「長妻昭」の版間の差分

提供: miniwiki
移動先:案内検索
(1版 をインポートしました)
(内容を「 '''長妻 昭'''(ながつま あきら、1960年昭和35年〉6月14日 - ) 平成時代の政治家。 昭和35年6月14日生まれ。日本電気...」で置換)
(タグ: Replaced)
 
1行目: 1行目:
{{複数の問題|ソートキー = 人
 
|存命人物の出典明記 = 2014年4月22日
 
|宣伝 = 2014年4月22日
 
}}
 
{{政治家
 
|人名 = 長妻 昭
 
|各国語表記 = ながつま あきら
 
|画像 = Akira Nagatsuma 201006.jpg
 
|画像サイズ = 200px
 
|画像説明 = 入閣に際して公表された肖像写真
 
|国略称 = {{JPN}}
 
|生年月日 = {{生年月日と年齢|1960|6|14}}
 
|出生地 = {{JPN}} [[東京都]][[練馬区]]
 
|没年月日 =
 
|死没地 =
 
|出身校 = [[慶應義塾大学大学院法学研究科・法学部|慶應義塾大学法学部]]法律学科
 
|前職 = [[日経BP]]従業員
 
|現職 = 代表代行<br />政務調査会長<br />東京都総支部連合会代表
 
|所属政党 = ([[平成維新の会]]→)<br />([[新党さきがけ]]→)<br />([[民主党 (日本 1996-1998)|旧民主党]]→)<br />([[民主党 (日本 1998-2016)|民主党]]→)<br />([[民進党]]→)<br />[[立憲民主党 (日本)|立憲民主党]]
 
|称号・勲章 = [[学士(法学)|法学士]](慶應義塾大学)
 
|親族(政治家) =
 
|配偶者 =
 
|サイン =
 
|ウェブサイト = http://www.naga.tv/
 
|サイトタイトル = 衆議院議員 ながつま昭
 
|国旗 = JPN
 
|職名 = [[衆議院議員]]
 
|内閣 =
 
|選挙区 = ([[東京都第7区|東京7区]]→)<br />([[比例東京ブロック]]→)<br />東京7区
 
|当選回数 = 7回
 
|就任日 = [[2000年]]
 
|退任日 = 現職
 
|所属委員会 =
 
|議員会館 =
 
|元首職 =
 
|元首 =
 
<!-- ↓省略可↓ -->
 
|国旗2 = JPN
 
|職名2 = 第11・12代 [[厚生労働大臣]]
 
|内閣2 = [[鳩山由紀夫内閣]]<br />[[菅内閣]]
 
|選挙区2 =
 
|当選回数2 = 
 
|就任日2 = [[2009年]][[9月16日]]
 
|退任日2 = [[2010年]][[9月17日]]
 
|元首職2 =
 
|元首2 =
 
<!-- ↑省略可↑ -->
 
}}
 
'''長妻 昭'''(ながつま あきら、[[1960年]]〈[[昭和]]35年〉[[6月14日]] - )は、[[日本]]の[[政治家]]。[[衆議院議員]](7期)、[[立憲民主党 (日本)|立憲民主党]]代表代行・[[立憲民主党政務調査会|政務調査会長]]・東京都総支部連合会[[代表]]。
 
  
[[厚生労働大臣]][[鳩山由紀夫内閣|第11代]][[菅内閣|第12代]])、[[国民民主党代表|民進党代表]]代行、[[国民民主党幹事長|民主党幹事長]]代行、[[民主党 (日本 1998-2016)|民主党]]代表代行などを歴任した。
+
'''長妻 昭'''(ながつま あきら、[[1960年]][[昭和]]35年〉[[6月14日]] -
  
== 来歴 ==
+
平成時代の政治家。
=== 生い立ち ===
 
[[東京都]][[練馬区]]生まれ。[[東京都立練馬高等学校]]、[[慶應義塾大学法学部]]卒業。大学卒業後、[[日本電気|日本電気(NEC)]]に入社し、[[メインフレーム|大型コンピューター]]の営業職を務める。その後[[日経ビジネス]]の記者に転職し、主に金融、行政、政治分野を担当した。
 
  
[[1992年]]、[[大前研一]]が立ち上げた[[平成維新の会]]に参加し、事務局長代理を務める。[[1995年]]の[[第17回参議院議員通常選挙]]に平成維新の会公認で立候補するも、落選。その後[[新党さきがけ]]に入党し、[[1996年]]の[[民主党 (日本 1996-1998)|旧民主党]]結党に参加する。[[1996年]]、[[第41回衆議院議員総選挙]]に旧民主党公認で[[東京都第10区|東京10区]]から出馬するが、[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]公認の[[小林興起]]に大敗。次点も[[新進党]]前職の[[鮫島宗明]]に奪われ、[[重複立候補制度|重複立候補]]していた[[比例東京ブロック]]での復活もならず落選した。
+
昭和35年6月14日生まれ。日本電気(NEC),日経BP社勤務をへて,平成12年東京7区から出馬し衆議院議員に初当選(当選6回,民主党)。年金問題の追及や質問主意書を多くだし「ミスター年金」の異名をもつ。21年鳩山連立内閣の厚生労働相,年金改革担当相。22年菅連立内閣で厚生労働相,年金改革担当相に再任。27年民主党代表代行。東京都出身。慶大卒。
 
 
=== 政治家として ===
 
[[ファイル:Emperor Akihito Empress Michiko and Akira Nagatsuma 20091207.jpg|thumb|left|200px|[[2009年]][[12月7日]]、[[国立障害者リハビリテーションセンター]]にて[[明仁|今上天皇]](左)、[[美智子皇后]](中央)と]]
 
[[ファイル:Akira Nagatsuma 20100531.jpg|thumb|left|200px|[[2010年]][[5月31日]]、[[千鳥ケ淵戦没者墓苑]]拝礼式にて]]
 
[[2000年]]の[[第42回衆議院議員総選挙]]では、[[東京都第7区|東京7区]]に国替えし、[[民主党 (日本 1998-2016)|民主党]]公認で出馬。自民党前職で、[[北海道開発庁|北海道開発庁長官]]や[[沖縄振興局|沖縄開発庁長官]]を歴任した[[粕谷茂]]に[[比例復活]]すら許さない票差をつけ、初当選(粕谷はこの敗北が遠因になり、政界引退に追い込まれた)。[[2002年]]9月の[[民主党代表選挙]]では、同じ東京都選出で当時[[民進党幹事長|幹事長]]だった[[菅直人]]の推薦人に名を連ねる<ref>[http://www.eda-jp.com/dpj/2002/kan/suisen.html 2002/09 民主党代表選立候補推薦人一覧]</ref> (菅は[[岡田克也]]を破り当選)。[[2003年]]の[[第43回衆議院議員総選挙]]で再選。[[2005年]]の[[第44回衆議院議員総選挙]]では、東京7区で自民党の[[松本文明]]に敗れたが、重複立候補していた比例東京ブロックで復活し、3選。
 
 
 
[[2009年]]5月の[[2009年民主党代表選挙|民主党代表選挙]]では、中堅・若手を中心に出馬を期待する声が上がったものの立候補を見送り、副代表を務めていた岡田克也の推薦人に名を連ねた(岡田は[[鳩山由紀夫]]に敗北)。同年8月の[[第45回衆議院議員総選挙]]では、東京7区で松本を大差で破り4選。選挙後に発足した[[鳩山由紀夫内閣]]で[[厚生労働大臣]]に任命され、初入閣。あわせて「年金行政の抜本的な見直しを推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」を担当する[[国務大臣]](年金改革担当大臣)を兼務。鳩山の退陣に伴い[[2010年]]6月に発足した[[菅内閣]]においても、引き続き入閣した<ref>「人事異動」『[[官報]]』号外特17号、[[国立印刷局]]、[[2010年]][[6月8日]]、1面。</ref>。
 
 
 
同年9月、[[菅内閣 (第1次改造)|菅第1次改造内閣]]の発足に伴い、厚生労働大臣を退任し、民主党筆頭副幹事長に就任。閣僚経験者の副幹事長への起用は民主党内では異例の降格人事とされ、[[内閣改造]]に際して閣僚人事の検討を主導した当時の[[内閣官房長官]][[仙谷由人]]は「長妻君の職員からの評判はすこぶる悪い。かと言って、交代させると、ダメという烙印を押すことになる」と周囲に語ったとの[[報道]]もある<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100918-OYT1T00144.htm 「脱小沢」仙谷氏が主導、派閥人事も…改造内閣]</ref>。厚労相退任に際し、長妻自身はわずか1年間での退任に未練をにじませた<ref>[http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819481E3EBE2E2868DE3EBE2EBE0E2E3E2E2E2E2E2E2E2 長妻氏、厚労相交代に未練? 官僚との対決姿勢「定着を」]</ref>。
 
 
 
[[2012年]]、[[衆議院]][[厚生労働委員会|厚生労働委員長]]に就任。同年12月の[[第46回衆議院議員総選挙]]では[[与党]]に猛烈な逆風が吹き荒れる中、東京7区で自民党元職の松本を破り、5選(松本は比例復活)。なおこの選挙で、[[東京都]]の25の小選挙区で当選した民主党候補は長妻と[[長島昭久]]の2人だけであった。[[2013年]]5月、民主党幹事長代行に就任<ref>{{cite news|title=幹事長代行を4人に 民主、参院選へ強化|newspaper=産経新聞|date=2013-05-27|url=http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130527/stt13052719190009-n1.htm|archiveurl=http://web.archive.org/web/20130528025223/http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130527/stt13052719190009-n1.htm|archivedate=2013-05-28}}</ref>。
 
 
 
[[2014年]]、政調会長代理に再び就任。同年12月の[[第47回衆議院議員総選挙]]では、再び松本を破り6選(松本は比例復活)。この選挙により、東京都内で唯一民主党が勝利した選挙区となった。
 
 
 
同年12月末、元[[農林水産大臣]][[赤松広隆]]ら党内[[自由主義|リベラル]]勢力の支援を受けて[[2015年]]1月の[[2015年1月民主党代表選挙|民主党代表選挙]]に出馬を表明。支持基盤が重なっている元[[農林水産副大臣]][[篠原孝]]との候補1本化に成功し、推薦人に赤松や篠原の他、政界での盟友(後述)[[山井和則]]、慶応大の後輩で平成維新の会へも共に参加した[[風間直樹]]らが名を連ねたが、3位となり決選投票に進めず敗北。岡田発足後は党代表代行に就任した。
 
 
 
[[2016年]]3月、民主党と[[維新の党]]が合流して結成された[[民進党]]に参加し、[[国民民主党執行部|執行部]]発足後も代表代行に留任した。
 
 
 
[[2017年民進党代表選挙]]では[[枝野幸男]]陣営の選対本部長に就任し<ref>{{cite news|title=小池新党との関係争点化=枝野氏、選対本部設置―民進代表選|agency=時事通信|newspaper=Yahoo!ニュース|date=2017-08-17|url=https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170817-00000068-jij-pol}}</ref><ref>{{cite news|title=【民進党代表選】枝野幸男元官房長官が選対事務所開き 「地方票」に活路 「日本の政治を再生させる」|newspaper=産経新聞|date=2017-08-17|url=http://www.sankei.com/politics/news/170817/plt1708170027-n1.html}}</ref><ref>{{cite news|title=民進代表選 前原氏、議員票でリード 枝野氏は地方・党員重視|newspaper=東京新聞|date=2017-08-18|url=http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201708/CK2017081802000128.html}}</ref>、[[菅直人]]や[[有田芳生]]らとともに枝野の推薦人となった<ref>{{cite news|title=【民進党代表選】菅直人、有田芳生氏ら 枝野幸男氏推薦人|newspaper=産経新聞|date=2017-08-21|url=http://www.sankei.com/politics/news/170821/plt1708210019-n1.html}}</ref>。前原執行部発足後は党選挙対策委員長に就任<ref>{{cite news|url=https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS05H2W_V00C17A9MM8000/|title=山尾氏の起用見送り 民進新執行部が発足|newspaper=日本経済新聞|date=2017-09-05|accessdate=2017-09-12}}</ref>。また同年9月12日には民進党東京都連会長に選出された<ref>{{cite news|url=http://www.yomiuri.co.jp/politics/20170912-OYT1T50100.html|title=民進都連会長に長妻元厚労相…幹事長は川田氏|newspaper=読売新聞|date=2017-09-12|accessdate=2017-09-12}}</ref><ref>{{cite news|title=民進 東京都連 新会長に長妻元厚労相を選出|newspaper=NHK|date=2017-09-12|url=http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170912/k10011136841000.html|archiveurl=http://archive.is/7PKW9|archivedate=2017-09-12}}</ref><ref>{{cite news|title=民進都連:会長に長妻氏正式選出 臨時大会 /東京|newspaper=毎日新聞|date=2017-09-13|url=https://mainichi.jp/articles/20170913/ddl/k13/010/149000c}}</ref>。
 
 
 
2017年9月28日の両院議員総会で前原が10月の[[第48回衆議院議員総選挙]]に民進党公認候補を立てず[[希望の党]]との事実上の合流に踏み切る方針を提案し了承された後、10月3日に枝野が立ち上げた[[立憲民主党 (日本)|立憲民主党]]に結党メンバーとして名を連ね<ref>{{cite news|url=http://www.sankei.com/politics/news/171003/plt1710030036-n1.html|title=立憲民主党が設立を届け出 結成メンバーは6人 「理念曲げずに総選挙に臨む器できた」長妻昭元厚生労働相|newspaper=産経新聞|date=2017-10-03}}</ref><ref>{{cite news|title=衆院選、3極走る 公示まで1週間|newspaper=日本経済新聞|date=2017-10-03|url=https://www.nikkei.com/article/DGXMZO21818450T01C17A0MM0000/}}</ref><ref>{{cite news|title=立憲民主の擁立 50人規模見込む|newspaper=東京新聞|date=2017-10-04|url=http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201710/CK2017100402000120.html}}</ref>、代表代行に就任した<ref>{{cite news |url=http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171004/k10011167501000.html |title=立民 長妻代表代行 希望との連携に否定的|date=2017-10-04 |newspaper=NHK|accessdate=2017-10-05}}</ref>。選挙戦では松本をまたしても寄せ付けず、7選(松本は比例復活)<ref>[http://www.asahi.com/senkyo/senkyo2017/kaihyo/A13.html#Area007 東京-開票速報-2017衆議院選挙(衆院選):朝日新聞デジタル]</ref>。10月26日、執行役員会で政調会長の兼務が決まる<ref>[http://www.sankei.com/politics/news/171026/plt1710260029-n1.html 立憲民主党、政調会長は長妻昭代表代行が兼務 選対委員長に近藤昭一副代表]産経ニュース</ref>。12月4日、立憲民主党東京都連が設立され、会長に就任<ref>[http://www.asahi.com/articles/ASKD136PYKD1UTIL00M.html 立憲民主、東京都連設立へ 長妻氏が会長に]朝日新聞 2017年12月1日</ref>。
 
 
 
== 厚生労働大臣 ==
 
[[ファイル:Akira Nagatsuma Yoshiko Tobimatsu Empress Michiko and Emperor Akihito 20091207.jpg|thumb|200px|[[2009年]][[12月7日]]、[[国立障害者リハビリテーションセンター]]にて[[明仁|今上天皇]](手前右端)、[[美智子皇后]](手前中央)、国立障害者リハビリテーションセンター[[総長]]飛松好子(奥中央)と]]
 
[[ファイル:Akira Nagatsuma 20091203.jpg|thumb|200px|[[2009年]][[12月3日]]、[[東京女子医科大学]]にて]]
 
[[ファイル:Ritsuo Hosokawa and Akira Nagatsuma 20100921 1.jpg|thumb|200px|[[2010年]][[9月21日]]、新旧[[厚生労働大臣]]の事務引き継ぎにて[[細川律夫]](左)と]]
 
* [[2009年]][[9月17日]]に[[厚生労働省]]に初登庁したが、出迎えた職員からは拍手もなく、終始緊張感のただよう初登庁であった<ref>[http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20090918-545082.html 長妻大臣にシラ~ッ 厚労職員拍手なし]</ref>。その後の訓示では、民主党の衆院選[[マニフェスト]](政権公約)の冊子を手にしながら、マニフェストを「ある意味、[[国民]]と新しい[[日本国政府|政府]]との契約書、あるいは命令書と考えてもよい」と訓示した<ref>[http://mediajam.info/topic/1046624 「マニフェストの熟読を」―長妻厚労相が訓示]</ref>。
 
* 2009年[[9月19日]]、[[厚生労働大臣]]として[[障害者自立支援法]]の廃止を明言した<ref>{{Cite news | url = http://www.47news.jp/CN/200909/CN2009091901000707.html | title = 厚労相、生活保護指標見直し指示 障害者自立支援法は廃止明言 | agency = [[47NEWS]] | publisher = [[共同通信社]] | date = 2009-09-19 | accessdate = 2014-09-25 }}</ref>。
 
* 2009年[[9月25日]]、[[守秘義務]]のない民主党政策調査会の職員を、省内の担当部署からの説明時に同席させている問題について、民主党の職員を非常勤[[国家公務員]]として採用することで問題を解決する考えを示した<ref>{{cite news|url=http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090925-OYT1T01086.htm|title=長妻厚労相「党職員を公務員に」…省内説明同席問題|newspaper=[[読売新聞]]|date=2009-09-25}}{{リンク切れ|date=2010年3月}}</ref>。
 
* 2009年[[9月30日]]、[[閣議]]について「[[印章|判子]]を押してそれで解散という[[自由民主党 (日本)|自民党]]の方式ではなく、閣議の後で懇談会で率直な意見交換を行うようにした」と[[記者会見]]で報告した。記者から「自民党も閣議・閣僚懇という仕組みで同じことをしていました。民主党が「形骸化した」と批判していた閣議は参加してみたら実はそうではなかったという趣旨の感想でしょうか」と質問されると、長妻は「[[マスコミュニケーション|マスコミ]]の[[報道]]で見た自民党の閣議は、サインをして「はい終わり」というものだった。実際に見たことはないが、民主党のように濃厚な議論はしていないと思う」と回答した<ref>[http://www.mhlw.go.jp/kaiken/daijin/2009/09/k0918.html 厚生労働省:平成21年9月18日付大臣会見概要]</ref>。
 
* 2009年[[10月5日]]、緊急雇用対策に関する指針について取材しようと[[内閣府]]の会議室前で待機していた[[ぶら下がり]]の記者たちを避けるため、貨物用[[エレベーター]]に乗り込んで、地下から逃げるように立ち去ったと、[[週刊文春]]に報道された<ref>[http://www.bunshun.co.jp/mag/shukanbunshun/shukanbunshun091022.htm 文藝春秋|雑誌|週刊文春_091022] [[週刊文春]] 2009年10月22日号</ref>。
 
* 2009年[[10月26日]]、[[中央社会保険医療協議会]]の後任人事について、自民党を支持する[[日本医師会]]の委員枠を実質廃止し、同年[[8月]]の総選挙で民主党を支持した茨城県医師会の医師ら3人を選出した<ref>{{cite news|url=http://www.news24.jp/articles/2009/10/27/07146577.html#|title=長妻厚労相、中医協内定人事を発表|publisher=日テレNEWS24|date=2009-10-27|accessdate=2011-1-20}}</ref>。
 
* 2009年[[11月12日]]、[[日経ビジネス]]の[[インタビュー]]で「自民党[[政権]]だったら、[[国務大臣|大臣]]になってもすべてお膳立てが整っている。極端に言えばハンコをつくくらいだと推察されます」と、同年9月30日に述べた自民党への見解を重ねて主張。また[[予算]]額について自ら[[電卓]]を使っている理由として「最初は自分でやってみないことにはどうにもならないから」、自民党の大臣については「自分で電卓をたたく大臣はいなかったんじゃないか」と語った<ref> [http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20091106/209074/ 自ら電卓たたきムダ削減] [[日経ビジネスオンライン]] 2009年10月14日</ref>。
 
 
 
=== 年金関連 ===
 
* 「ミスター年金」と呼ばれた長妻であったが、厚生労働大臣となってからは慎重な発言が多いため、「ミスター検討中」と揶揄する声が挙がった<ref>[[2009年]][[10月16日]] [[読売新聞]]</ref><ref>{{cite news | url = http://hochi.yomiuri.co.jp/column/masuzoe/news/20091104-OHT1T00038.htm | title = 舛添氏、長妻厚労相に辛口エール「もう役人にだまされ始めている」 | newspaper = [[スポーツ報知]] | date = 2009-11-04 | accessdate = 2010-08-02 }}</ref><ref>{{cite news | url = http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/322193/ | title = 長妻昭厚労相(49)「ミスター検討中」返上 したたかに反転攻勢 | newspaper = [[SANKEI EXPRESS]] | date = 2009-11-09 | accessdate = 2010-08-02 }}</ref>。これについて長妻は、「すぐに結論が出せるものもありますが、じっくりと制度の改革などを考えなければならないこともあります」「([[社会保障]]分野では)きちんと議論をして、それを多くの方の意見を聞いて、段階を踏む必要がある」と釈明している<ref>[http://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/2009/2r98520000001vlg.html 平成21年10月27日厚生労働大臣記者会見]</ref>。
 
* 2009年(平成21年)9月29日、民主党がマニフェストで反対していた[[日本年金機構]]について、[[2010年]](平成22年)1月に発足させる方針を発表した。1078人の民間人の採用手続きが進んでいることや、庁舎移転なども始まっていることから、発足を凍結した場合の影響が大きいと判断した<ref>{{cite news|url=http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090929-OYT1T00397.htm|title=年金機構1月発足固まる…懲戒職員扱い焦点|newspaper=読売新聞|date=2009-09-29|accessdate=2009-10-06}}{{リンク切れ|date=2010年3月}}</ref>。
 
* 2009年[[10月10日]]、[[2010年]]度予算の概算要求で日本年金機構の[[非正規雇用|非正規]]職員を含めた人件費を、年金記録解明のために増額を求めることを示した<ref>「日本年金機構が始動 長妻厚労相『失敗は許されない』」朝日新聞、2010年1月4日</ref>。
 
* 2009年[[10月27日]]、[[社会保険庁]]が日本年金機構に移行することによって、[[分限免職]]される社会保険庁の職員([[懲戒処分]]歴のある職員は年金機構で雇用されずに分限免職となる)数百人を、[[地方公共団体|地方自治体]]が採用するように働き掛ける方針を表明<ref>{{cite news|url=http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009102701000950.html|title=再就職先に地方自治体も 社保庁分限免職で厚労相|newspaper=[[共同通信社]]|date=2009-10-27|accessdate=2009-11-19
 
}}</ref>。
 
* 2009年10月、党がマニフェストに掲げた社保庁と[[国税庁]]を統合して歳入庁を創設する構想について、年金機構を「つなぎ」とし、4年後には歳入庁に統合する方針を表明。ただしこの構想を実現しようとした場合、公務員ではない年金機構の職員1万1千人を、歳入庁で公務員に戻すと公約に矛盾しかねないことや、国税庁職員を非公務員とすると、同庁を外局に抱える[[財務省 (日本)|財務省]]が猛反発する可能性があるといった批判も出された<ref>{{cite news| author = 塙和也| url = https://web.archive.org/web/20100118014615/http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091231ddm003010103000c.html| title = クローズアップ2009:年金機構、課題山積 不祥事多発の社保庁消え、あす発足| newspaper = 毎日新聞| date = 2009-12-31| accessdate = 2014-02-22 }}</ref>。
 
* 2009年[[11月12日]]、[[年金記録問題]]について、[[国民年金]]加入期間の空白が1年以内である場合や、2年以内で他に未納期間がない場合には、証拠がなくても納付したと認める方針を表明<ref>{{cite news|url=http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20091112-OYT1T00681.htm|title=国民年金、加入の証拠なくても2年以内は救済|newspaper=読売新聞|date=2009-11-13}}{{リンク切れ|date=2010年3月}}</ref>。
 
* 2009年[[11月13日]]、過去に懲戒処分を受けた社会保険庁の職員を、厚生労働省の非常勤職員として採用することを検討する意向を表明。採用の規模は最低で100人ほどを予定していたが<ref>{{cite news|url=http://www3.nhk.or.jp/news/k10013754691000.html|title=長妻厚生労働大臣、過去に懲戒処分を受けた職員を厚労省の非常勤として採用を検討|publisher=[[NHKオンライン]]|date=2009-11-13|accessdate=}}{{リンク切れ|date=2010年3月}}</ref>、「(非常勤採用を)自動的にできるという意識は持っていない」として、案を主導した[[日本労働組合総連合会|連合]]と距離を置くことになった<ref>{{cite news|url=http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091122ddm001010065000c.html|title=読む政治:「長妻流」で巻き返し 強権「一匹オオカミ」|newspaper=[[毎日新聞]]|date=2009-11-22}}{{リンク切れ|date=2010年3月}}</ref>。12月1日、過去に懲戒処分を受けた社会保険庁の職員約300人の日本年金機構への移行に伴う処遇について、無許可で[[労働組合]]の活動に専従した30人を民間の[[解雇]]にあたる分限免職とし、年金記録のぞき見などで処分歴がある約280人については非常勤職員の公募への応募を認めるが、採用は250人に限ることを発表した<ref>[https://web.archive.org/web/20091202160850/http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091201-OYT1T00534.htm 社保庁、ヤミ専従約20人を分限免職]YOMIURIONLINE 2009年12月1日</ref>。[[野党]]時代は厚生労働省での採用に否定的で「社保庁職員は[[ハローワーク]]に行け」と主張していたが、[[平野博文]][[内閣官房長官|官房長官]]からの要請に応じたものとみられる<ref>毎日新聞 2009年12月2日</ref>。
 
* 2009年[[11月14日]]、[[行政刷新会議]]で厚生労働省の立場を説明するために、局長級の官僚を派遣。その議論の様子をテレビで見た「仕分け人に対する局長級の説明能力が低い」と指摘した<ref>{{cite news|url=http://www.nikkei.co.jp/news/main/20091117AT3S1602S16112009.html|title=厚労相、局長級と毎週「朝礼」 「仕分け人への説明能力低い」指摘|newspaper=[[日本経済新聞]]|date=2009-11-19|accessdate=2009-11-19}}{{リンク切れ|date=2010年3月}}</ref>。
 
* 2009年12月28日、厚生労働大臣(当時)である長妻は、懲戒処分を受けていた251人の職員を含めた525人を、分限免職とする方針を決定した<ref>[http://www.sia.go.jp/infom/press/houdou/2009/h091228_02.pdf 社会保険庁の廃止に伴う職員の移行等の状況について]</ref>。
 
* 夫が[[失業]]した時に、国民年金の種類を切り替えていない[[専業主婦]]が全国に約100万人居るという、主婦の国民年金3号切り替え問題について、[[2011年]][[3月]]に、救済方法や法改正をせずに行政裁量で対応させる方針を決定し、同年[[12月]]に救済策を定めた通知を課長名で出させた<ref>{{cite news |title=課長通知「知らなかった」=救済策、長妻氏が決定-年金切り替え漏れ・細川厚労相 |newspaper=時事通信 |date=2011-03-04 |url=http://www.jiji.com/jc/zc?k=201103/2011030400586 |accessdate=2011-04-30}}</ref>。なお2011年3月8日、衆議院[[厚生労働委員会]]で後任の[[細川律夫]]は、長妻から引き継ぎを受けていなかったと説明し<ref>[http://www.j-cast.com/2011/03/08089951.html?p=all 細川厚労相「責任」を転嫁するのか 年金救済策、長妻前大臣との関係]</ref>、通達を出した課長は更迭された<ref>[http://www.zaikei.co.jp/article/20110311/68704.html 運用3号通知問題で身内に甘いと追及 草川氏 ]</ref>。
 
 
 
=== 後期高齢者医療制度 ===
 
* 2009年[[10月4日]]、 2008年[[6月]]に民主党が[[参議院]]に提出して可決させた「[[後期高齢者医療制度]]を即時廃止し、老健を復活させる法案」の実現を断念し、[[自公連立政権|自公政権]]の政策(後期高齢者医療制度の継続と老人保健制度の復活の断念すること)を発表した<ref>{{cite news|url=http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091003-OYT1T01106.htm|title=廃止のはずの「後期高齢者」当面維持…長妻厚労相|newspaper=読売新聞|date=2009-10-04}}{{リンク切れ|date=2010年3月}}</ref>。
 
* 2009年[[11月9日]]、2010年度の後期高齢者の医療保険料が平均12%増になることを発表<ref>{{cite news|url=http://www.asahi.com/politics/update/1109/TKY200911090371.html|title=後期高齢者医療保険料、平均12%増の見通し 10年度|newspaper=[[朝日新聞]]|date=2009-10-27|accessdate=2009-11-19}}</ref>。
 
 
 
=== 母子加算の復活 ===
 
* 2009年[[9月22日]]、[[生活保護]]の[[生活保護#母子加算|母子加算]]を10~11月ごろまでに復活させる方針を発表<ref>{{cite news|url=http://www.jiji.com/jc/zc?k=200909/2009092100162|title=母子加算が実績第1号?=長妻厚労相指示、復活へ作業加速|newspaper=[[時事通信社]]|date=2009-09-21|accessdate=2009-11-29}}{{リンク切れ|date=2010年3月}}</ref>。
 
* 2009年[[10月8日]]、生活保護の母子加算を[[12月]]までに復活させる方針を発表。母子加算の財源を作るため、災害など緊急時に備える[[予備費]]などを割り当てる方針を発表<ref>{{cite news|url=http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/091008/fnc0910080152003-n1.htm|title=母子加算、12月復活へ 〜60億円捻出へ調整|newspaper=産経新聞|date=2009-10-08|accessdate=2009-11-30}}</ref>。
 
* 2009年[[10月14日]]、母子加算の財源を作るため、「子育て応援特別手当」(3歳未満の[[児童手当]]が5000円から10000円にされた時に「すきま」年齢としてすりぬけた児童を対象に1回限り3万6千円を支給する[[政策]])を支給停止することを決定<ref>{{cite news | url = http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009101401000900.html | title = 子育て応援手当を支給停止 長妻氏決断、自治体混乱も | agency = 共同通信社 | date = 2009-10-14 | accessdate = 2010-08-02 }}</ref>。
 
* 2009年(平成21年)[[10月22日]]、母子加算の財源を作るため、「ひとり親世帯就労促進費」(月に3万円以上収入を得た場合に1万円を支給し、自立に向けて努力しているひとり親世帯を支援する制度)を廃止する方針を発表<ref>{{cite news|url=http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/policy/315908/|title=子加算復活を正式合意 予備費を充当 「ひとり親世帯就労促進費」は廃止|newspaper=産経新聞|date=2009-10-22|accessdate=2009-11-29}}</ref>。
 
 
 
=== 子ども手当 ===
 
* 2009年には、[[子ども手当]]を推進した<ref>民主党ニュース、2011年2月18日</ref>。
 
子ども手当の意義や目的については平成23年度の制度設計で検討するとした。
 
 
 
=== 平成22年度版厚生労働白書 ===
 
2010年[[8月27日]] 平成22年度版厚生労働白書を閣議決定したが、巻頭に厚労行政について「お詫び」したり<ref>[http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/10/index.html 平成22年版 厚生労働白書 厚生労働省改革元年]</ref>、巻末に「厚生労働カルタ」を添付した<ref>[http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/10-3/index.html  平成22年版厚生労働白書 厚生労働省改革元年(100人でみた日本、日本の1日、参考事例集、カルタ)]</ref>異例の内容であった<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100827/plc1008272328021-n1.htm 巻末にカルタ お詫びも… 異例ずくめの「長妻」厚生労働白書]</ref>。長妻は自身のホームページでも「ながつまカルタ」<ref>[http://naga.tv/profile/karuta/index.html ながつまカルタ]</ref>を掲載しており、白書でのカルタ添付も長妻が指示し、意向が強く反映された形となっており、省内からは「まるで長妻白書だ」(幹部)との声も漏れていた<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100827/plc1008272328021-n1.htm 巻末にカルタ お詫びも… 異例ずくめの「長妻」厚生労働白書]</ref>。
 
 
 
=== 代替医療関連 ===
 
* 長妻は、2010年[[1月28日]]の[[予算委員会]]において「統合医療の省内でプロジェクトチームをつくりまして、これを一本にまとめていくということで検討していくということであります。統合医療は、もう言うまでもなく、西洋医学だけではなくて、伝統医学、漢方、鍼灸、温泉療法、音楽療法、芸術療法、心身療法、自然療法、ハーブ療法、'''ホメオパチー'''(原文ママ)などいろいろな広がりがあるものでございまして、厚生労働省といたしましても、この22年度の予算でかなりこれまで以上に、研究分野の統合医療の研究について十億円以上の予算を計上しまして、その効果も含めた研究というのに取り組んでいきたい」と答弁した<ref>[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/174/0014/17401280014003a.html 第174回国会 予算委員会 第3号 平成22年1月28日(木曜日)]</ref>。
 
* 2010年[[8月24日]]、[[日本学術会議]]は[[ホメオパシー]]に関する会長談話を発表した<ref>「[http://www.asahi.com/national/update/0824/TKY201008240373.html ホメオパシーは「荒唐無稽」 学術会議が全面否定談話]」 [[asahi.com]]、2010年8月25日</ref><ref>[http://sankei.jp.msn.com/life/body/100824/bdy1008242112002-n1.htm ホメオパシーの効果否定 学術会議「荒唐無稽だ」] [[MSN産経ニュース]]、2010年8月24日</ref><ref>[http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-d8.pdf 「ホメオパシー」についての会長談話] [[日本学術会議]]、2010年8月24日</ref>。これを受けて、長妻は「本当に効果があるのかないのか、厚労省で研究していく」と述べ<ref>[http://www.asahi.com/science/update/0825/TKY201008250313.html ホメオパシー問題 厚労相、必要があれば調査進める意向 [[asahi.com]]、2010年8月25日]</ref><ref>[http://www.47news.jp/news/2010/08/post_20100825125602.html 厚労相、ホメオパシー効果調べる 研究班組織へ 2010年8月25日]</ref>、ホメオパシーを含む[[代替医療]]に関し、[[聖路加国際病院]]の福井次矢院長を主任研究者とする研究班を設置した<ref>[http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819695E0E7E2E7E38DE0E7E2EAE0E2E3E29180EAE2E2E2 代替医療の実態を調査 厚労省、効果などデータ収集も 日本経済新聞 2010年8月26日]</ref>。
 
 
 
=== 相対的貧困率の公表 ===
 
2009年10月20日、長妻は[[日本国政府|日本政府]]として、初めて相対的[[貧困線|貧困率]]{{Refnest|group="注釈"|相対的貧困率とは、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯員の割合を算出したものである<ref>{{Cite web |url=http://www.gender.go.jp/whitepaper/h22/zentai/html/honpen/b1_s00_06.html |title=内閣府男女共同参画局|accessdate=2014-1-5 }}</ref>が、「国民生活基礎調査」を基に試算した[[経済協力開発機構]](OECD)によるものと「全国消費実態調査」(総世帯)で公表されているものとの間には乖離が確認されており、解釈には幅を持たせる必要がある。また「全国消費実態調査」(総世帯)に基づいて算出した[[ジニ係数]]にみられる高齢者層の所得格差の拡大は、高齢者世帯比率の上昇が主な要因であったことを示している。ただし[[高齢者]]層のジニ係数の格差水準は低下傾向にある<ref>{{Cite web |url=http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je06/06-00303.html|title=内閣府|accessdate=2014-1-12 }}</ref>。}}を公表した<ref>{{Cite news |title=日本の貧困率は15.7% 厚労省が初公表 |newspaper=朝日新聞デジタル |date=2009年10月20日 | |url=http://www.asahi.com/special/08016/TKY200910200185.html |accessdate=2014-01-14}}</ref>。[[日本]]は[[メキシコ]]、[[トルコ]]、[[アメリカ合衆国]]に次いで4番目に高い。[[自公連立政権]]が貧困率の公表を避けてきたのは、削減目標設定を余儀なくされることを嫌ったことが一因とされるが、長妻は数値算出を指示するとともに「[[ナショナル・ミニマム|ナショナルミニマム]](政府が国民に保障する最低限の生活水準)研究会」を発足させた。[[毎日新聞]]は長妻について、社会保障制度改革で実績を上げることができなかったが、[[貧困]]と向き合ったことは成果に挙げることができる、としている<ref>2010年09月21日 毎日新聞</ref>。
 
 
 
=== 若手プロジェクトチーム ===
 
厚労相就任後、長妻の肝煎りで発足させた「若手プロジェクトチーム(PT)」が、平均年齢33歳の職員34人が6チームに分かれて、業務効率化やサービス改善策について無記名のアンケート調査を行った<ref>[http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000izeg.html 若手プロジェクトチーム報告会]</ref>。その結果、「現在仕えている上司について、当てはまると思うものはどれか(複数回答)政務三役」というアンケート項目に対し、「(政務三役の)おごりを感じる」と答えたのは48.0%であった。また、自由意見に「政務から優先順位がなく現実的なスケジュール感のない宿題が山ほど出されていることが、問題」などがあった<ref>[http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000izeg-att/2r9852000000izh0.pdf 業務改善・効率化に係る提言]</ref>。[[2010年]][[7月28日]]、このアンケート結果の報告会に出席した長妻は、この結果に対し沈黙したが、[[長浜博行]][[厚生労働副大臣]]は「『おごっている』の意味が一体何を指しているのか。政治家は国民意識から離れている場合は選挙で負けるが、公務員にはそういった機能がない」と反論した<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100728/plc1007282226026-n1.htm 長妻厚労相ら政務三役はおごっている 職員の本音に副大臣逆ギレ]</ref>。職員の本音を突きつけられた長妻は「提言してもらった方々の勇気と労力に敬意を表します」と語った<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100728/plc1007282226026-n1.htm 長妻厚労相ら政務三役はおごっている 職員の本音に副大臣逆ギレ]</ref>。
 
 
 
== 政策・主張 ==
 
=== 質問主意書 ===
 
[[ファイル:Yasuo Fukuda and Akira Nagatsuma 20071003.jpg|thumb|200px|[[2007年]][[10月3日]]、[[衆議院]]本会議での代表質問にて]]
 
[[ファイル:Akira Nagatsuma cropped 1 長妻昭.JPG|thumb|200px|[[2009年]][[5月15日]]、[[東京都]][[千代田区]]での街頭演説にて]]
 
* [[内閣 (日本)|内閣]]に対する[[質問主意書]]の提出を積極的に行っている。3期目(2005年9月から2009年7月まで)の提出回数は、全衆議院議員中4番目に多い<ref>[http://www.senkyo.janjan.jp/diet/dietinfo/dietlist/dietlist.php/1/44/?sort=r_question ザ・選挙 「国会議員白書」]</ref>。
 
* 質問主意書は通常、1週間以内の回答を制度上義務づけられているが、「期間内で回答は不可能」として回答を拒否されたことがある<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090529/stt0905291747005-n1.htm たった1文の回答拒否に 民主党の長妻氏が「バカにすんな!」]</ref>。
 
* [[2004年]][[8月5日]]の[[記者会見]]で、[[細田博之]][[内閣官房長官]](当時)は長妻の質問主意書を手に取り、「『自分は質問主意書日本一だ』と自慢して、選挙公報に出している人までいる。非常に行政上の阻害要因になっている」と指摘した。また翌[[2005年]][[2月7日]]の[[衆議院]][[予算委員会]]における審議中、細田官房長官は質問主意書の答弁書作成について「これが大変な[[サービス残業]]になって、しかも、エリートでない[[官僚]]のことで」と発言。長妻はこれに対し、2008年[[12月1日]]に「質問主意書の答弁書作成等に関する質問主意書」を提出した<ref>[http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a170302.htm 平成二十年十二月一日提出 質問第三〇二号 質問主意書の答弁書作成等に関する質問主意書]</ref>。
 
** 長妻の質問主意書に関し、[[東京大学先端科学技術研究センター]]特任准教授の[[菅原琢]]は、官僚である自身の友人たちから最も忌み嫌われているのは長妻であり、長妻による質問への答弁書の作成は膨大な作業量を要するものばかりであったのは疑いようがないとしている。その一方で、質問への答弁を一律簡略化、無意味化するという政府の対応は、あまり合理的ではない。重要な論点を含んでいるのなら積極的に取り組むのが政府としてもおそらく合理的であるとも主張。最後に「いずれにせよ、質問主意書制度は質問と答弁が一体となって[[国民]]の側に利益とコストをもたらすものである。したがって、質問と答弁をセットで観察していきたいところである」とまとめている<ref>[http://www.senkyo.janjan.jp/senkyo_news/0812/0812280345/1.php 質問主意書制度のコスト―答弁書受領まで時間がかかった質問主意書ランキング]</ref>。
 
 
 
=== 憲法 ===
 
* 憲法改正について、2003年のアンケートでは「どちらかと言えば賛成」とし、改正すべき分野として「知る権利を入れる」ことを挙げた<ref>{{Cite news |title=総選挙候補者アンケート:上 小選挙区1-13区 /東京  |newspaper=[[朝日新聞]] |date=2003-10-30 |url=https://database.asahi.com/index.shtml |accessdate=2017-10-14}}</ref>。2012年のアンケートでは憲法改正について「どちらとも言えない」と回答<ref name="asahitaniguchi2012">{{Cite news |title=朝日・東大谷口研究室共同調査:第46回総選挙 |newspaper=[[朝日新聞]] |year=2012 |url=http://www.asahi.com/senkyo/sousenkyo46/asahitodai/ |accessdate=2017-10-16}}</ref>。2014年のアンケートでは「どちらかと言えば賛成」として、改正すべき項目として「環境権」「情報公開」「緊急事態条項」を挙げた<ref name="asahitaniguchi2014">{{Cite news |title=2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査 |newspaper=[[朝日新聞]] |year=2014 |url=http://www.asahi.com/senkyo/sousenkyo47/asahitodai/ |accessdate=2017-10-14}}</ref>。2017年のアンケートでも憲法改正に「どちらかと言えば賛成」とし、改正すべき項目として「衆議院の解散」「その他」「情報公開」を挙げた<ref name="asahitaniguchi2017">{{Cite news |title=2017衆院選 朝日・東大谷口研究室共同調査 |newspaper=[[朝日新聞]] |year=2017 |url=http://www.asahi.com/senkyo/senkyo2017/asahitodai/koho.html?k=ZZZZZ0BQ |accessdate=2017-10-14}}</ref>。
 
 
 
=== 外交・安全保障 ===
 
* もともとは[[外交]]・[[安全保障]]問題の論客として知られ、年金問題で注目される以前は[[外務委員会]]や[[安全保障委員会]]での質疑が多かった<ref>[http://www.senkyo.janjan.jp/diet/diet_kokkai_info.php/8362 国会議員白書]</ref>。本人も「国会議員として最終的に取り組みたいのは実は外交・安保」<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091003/stt0910030726015-n2.htm 鳩山内閣大臣解剖]</ref>と語っている。
 
* 日本の防衛力はもっと強化すべき、との考えについて、2003年のアンケートでは「どちらかと言えば賛成」<ref name="asa2003">{{Cite news |title=総選挙候補者アンケート:上 小選挙区1-13区 /東京 |newspaper=[[朝日新聞]] |date=2003-10-30 |author= |url=https://database.asahi.com/index.shtml |accessdate=2017-10-14}}</ref>、2012年のアンケートでは「どちらとも言えない」<ref name="asahitaniguchi2012" />、2014年および2017年のアンケートでは「どちらかと言えば賛成」と回答<ref name="asahitaniguchi2014" /><ref name="asahitaniguchi2017" />。
 
* [[集団的自衛権]]の行使について、2003年のアンケートでは「どちらとも言えない」と回答<ref name="asa2003" />。[[2004年]]には「日本周辺などに限定」という制限つきで集団的自衛権を認める考えを示した<ref>{{Cite news |title=憲法9条変えてどこへ行く 若手衆院議員に徹底アンケート |newspaper=[[アエラ]] |date=2004-08-05 |url=https://database.asahi.com/index.shtml |accessdate=2017-10-14}}</ref>。2012年のアンケートでは「どちらとも言えない」と回答した<ref name="asahitaniguchi2012" />。2014年のアンケートでは、集団的自衛権の行使を認める安倍内閣の閣議決定を「評価しない」とし<ref name="asahitaniguchi2014" />、2017年のアンケートでは、集団的自衛権の行使を認める[[安全保障関連法案]]の成立を「どちらかと言えば評価しない」とした<ref name="asahitaniguchi2017" />。
 
* [[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]に対して対話よりも圧力を優先すべきとの考えについて、2003年のアンケートでは「どちらかと言えば賛成」<ref name="asa2003" />、2012年のアンケートでは「どちらとも言えない」<ref name="asahitaniguchi2012" />、2014年のアンケートでは「どちらかと言えば賛成」<ref name="asahitaniguchi2014" />、2017年のアンケートでは「賛成」<ref name="asahitaniguchi2017" />、と回答。
 
* [[2002年]]3月に[[鈴木宗男事件]]が発覚した際、[[鈴木宗男]]を2度にわたり[[タジキスタン|タジキスタン共和国]]への首相特使に任命した[[小泉内閣]]に対し、鈴木宗男が首相特使を務めるに適任かを問い、[[小泉純一郎]]首相の任命責任を追及する質問主意書を内閣に提出した<ref>[http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a154038.htm 鈴木宗男衆議院議員を総理特使に任命した小泉純一郎総理大臣の責任等に関する質問主意書]</ref>。
 
* [[2006年]][[10月15日]]、[[中川昭一]][[自由民主党政務調査会|自由民主党政務調査会長]]が、[[北朝鮮の核実験 (2006年)|北朝鮮による核兵器実験]]を受け、日本の[[日本の核武装論|核武装]]について「議論を尽くすべき」とコメントしたことについて「非常に不謹慎」と述べた。また「[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]に[[核実験]]をさせた責任の一端が日本の国会にないとは言えない」として「どういうところに問題があり、その核実験が強行されてしまったのか」と質問した。
 
 
 
=== 政治制度 ===
 
* 政党支部への[[政治献金|企業団体献金]]の禁止に賛成<ref name="asa2003" />。
 
* 望ましい[[衆議院]]の選挙制度は完全[[小選挙区制]]とし<ref name="asa2003" />、[[中選挙区制]]に戻すことには反対<ref name="asahitaniguchi2012" />。
 
 
 
=== エネルギー政策 ===
 
* [[原子力発電所|原発]]の再稼働に反対<ref name="asahitaniguchi2014" /><ref name="asahitaniguchi2017" />。
 
* 原発ゼロを目指す<ref name="asahitaniguchi2014" /><ref name="asahitaniguchi2017" />。
 
 
 
=== 社会 ===
 
* 首相の[[靖国神社]]参拝に反対<ref name="asahitaniguchi2014" /><ref name="asahitaniguchi2017" />。
 
* [[ヘイトスピーチ]]を法律で規制することにやや賛成<ref name="asahitaniguchi2014" />。
 
* 選択的[[夫婦別姓]]制度の導入に賛成<ref name="asahitaniguchi2014" /><ref name="asahitaniguchi2017" />。
 
* [[静岡空港]]建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わった<ref>[http://web.archive.org/web/20090307071308/http://kuukouno.hp.infoseek.co.jp/kokaiginsyomei.htm 国会議員署名これまでと今後の展望 - 空港はいらない静岡県民の会](2009年3月7日時点の[[インターネットアーカイブ|アーカイブ]])</ref>。
 
* [[2005年]]に発覚した[[構造計算書偽造問題|耐震強度偽造問題]]では、[[国会 (日本)|国会]]における[[参考人]]質疑や[[証人喚問]]、[[政治倫理審査会]]での審議において自民党の[[伊藤公介]]元[[国土庁|国土庁長官]]ら関係者を追及した<ref>民主ニュース、2006年2月23日</ref>。
 
* [[2014年]][[1月31日]]の[[衆議院]][[予算委員会]]の基本的質疑において、民主党を「[[所得再分配]]・安心提供による消費拡大」、自民党を「[[富裕層]]を引き上げ、果実をしたたり落とす?」などと列挙したボードを掲げて「安倍自民党が進める社会と、民主党が目指す社会はかなりかけ離れている」と訴えた。これに対し[[安倍晋三]][[内閣総理大臣|首相]]は、「[[デマゴーグ]]だ。不毛なレッテル貼りはやめるべきだ」と反論した<ref>{{cite news |title=首相反論「デマゴーグだ」…民主の5論客、不発|newspaper=[[読売新聞]] |date=2014-2-1|url=http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20140201-OYT1T00250.htm |accessdate=2014-2-1}}</ref>。
 
 
 
== 人物 ==
 
=== 人物像 ===
 
[[ファイル:長妻昭-1.JPG|thumb|200px|[[2009年]][[3月]]、[[衆議院]]第一委員会室にて]]
 
* [[消えた年金]]問題で知り合った[[山井和則]]と特に親しく、長妻は自著のあとがき<ref>長妻昭著『「消えた年金」を追って―欠陥国家、その実態を暴く』(2007年、リヨン社)</ref>で山井を「一生の友」と称している。また[[枝野幸男]]、[[手塚仁雄]]らと親しい。また、[[樽井良和]]は側近格だった。
 
* 自身が大臣を務めた[[厚生労働省]]について、[[2013年]][[5月11日]]に行われた「民主党大反省会」では「官僚とその裏にいる団体が一つになって変化を拒む」と語り、[[菅直人]]、[[枝野幸男]]らと共に[[官僚]]批判を終始展開した<ref>[http://www.jiji.com/jc/zc?k=201305/2013051100287 反省会でも批判に力点=自民・官僚に「責任転嫁」-民主]、[[時事通信]]、[[2013年]][[5月12日]]、2013年5月19日閲覧</ref>。
 
* 政党への[[政治献金|企業・団体献金]]は否定しないものの、個人としては[[政治献金|企業・団体献金]]は受け取らず、個人献金のみ受け取っている<ref>[http://www.naga.tv/kojinkenkin.htm 公式サイト内「個人献金のお願い」]</ref>。
 
* [[2007年]][[8月]]、[[WikiScanner]]での検索により、[[2006年]][[4月5日]]に厚生労働省から接続の[[IPアドレス|IP]]ユーザーより当項目に書込みがあったことが発覚。長妻を誹謗中傷する内容であったため、[[厚生労働事務次官]]が「遺憾である」とコメントした<ref>厚生労働省内部から国会議員への中傷記事作成(『[[読売新聞]]』 2007年9月5日付)</ref>。
 
* 父親・謙三郎はかつて[[世田谷警察署]]長を務めた<ref>FACTA Online, 2009年12月号</ref>。
 
* 高校の同期にタレントの[[西山浩司]]がおり、西山と共にバドミントン部を立ち上げた<ref>[http://news.ameba.jp/flash/2009/11/49151.html 同級生ワルオが長妻厚労相にエール - Ameba News]</ref>。
 
* [[慶應義塾大学]]在学中、[[ロック (音楽)|ロック]][[バンド (音楽)|バンド]]の[[ボーカル]]を務めていた<ref>[http://naga.tv/profile.html 公式プロフィール]</ref>。
 
* 趣味は[[映画]]鑑賞、[[カラオケ]]、[[サッカー]]、[[キャンプ]]<ref>[http://naga.tv/profile.html 公式プロフィール]</ref>
 
 
 
=== 人物評 ===
 
* [[自由民主党 (日本)|自民党]]から[[民主党 (日本 1998-2016)|民主党]]への[[政権交代]]後、厚生労働省の組合員の52.9%が「[[時間外労働|残業]]時間が増えた」と回答している。政権交代後、厚生労働省の職員は1人当たり月平均70時間の残業を強いられる形となり、全省庁で最多となっており<ref>{{cite news|url=http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100728-OYT1T00836.htm|title=霞が関の残業トップは厚労省…労働行政所管です|newspaper=読売新聞|date=2010-07-28|accessdate=2010-07-28}}</ref>、[[過労死]]の危険ラインとされる月80時間を超える残業をした人が191人に登ったが、大臣の指示が細かくかつ多すぎるのが、残業が増える原因との指摘がある<ref>{{cite news|url=http://www.spotlight-news.net/news_bi39Ka1wRs.html?right|title=最も残業時間が長いのは厚生労働省|publisher=スポットライト|date=2010-07-28|accessdate=2010-07-28}}</ref>。[[ジェイ・キャスト|JCASTニュース]]は、厚労省職員の多くが長妻に不信感を持っているなどと報じた<ref>{{cite news|url=http://www.j-cast.com/2010/07/29072262.html?p=al|title=「一番上司にしてはいけないタイプ」 長妻厚労相「役人いじめ」の中身 (1/2) |newspaper=[[ジェイ・キャスト]]|date=2010-07-26|accessdate=2010-07-26}}</ref>。大臣室に局長らを集めた際、机の書類が床に落ちたことがあった。[[毎日新聞]]は、長妻は「上に立つ大臣は取っちゃいけない。君たちが拾わなきゃいけないんだよ。私とあなた方はそういう関係です」と発言した、と報道したが、長妻本人は自著でこの発言を否定。自身がこの記事を読み、「びっくりした」と述べた<ref>{{Cite news|title=読む政治:長妻氏、存在感陰り(その2止) 次官利用、現実路線に |url=http://mainichi.jp/select/seiji/choice/news/20100418ddm003010124000c.html |date=2010-04-18 |accessdate= |publisher=毎日新聞}}{{リンク切れ|date=2010年10月}}</ref>。長妻の就任後半年で、省内に出す指示は約1000件に達した。この指示は年金問題や[[後期高齢者医療制度]]など政策に関するものが多かった<ref>[http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100317/trd1003170128000-n1.htm 長妻厚労相、指示1000件超「細かすぎる」]</ref>。長妻が民主党筆頭副幹事長に異動後、[[産経新聞]]は「長妻氏が目指した厚労省改革、年金の改革・是正も具体的な成果は挙げられなかった」と批判した。長妻のあとは副大臣だった[[細川律夫]]が昇格したが、産経新聞は、細川就任後、官僚に不信感をもたらした長妻のカラーは急速に薄れた、と報道した<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101010/plc1010102149008-n1.htm 早くも脱長妻カラー 相互不信…官僚操縦失敗の教訓 (1/2ページ)] - 産経新聞 2010年10月11日</ref>。
 
* [[森田実]]は「記者の経験がある長妻は自分で取材、調査しており、勇み足がない」と評している<ref>毎日新聞 2008年6月23日</ref>。
 
* 経済コラムニストの山口正洋は「[[日本の経済|日本経済]]を立て直してくれそうな[[政治家]]」の2位に長妻を選んでいる<ref>日刊SPA ぐっちーさんが選ぶ 日本経済を立て直してくれそうな政治家 [http://nikkan-spa.jp/364598]</ref>。
 
* [[大前研一]]は、官僚と上手に折り合いをつけていた[[前原誠司]]に比べて長妻には真面目すぎる側面があるため、官僚からの受けは良くなかっただろうとしている。その一方でマスコミの論調は長妻を非難する傾向が強いが、長妻の政治家としての力量とは無関係に[[報道機関]]の企業体質に依るところも大きいと指摘。[[国民]]はこうした報道機関と政治家の関係を知った上でニュースを読み解くように心がけるべきであり、報道内容をそのまま鵜呑みにしてしまうと大きな勘違いをしてしまうと忠告している<ref>[http://www.lt-empower.com/koblog/viewpoint/900.php 「長妻前厚労相へのアドバイス~凄まじいスピードで変わる世界地図と、歴史軸を理解せよ」]2010年10月1日 大前研一ニュースの視点</ref>。
 
* 2015年の民主党代表選挙では、[[日本教職員組合]]との強い結びつきのほか、[[日本郵政グループ労働組合]]への挨拶など官公庁の支持を受けるために奔走する様変わりした姿が読売新聞で報じられた。
 
 
 
== 国会会議録削除問題 ==
 
[[2007年]][[10月]]の[[衆議院]][[厚生労働委員会]]における長妻の「[[与党]]というものは一度でも(政府の)不祥事を追及したことがあるのか」という発言が、[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]の[[茂木敏充]]厚生労働委員長により会議録から削除されていたことが判明した<ref name="syu20071024">[[第168回国会]] 衆議院 [[厚生労働委員会]] 第2号 平成19年(2007年)10月24日([http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/168/0097/16810240097002a.html 議事録])</ref>。これに対し、長妻は2008年[[2月8日]]、衆議院[[予算委員会]]で「今は[[戦前]]ですか?[[戦時体制|戦時中]]ですか!」と与党を批判し、削除された発言の復帰を求めた<ref>なお、この抗議をした委員会の議事録は未だ作成されていない</ref>。その後も[[国会 (日本)|国会]]において再三抗議し、記録の回復を求めた<!--ref name="syu20080214"/>--><ref name="syu20080514">第169回国会 衆議院 厚生労働委員会 第13号 平成20年(2008年)5月14日([http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/169/0097/16905140097013a.html 議事録])</ref><ref name="syu20080528">第169回国会 衆議院 厚生労働委員会 第17号 平成20年(2008年)5月28日([http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/169/0097/16905280097017a.html 議事録])</ref>。2008年[[3月26日]]、[[茂木敏充]]厚生労働委員長は長妻の発言は議場からの不規則発言に対して発言したものであるため、「発言者は、私語に応酬することができない」としている[[本会議]]先例集に基づき削除したと説明した<ref name="syu20080326">第169回国会 衆議院 厚生労働委員会 第2号 平成20年(2008年)3月26日([http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/169/0097/16903260097002a.html 議事録])</ref>。通常こうした行為は理事会の合意を得て行うのが慣例であり、委員長の[[職権]]で削除したのは極めて異例。国会の会議録削除は[[野中広務]]の発言以降、11年ぶりであった<ref>[http://s01.megalodon.jp/2008-0208-2011-06/mainichi.jp/select/seiji/news/20080209k0000m010030000c.html 議事録削除:長妻議員の与党批判、厚労委長が職権で勝手に(『毎日新聞』 2008年2月8日)]</ref>。2008年[[5月14日]]・[[5月28日|28日]]の厚生労働委員会では、長妻が同委員会に配布予定にしていた資料(「発言者は、私語に応酬することができない」という理由で委員の発言を削除した先例は衆議院と[[参議院]]でもなかったとする資料2枚)を理事会が配布しなかったことについて抗議し、説明を求めた。[[茂木敏充]]委員長は理由として「理事会で不適切と判断された」「他の委員や参考人は(資料を)自分で配っている」などと説明した<ref name="syu20080528"/><ref name="syu20080514"/>。
 
 
 
== 所属議員連盟 ==
 
* [[イクメン議員連盟]](顧問)
 
 
 
== 書籍 ==
 
=== 単著 ===
 
* {{Cite book|和書|title=「消えた年金」を追って―欠陥国家、その実態を暴く|publisher=[[リヨン社]]|year=2007|month=10|isbn=978-4576071282|url=}}
 
* {{Cite book|和書|title=闘う政治~手綱を握って馬に乗れ~|publisher=[[講談社]]|year=2008|month=9|isbn=978-4062149808|url=http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062149808}}
 
* {{Cite book|和書|title=招かれざる大臣|publisher=[[朝日新聞出版]]|year=2011|month=2|isbn=978-4022733825|url=https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=12320}}
 
 
 
=== 共著 ===
 
* {{Cite book|和書|title=マンガで読むびっくり仰天!年金浪費―「福祉」という名のブラックホールを塞げ!|author=[[赤池キョウコ]]|publisher=[[グラフ社]]|year=2004|month=12|isbn=978-4766208535|url=}}
 
 
 
=== 関連書籍 ===
 
* {{Cite book|和書|title=「誰が総理になっても、日本は変わらない」と思っている人へ ~民主党ニューリーダー候補12人の頭の中~|author=[[大下英治]]|publisher=[[青志社]]|year=2011|month=8|isbn=978-4344019331|url=http://www.seishisha.co.jp/catalog/126.html}}
 
 
 
== 脚注 ==
 
{{脚注ヘルプ}}
 
=== 注釈 ===
 
{{Reflist|group="注釈"}}
 
 
 
=== 出典 ===
 
{{Reflist|3}}
 
 
 
== 関連項目 ==
 
{{Commonscat|Akira Nagatsuma}}
 
* [[立憲民主党国会議員一覧]]
 
* [[年金記録問題]]
 
* [[平成維新の会]]
 
* [[菅直人]]
 
* [[山井和則]]
 
* [[枝野幸男]]
 
* [[樽井良和]]
 
* [[鳥肌実]]
 
* [[西山浩司]]
 
* [[ホメオパシー]]
 
 
 
== 外部リンク ==
 
* [http://naga.tv/ 衆議院議員 ながつま昭](公式サイト)
 
* {{Facebook|nagatsumaakira}}
 
* {{Twitter|nagatsumaakira}}
 
* {{Instagram|nagatsuma.akira|ながつま昭}}
 
* [https://ameblo.jp/nagatsuma-akira 衆議院議員 ながつま昭オフィシャルブログ]
 
 
 
{{start box}}
 
{{s-par}}
 
{{Succession box
 
| title  = {{flagicon|JPN}} [[厚生労働委員会|衆議院厚生労働委員長]]
 
| years  = 2012年
 
| before = [[池田元久]]
 
| after  = [[松本純]]
 
}}
 
{{s-off}}
 
{{succession box
 
| title  = {{Flagicon|JPN}} [[厚生労働大臣]]
 
| before = [[舛添要一]]
 
| years  = 第11・12代:2009年 - 2010年
 
| after  = [[細川律夫]]
 
}}
 
{{s-ppo}}
 
{{Succession box
 
| title  = [[立憲民主党政務調査会|立憲民主党政務調査会長]]
 
| years  = 第2代:2017年 -
 
| before = [[辻元清美]]
 
| after  = (現職)
 
}}
 
{{Succession box
 
| title  = [[立憲民主党 (日本)|立憲民主党代表代行]]
 
| years  = 初代:2017年 -
 
| before = (結成)
 
| after  = (現職)
 
}}
 
{{Succession box
 
| title  = [[立憲民主党 (日本)|立憲民主党<br />東京都総支部連合会代表]]
 
| years  = 初代:2017年 -
 
| before = (結成)
 
| after  = (現職)
 
}}
 
 
 
{{Succession box
 
| title  = [[民進党|民進党<br />東京都総支部連合会会長]]
 
| years  = 2017年
 
| before = [[松原仁]]
 
| after  = [[川合孝典]]
 
}}
 
{{Succession box
 
| title  = [[国民民主党執行部|民進党選挙対策委員長]]
 
| years  = 第3代:2017年
 
| before = [[馬淵澄夫]]
 
| after  = [[篠原孝]]
 
}}
 
{{Succession box
 
| title = [[国民民主党代表|民進党代表代行]]
 
| titlenote = [[蓮舫]]・[[江田憲司]]と共同
 
| years = 2016年
 
| before = (結成)
 
| after = [[安住淳]]・[[細野豪志]]・江田憲司
 
}}
 
{{Succession box
 
| title  = [[国民民主党代表|民主党代表代行]]
 
| titlenote = [[蓮舫]]と共同
 
| years  = 2015年 - 2016年
 
| before = [[高木義明]]・[[岡田克也]]
 
| after  = 民進党へ
 
}}
 
{{Succession box
 
| title  = [[国民民主党幹事長|民主党幹事長代行]]
 
| titlenote = [[中川正春]]・[[馬淵澄夫]]・[[蓮舫]]と共同
 
| years  = 第4代:2012年 - 2015年
 
| before = [[中川正春]]
 
| after  = (廃止)
 
}}
 
{{end box}}
 
{{厚生労働大臣}}
 
{{立憲民主党}}
 
{{Normdaten}}
 
  
 +
{{テンプレート:20180815sk}}
 
{{デフォルトソート:なかつま あきら}}
 
{{デフォルトソート:なかつま あきら}}
 
[[Category:日本の閣僚経験者]]
 
[[Category:日本の閣僚経験者]]

2019/6/13/ (木) 16:28時点における最新版

長妻 昭(ながつま あきら、1960年昭和35年〉6月14日 - )

平成時代の政治家。

昭和35年6月14日生まれ。日本電気(NEC),日経BP社勤務をへて,平成12年東京7区から出馬し衆議院議員に初当選(当選6回,民主党)。年金問題の追及や質問主意書を多くだし「ミスター年金」の異名をもつ。21年鳩山連立内閣の厚生労働相,年金改革担当相。22年菅連立内閣で厚生労働相,年金改革担当相に再任。27年民主党代表代行。東京都出身。慶大卒。



楽天市場検索: