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ブラウブリッツ秋田

ブラウブリッツ秋田
原語表記 ブラウブリッツ秋田
呼称 ブラウブリッツ秋田
クラブカラー      ブルー[1]
創設年 1965年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J3リーグ
クラブライセンス J3
ホームタウン 秋田市由利本荘市にかほ市
男鹿市を中心とする秋田県全県[1]
ホームスタジアム あきぎんスタジアム[1]
収容人数 4,992[1]
運営法人 株式会社ブラウブリッツ秋田[1]
代表者 岩瀬浩介[1]
公式サイト 公式サイト
テンプレート
株式会社ブラウブリッツ秋田
BLAUBLITZ AKITA Co.,Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 010-0951
秋田県秋田市山王3-1-7
東カンビル1F[1]
設立 2009年9月14日[2]
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブの運営他
外部リンク blaublitz.jp
特記事項:2013年12月に秋田フットボールクラブ
株式会社から商号変更[3]
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ブラウブリッツ秋田(ブラウブリッツあきた、Blaublitz Akita)は、日本秋田市由利本荘市にかほ市男鹿市を中心とする秋田県全県をホームタウンとする[1]日本プロサッカーリーグ (Jリーグ) に加盟するサッカークラブである。

概要

1965年創部のTDKサッカー部が前身[4]。2010年よりクラブチーム化して「ブラウブリッツ秋田」へ名称を変更。2013年Jリーグ準加盟クラブとして承認され、2014年にJリーグに入会した[1]。運営会社は株式会社ブラウブリッツ秋田である[1]

クラブ名の「ブラウブリッツ (Blaublitz) 」はドイツ語で「青い稲妻」を意味する[1]。エンブレムは、TDKサッカー部を受け継いだ経緯から形状は変更せず、秋田のなまはげと稲妻(ブリッツ)を取り入れたものである[4]。なお、2013年の運営会社の社名変更時にエンブレム上部の「AFC」が「AKITA」へ変更された[3]

ホームスタジアムは、あきぎんスタジアム[1](詳細は#スタジアムを参照)、マスコットはブラウゴンである。

歴史

前身

1965年に創部されたTDKサッカー部が前身。東北社会人サッカーリーグで11回の優勝を記録し、1985年および1986/87年日本サッカーリーグ(JSL)2部に在籍した経歴を有する。2007年に日本フットボールリーグ(JFL)に昇格したが、2009年シーズン終了後にTDKが運営から撤退することを受けて、同年9月に運営会社を設立。2010年シーズンより「ブラウブリッツ秋田」の名称でクラブチーム化した。

2010年 - 2013年(JFL)

2010年

TDKサッカー部コーチの横山博敏が監督に就任。12月17日、クラブは秋田陸をホームスタジアムとして秋田県や秋田市と調整していたが、スタジアムの確保及び改修の目処が立たないために2011年のJリーグ準加盟申請を見送ることとを発表した。[5][6]

シーズン終了後、岡本彰泰や池田昌広高橋臣徳らが契約満了により退団、岩瀬浩介らが引退した。

2011年
チームスローガン 「

横山体制2年目。大分から小林宏之鳥栖から浅井俊光らを完全移籍で、から比嘉厚平を、甲府から畑田真輝を期限付き移籍で獲得。また、大卒ルーキーとして新里彰平高橋理などが加入した。11月30日、ホームスタジアムとして予定している秋田陸の改修の目処が立たないため、2012年のJリーグ準加盟申請を再び見送る事を発表した。[7]

シーズン終了後、横山が監督を退任。また、今井大悟片山直哉らが契約満了で退団、比嘉厚平畑田真輝が期限付き移籍満了で各クラブへ復帰、千野俊樹らが引退した。          

2012年
チームスローガン 「~変革~

新監督に、大宮ユース監督だった横山雄次が就任した。

補強として、岡山から野本安啓を、からエフラインリンタロウを期限付き移籍で獲得。また、大卒ルーキーとして二戸将北森陽介土屋健太が加入した。また、シーズン途中7月には仙台から島川俊郎を期限付き移籍で獲得した。

最終成績は13位となり、昨年より1つ順位を上げた。

11月30日付でJリーグ準加盟申請の書類が受理された[8]

シーズン終了後、横山が監督を退任。また、小林宏之や松ヶ枝泰介、北森陽介らが契約満了により退団、エフライン、島川が期限付き移籍満了で各クラブへ復帰、野本安啓が引退した。

2013年
チームスローガン 「勝~Action

新監督に元北九州監督の与那城ジョージが就任。

2月26日、Jリーグ準加盟が承認された[9]。8月16日、男鹿市と「スポーツ振興及び地域の活性化に関する覚書」を締結した[10][11]。11月19日、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の理事会でJリーグへの入会が承認され、2014年からのJ3リーグ参加が決定した[2][12]

2014年 -(J3)

2014年

チームスローガン「

与那城体制2年目。

1月に、練習場などのクラブの拠点を秋田市に移転した。理由としては、秋田県全域で活動するに当たって県庁所在地のある秋田市内に拠点を置くことで「県民チーム」としての性格を強く打ち出せることなどを理由としている。なお、クラブ発祥の地であるにかほ市および由利本荘市は「マザータウン」として位置付けられることとなった[13]

最終成績は12チーム中8位。天皇杯は2回戦でFC東京に敗れた。シーズン終了後、与那城が監督を退任した。

2015年

チームスローガン「

監督に千葉元コーチの間瀬秀一が就任。最終成績は13チーム中8位。天皇杯は2回戦で新潟に敗れた。シーズン終了後、江﨑一仁熊林親吾が引退するなど19名が退団した。

2016年

チームスローガン「

間瀬体制2年目。伊東輝悦田中智大日高慶太畑田真輝堀田秀平久富賢浦島貴大を完全移籍で、野村政孝比嘉諒人を期限付き移籍で獲得。大学生6人が新加入、新外国人としてカイオ岡山から呉大陸を獲得した。シーズン中に韓浩康がレンタル移籍で加入した。

一時は首位に立ち、最終順位も4位。天皇杯は2回戦で川崎に敗れた。

シーズン終了後、間瀬が監督を退任。川田和宏が現役引退、伊東輝悦ら6名が契約満了、野村政孝が期限付き移籍期間満了、堀田秀平が愛媛へ完全移籍した。

2017年

チームスローガン「

新監督に新潟S元監督の杉山弘一が就任。有薗真吾江口直生小澤章人、期限付き移籍中の比嘉諒人を完全移籍で、古田寛幸を期限付き移籍で獲得。U-18から小野敬輔がユース創設後初めて昇格した。シーズン中に山田樹が加入した。

リーグ戦は開幕から15戦負けなしで第6節終了時から首位に立ち続けたが、第17節にシーズン初の敗戦を喫して以降10試合で僅か2勝と停滞、第23節終了時には首位から陥落、第24節には3位に下がったものの、第28節から3連勝で盛り返し、終盤まで栃木SC、この年初昇格のアスルクラロ沼津との間で激しい優勝争いを繰り広げ、最終節でガイナーレ鳥取に勝利し栃木と沼津が直接対決で引き分けたため逆転でJ3初優勝を果たした。尚、2018年のJ2クラブライセンスは未交付のため、J2には昇格せずJ3に所属し続けることになった。

成績

タイトル

クラブ

個人

その他

スタジアム・練習場

スタジアム

ホームスタジアムはあきぎんスタジアムである[1]。なお、準加盟承認時は秋田市八橋運動公園陸上競技場もホームスタジアムに登録されていた[14]。過去のホームゲーム開催スタジアムはブラウブリッツ秋田の年度別成績一覧#年度別入場者数を参照のこと。

練習場

2013年まではTDK秋田総合スポーツセンター (にかほ市)を使用していた。2014年より練習拠点を秋田市内に移転し[13]、スペースプロジェクト・ドリームフィールド(旧称:秋田市八橋運動公園第2球技場)を練習場として使用している[1]

ユニフォーム

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) 水色 水色 水色
FP(2nd) グレー グレー グレー
GK(1st)
GK(2nd) 黄緑 黄緑 黄緑
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

チームカラー

  •     

ユニフォームスポンサー

提出箇所 スポンサー名 表記 提出年 備考
TDK TDK 2010年 -
鎖骨 秋田魁新報 秋田魁新報 2018年 - 左側に表記
全国農業協同組合連合会
秋田県本部
あきたこまち
JA全農あきた
2018年 - 右側に表記
2011年 - 2012年は背中
(「あきたECOらいす」表記)
2014年 - 2017年はパンツ
背中上部 医療法人梅栄会
細谷病院
We Are AKITA! 2015年 - 2015年 - 2017年は「細谷病院」表記
背中下部 トラフィックレンタリース Traffic
Rental×Lease
2017年 -
トヨタカローラ秋田 カローラ秋田
COROLLA
2017年 -
パンツ なし

ユニフォームサプライの遍歴

トレーニングウェアスポンサー

歴代ユニフォームスポンサー年表

年度 鎖骨 背中上部 背中下部 パンツ サプライヤー
2010 TDK 解禁前 - /
スポーツ立県あきた
解禁前 SUZUE ユーアイ警備保障 hummel
2011 あきたECOらいす 稲庭うどん
佐藤養助
2012 - A-LINE
2013 あきたにしました。 秋田
ダイハツ
PENALTY
2014 国民文化祭・あきた2014 あきたこまち
JA全農あきた
2015 細谷病院 ATHLETA
2016 - -
2017 Traffic
Rental×Lease
カローラ秋田
COROLLA
2018 秋田魁新報(左)
あきたこまち
JA全農あきた(右)
We Are AKITA! -

アカデミー

  • ブラウブリッツ秋田ユース
  • ブラウブリッツ秋田ジュニアユース
  • ブラウブリッツ秋田スクール(秋田校、大仙校、由利本荘・にかほ校、能代校)

メディア

テレビ

秋田テレビ
  • SUPER Jumpin' 内『がんばれ!ブラウブリッツ』コーナー - 毎週金曜日16:00 - 16:50
秋田放送

ラジオ

エフエム秋田

新聞

脚注

  1. 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 プロフィール:ブラウブリッツ秋田”. 日本プロサッカーリーグ. . 2017-8-22閲覧.
  2. 2.0 2.1 “Jリーグ入会審査(J2およびJ3)結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2013年11月19日), http://www.jleague.jp/release/article-00005487/ . 2017-2-10閲覧. 
  3. 3.0 3.1 社名・エンブレム変更のお知らせ”. ブラウブリッツ秋田 (2013年12月24日). . 2013閲覧.
  4. 4.0 4.1 クラブ紹介”. ブラウブリッツ秋田. . 2014-1-9閲覧.
  5. Jリーグ準加盟申請について - 公式HPより
  6. BB秋田、J準加盟申請見送り スタジアム整備間に合わず - 2010年12月18日付秋田魁新報より
  7. Jリーグ準加盟について(ブラウブリッツ秋田2011年11月30日掲載)
  8. “準加盟申請についての記者会見を行いました” (プレスリリース), ブラウブリッツ秋田, (2012年12月11日), http://blaublitz.jp/whatsnew/18666.html . 2013閲覧. 
  9. Jリーグ準加盟申請承認についての記者会見を行いました”. ブラウブリッツ秋田 (2013年2月26日). . 2013閲覧.
  10. “サッカー・BB秋田 試合や教室開催へ 男鹿市と覚書締結”. 秋田魁新報. (2013年8月16日) 
  11. 8.16 男鹿市がブラウブリッツ秋田のホームタウンとなりました”. ブラウブリッツ秋田 (2013年8月16日). . 2013閲覧.
  12. “ブラウブリッツ秋田を支えていただいているすべての皆様へ” (プレスリリース), ブラウブリッツ秋田, (2013年11月19日), http://blaublitz.jp/whatsnew/24715.html . 2013閲覧. 
  13. 13.0 13.1 “拠点移設の記者会見を行いました” (プレスリリース), ブラウブリッツ秋田, (2014年1月15日), http://blaublitz.jp/whatsnew/25462.html . 2014-2-2閲覧. 
  14. “Jリーグ準加盟審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2013年2月26日), http://www.jleague.jp/release/article-00004933 . 2017-3-2閲覧. 

関連項目

外部リンク

テンプレート:J3優勝チーム