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備前国

備前国(びぜんのくに)

現在の岡山県東部。山陽道の一国。上国。古くは吉備国の一部であった。『旧事本紀』によれば,応神天皇のとき上道 (かむつみち) ,大伯 (おほく) ,三野 (みの) の3国造が置かれたという。氏族としては吉備氏が分かれたものとみられ,のちには備前国東部に和気氏が台頭した。広大であった吉備国も天武天皇の頃に備前,備中,備後に分割され,さらに和銅6 (713) 年には備前国北部の6郡が分割され,美作国が置かれた。国府は岡山市高島,国分寺は赤磐市山陽。『延喜式』には和気郡,磐梨郡,邑久 (おほく) 郡などの8郡があり,このうち和気郡は,藤原郡改め藤野郡を神護景雲3 (769) 年さらに改名したもの。『和名抄』には 44郷,田1万 3185町を載せている。鎌倉時代の初め土肥実平が守護に任じられ,その後佐々木氏,長井氏が補された。南北朝時代から室町時代にかけては細川氏,松田氏の支配が続いたが,のち赤松氏が守護となった。戦国時代には宇喜多直家が支配し,その子秀家に及んだが関ヶ原の戦いに敗れて滅亡。江戸時代には初め小早川秀秋が入国したが,次いで池田氏が岡山に封じられ,のち支藩の新田に2藩が置かれて幕末にいたった。明治4(1871) 年の廃藩置県後,岡山藩は岡山県,新田は深津県から小田県となり,1875年合併して岡山県となった。