東海大学付属市原望洋高等学校

提供: miniwiki
移動先:案内検索
東海大学付属市原望洋高等学校
過去の名称 精華学園第二女子高等学校
東海精華女子高等学校
東海大学精華女子高等学校
東海大学付属望洋高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人東海大学
設立年月日 1973年
創立者 加藤俊子
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース スーパー特進
総合進学
学期 3学期制
高校コード 12534C
所在地 290-0011
千葉県市原市能満1531
外部リンク 公式サイト
テンプレートを表示
東海大学付属市原望洋高等学校の位置
<div style="position: absolute; z-index: 2; top: 構文エラー: * の演算対象がありません。%; left: -11415.9%; height: 0; width: 0; margin: 0; padding: 0;">

東海大学付属市原望洋高等学校(とうかいだいがくふぞく いちはらぼうようこうとうがっこう)は、千葉県市原市の中部に位置する東海大学付属私立高等学校である。東海大市原望洋望洋の略称が著名である。スクールカラーは緑。部活動は、野球部が甲子園に春夏通じて3回出場しており、陸上部、バトン部、射撃部も全国大会に出場する強豪である。全国に14校ある東海大学付属高校のひとつで、東海大学独自の教育プログラム「現代文明論」の付属高校科目である「高校現代文明論」を中心に各教科が展開されている。

設置学科・コース

  • 普通科
    • スーパー特進コース
    • 総合進学コース

概要

1889年キリスト教徒の教育者である加藤とし子女子独立学校として 東京府南豊島郡角筈[1]に開校した。加藤俊子の死後、内村鑑三が校長に就任し、後に勝田孫弥が同校を引き受け1901年精華学園を設立、1908年精華高等女学校と改称した。

戦後の学制改革精華学園女子高等学校・中学校となる。この頃は歌手女優が多く在籍していたが、西新宿一帯の再開発に影響されて1969年に新宿区柏木[2]に移転する。

1973年に千葉県市原市の現在地へ移転する。1974年東海大学と提携し、東海大学総長松前重義が精華学園理事長に就任した[3]。翌年に東海精華女子高等学校校長鈴木哲子[4])、1977年に「東海大学精華女子高等学校」、1986年に男女共学化に伴い「東海大学付属望洋高等学校」、2016年に「東海大学付属市原望洋高等学校」と、名称変更を重ねて現在に至る。学校法人精華学園は一時兄弟校である東海大学付属浦安高等学校・中等部が移管されるなど、学校法人東海大学の千葉県内に於ける運営を担っていたが、現在は学校法人東海大学に統合・編入され、黒坂道生が校長職を務めている。

沿革

  • 1889年11月 -東京府南豊島郡角筈村(現在の東京都新宿区西新宿)に女子独立学校開校
  • 1902年5月 - 精華女学校と改称
  • 1908年3月 - 精華高等女学校と改称
  • 1947年4月 - 精華学園女子中学校・高等学校と改称
  • 1969年 - 東京都新宿区柏木(現在の北新宿)に移転する。
  • 1973年4月 - 千葉県市原市能満に移転。精華学園第二女子中学校・高等学校と改称。
  • 1973年12月 - 一号館、図書館完成
  • 1974年12月 - 東海大学と提携、松前重義理事長就任
  • 1975年4月 - 東海精華女子中学校・高等学校と改称
  • 1977年6月 - 二号館完成
  • 1977年12月 - 東海大学精華女子高等学校と改称
  • 1978年12月 - 講堂兼体育館完成
  • 1981年3月 - 三号館完成
  • 1985年12月 - 全天候型テニスコート3面完成
  • 1986年4月 - 東海大学付属望洋高等学校と改称。男女共学となる。
  • 1987年5月 - 野球場完成(センター118m、両翼91m)
  • 1988年9月 - 陸上競技場拡張(300mトラック、防球ネット設置)
  • 1989年8月 - 自転車置場設置(400台)
  • 1990年3月 - 校門、門扉完成
  • 1991年8月 - 芸術実習室整備
  • 1993年2月 - 校庭街灯及び野球場照明設置
  • 1994年3月 - ピッチング練習場完成
  • 1994年4月 - 学校五日制実施
  • 1998年1月 - 新図書室完成
  • 1998年6月 - 松前記念講堂、食堂、二階渡り廊下完成
  • 1999年4月 - 2学期制実施
  • 1999年8月 - 三号館普通教室空調(冷暖房)設備完備
  • 2000年8月 - 二号館特別教室空調(冷暖房)設備完備、情報関連施設設置
  • 2001年3月 - 隣接地取得(9913m²)
  • 2001年4月 - 制服改訂
  • 2001年8月 - 第二グラウンド改修、三号館トイレ(4, 5階)改修
  • 2010年4月 - 無料スクールバス開始
  • 2016年4月 - 東海大学付属市原望洋高等学校と改称。学校六日制実施、3学期制実施、制服改訂
  • 2016年8月 - 三号館改修
  • 2017年8月 - 体育館改修

交通

  • JR内房線五井駅からスクールバス 約15分
  • JR内房線五井駅西口から路線バス(山倉こどもの国行き、望洋高校入り口下車)約20分
  • JR内房線八幡宿駅から路線バス(山倉こどもの国行き、望洋高校入り口下車)約15分
  • JR外房線鎌取駅からスクールバス 約40分
  • JR外房線茂原駅からスクールバス 約50分
  • JR久留里線久留里駅からスクールバス 約65分
  • 小湊鉄道線里見駅からスクールバス 約60分
  • 京成千原線おゆみ野駅からスクールバス 約20分
  • 小湊鉄道線海士有木駅から自転車 約15分
  • 市原インターチェンジから約15分

建学祭

2014年度まで一日目に校内祭、二日目に一般公開であったが、2015年度から二日間にかけて一般公開となった。

部活動

  • 運動部
    • 野球部
    • サッカー部
    • 陸上競技部
    • 男子テニス部
    • 女子テニス部
    • 男子バレーボール部
    • 女子バレーボール部
    • 男子バスケットボール部
    • 女子バスケットボール部
    • 男子バドミントン部
    • 女子バドミントン部
    • ソフトボール部
    • 卓球部
    • バトン部
    • 剣道部
    • 柔道部
    • 射撃部
  • 文化部
    • 放送部
    • 英語部
    • クッキング部
    • 華道部
    • 茶道部
    • 写真部
    • 科学部
    • 生物部
    • ディベート部
    • マンガ研究部
    • 数学研究部
    • パソコン部
    • ボランティア部
    • 書道部
    • 美術部
    • 吹奏楽部


著名な出身者

脚注及び参照

  1. 現在の西新宿一丁目6番で新宿エルタワー所在地
  2. 現在の北新宿1丁目
  3. 松前が内村の聖書研究会に参加・師事し、恩師である内村が校長を務めていた縁から精華学園の運営を引き受ける。
  4. 精華女学校時代から望洋高等学校に至るまで教鞭を取り名誉校長・学校法人東海大学名誉顧問となったが、2000年1月15日肺炎のため93歳で死去している。
  5. 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 5.6 5.7 5.8 前身の精華学園時代に卒業
  6. 6.0 6.1 6.2 6.3 6.4 6.5 前身の精華学園時代に中退

関連項目

外部リンク

テンプレート:学校法人東海大学