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郵政民営化

郵政民営化(ゆうせいみんえいか)

日本の近代郵便は1871(明治4)年、東京―大阪間で始まった。租税権正(ごんのかみ)兼駅逓権正だった前島密(まえじまひそか)の建議による。毎日運行、取扱所・ポストの設置、切手をはり個別配達という、それまでの飛脚便にはない制度だった。翌年には全国的に展開、1873年郵便事業を政府所掌とし、全国均一料金制を導入。以来日本の郵便はその後加わる郵便貯金、簡易保険とともに国営で発展してきた。その後、はがきの発行、万国郵便連合加入、逓信省創設、小包、年賀郵便の制度化、速達の開始へと発展した。第2次世界大戦後の1949年、逓信省が電気通信省と郵政省に分割、前者は日本電信電話公社から日本電信電話株式会社(NTT)へ。郵政3事業を担当した郵政省は2001年、総務省に合流、郵政3事業は同省の郵政事業庁に移され、さらに2003年に設置された日本郵政公社に引き継がれた。2004年現在、公社職員約27万人、郵貯残高214.1兆円で、世界最大の金融機関である。簡保保有契約金額は178.4兆円、郵便局は全国に2万4715、郵便ポストは約18万6200基ある。

日本の郵貯と簡保の先駆は郵便為替制度である。江戸時代からの金飛脚は途中盗難のおそれがあったため為替が発達した。明治になって、送金の需要が増え、イギリスの郵便局をモデルに1875(明治8)年為替が創設され、郵便貯金もこの年創設されている。多くの国で郵便と郵便貯金は一体的に発展してきているが、日本のような国営の簡易保険は国際的にみても珍しい。前島密の建議にはあったが、生命保険業界の反対にあって創設が難航し、創業は1916(大正5)年で、これにより山間の交通の不便なところに住む人々も生命保険に加入できた。諸外国では、アメリカでは郵便貯金制度を1966年に廃止、保険は扱っていない。イギリスも保険はなく、貯金は1969年以降国民貯蓄庁が扱っている。

2005年に郵政民営化関連法が成立、郵政3事業を担当する日本郵政公社は2007年に解散し、分社化によって四つの民営会社(郵便局会社、郵便事業会社、郵便貯金銀行、郵便保険会社)を新設して事業を引き継ぐ。関連法の内容は、4分社化のほか、(1)国家公務員の日本郵政公社職員を非公務員とする。(2)4分社は当面、政府出資の持株会社(日本郵政株式会社)によって全株を保有される。(3)郵便保険会社と郵便貯金銀行の株は2017年までに完全に市場に売却され、郵便局会社、郵便事業会社は持株会社を通じて政府が3分の1超の株を保有する。(4)郵便局はあまねく全国で利用されることを旨とする。(5)郵政民営化委員会は民営化の進捗状況を総合的に検証し本部長(首相)に意見を述べる、などがおもな柱である。民営化のねらいは「民間にできることは民間に」にあり、次の3点に集約される。(1)市場における経営の自由度の拡大を通じて良質で多様なサービスが安い料金で提供できる。(2)郵政公社に対する「見えない国民負担」(年間4000億~5000億円)を解消する(公社は法人税、事業税などの税金が免除され、預金保険にも入っていない)。(3)公的部門に流れていた資金を民間部門に流し、国民の貯蓄を経済の活性化につなげる。

創設以来国か公的機関が独占していた手紙・はがきなどの郵政事業は、最近では民営化が世界的な流れとなっている。ドイツは、1990年郵便・郵貯・電気通信を国営事業体として連邦郵便電気通信省から分離・分割して公社とし、1995年100%政府出資の株式会社となり事業官庁の連邦郵便電気通信省は廃止された。オランダでは国営の郵便貯金を1986年100%政府出資の株式会社ポストバンクとして郵便電信電話庁(PTT)から独立させて再建をはかった。1989年にはオランダ中小商業銀行(NMB)と合併し、1991年には国内最大手の保険会社と合併した。PTTは自身も1989年に分割され、政府45%出資の持株会社傘下の株式会社となった。ニュージーランドは1987年、郵便は政府所有の特殊会社化し、郵貯と電信電話は民営化した。



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