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日野富子

日野 富子(ひの とみこ、永享12年(1440年) - 明応5年5月20日1496年6月30日))

室町幕府8代将軍足利義政の室。日野重政の娘。 16歳で義政に嫁し,初め男子がなかったため,義政の弟浄土寺義尋 (義視) を還俗させて後嗣とした。しかし寛正6 (1465) 年義尚が生れたので,義尚を将軍の後継者とするため山名宗全と結び,義視を推す執事細川勝元と争い,ついには応仁の乱を引起した。そのため幕府の実権は失われ,社会は混乱し,政治は腐敗の極にあったが,富子は兄の左大臣日野勝光と結んで賄賂をとり,内裏修理を口実に関を設けて関税を課し (七口の関 ) ,高利貸をして私腹を肥やした。義尚を将軍にすることには成功したが,彼は延徳1 (89) 年近江で陣没し,さらに翌年義政も没したので,その権勢も衰え,義視の子の義稙が将軍となると所領は没収され失意のうちに没した。



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