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天文の乱

天文の乱(てんぶんのらん)

天文十六年(一五四七)―十九年に行われた佐竹氏と江戸氏の戦。応永以来の山入氏との対決を終止させた佐竹義舜にとって江戸氏の存在はあまりにも大きかった。永正七年(一五一〇)十二月、義舜と江戸通雅・通泰父子との間に締結された盟約の主眼は「一家同位」の格式の確認であり、水戸城主江戸氏の地位を象徴している。古河公方家の内紛にも足利高基方に立って足利政氏方の佐竹氏とは一線を画した江戸氏であるが、天文十四年以降佐竹義昭と江戸忠通の対立は急速に激化した。同十六年―十九年の間、入野(茨城県東茨城郡常北町)・戸村(同那珂郡那珂町)・大部平(水戸市飯富)などで激戦が繰り返され、江戸氏の側に大量の犠牲者が出た(『和光院記録』『妙徳寺過去帳』)。この結果、江戸氏の敗色は決定的となり、同二十年六月に至って佐竹氏との間に和議が結ばれた。以後、江戸忠通は佐竹義昭麾下の将としてとどまりつつ、常陸南部の鹿島地方への進出に意を注いでいった。



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