「関ヶ原 (テレビドラマ)」の版間の差分

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{{基礎情報 テレビ番組
 
|番組名 = 関ヶ原
 
|画像 =
 
|画像説明 =
 
|ジャンル = [[テレビドラマ]]([[時代劇]])
 
|番組名1 = 初回放送版
 
|放送時間1 = [[金曜日|金曜]]21:05 - 22:55<br />[[土曜日|土曜]]21:05 - 22:55<br />[[日曜日|日曜]]21:05 - 23:55
 
|放送分1 = 110分+110分+170
 
|放送枠1 = <!--1981年放送なので「大型時代劇SP」ではない-->
 
|放送期間1 = [[1981年]][[1月2日]]‐[[1月4日]]
 
|放送回数1 = 全3
 
|番組名2 = 分割放送版
 
|放送期間2 = 1981年[[10月11日]] - 同年[[11月29日]]
 
|放送時間2 = 日曜20:00 - 20:55
 
|放送分2 = 55
 
|放送回数2 = 7
 
|放送枠2 = TBS日曜8時枠の連続ドラマ
 
|放送国 = {{JPN}}
 
|制作局 = [[TBSテレビ|TBS]]
 
|企画 =
 
|製作総指揮 = [[大山勝美]]
 
|監督 =
 
|演出 = 高橋一郎・[[鴨下信一]] 他
 
|原作 = [[司馬遼太郎]]
 
|脚本 = [[早坂暁]]
 
|プロデューサー =
 
|出演者 = [[森繁久彌]]<br />[[加藤剛]]<br />[[三國連太郎]]<br />[[三浦友和]]<br />[[藤岡弘、|藤岡弘]]<br />[[辰巳柳太郎]]<br />[[竹脇無我]]<br />[[丹波哲郎]]<br />[[三船敏郎]]<br />[[宇野重吉]]<br />[[杉村春子]]<br />[[松坂慶子]]<br />[[沢村貞子]]<br />[[京塚昌子]]<br />[[栗原小巻]]<br />[[三田佳子]]<br />
 
|ナレーター = [[石坂浩二]]
 
|字幕 =
 
|データ放送 =
 
|OPテーマ = [[山本直純]]
 
|EDテーマ =
 
|外部リンク =
 
|外部リンク名 =
 
|特記事項 =
 
}}
 
『'''関ヶ原'''』(せきがはら)は、[[TBSテレビ|東京放送]]創立30周年記念番組として[[司馬遼太郎]]の小説『[[関ヶ原 (小説)|関ヶ原]]』を原作に、[[TBSテレビ|TBS]]系にて[[1981年]][[1月2日]]から[[1月4日]]まで3夜連続で放映された大型時代劇。
 
  
==概要==
+
『'''関ヶ原'''』(せきがはら)
[[石田三成]]と[[徳川家康]]を主人公に、[[豊臣秀吉]]の死から天下分け目の関ヶ原の合戦に至るまでの過程を壮大なスケールで描く。
 
  
このドラマの最大の特徴は、それまで「徳川家康に無謀な戦いを挑んだ愚か者」もしくは「太閤亡き後の実権を握ろうとした奸臣」として描かれがちだった石田三成を、司馬の原作に即した「豊臣家への忠義に熱い正義の人」として主人公に据えた点にある。このドラマの放映前にもNHK[[大河ドラマ]]『[[黄金の日日]]』などのように三成を悪役として描かないドラマはあったが、それらは全て三成が脇役として描かれるのみであり、本格的に三成を主人公に据えて描いたのはこのドラマがはじめてである。ただし、一方的に美化するのではなく、融通のきかない性格から敵を増やし破滅していく過程を客観的に描く視点は、原作に忠実である。逆に、徳川家康に関しては司馬の原作と異なり、原作のように「陰謀家の狸オヤジ」という描き方はせず<ref>司馬は「関ヶ原」「城塞」においては家康を徹底的に「陰謀家の狸オヤジ」として描いているが、家康を主人公にした「覇王の家」においては、家康が築いた江戸時代について「(日本人の)民族的性格が矮小化され、奇形化され」て「功罪半ばする」としつつも、家康本人に対しては決して否定的ではない。</ref>、関ヶ原の戦いの後に豊臣家の忠臣としての三成に敬意を表して涙するといった、懐の大きい人物として描いている。
+
[[TBSテレビ|東京放送]]創立30周年記念番組として[[司馬遼太郎]]の小説『[[関ヶ原 (小説)|関ヶ原]]』を原作に、[[TBSテレビ|TBS]]系にて[[1981年]][[1月2日]]から[[1月4日]]まで3夜連続で放映された大型時代劇。
 
 
== 物語 ==
 
物語は、[[天正遣欧少年使節]]のメンバーだった[[原マルティノ|原マルチノ]]が、[[ローマ教皇庁]]に関ヶ原の合戦の顛末を書簡で知らせるという形で語られる。
 
 
 
=== 第1夜「夢のまた夢」 ===
 
*1598年8月、天下人・'''太閤豊臣秀吉'''が世を去った。秀吉の遺志を継ごうとする'''石田三成'''は、天下取りの野望に燃える'''内大臣徳川家康'''と対立を深めていく。やがて'''[[文禄・慶長の役|朝鮮の役]]'''に従軍していた諸将たちが帰国、武断派の筆頭であった'''福島正則'''、'''加藤清正'''らと三成と親しい'''小西行長'''らの反目も始まる。豊臣政権の内部分裂をよそに家康が勢力を伸ばしていく中、家康に次ぐ実力者である'''前田利家'''が死去。それを待っていたかのように福島・加藤らが三成の暗殺を計画。生命の危険を感じた三成は、小西や'''宇喜多秀家'''らの反対を押し切り、家康邸に逃げ込む。
 
 
 
=== 第2夜「さらば友よ」 ===
 
*三成は家康の調停により危機を脱したが、奉行職を解かれ[[佐和山城]]に隠退させられてしまう。親豊臣派の大名たちを排斥して、ますます勢力を伸ばしていく家康に対し、三成と結んだ会津の'''上杉景勝'''がその専横を責めて戦の準備を始めた。激怒した家康は諸将を集めて上杉征伐を宣言し、大軍を率いて東国に下った。伏見を発つ夜、三成の挙兵を確信する家康は、[[伏見城]]の留守居を託した老臣・'''鳥居彦右衛門'''と別れの杯を酌み交わす。一方、三成の親友・'''大谷刑部'''は佐和山城に三成を訪れたところで三成から打倒家康の計画を告げられる。刑部は命を捨てる覚悟で三成の挙兵に加わる。'''細川忠興'''夫人'''ガラシャ'''は人質としての大坂入城を拒否し屋敷に火を放って命を絶つ。この夜、日本は二つに割れた。
 
 
 
=== 第3夜「男たちの祭り」 ===
 
*挙兵した三成の檄に応え、'''毛利輝元'''・'''島津義弘'''・'''小早川秀秋'''らの諸将が大坂に参集した。鳥居彦右衛門の守る伏見城を落とした'''西軍'''と東国から転進して西に向かう'''東軍'''が'''関ヶ原'''で相まみえた。1600年9月15日早朝、合戦の火蓋が切られる。三成・宇喜多・大谷・小西らの奮闘で西軍優勢の内に戦いは進んだが、毛利・小早川・島津らの諸隊が動かない。正午、徳川隊から鉄砲を撃ちかけられた小早川隊がついに動いた。しかし松尾山の陣営から雪崩のように駆け下った小早川隊が殺到したのは、山麓に陣を敷く味方の大谷隊だった。
 
 
 
==スタッフ==
 
*原作 - [[司馬遼太郎]]
 
*脚本 - [[早坂暁]]
 
*演出 - [[高橋一郎 (プロデューサー)|高橋一郎]]・[[鴨下信一]]
 
*プロデューサー - [[大山勝美]]
 
*音楽 - [[山本直純]]
 
*テーマ演奏 - [[ニニ・ロッソ]]
 
*演奏 - [[オズ・ムジカ|オズムジカ]]
 
*古楽器演奏 - コレギウム・ミカエルム
 
*殺陣 - [[國井正廣]]
 
*美術監修 - 高津年晴
 
*能 - [[観世栄夫]]、銕仙会
 
*振付 - 杉昌郎、花柳糸之
 
*ロケ協力 - [[原町市]]役所商工観光課、[[相馬野馬追]]執行委員会
 
*制作著作 - TBS
 
 
 
== キャスト ==
 
=== 東軍 ===
 
* [[徳川家康]](東軍盟主、[[五大老]]筆頭、[[武蔵国]][[江戸城]]主、[[江戸]][[内大臣]]) - [[森繁久彌]]
 
* [[本多正信]](家康の謀臣、中山道別働隊軍監、[[佐渡国|佐渡守]]、通称・弥八郎) - [[三國連太郎]]
 
* [[徳川秀忠]](家康三男、前[[中納言]]、[[中山道]]別働隊総大将) - [[中島久之]]
 
* [[鳥居元忠]](家康の重臣、[[伏見城]]の城将、通称・彦右衛門) - [[芦田伸介]]
 
* [[本多忠勝]](家康の重臣、[[徳川四天王]]、通称・平八郎) - [[高松英郎]]
 
* [[井伊直政]](家康の重臣、徳川四天王、幼名・万千代) - [[井上孝雄]]
 
* [[伊奈昭綱|伊奈図書頭]](家康の[[旗本]]、上杉家への詰問使、[[図書頭]]) - [[横森久]]
 
* [[佐野綱正|佐野忠成]](家康の旗本、大坂留守居役) - [[伊豆肇]]
 
* [[村越直吉|村越茂助]](家康の旗本、[[清洲城]]への使者) - [[藤木悠]]
 
* 源蔵([[本多正信]]の配下、[[島清興|島左近]]を襲撃) - [[浜田晃]]
 
* [[福島正則]](反三成派大名、豊臣七将、[[尾張国]][[清洲城]]主、幼名・市松) - [[丹波哲郎]]
 
* [[加藤清正]](反三成派大名、豊臣七将、[[肥後国]][[熊本城]]主、幼名・虎之助) - [[藤岡弘、|藤岡弘]]
 
* [[浅野幸長]](反三成派大名、豊臣七将、[[甲斐国]][[甲府城]]主) - 竹内のぶし
 
* [[黒田長政]](反三成派大名、豊臣七将、[[豊前国]][[中津城]]主) - [[菅野菜保之|菅野忠彦]]
 
* [[加藤嘉明]](反三成派大名、豊臣七将、[[伊予国]][[松前城]]主) - [[石橋雅史]]
 
* [[池田輝政]](反三成派大名、豊臣七将、[[三河国]][[吉田城 (三河国)|吉田城]]主) - [[神太郎]]
 
* [[細川忠興]](反三成派大名、豊臣七将、[[丹後国]][[宮津城]]主) - [[竹脇無我]]
 
* [[堀尾忠氏]]([[遠江国]][[浜松城]]主、[[信濃国|信濃守]]) - [[角野卓造]]
 
* [[山内一豊]](遠江国[[掛川城]]主、[[対馬国|対馬守]]) - [[千秋実]]
 
* [[田中吉政]](三河国[[岡崎城]]主、[[兵部大輔]]) - [[溝口舜亮]]
 
* [[真田信之|真田信幸]]([[真田昌幸]]嫡男、[[伊豆国|伊豆守]]、[[上野国]][[沼田城]]主)- [[西田健]]
 
* [[前田利長]]([[前田利家]]嫡男、[[織田信長]]女婿、前中納言、利家死後、五大老就任)- [[長谷川哲夫]]
 
* [[横山長知|横山山城]](前田家家老、家康への釈明使、[[山城国|山城守]]) - 横沢祐一
 
* [[中川光重]](前田家家老) - [[丸山博一]]
 
* [[小笠原秀清|小笠原少斎]](細川家家老、大坂留守居役) - [[中村竜三朗|中村竜三郎]]
 
 
 
=== 西軍 ===
 
* [[石田三成]]([[五奉行]]、事実上の西軍盟主、[[近江国]][[佐和山城]]主、[[治部少輔]]、幼名・佐吉) - [[加藤剛]](子役・中田勇)
 
* [[島清興|島左近]](石田家重臣) - [[三船敏郎]]
 
* [[小早川秀秋]](寝返り組[松尾山]、秀吉の甥、[[筑前国]][[名島城]]主、[[左衛門督|金吾]][[中納言]]) - [[国広富之]]
 
* [[直江兼続]](西軍首脳[在会津]、上杉景勝の重臣で石田三成の親友、[[山城国|山城守]]) - [[細川俊之]]
 
* [[大谷吉継]](西軍首脳、三成の親友、[[越前国]][[敦賀城]]主、[[刑部少輔]]) - [[高橋幸治]]
 
* [[小西行長]](西軍首脳、親三成派の大名、肥後国[[宇土城]]主) - [[川津祐介]]
 
* [[安国寺恵瓊]](西軍首脳、毛利氏の外交僧) - [[神山繁]]
 
* [[石田重家|石田隼人正]](三成の嫡男) - 中野健
 
* [[毛利輝元]](五大老、名目上の西軍総帥、[[毛利元就]]の孫、中国120万石の太守、[[安芸国|安芸]][[中納言]]) - [[金田龍之介]]
 
* [[宇喜多秀家]](五大老、軍事面の西軍総帥、[[備前国]][[岡山城]]主、[[備前国|備前]]中納言) - [[三浦友和]]
 
* [[上杉景勝]](五大老、[[上杉謙信]]の養子、[[若松城]]主、[[会津藩|会津]][[中納言]]) - [[水澤心吾|三沢慎吾]]
 
* [[島津義弘]](傍観組[北国街道]・維新入道・[[薩摩国|薩摩]]・[[大隅国|大隅]]・[[日向国|日向]]の国主) - [[大友柳太朗]]
 
* [[吉川広家]](傍観組[南宮山]、毛利氏の重臣、[[出雲国]][[月山富田城|富田城]]主) - [[勝部演之]]
 
* [[前野忠康|舞兵庫]](石田家重臣) - [[草薙幸二郎]]
 
* [[八十島道与]](石田家家臣) - [[藤城裕士]]
 
* [[平岡頼勝|平岡石見]](寝返り組[松尾山]、小早川家家老) - [[久米明]]
 
* [[毛利秀元]](傍観組[南宮山]、輝元の養子、長府宰相) - 山下勝也
 
* [[島津豊久]](傍観組[北国街道]・維新入道義弘の甥)- 高田大三
 
* [[長束正家]](五奉行、[[丹羽長秀]]の元家臣、近江国[[水口岡山城|水口城]]主) - [[森塚敏]]
 
* [[増田長盛]](五奉行、[[大和国]][[郡山城 (大和国)|郡山城]]主) - [[平田昭彦]]
 
* [[真田昌幸]]([[信濃国]][[上田城]]主、[[安房国|安房守]]、[[徳川秀忠]]の東軍別働隊と交戦) - [[玉川伊佐男]]
 
* [[真田信繁|真田幸村]](昌幸次男、[[大谷吉継]]女婿、[[左衛門佐]])- [[南条弘二]]
 
* [[明石全登]](宇喜多家客将)- [[城所英夫]]
 
* [[丹羽長重]](丹羽長秀嫡男、[[加賀国]][[小松城]]主、当初は東軍に所属、後に加賀で[[前田利長]]軍と交戦)- [[矢崎滋]]
 
* [[湯浅五助]]([[大谷吉継]]近侍)- [[寄山弘]]
 
* 弥一(島左近の家来)- [[常田富士男]]
 
 
 
=== 女性たち ===
 
* [[初芽局|初芽]](三成の愛妾、黒田長政<ref>原作では黒田如水の間者。ドラマでは如水は登場しないが、初芽の台詞の中で黒田の間者だと自ら語っている。また、原作のラストで初芽に会いに来るのは如水だが、ドラマでは会いに来るのは本多正信。この事から初芽を間者として雇ったのは本多正信と誤解する向きがあるがそれは誤り。</ref> の間者) - [[松坂慶子]]
 
* [[高台院|北政所]](秀吉の正室、実名・寧々、高台院) - [[杉村春子]]
 
* [[淀殿]](秀吉の側室、秀頼の生母、[[浅井長政]]と市の娘、織田信長の姪、[[常高院|初]]・[[崇源院|江]]実姉、幼名・茶々) - [[三田佳子]](子役・佐々木美枝)
 
* [[芳春院]](実名・まつ、前田利家の正室) - [[沢村貞子]]
 
* [[雲光院|阿茶の局]](家康の側室) - [[京塚昌子]]
 
* [[細川ガラシャ]](本名・玉子、細川忠興の正室で敬虔な[[キリシタン]]、[[明智光秀]]の娘) - [[栗原小巻]]
 
* [[清雲院 (徳川家康側室)|お夏]](家康の側室) - [[古手川祐子]]
 
* [[朝日姫|旭姫]](駿河御前、家康の[[継室]]、秀吉の妹) - [[三戸部スエ]]
 
* [[大蔵卿局|大蔵卿]](淀殿の乳母、女官)-[[賀原夏子]]
 
* [[出雲阿国|出雲の阿国]](女歌舞伎の頭領) - [[木の実ナナ]]
 
* [[孝蔵主]](北政所の女官)- [[三崎千恵子]]
 
* [[清原マリア]](実名・糸、細川ガラシャの侍女、清原枝賢の娘) - [[賀田裕子]]
 
* 村越茂助の妻 - [[沢田雅美]]
 
* [[お市の方]](淀殿の生母、織田信長実妹) - 山本恵子
 
* 老婆([[美濃国]]の百姓) - [[浦辺粂子]]
 
 
 
=== その他 ===
 
* [[豊臣秀吉]]([[太閤]]) - [[宇野重吉]]
 
* [[豊臣秀頼]](秀吉の子、中納言) - 岩瀬浩規
 
* [[前田利家]](五大老次席、[[加賀国]][[金沢城]]主、加賀[[大納言]]) - [[辰巳柳太郎]]
 
* [[前田玄以]](五奉行筆頭、民部卿法印、徳善院) - [[庄司永建]]
 
* [[浅野長政]](五奉行次席、弾正少弼、[[甲斐国]][[甲府城]]主) - [[稲葉義男]]
 
* [[原マルティノ|原マルチノ]]([[天正遣欧少年使節]]の副使、[[助祭]]) - [[田中健 (俳優)|田中健]]
 
* [[伊東マンショ]](天正遣欧少年使節の主席正使) - 堀越大史
 
* [[千々石ミゲル]](天正遣欧少年使節の正使) - 阿部一喜
 
* [[中浦ジュリアン]](天正遣欧少年使節の副使) - 菅野孝之
 
* [[アレッサンドロ・ヴァリニャーノ|ヴァリニアーノ神父]](在坂の[[司祭]]) - マイケル・ホーガン
 
* [[名古屋山三郎|名古屋山三]](蒲生家浪人で槍の名手、阿国の情夫)-[[三浦洋一 (俳優)|三浦洋一]]
 
* 国友寿斎(近江国友鉄砲鍛冶の頭領) - [[笠智衆]]
 
* 国友寿助(国友の若衆)- [[松田章]]
 
* [[神屋宗湛|神谷宗湛]](博多の豪商)- [[北村和夫]]
 
* 北庵法印(奈良[[興福寺]]の医師、島左近の[[岳父]]) - [[大滝秀治]]
 
* [[曲直瀬玄朔|曲直瀬法印]](秀吉の御殿医)- [[坂田金太郎]]
 
* 日野屋主人(近江水口宿の旅籠) - [[藤原釜足]]
 
* 善説(近江古橋村・三珠院住職) - [[下元勉]]
 
* 与次郎大夫(近江古橋村の名主) - [[今福将雄]]
 
* ナレーション - [[石坂浩二]]
 
 
 
==評価==
 
東京放送(TBS)の開局30周年を記念して局として全力をあげて制作したドラマであり、放映時の視聴率は最高18.4%を記録した。主演の石田三成に[[加藤剛]]、徳川家康役に[[森繁久彌]]という絶妙な配役をはじめ、[[三船敏郎]]・[[宇野重吉]]・[[辰巳柳太郎]]・[[杉村春子]]・[[沢村貞子]]・[[栗原小巻]]などといった当時舞台や銀幕の重鎮として知られた俳優を脇役端役に配した超豪華キャストは「奇跡のキャスティング」と呼ばれ話題となった。司馬の壮大な原作を損なうことなく再現してみせたドラマである。また、ノウハウの蓄積が問われがちな時代劇であるにも関わらず、映画会社への外注はせずに自社制作で社員ディレクターが演出、「ドラマのTBS」の面目を賭けた意気込みも壮とされた。
 
 
 
それまで「悪役」とされがちだった石田三成を「忠臣」として描いたドラマである。石田三成を演じた加藤剛が著書「こんな美しい夜明け」(岩波書店)の中で、このドラマと石田三成への愛着を語っている。
 
 
 
しかし、このように総合的評価は高い一方で、以下の点に対する批判もある。
 
*原作では重要な役どころだった[[黒田孝高|黒田如水]]や[[藤堂高虎]]が登場しないこと。
 
*合戦シーンが今ひとつ迫力が感じられないこと。ただし本作の関ヶ原の合戦でのエキストラは3500人を動員しており、これは『[[葵 徳川三代]]』の関ヶ原合戦のエキストラ500人を大きく上回っている。
 
 
 
==分割放送版==
 
本作はその後、1981年10月11日から同年11月29日まで7回にわたって、[[日曜日|日曜]]20:00 - 20:55に分割放送されたことがあった。
 
 
 
===サブタイトル(分割放送版)===
 
{| class="wikitable"
 
!回!!放送日!!サブタイトル
 
|-
 
!1
 
|[[10月11日]]||夢のまた夢
 
|-
 
!2
 
|[[10月18日]]||春の嵐
 
|-
 
!3
 
|[[10月25日]]||風変動し
 
|-
 
!4
 
|[[11月8日]]||友よさらば
 
|-
 
!5
 
|[[11月15日]]||男たちの祭り
 
|-
 
!6
 
|[[11月22日]]||裏切りの風景
 
|-
 
!7
 
|[[11月29日]]||夢の炎
 
|}
 
※[[11月1日]]は「[[セイコー・スーパー・テニス]]」([[ヴィンセント・ヴァン・パタン]]×[[マーク・エドモンドソン]])中継(19:30 - 20:55)のため、19:30の『[[人間ふしぎ不思議]]』と共に休止。
 
:(参考:「[[読売新聞]]・[[縮刷版]]」1981年10月11日 - 11月29日各付けの[[ラジオ・テレビ欄]])
 
 
 
{{前後番組|
 
放送局=[[TBSテレビ|TBS]]系|
 
放送枠=日曜20時枠|
 
番組名=関ヶ原<br>(分割放送版)<br />【当番組より[[TBS日曜8時枠の連続ドラマ|ドラマ枠]]】|
 
前番組=[[日曜特集]]<br>※20:00 - 20:55<br />↓<br />19:30 - 20:55|
 
次番組=[[鞍馬天狗 (1981年のテレビドラマ)|鞍馬天狗]]<br>([[草刈正雄]]版)|
 
}}
 
 
 
== 備考 ==
 
*本放送時のサブタイトルには「第一夜」「第二夜」「第三夜」の冠が付いていた(例:第一夜 夢のまた夢)が、1980年代に発売されたVHS・2001年に発売されたDVD等のソフト版では冠無しのサブタイトルのみが表示された(CS・[[TBSチャンネル]]での再放送の際は冠付きの放送バージョンが使われている)。2017年に発売されたデジタルリマスターDVD及びBlu-rayに於いてはCS放送に同じく本放送時バージョンの冠付きサブタイトルが表示されている(第1話と第2話に原作者司馬遼太郎と主演の森繁久彌、加藤剛の鼎談も収録。本放送時は番組「第一夜」冒頭で放送された)。
 
*上記のようにCS・[[TBSチャンネル]]でもたびたび再放送が行われ、その際、司馬・加藤・森繁の鼎談もオンエアされた。
 
*司馬遼太郎が死去した1996年に追悼番組として[[関東地方]]のみ[[地上波]]再放送。
 
*2009年12月06日、CS・TBSチャンネルにおいて、同年11月に逝去した[[森繁久彌]]の追悼番組として一挙放送された。
 
*[[島清興|島左近]]役の[[三船敏郎]]のほか、[[山内一豊]]役の[[千秋実]][[浅野長政]]役の[[稲葉義男]]、旅籠日野屋主人役の[[藤原釜足]]ら、映画『[[七人の侍]]』の主要キャストが数多く登場している。
 
*本作放送直前に、島左近を演じた三船敏郎が同じTBSの人気番組『[[8時だョ!全員集合]]』に番宣の意味から戦国武将の出で立ちで出演した。三船はこの出演の際に、当時流行していた[[ヒゲダンス]]まで披露し、話題を呼んだ。また小早川秀秋を演じた国広富之『[[クイズダービー]]』に出演し、収録時のエピソードなどを語っている。
 
*1981年(昭和56年)[[1月1日]](木曜日)付の「[[毎日新聞]]」に掲載された番組の特集記事には、「データ関ケ原」と題して、
 
**制作費/予算5億5千万円。大幅にアシが出た
 
**出演俳優/セリフのある人だけで118人
 
**出演エキストラ/実数で3500人
 
**参加スタッフ/120人
 
**収録/スタジオで29日。ロケ35日。ロケ地は[[福島県]][[相馬|相馬ヶ原]]、[[彦根市|彦根]]、[[伏見]]、[[関ケ原町|関ヶ原]]、[[富士五湖]]など20ヶ所
 
**台本印刷費/400万円
 
**関係者弁当代/570万円。約1万個の計算
 
**出演の馬/400頭
 
**合戦シーンのノボリ/300本
 
**同陣屋のクイ/450本
 
**使ったVTR/70時間分
 
**けいこ開始/[[1980年|昨年]][[8月15日]]
 
**三本目の完成/1月2日
 
*:などの記述があり、ギリギリまで編集作業が行われていた事がわかる。また、同記事では、第三話のタイトルが『裏切り風景』となっている(実際の第三話のタイトルは『男たちの祭り』)。
 
*放映当時の番組宣伝惹句
 
*:「“空前”とはこの大作にこそふさわしい “絶後”とはこの合戦をおいて無い」
 
*当時、系列局であったNBC([[長崎放送]])は、第2夜の放送時間はNTV系列枠であり、高視聴率番組だった『[[熱中時代]]教師編第2シリーズ』の同時ネット枠であったが、特別措置でTBS系列の同時ネットを行い、『熱中時代』は後日時差放送された。
 
*北政所役の杉村春子は本作品収録当時、名古屋で舞台『[[華岡青洲の妻]]』公演中であった。本作プロデューサーの大山勝美は、空前絶後の超大作たる本作には日本を代表する女優である杉村の参加が必要不可欠との思いから、収録スケジュールと舞台公演の時期が重なっている事を承知の上で出演を交渉した。杉村は大山から既に出演が決定していた他の俳優陣のリストを提示されると、「よくもまあこれだけ(の豪華俳優陣を)集めたわねえ!」と驚嘆し、出演を快諾したという。しかし前述の如く収録時期と名古屋公演の時期が重なっていた為、杉村は名古屋での公演を終えるとそのままTBSの手配したハイヤーに乗り込み、東名高速を飛ばして帰京、夜を徹して収録に参加、明け方再びハイヤーで名古屋へとんぼ帰りして舞台公演に出演した。それは北政所のシーンを全て撮り終えるまで4日間ほど続いた。重鎮・杉村のその姿勢を見て、他の豪華出演者たちの誰も我侭をいう事なくスムースに収録は進んだという。<ref>CS・TBSチャンネル「テレビがくれた夢・大山勝美編」2014年4月7日放送</ref>
 
 
 
== 脚注 ==
 
<references/>
 
  
 
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関ヶ原』(せきがはら)

東京放送創立30周年記念番組として司馬遼太郎の小説『関ヶ原』を原作に、TBS系にて1981年1月2日から1月4日まで3夜連続で放映された大型時代劇。

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