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小沢一郎

小沢 一郎 Ozawa Ichirō.jpg
小沢 一郎
おざわ いちろう
生年月日 (1942-05-24) 1942年5月24日(76歳)
出生地 日本の旗 日本 東京府東京市
出身校 慶應義塾大学経済学部卒業
日本大学大学院法学研究科中途退学
現職 自由党代表
所属政党自由民主党[注 1]→)
新生党→)
新進党→)
自由党→)
民主党→)
国民の生活が第一→)
日本未来の党→)
(生活の党→)
(生活の党と山本太郎となかまたち→)
自由党
公式サイト ■小沢一郎ウェブサイト■

内閣 第2次中曾根第2次改造内閣
在任期間 1985年12月28日 - 1986年7月22日

選挙区旧岩手2区→)
岩手4区→)
岩手3区
当選回数 17回
在任期間 1969年12月28日 - 現職
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小沢 一郎(おざわ いちろう、1942年昭和17年〉5月24日- )

政治家。 1967年慶應義塾大学経済学部卒業後,日本大学大学院に進むが,在学中の 1969年,亡父佐重喜 (元建設大臣) のあとを継ぎ,27歳で衆議院議員に初当選。

田中政権発足時には,1年生議員ながら力をふるい,田中角栄の"秘蔵っ子"といわれる。創政会結成に参画,以降竹下政権づくりに尽力。政調副会長,総務局長,衆議院運営委員長,国家公安委員長,自治大臣を経て,1987年竹下内閣の副官房長官,1989年自由民主党幹事長に就任。

1991年の東京都知事選挙敗北の責任をとって幹事長を辞任。 1992年竹下派分裂に伴って,羽田孜とともに羽田派を結成。 1993年衆議院解散を機に自民党を離党,新生党結成に参加,代表幹事となり,総選挙後,反自民の力を結集し細川護煕 (日本新党党首) を擁立し 55年体制に幕をおろす。社会党,新党さきがけと袂を分かち野に下るが公明党,民社党,新生党などが大同団結し,1994年新進党となり,1995年党首選挙で羽田に圧勝する。

しかし,細川,羽田などの有力議員が次々と離党し 1997年末をもって解散。 1998年1月新たに自由党を旗揚げし,党首に就任した。 2003年自由党と民主党が合併,民主党に合流した。

脚注

注釈

  1. 自由民主党時代の派閥は、木曜クラブ田中派)→(田中派の流れを汲む)経世会竹下派、現在の平成研究会)→改革フォーラム21羽田派)

出典

関連人物

外部リンク