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江戸

江戸(えど) [1]

東京の旧名。東京都の中央部にあたる。江戸時代の幕府の本拠地。江戸とは「入江の口」の意味で,「江の門戸」の略語といい,また荏 (え) の多く生えた土地,すなわち荏土から出たともいう。また古く武蔵国豊島郡の一部江戸郷から出たともいう。江戸の名称が文献に初めてみえるのは,治承4 (1180) 年,江戸太郎重長の名で,江戸氏は平安時代末期秩父平氏の一族重継が初めて称したという。以来,南北朝時代頃までこの地にあって,現在の麹町台地の一画に館を構えていた。室町時代には上杉氏の領有となり,その家臣太田道灌が長禄1 (1457) 年ここに江戸城を築き,城下町が形成されるにいたった。戦国時代の大永4 (1524) 年以降は北条氏の領有に帰したが,北条氏滅亡ののち,天正 18 (90) 年8月1日 (八朔) 徳川家康が入封してこの城を修築し,関八州統治の本城とした。江戸は慶長8 (1603) 年家康の幕府開設とともに,政治の一大中心地となった。徳川氏は,寛永年間 (24~44) 頃までに,江戸城の改築,武家屋敷,寺院,町家などの整備を終え,さらに五街道を設置して交通制度を拡充するなど,城下町としての町づくりを完成した。明暦3 (57) 年の大火で町の大半は焼失したが,市区改正事業の実施で市街地は一変し,町奉行の支配地は,東は今戸橋,南は高輪,北は坂本まで拡張された。元禄 10 (97) 年頃には,麻布,赤坂,青山,千駄谷,大久保,四谷,小石川,駒込,本郷,浅草,本所などの地を開き,正徳3 (1713) 年には,百姓町家を町奉行の支配下におき,府下の町数は 933に達したという。この間,町人の生成,商業の発達も著しく,商業の中心地として発展するにいたった。享保年間 (16~36) には,江戸の区域は隅田川以東にも及び,江戸時代末期には町数 2770あまり,人口 100万をこえたという。明治維新前後の動乱期には一時衰えたが,明治1 (1868) 年7月 17日,江戸は東京と改称され,翌年には首都と定められ,新しい日本の政治,経済,文化の中心地となるにいたった。



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  1. 外国語では、Edo、Yedo、Yeddo、Yendo、Jedoなど諸表記あり