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天照大神

天照大神(あまてらすおおみかみ、あまてらすおおかみ)

伊勢(いせ)神宮(内宮(ないくう))の祭神。神体は八咫鏡(やたのかがみ)。皇祖神である。天空を照らす偉大なる神という意から、太陽神ともされている。この神は、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が筑紫(つくし)のアワギ原で禊祓(みそぎはらい)をしたとき、その左目から生まれた。伊弉諾・伊弉冉(いざなみ)二神の子という。その後素戔嗚尊(すさのおのみこと)と誓約(うけい)をし、勝った素戔嗚尊が、神衣を織っている神聖な機屋(はたや)の棟から逆剥(さかは)ぎにした馬を投げ入れるなどの暴行をしたために、恐れて天岩戸(あめのいわと)にこもってしまった。国中が暗闇(くらやみ)になったが、天鈿女命(あめのうずめのみこと)の踊りにより出てくる。その後、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に地上の国を統治するようにとの命令を下し、自分の魂のかわりとして鏡を授け、高天原(たかまがはら)から降ろした(『古事記』)。この鏡は天皇とともにあったが、崇神(すじん)天皇の代に畏(おそ)れ多いというので分離し、笠縫邑(かさぬいのむら)に移し、豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)をして祀(まつ)らせた。さらに、垂仁(すいにん)天皇の代になって倭姫命(やまとひめのみこと)に交代したが、この姫は大神の鎮まる所を求めて莵田(うだ)、近江(おうみ)、美濃(みの)を回り、伊勢に至ったところ、大神がこの地をいたく気に入ったので、五十鈴(いすず)川の上流に神殿を建てた。これが伊勢神宮である(『日本書紀』)。天照大神は太陽神であるが、そこには自然としての太陽、太陽神を祀る巫女(みこ)、皇祖神、の三つの像がみられる。月読命(つきよみのみこと)とともに伊弉諾尊の左右の目から生まれたとするところには、自然としての太陽の像がみられ、神衣を織っていたとか、別名を大日孁貴(おおひるめのむち)(『日本書紀』)といわれているところには太陽神に仕える巫女の姿があり、瓊瓊杵尊に降臨を命じ鏡を授けている話には、皇祖神としての性格が色濃く現れている。それにしても、皇祖神ならば大和(やまと)にあればよいのに、なぜ伊勢に移したのか。実は、天照大神の原像は伊勢地方の海部(あまべ)が祀る太陽神であって、この地方神としての太陽神を皇室が取り込み、そこから巨大神に成長して神々の頂点にたつようになったのが天照大神ともいわれる。それを説明したのが伊勢移動の物語である。なお天照大神は女性神だが、男性神という説もある。



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