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セシル・ローズ

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セシル・ジョン・ローズ(Cecil John Rhodes、1853年7月5日 - 1902年3月26日

イギリス出身の南アフリカの政治家。19世紀イギリス帝国史上有数の植民地開拓者の一人。牧師 F.ローズの 5男として生まれた。1870年南アフリカに移住。オックスフォード大学を卒業したのち,1881年ケープ植民地議会議員となった。1889年のちにローズの名にちなんでローデシア(今日のザンビアジンバブエ)と名づけられた地方の開発のため,ビクトリア女王からイギリス南アフリカ会社設立の特許状を付与された。その間,ロスチャイルド家の資金援助を得てダイヤモンド鉱山の買収,併合を強行し,またトランスバールの金鉱の併合にも成功して巨富をなした(デビアス・コンソリデーテッド・マインズ)。1890年ケープ植民地の首相に就任。在任中は教育,農業振興,先住民政策,鉄道の開発などに力を尽くしたが,外政面ではトランスバール共和国をケープ植民地を中心とする南アフリカ連邦に併合する目的で,ジェームソン侵攻事件として知られる非常手段をとったため,1896年首相辞任を余儀なくされた。その後一個人としてローデシアに赴き,同地の開発に専念した。ケープ植民地で死亡。遺言により財産の大半 600万ポンドは各種公共事業に寄付された。重要なものの一つにオックスフォード大学ローズ奨学制度がある。