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カナン

ヘブライ語: כנען‎ Kənā‘an クナーアン、英語:Canaanケイナン

パレスチナ地方の古代の名称。語源は,フェニキア人がみずから呼ぶのに用いた「ケナアニ (カナン) 」に由来するとされているが,ケナアニには「商人」という意味がある。また当時の貴重な商品,赤みを帯びた紫の染料をアッカド人がキナフ kinahhuと呼んだことにも関連するといわれ,古くから栄えた。人間居住の跡は旧石器時代にまでさかのぼり,前 7000年頃には農耕を行なっていた。やがて都市を形成し,貿易に従事して高度な文明を発達させた。文書の記載は,前 15世紀のエジプトのアメンホテプ2世の碑文をはじめとするが,『創世記』9章 18,10章6にもハムの子としてカナンの名がみえ,セム系民族中重要なアモリ人との関係も考えられる。前3千年紀にはセム族が居住していたようで,当時の町として,エリコ,メギド,ウガリト,ビブロスなどがあり,これらが発掘されて当時の文化が明らかになった。この地はエジプト歴代の王朝の影響を受けるとともに東方からの影響も強く受けており,マリ文書はそれを物語る。ヒクソスのエジプト侵略に際してはその影響を受け,ヒッタイトやフルリ人の影響も受けた。ヒクソス滅亡 (前 16世紀) 後,再びエジプトの政治的支配を受けたことはアマルナ文書に記録されている。カナンはアブラハムとその子孫にとって「約束の地」とされ,イスラエル人のカナン侵入後は,イスラエルの地 (サムエル記上 13・19) とか,ヘブライ人の地 (創世記 40・15) と呼ばれた。ギリシア人はここをフェニキアと呼んだ.