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徳川慶喜

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徳川 慶喜(とくがわ よしのぶ)

江戸幕府 15代将軍(在職 1866~68)。徳川斉昭の 7男。母は有栖川宮王女登美宮吉子。幼名は七郎麿。弘化4(1847)年一橋家を相続。将軍徳川家定の死後,14代将軍の継嗣をめぐって慶福(のち徳川家茂)を擁立する井伊直弼ら紀伊派と対立したが敗れた(将軍継嗣問題)。安政の大獄に際しては隠居謹慎を命じられたが,井伊の死後将軍後見役となった。家茂の死後,慶応2(1866)年12月5日将軍宣下。内政,外交にあたり,フランス公使レオン・ロッシュの助言をいれて幕政の改革を行ない薩長と対抗したが,同 3年10月14日に政権の朝廷への返還を上表,翌 15日に大政奉還の勅許を得た。しかし 12月9日,討幕派とその同調者が優勢な御前会議で王政復古の大号令が発せられた(小御所会議)。同 4年1月鳥羽・伏見の戦いで敗北を喫し,朝廷に恭順。4月,家督を田安亀之助(徳川家達)に譲って駿府に移った。1902年公爵,1908年勲一等旭日大綬章。



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