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イギリス史

イギリス史の特色と時代区分

 世界史のうえでイギリスは、経済、政治を中心に近代化の先頭を切って歩んだ最先進国というイメージでとらえられてきた。しかしこの把握が妥当するのは、17世紀末以降20世紀初頭までのきわめて限られた時期のことにすぎない。この時期以前のイギリスは、ユーラシア大陸の辺境に位置した後進的な存在にすぎなかった。地中海周辺でギリシア、ローマの古代文明が華を咲かせていた時代のイギリスには、未開のケルト系諸部族連合があったにすぎず、やがて紀元後1世紀にはローマ帝国に属州として組み入れられた。ここまでが古代史である。  しかし、ローマ化は社会の深部には達せず、4世紀末の民族移動の開始とともに、アングロ・サクソン諸部族国家の併立から統一への動きとなり、さらに11世紀のノルマン・コンクェストによって本格的な封建制社会が成立する。イギリス中世史は、アングロ・サクソン人と征服者との融合の過程であるとともに、この島国が大陸と一体となった時代であった。ことに12世紀のプランタジネット朝の成立によってイギリスは、フランスに展開した「アンジュー帝国」の属領たる観を呈した。フランスからの解放の動きが百年戦争であり、並行して国民国家の形成が進み、閉鎖的な島国にとどまったチューダー朝に絶対主義の時代を迎える。以上の中世史から近代への移行期に位置づけられるのが、エリザベス1世の治世とスチュアート朝である。  17世紀に戦われた二つの革命、すなわちピューリタン革命と名誉革命とを転機として、イギリスと大陸諸国との関係は逆転する。植民地帝国の形成、産業革命の遂行、議会政治の確立など、イギリスはそれまでの大陸諸国に「学ぶ」立場から、「学ばれる」模範としての存在へと変貌(へんぼう)を遂げた。「世界の工場」としての繁栄を謳歌(おうか)した19世紀のビクトリア時代が、イギリスの歴史の絶頂であったといえよう。しかし、20世紀に入って、二つの世界大戦を経験したイギリスには、もはや昔日のおもかげはない。