2016 アメリカ大統領選挙

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アメリカ史上最大の番狂わせともいわれた大統領選挙。トランプ大統領誕生までの選挙戦を振り返る。 既存の政治のあり方を覆すような波乱万丈の選挙戦を経て、2016年11月8日、アメリカ合衆国第45代大統領に共和党の候補者ドナルド・トランプが選出された。トランプは一般投票の得票数では民主党の候補者ヒラリー・クリントンに280万票以上の差で負けながら30州で多数票を得て選挙に勝った。選挙結果を確定する選挙人投票ではトランプ304票、クリントン227票となった。クリントン陣営は卓越した組織力と資金調達を強みとする選挙運動を展開した。投票日の直前にはほとんどすべての世論調査がクリントン楽勝との見通しを示した。だがその一方でトランプは趨勢の決め手となる産業地帯各州の主要都市郊外で「反ワシントン」を掲げて白人の労働者階層に支持を訴え続けていた。それが決定的な要因となって「アメリカ史上最大の番狂わせ」が起こったと一部の報道機関は伝えた。

政界での職歴皆無という門外漢が当選したことは、首都ワシントンD.C.における二大政党双方の旧態依然とした状態が固く拒絶されたことを意味する。トランプは損失を伴う国外の紛争への介入、貧富の差の拡大、実質賃金の低迷、行き過ぎた政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)、移民法の不徹底といった理由をあげ、しきりに政党内主流派の責任を追及した。選挙戦の広報活動では従来の報道筋を避けてソーシャルメディアを活用した。その投稿は不用意かつ主観的なことが多く、感情的なときもあって綿密な計算や側近の助言なしに発信しているようにみえた。

存在感を増すトランプ候補

2015年に両党の候補者選びが始まった頃は共和党有利とみなされた。多くの有権者の間で変化に向けて期待感が高まっていた。しかも民主党擁立の候補者は精彩を欠きそうだと思われた。退任間近のバラク・オバマ大統領は2008年の世界金融危機後の8年間を通じて着実な景気拡大を実現していた。だが新規に創出された雇用の多くはフルタイム就労ではない。しかも歴史的にみて景気回復の歩みは遅かった。オバマ政権による内政の看板的な成果である医療保険制度改革法(通称オバマケア)は財政面で行きづまっていた。外交政策では中国、ロシア、イランが急速に影響力を増す一方でアメリカは従来の優位な立場から後退しているようにみえた。そこで共和党は大統領選挙で勝てるという見込みが強まり、共和党指名候補を目指して17人という前例のない大人数が名のりを上げた。

対照的にオバマ政権で国務長官を4年間務めたという輝かしい経歴を持ち合わせたクリントンは民主党の支配層から強力に支持された。ところが予想外の対抗馬が出現する。それは民主社会主義者を自称するバーモント州選出上院議員のバーニー・サンダースだった。サンダースは、経済的な不平等の解消、貿易協定への反対、学費ローンの軽減、さらにクリントンの票田である金融業界の利権取り締まりを訴え、若年層と草の根勢力の支持を集めて党大会寸前まで善戦した。

初め共和党戦略家の間でトランプの出馬表明はもの笑いの種にされることもあった。トランプは公職に選出された経験が一度もないうえ、党の基盤である保守派とは調和しないようにみえた。トランプの大言壮語に対しては主要報道機関が公約としての実現性や内容の真偽を問うようになった。

候補者選びの手続きが始まった2015年にクリントンと元フロリダ州知事ジェブ・ブッシュはそれぞれ早々と1億ドル以上の選挙資金を調達しておのおのの党内で有力候補となった。しかし乱戦もようの共和党では、がむしゃらになって支配層にはむかう戦法が功を奏し、トランプがまもなく先頭走者となった。その姿勢はケーブルテレビの報道専門局にとって魅力的に映り、中所得層の有権者の心をひきつけた。側近や顧問から慎重を期すように言われてもトランプは出たとこ勝負でなにを言い出すか分からなかった。メキシコからの移民については「薬物を持ち込む、犯罪を持ち込む。性的暴行者だ。なかには善人もいるだろうが」と述べてヒスパニック系有権者の反感を招いた。国境に「大きくて美しい」壁を築いてメキシコに費用を負担させると繰り返し約束した。イスラム教徒によるアメリカへの移住を禁止することを求めた。

大統領選挙の幕開けとなったアイオワ州の党員集会ではテッド・クルーズ上院議員が勝利したが、トランプは次のニューハンプシャー州予備選挙、さらに福音派キリスト教徒が多いサウスカロライナ州を含む南部各州を制した。クルーズはほかに数州で勝ったとはいえ参加者が少なめの党員集会での場合が多かった。トランプはマルコ・ルビオ上院議員の地元フロリダ州でも勝利した。5月に入るとクルーズが撤退して事実上トランプに党候補への指名を譲った。それでも共和党支配層のなかにはトランプに神経を逆なでされた「トランプ拒否派」が形成された。たとえば過去の両ブッシュ政権関係者やその選挙資金の大口献金者たちである。加えてトランプは全米規模の報道機関各社のことを「自分が出会ったなかで過去最高に不誠実な人たち」と呼んで絶えず嘲ったため、前例がないような否定的な報道をされて報道機関から反対姿勢を示されるようになった。

民主党の候補者選びでも既得権益に反発する感情を盛り上げたサンダースが草の根勢力に支えられて23州で勝利し、その得票率は全体で43%に達した。クリントンは進歩派の有権者から支持を得たサンダースにならって政策構想の修正を余儀なくされた。最低賃金の引き上げ、環太平洋経済連携協定(TPP)への反対、中間所得層の学生のために公立大学授業料無償化といった新方針を掲げた。民主党には党大会に参加する代議員の約15%を特別代議員とする規則があるため最終的にクリントンの勝利は約束されていた。特別代議員には予備選挙も党員集会も経ずに党幹部や民主党全国委員会(DNC)のメンバーおよび主要公選職の就任者が選出され、圧倒的にクリントンを支持する顔ぶれがそろっていた。7月に入ってサンダースが指名争いから撤退したことにより党内はクリントン支持でおおむね結束するようになった。

混迷する選挙戦

二大政党それぞれが全国党大会を開催した7月に全米規模の世論調査と浮動票が多い主要な激戦州11州の世論調査でクリントンの支持率はトランプの支持率を大幅に上回った。オハイオ州クリーブランドで開催された共和党全国大会は無難なできばえに終わり、低調な運営と党内不和の兆候が目立った。候補者選びの過程でトランプに打ち負かされた一人でもある地元オハイオ州のジョン・ケーシック知事をはじめとして党内の大物多数がこの大会への参加を拒んだ。登壇しながらトランプ支持を率直に表明しなかったクルーズは聴衆からブーイングを浴びて退場した。応援演説をしたトランプの妻メラニアはミシェル・オバマのスピーチから一部剽窃したとして非難された。

対照的にペンシルバニア州フィラデルフィアで開催された民主党全国大会ではビル・クリントン元大統領、ジョー・バイデン副大統領、バラク・オバマ大統領夫妻それぞれが演説をして好評だった。この大会ではイラクで死亡した駐留アメリカ兵の両親も登壇してトランプを批判した。トランプは早速ツイッターの投稿を連発してこのイスラム教徒の夫婦を罵倒した。トランプ陣営は数日間その火消しに躍起となった。

低調な流れのなかで8月にトランプ陣営2人目の選挙対策委員長ポール・マナフォートがウクライナの親ロシア派政党から現金の支払いを受けた可能性があると示唆する報道があった。トランプは陣営の編成を再度見直し、副大統領候補に選んだインディアナ州知事マイク・ペンス、保守系報道機関の会長だったスティーブ・バノン、および新任の選挙対策委員長ケリーアン・コンウェーの力を頼るようになった。

選挙戦のご多分にもれず各陣営の犯す過ちが盛んに報道された。クリントンは9月に資金調達行事で聴衆を前にしながらトランプ支持者の半数を指して「嘆かわしい連中……人種差別主義、男女差別主義、同性愛嫌い、外国人嫌い、イスラム嫌い、その他いろいろ」と口を滑らせた。思い上がった発言をしたものだと猛烈に非難されたクリントンは謝罪するにいたったがそれでも発言の真意を弁明した。ニューヨーク市で営まれたアメリカ同時テロ犠牲者追悼行事からの帰途で倒れたように見えたこともクリントンの痛手となった。この失態により大統領職の激務に耐えられないのではないかというトランプの指摘が裏書きされた格好となった。

トランプは2005年のテレビ番組『アクセス・ハリウッド』収録中の未放送テープを公表されたことで面目を失った。当時リアリティ番組の主役を務めていたトランプは女性に対して好き勝手に性的な行為ができると私的な会話のなかで自慢していた。公表後、自分は女性が望まないような手出しをしたことは一度もないとトランプが述べると、十数人の女性がまさにトランプからそのような行為をされたと名のり出て非難した。

選挙運動期間も残すところあと1ヵ月という頃、ウィキリークスが選挙戦に介入した。クリントン陣営の選挙対策委員長ジョン・ポデスタのメールアカウントで送受信された5万通近くの電子メールを公開したのである。ポデスタのアカウントはパスワード利用のフィッシング手法による被害を受けていた。この時点までに連邦捜査当局ではウィキリークスの情報取得源はロシア系だという疑いを強めていた。公表された電子メールの内容は話題としては刺激的という程度のものが多かった。暴かれたのは、大統領候補テレビ討論会のために用意された質問をドナ・ブラジルDNC委員長代行がCNNテレビ出演時に入手してクリントンに伝えたといったことだった。それでも毎日続いた電子メールの公開は選挙戦終盤にクリントン陣営から有権者への発信を妨害するものだった。

刷新されたトランプ陣営幹部は10月のうちにトランプを説得し、支持集会では意識の流れのままに語るスタイルから原稿表示装置テレプロンプターを用いて演説する方式へと転換させた。これにより陣営戦略の核心に焦点を合わせた内容の濃い政策構想を毎回のスピーチに盛り込むことができるようになった。そうして中西部諸州でグローバル化の影響と雇用減によって打撃を受けた白人を中心とする中間層に支持を訴えた。トランプは2012年の大統領選挙ではすべて民主党のオバマが制したオハイオ州、アイオワ州、ミシガン州、ウィスコンシン州、およびペンシルバニア州を精力的に遊説して回った。ノースカロライナ州とフロリダ州にも何度も足を運んだ。雇用の減少を招いたとする「片方にだけ有利な」「不公平な」貿易協定に反対すると力説し、「池さらい」と称して首都ワシントンD.C.から腐敗した政治家や外部権益を一掃するという公約を掲げるようになった。伝統的には民主党の候補者に票を投じるアフリカ系アメリカ人の有権者からも支持をとりつけようと努力し、もともとマイノリティ居住地域における犯罪や学校の質はひどいと語って「どうせ失うものはないだろう」と問いかけた。

トランプが変革を提唱した一方でクリントンはおおむねオバマ政権の政策を引き継ぐことを約束し、気候変動への取り組み拡大とオバマケアの撤廃ではなく改善をと訴えた。3回のテレビ討論会は特に波乱なく終了して世論調査ではクリントン勝利と判定された。

選挙戦終盤の驚くべき展開として、クリントンは国務長官時代にニューヨーク州チャパクアの自宅にある私用メールサーバを公務に使用していた問題をむしかえされた。そのサーバの存在は共和党主導の連邦議会下院委員会が2012年のリビア北東部バンガージー(ベンガジ)でのアメリカ領事館襲撃事件について調査を進めるなかで国務長官退任から2年後に発覚した。当時クリントンは約3万1000通の電子メールを調査委員会に提出する一方でほぼ同じ量の個人的内容の電子メールの破棄を指示していた。アメリカ連邦捜査局(FBI)が捜査に乗り出し、捜査は長引いたものの民主党の候補者選びの過程にはほとんど影響を及ぼさなかった。それはおもに対立候補サンダースが問題視しなかったからだ。ジェームズ・コミーFBI長官はようやく2016年7月に報告書を発表し、クリントンは国家安全保障関連の情報の取り扱いに「はなはだしく不注意」だったものの、FBIは本人や関係者に犯意があったという証拠を得ていないと言明した。ロレッタ・リンチ司法長官はクリントンが訴追されないことを発表した。

本選挙の投票日までわずか11日という10月28日になってコミーは議会宛の書簡で新たに大量の電子メールが発見されたためFBIが捜査を再開することを伝えた。コミーの書簡は司法省高官らの反対を押して送付された。投票日の2日前にコミーは捜査の結論は変わらなかったと述べて再び幕引きをした。伝えられたところでは問題の電子メールはすでに捜査済みの電子メールと内容が重複していた。

現実となったトランプ大統領

こうした動揺を招く事態をうけて一部の世論調査では6ポイントにまで広がっていたクリントンのトランプに対する支持率のリードが縮まった。投票日前の最終的な世論調査によるとクリントンは一般投票の総数で約3.2%という小幅のリードだが、選挙戦の中心となった激戦州の多くで手堅く優位を保っていた。投票日前夜に激戦11州のうちトランプが明らかに優勢とされたのはオハイオ州とアイオワ州の2州のみだった。ところがいざ11月8日に投票が終わると、接戦となったフロリダ州とノースカロライナ州でトランプが勝ち、次いで予想に反してペンシルバニア州、ウィスコンシン州、ミシガン州もトランプが制した。ジョージア州やアリゾナ州のようにクリントンが従来の共和党支持の傾向を覆そうとして積極的に働きかけた各州でも共和党への支持が保たれた。連邦議会選挙でも上下両院で共和党が過半数の議席を維持するという投票結果になった。ただし民主党との議席数の差は両院でやや縮小した。

投票所の出口調査によるとトランプは減少傾向にある白人票の得票率が過去最高の58%に達した。対するクリントンは37%だった。トランプはヒスパニック系と黒人の間で2012年大統領選挙の共和党指名候補ミット・ロムニーよりよい結果を出した。大卒者の得票率ではクリントンが52%対43%で上回り、逆に非大卒者の得票率ではトランプが8ポイントの差で優勢だった。争点として最重視された経済運営の手腕ではクリントンが11ポイント高く支持された。トランプは変革の旗手として立ち上がって勝利をものにした。有権者の5人に2人が「必要とされる変化をもたらす」能力こそ候補者に期待する最も重要な資質だと答えており、そう答えた人々の間ではトランプが得票率83%対14%で圧勝した。総合的に2人は近年の歴史上最も人気が低い大統領候補だった。投票日におのおのの不支持率はクリントン54%、トランプ61%だった。

大方の予想を裏切るトランプの当選はアメリカ国内の深刻な政治的分断を一段と悪化させ、民主党員や進歩主義派、学術研究者、都市住民、芸能人の間に怒りといらだちを噴出させた。選挙戦中にクリントンとその支持派が調達および消費した選挙資金は過去最高の12億ドルに達し、勝者トランプの陣営が集めた資金の倍近くになった。クリントン支持派は選挙結果に対して不満を表明し、ロシアによるハッキング、インターネット上の不審なサイトから流される偽情報(フェイクニュース)など、敗因を多々数え上げた。クリントンは一般投票の総得票数でトランプを280万票も上回ったが、これほど大きな票差をつけながら負けた前例はなかった。クリントン票は大都市住民が多い州に集中し、カリフォルニア州だけでも票差は420万票に達した。

民主党側から批判を浴びても、共和党は選挙のあとになって大統領就任の正当性に難癖をつけるものとみなしてあまり相手にしなかった。共和党に言わせれば民主党の敗因はクリントン陣営の数多い短所にあった。たとえば、ブルーカラー労働者が多い有権者集団を抱えるミシガン州のような接戦州で積極的に選挙運動を繰り広げなかったことが指摘された。実際にクリントンは本選挙の選挙戦中にそういう接戦州の一つであるウィスコンシン州を一度も訪れなかった。

トランプは選挙後も誹謗中傷の沈静化に向けてほとんど努力することなく攻撃的なツイッター投稿を続けて批判勢力に対抗した。主要州をめぐる自画自賛の祝勝ツアーで支持者に感謝しながら当選を決めた夜の栄光にひたり続けた。空席になっている連邦最高裁判所判事に保守派の人物を指名する意向をあらためて強調した。オバマ大統領はその席にメリック・ガーランドを指名していたが、2016年の間は上院共和党が指名承認審議に応じることなく空席のままだった。政権発足を目前にしたトランプは主要閣僚に富豪の実業家や退役将校を中心とする政界に新参の顔ぶれを指名した。証券市場は少しの間だけ不確実な様相を呈したが新政権を好感し、景況感を盛り上げて年末には株価を過去最高の水準へと導いた。

トランプは自身の倫理問題と外国事業にまつわる諸問題への対応で引き延ばし作戦をとった。近年の二大政党指名候補の慣行として選挙戦中に納税申告書の公開を迫られても抵抗姿勢を貫いた。当選直後には自身および政権に影響力をもつトランプの親族が広範囲に及んで抱えているビジネス事業の権益を手放すための満足な計画を示してみせることができなかった。民主党から促されるかたちで連邦情報機関17組織の責任者は大統領選挙にロシアが影響を与えようとしたということを認めた。それはハッキング事件などで最終的にトランプにとって有利な方向へと導く組織的な努力だったとされた。この事態発覚をうけて新年度の議会による調査を要請する声が上がった。

通常ならアメリカの大統領選挙は国の明快な道しるべとなって政権運営の継続または重大な進路変更を指し示し、当選者は公約の正当性とそれを実行に移すための負託を確保することになる。しかし2016年の選挙は大いなる不確実性を生み出した。トランプは一般投票で多数票を確保できなかったどころか、思想信条を掲げることもなく絶えず変転するビジネスマンの実用主義に基づいた立場をとるかのようにみえた。しかも日和見主義の直観に頼って政権運営にあたるようだった。連邦議会は手続き上は与党の支配下にあるが、野党民主党は上院の侮りがたい勢力としてトランプの政治任用者の指名承認も政策も妨害するという姿勢をちらつかせた。トランプ政権とアメリカの前途は見たところ不鮮明きわまりない。