読売新聞社

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読売新聞社(よみうりしんぶんしゃ)は、日本で『読売新聞』を発行する新聞社の名称である。

本項ではグループ全体について解説することとし、現業各社についてはそれぞれの項を参照のこと。

概要

もともとは独立した法人の名称で、グループ再編により定義づけは変化している。

そもそもはかつて首都圏をはじめ、東日本地域において読売新聞を発行していた「株式会社読売新聞社」という商号の会社だった。

社名の由来は、江戸時代からの読みながら売る方法「読売」と、それができる「平易な新聞」から。

創立から全国展開

横浜毎日新聞の編集にも携わった子安峻(こやすたかし)らにより、1870年に「合名会社日就社」の商号で印刷会社として横浜で創立。1874年に読売新聞を創刊した。1899年本野盛亨が社長となる。1909年、盛亨の死去により次男・本野英吉郎が社長となる。1917年には社名を「読売新聞社」に改称。以前は有限会社で、第二次世界大戦後の1950年株式会社に改組された。

1919年松山忠二郎が社長となるが、1923年の関東大震災で打撃を受け、24年正力松太郎が買収した。

第二次世界大戦後は、全国展開したこともあり、当該法人に加え、株式会社大阪讀賣新聞社、子会社の株式会社よみうり(旧:読売興業株式会社)が運営していた読売新聞西部本社・読売新聞中部本社(中部読売新聞社→中部読売新聞本社)をまとめた総称として用いられることもあった。なお、中部読売新聞社は元は読売新聞社・よみうりとは別個の独立した「名古屋高速印刷株式会社」という会社法人で、1974年7月31日に読売新聞社と業務提携を結び、「株式会社中部読売新聞社」に商号変更した。中部読売新聞本社は、1988年2月1日に読売新聞社の中部読売新聞社吸収後、読売興業の社内部署として設立された。

持株会社化へ

2002年7月1日付で読売新聞グループの再編が行われてからは、従来の読売新聞社改め持株会社である読売新聞グループ本社傘下となった以下の新聞現業3社の総称として用いられる。

このほか、読売新聞グループ本社は先述の持株会社誕生に伴い、「よみうり」の分割の際独立した読売巨人軍や、旧中央公論社から事業を引き継いだ中央公論新社を事業子会社に置いている。

脚注


関連項目

  • テンプレート:読売新聞グループ本社