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下関条約

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下関条約(しものせきじょうやく)

日清戦争の講和条約。 1895年3月 20日,下関の春帆楼で,清国全権李鴻章と日本の伊藤博文,陸奥宗光両全権との間に第1回会談が開かれた。 24日の第3回会談の帰途,李鴻章が狙撃され負傷する事件が起ったため日本側は休戦に応じ,同 30日休戦条約が締結され,次いで4月 17日日清講和条約 11ヵ条が調印された。その内容は,(1)清国は朝鮮が独立自主の国であることを確認すること,(2) リヤオトン (遼東) 半島,台湾全島,ポンフー (澎湖) 列島を日本に割譲すること,(3) 2億テールの賠償金を支払うこと,(4) シャーシー (沙市) ,チョンチン (重慶) ,スーチョウ(蘇州) ,ハンチョウ (杭州) の市港を開くこと,(5) 揚子江航行権を与えること,(6) 最恵国待遇を与えることなどであった。批准交換は5月8日に行われたが,その間に三国干渉がなされ,日本はリヤオトン半島を清国に還付することになった。



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