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金田龍之介

金田 龍之介(かねだ りゅうのすけ、1928年6月15日 - 2009年3月31日)は、日本俳優。本名は同じ。1970年頃までは異体字で表記された金田竜之介名義の作品もある。血液型はA型。三男は俳優の金田拓三。過去の出演作品については、金田 龍之介権利継承者である満里子夫人から、オフィス天童[1]に委任されている。

来歴・人物

東京府東京市本所区本所松坂町(現在の東京都墨田区両国二丁目、三丁目辺り)出生。幼少の頃に大阪市都島区に移住し上京まで過ごすので本人は「大阪市都島区出身」と生前は語っていた。

1933年大阪天満八千代座にて子役として初舞台を踏む。

旧制大阪市立都島工業専門学校(新制大阪市立大学理工学部の前身。現都島工業高校の場所にあった)卒業後は会社に勤めながら劇団青猫座にて演劇活動を行い、関西演劇界を担う若手俳優のひとりだったが、子役時代からのキャリアを持ち、20代ですでにベテラン俳優として、開局間もない在阪各局のテレビドラマにも活躍の場を拡げて出演し、帰阪の度[2]に、各界の旧友たちとの交流を続けた。

1956年に上京し、新派に入団して伊志井寛に師事。1972年4月明治座の舞台では、体調不良のため休演気味の師匠伊志井寛の代役も務めた。

身長170cmながら体重98kgと巨漢というイメージが強いが、1960年代中期まではこの体重よりも推定-28kgの痩身だった。

おもに時代劇での悪役で名を馳せたが、現代劇での気のいい父親役も自在にこなした。

中でも『子連れ狼』での阿部頼母は「時代劇史上傑出した悪役キャラ」として、今なお評価が高い(原作者・小池一夫が金田をモチーフにデザインしたキャラでもある)。

1970年に第10回日本放送作家協会男性演技者賞[3]2001年文化庁長官賞、2004年に第25回松尾芸能賞優秀賞を受賞。

2009年3月31日午前2時13分、腎不全のため埼玉県草加市の病院で死去。80歳没。戒名は「義円龍才信士(ぎえんりゅうさいしんじ)」。

出演

テレビドラマ

映画

舞台

劇場アニメ

吹き替え

バラエティ

著書

  • 四十四年目の役者 (1977年、レオ企画)
  • ちょっとやれないヨーロッパで2度も芝居をやってきた (1986年、レオ企画) ISBN 4897560489

脚注

  1. オフィス天童. “オフィス天童 office-TENDO トップページ”. . 2016閲覧.
  2. 都島区などに立ち寄り「里帰り」と話していた。「ディープキッチュ」などで発言。
  3. 第10回 日本放送作家協会賞パンフ (PDF)”. 日本放送作家協会. . 2016閲覧.

外部リンク