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美濃国

美濃国(みののくに)

現在の岐阜県南部。東山道の一国。上国。『古事記』には三野国,『正倉院文書』には御野国とある。もと牟義都,三野前,三野後,本巣の国造および鴨,方の県主があったという。壬申の乱 (672) に際しては大海人皇子 (のちの天武天皇) の領地があった関係から村国連らは吉野側として活躍したが,彼らは各務 (かかみ) 郡を根拠とする豪族であった。大宝2 (702) 年の戸籍が正倉院に蔵されており,古代史研究には貴重な史料。国府は不破郡垂井町府中。国分寺は大垣市青野町。『延喜式』には多芸 (たき) ,石津,不破,安八など 18郡があり,『和名抄』には郷 131,田1万 4823町を載せている。平安時代後期には源経基の子孫が勢力をもち,美濃源氏を称した。鎌倉時代には守護として大内惟義,北条氏一門が任じられたが,のちには土岐郡に美濃源氏の流れをくむ土岐氏が勃興。土岐氏は足利尊氏に従って功を立て,室町時代には守護となった。天文 11 (1542) 年に土岐頼芸は家臣の斎藤秀龍 (道三) に追われて滅び,斎藤氏が守護を称した。織田信長は清洲から岐阜に移り当国は信長の支配下におかれた。江戸時代には徳川家康は大久保長安を美濃国代官に任命,藩には高須に松平氏,大垣に戸田氏,岩村に松平氏などを配した。明治4 (1871) 年の廃藩置県後,各藩は県となり,同年 11月に岐阜県に統合された。

脚注




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