「四無量心」の版間の差分
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四無量心(しむりょうしん、梵: apramāṇya, 巴: appamaññā, 蔵: tshad med bzhi)とは、止(サマタ)の対象である四十業処の一部[1]。他の生命に対する自他怨親なく平等で、過度の心配などのない、落ち着いた気持ちを持つことをいう。 四梵住(しぼんじゅう、梵,巴: brahmavihāra)、四梵行(しぼんぎょう)ともいう。
『分別論註』によれば、無量(appamaññā)というのは、「対象となる衆生が無数であること」あるいは「対象とする個々の有情について(慈悲の心で)余すことなく完全に満たす」という遍満無量(pharaṇa-appamāṇa)の観点から、このように称する。[2]
- 慈無量心(梵: maitrī, 巴: mettā, 蔵: byams pa) - 「慈しみ」、相手の幸福を望む心。
- 悲無量心(梵,巴: karuṇā, 蔵: snying rje) - 「憐れみ」、苦しみを除いてあげたいと思う心。
- 喜無量心(梵,巴: muditā, 蔵: dga' ba) - 「喜び」、相手の幸福を共に喜ぶ心。
- 捨無量心(梵: upekṣā,巴: upekkhā, 蔵: btang snyoms) - 「平静」、相手に対する平静で落ち着いた心。動揺しない落ち着いた心を指す。なお上座部教学の集成者であるブッダゴーサは、『清浄道論』(Visuddhi-Magga)において、単なる無関心を「無智捨」と呼び、捨無量心とは似て非なるものとしている。[3]