出身者
- グロスター伯ロバート - イングランド王ヘンリー1世の息子
- ピエール・ヴァリニョン - 数学者
- フランソワ・オーベール - 作曲家
- アンドレ・ダンジョン - 天文学者
- ジャン=ピエール・ジョッソー - レーシングドライバー
居住その他ゆかりある人物
- レオン・ワルラス(近代経済学の根本を創り上げた経済学者) - カーンのコレージュ・ド・カーン (現在のLycée Malherbe)からドゥーエの学校に転校した。
姉妹都市
- ヴュルツブルク、ドイツ、1962年
- ポーツマス、イギリス、1987年
- コヴェントリー、イギリス
- ナッシュビル、アメリカ合衆国テネシー州、1991年
- アレクサンドリア、アメリカ合衆国バージニア州、1991年
- ティエス、セネガル、1992年
出典
関連事項
- SMカーン - カーンを本拠地とするサッカークラブ。