「1984年ロサンゼルスオリンピック」の版間の差分

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アメリカ合衆国のロサンゼルスを主催都市として行なわれた第23回[[オリンピック競技大会]]。1984年7月28日から 8月12日まで開催され,140の国と地域から約 6800人の選手団が参加した。ソビエト連邦,ドイツ民主共和国(東ドイツ),キューバ,ブルガリアなど社会主義諸国十数ヵ国が大会参加をボイコットした。大会組織委員長に就任したアメリカの実業家ピーター・ユベロスは,既存施設の利用,高額なテレビ放映権料の設定,公式スポンサーの募集など,徹底したオリンピックの民営化,ビジネス化を進めた。[[聖火リレー]]への参加も 1kmあたり 3000ドルで一般に販売し,物議をかもした。結果としてこの大会は 2億1500万ドルの利益を生み出し,以後のオリンピックの商業主義への流れを決定的にした。ソ連や東ドイツの不参加により,金メダル数はアメリカが 83個で 1位,次いでルーマニアが 20個で 2位,ドイツ連邦共和国(西ドイツ)が 17個で 3位,中国は 15個で 4位となった。最も注目を集めたのは,男子陸上競技の 100m,200m,走り幅跳び,400mリレーで 4個の金メダルを獲得したアメリカのカール・[[ルイス]]だった。日本勢は 10個の金メダルを獲得。男子体操は具志堅幸司や森末慎二らの活躍で金メダル 3個。男子レスリングで富山英明と宮原厚次が優勝。柔道男子では,右足を負傷しながら優勝した[[山下泰裕]]をはじめ,細川伸二,松岡義之,斉藤仁が金メダル。また,射撃のラピッドファイアピストルで 48歳の蒲池猛夫が優勝した。
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アメリカ合衆国のロサンゼルスを主催都市として行なわれた第23回[[オリンピック競技大会]]。1984年7月28日から 8月12日まで開催され,140の国と地域から約 6800人の選手団が参加した。ソビエト連邦,ドイツ民主共和国(東ドイツ),キューバ,ブルガリアなど社会主義諸国十数ヵ国が大会参加をボイコットした。大会組織委員長に就任したアメリカの実業家ピーター・ユベロスは,既存施設の利用,高額なテレビ放映権料の設定,公式スポンサーの募集など,徹底したオリンピックの民営化,ビジネス化を進めた。[[聖火リレー]]への参加も 1kmあたり 3000ドルで一般に販売し,物議をかもした。結果としてこの大会は 2億1500万ドルの利益を生み出し,以後のオリンピックの商業主義への流れを決定的にした。ソ連や東ドイツの不参加により,金メダル数はアメリカが 83個で 1位,次いでルーマニアが 20個で 2位,ドイツ連邦共和国(西ドイツ)が 17個で 3位,中国は 15個で 4位となった。最も注目を集めたのは,男子陸上競技の 100m,200m,走り幅跳び,400mリレーで 4個の金メダルを獲得したアメリカの[[カール・ルイス]]だった。日本勢は 10個の金メダルを獲得。男子体操は具志堅幸司や森末慎二らの活躍で金メダル 3個。男子レスリングで富山英明と宮原厚次が優勝。柔道男子では,右足を負傷しながら優勝した[[山下泰裕]]をはじめ,細川伸二,松岡義之,斉藤仁が金メダル。また,射撃のラピッドファイアピストルで 48歳の蒲池猛夫が優勝した。
  
 
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2018/10/14/ (日) 00:52時点における最新版

第23回オリンピック競技大会(だい23かいオリンピックきょうぎたいかい、: Jeux de la XXIIIe olympiade: Games of the XXIII Olympiad

アメリカ合衆国のロサンゼルスを主催都市として行なわれた第23回オリンピック競技大会。1984年7月28日から 8月12日まで開催され,140の国と地域から約 6800人の選手団が参加した。ソビエト連邦,ドイツ民主共和国(東ドイツ),キューバ,ブルガリアなど社会主義諸国十数ヵ国が大会参加をボイコットした。大会組織委員長に就任したアメリカの実業家ピーター・ユベロスは,既存施設の利用,高額なテレビ放映権料の設定,公式スポンサーの募集など,徹底したオリンピックの民営化,ビジネス化を進めた。聖火リレーへの参加も 1kmあたり 3000ドルで一般に販売し,物議をかもした。結果としてこの大会は 2億1500万ドルの利益を生み出し,以後のオリンピックの商業主義への流れを決定的にした。ソ連や東ドイツの不参加により,金メダル数はアメリカが 83個で 1位,次いでルーマニアが 20個で 2位,ドイツ連邦共和国(西ドイツ)が 17個で 3位,中国は 15個で 4位となった。最も注目を集めたのは,男子陸上競技の 100m,200m,走り幅跳び,400mリレーで 4個の金メダルを獲得したアメリカのカール・ルイスだった。日本勢は 10個の金メダルを獲得。男子体操は具志堅幸司や森末慎二らの活躍で金メダル 3個。男子レスリングで富山英明と宮原厚次が優勝。柔道男子では,右足を負傷しながら優勝した山下泰裕をはじめ,細川伸二,松岡義之,斉藤仁が金メダル。また,射撃のラピッドファイアピストルで 48歳の蒲池猛夫が優勝した。



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