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ニクソン・ショック

ニクソン・ショック: Nixon Shock

1971年7月 15日に R.ニクソン大統領が行なった訪中発表 (第1次) と,同年8月 15日の金・ドルの交換停止,10%の輸入課徴金を含む8項目の経済政策の変更 (第2次) により世界および日本が受けた衝撃をいう。武力衝突にまで発展した中ソ対立,文化大革命による混乱からの脱出が中国側の理由であり,ベトナム戦争の泥沼化,中国封じ込め政策の破綻,対ソ牽制がアメリカを対中接近へと向わせた。中国政策については一致し,変更する場合は事前に相談を受けると信じていた日本はアメリカの突然の頭越しの外交に大きなショックを受けた。そして 71年8月 15日,ニクソン大統領は内外両面にわたり新経済政策を断行した。アメリカ国内に対しては諸種の大幅減税によって景気の浮揚をねらったが,海外に対しては金とドルの交換を停止し,10%の輸入課徴金を実施するとしてドルの救済を期待した。ドルの下落を食止めるために,アメリカは競争関係にあった主要通貨の為替レート引上げを輸入課徴金を武器として要求し,10ヵ国蔵相会議で調整され,その結果アメリカの場合は金に対してドルが 7.89%切下げられ,他の主要通貨ではドルに対する切上げが圧倒的であった。しかも切上げのトップは日本円であり,16.88%に上がった。輸入課徴金はむろん廃止された。世界の金融体制は蔵相会議場の名をとり「スミソニアン体制」と呼ばれる新金融体制に向った。

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