アルティン・リースの補題
数学において、アルティン・リースの補題(英: Artin–Rees lemma)は、ヒルベルトの基底定理のような結果とともに、ネーター環上の加群についての基本的な結果である。1950年代に数学者エミール・アルティンとDavid Reesによって独立に証明された。特別な場合は オスカー・ザリスキ に先に知られていた。
この補題から得られる結果にクルルの交叉定理がある。また、完備化の完全性を証明するためにも使われる{{#invoke:Footnotes | harvard_citation }}。
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補題の主張
I をネーター環 R のイデアルとする。M を有限生成 R-加群とし N をその部分加群とする。このときある整数 k ≥ 1 が存在して、n ≥ k に対して、次が成り立つ。
- [math]I^{n} M \cap N = I^{n - k} ((I^{k} M) \cap N)[/math]
証明
必要な概念や表記が準備されてしまえば、補題は R が「ネーター的」であるという事実から直ちに従う[1]。
任意の環 R および R のイデアル I に対して、[math]\mathrm{bl}_I R = \oplus_0^\infty I^n[/math] とおく(blow-up のbl)。部分加群の減少列 [math]M = M_0 \supset M_1 \supset M_2 \supset \cdots[/math] が I-フィルター(I-filtration)であるとは、[math]I M_n \subset M_{n+1}[/math] が成り立つときにいう。さらに、それが安定(stable)であるとは、十分大きい n に対して [math]I M_n = M_{n+1}[/math] であるときにいう。M に I-フィルターが与えられているとき、[math]\mathrm{bl}_I M = \oplus_0^\infty M_n[/math] とおく。これは [math]\mathrm{bl}_I R[/math] 上の次数加群である。
さて、M を R-加群とし、有限生成 R-加群による I-フィルター [math]M_i[/math] が与えられているとする。次のことを確認する。
- [math]\mathrm{bl}_I M[/math] が [math]\mathrm{bl}_I R[/math] 上有限生成加群であることと、フィルターが I-安定であることは同値である。
実際、フィルターが I-安定であれば、[math]\mathrm{bl}_I M[/math] ははじめの [math]k+1[/math] 個の [math]M_0, \dots, M_k[/math] によって生成され、これらは有限生成であるので、[math]\mathrm{bl}_I M[/math] も有限生成である。逆に、[math]\mathrm{bl}_I M[/math] が有限生成であれば、[math]\oplus_0^k M_j[/math] として、[math]n \ge k[/math] に対して、各 f ∈ Mn は
- [math]f = \sum a_{ij} g_{ij}, \quad a_{ij} \in I^{n-j}[/math]
と書ける。ただし [math]g_{ij}[/math] は [math]M_j, j \le k[/math] の生成元。つまり、[math]f \in I^{n-k} M_k[/math] である。
これで R がネーター的であると仮定すれば補題を証明できる。[math]M_n = I^n M[/math] とする。すると [math]M_n[/math] は I-安定なフィルターである。したがって、上記より、[math]\mathrm{bl}_I M[/math] は [math]\mathrm{bl}_I R[/math] 上有限生成である。しかし [math]\mathrm{bl}_I R \simeq R[It][/math] は R がネーター環なのでネーター環である。(環 [math]R[It][/math] はリース代数と呼ばれる。)したがって、[math]\mathrm{bl}_I M[/math] はネーター加群であり任意の部分加群は [math]\mathrm{bl}_I R[/math] 上有限生成である。とくに、N に induced filtration が与えられているとき、すなわち [math]N_n = M_n \cap N[/math] であるとき、[math]\mathrm{bl}_I N[/math] は有限生成である。すると induced filtration も上記の確認により I-安定である。
クルルの交叉定理の証明
環の完備化における使用に加えて、補題の典型的な応用はクルルの交叉定理 (Krull's intersection theorem)
- ネーター局所環の真のイデアル I に対して、[math]\cap_1^\infty I^n = 0[/math]
の証明である。共通部分 N に補題を適用すれば、ある k が存在して [math]n \ge k[/math] に対して
- [math]I^{n} \cap N = I^{n - k} (I^{k} \cap N)[/math]
が成り立つ。ところがこのとき [math]N = IN[/math] なので中山の補題によって [math]N = 0[/math] である。
参考文献
- Atiyah, Michael Francis; Macdonald, I.G. (1969), Introduction to Commutative Algebra, Westview Press, ISBN 978-0-201-40751-8
- Eisenbud, David, Commutative Algebra with a View Toward Algebraic Geometry, Graduate Texts in Mathematics, 150, Springer-Verlag, 1995, ISBN 0-387-94268-8.