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教皇領

(きょうこうりょう、ラテン語:Status Pontificius, イタリア語:Stato Pontificio)

ローマ教皇が主権者として支配する国土。

ペテロの遺産と呼ばれるローマ教会所有地を起源とし,754年フランク王ピピン (小ピピン) がラベンナ総督府を寄進し,これらが基礎となった。 11世紀に偽イシドール文書中のコンスタンチヌスの寄進状に基づいて領土の拡大をはかり,トスカナ南部,カンパーニャ,ウンブリアを獲得した。さらに 13世紀末までにマルケ,ロマーニャ地方も支配下に入れて広大な領域とした。しかし 14世紀の教皇のアビニョン移住と諸侯の覇権争いは教皇領の統一性を著しく弱めることになった。 16世紀以来教皇のもとで中央集権化の試みが徐々に進行したが,18世紀末フランス軍の占領を背景に一時チザルピーナ共和国ローマ共和国に編成された。ウィーン会議によって教皇領が再建されたあと,1831年にロマーニャ地方で革命が起り,さらに 49年に再びローマ共和国が成立したが短命に終った。しかしイタリア統一運動が進むなかで,60年ロマーニャ,マルケ,ウンブリアが住民投票でサルジニア王国への合併を決め,教皇領の大部分はイタリア王国に吸収された。

70年ローマもイタリア王国に併合されて,教皇領はバチカン界隈だけとなり,教皇とイタリア国家の対立が始ったが,1929年ファシズム政権と結んだラテラノ条約により教皇が主権を持つバチカン市国の成立が認められて,現在にいたっている。