日本化薬

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日本化薬株式会社(にっぽんかやく)は、東京都千代田区に本社を置く総合科学メーカー医薬品農薬などの薬品のほか火薬なども製造している。火薬事業から出発し、日本初のダイナマイトを製造した。日経225の構成銘柄の一つにも選ばれている。

事業内容

「情報通信」「医療」「安全」の3分野を成長分野と定め、以下の4事業を展開。

  • 機能化学品事業
    情報通信分野を中心に、液晶ディスプレイ用の偏光フィルムなど製造。半導体封止材用エポキシ樹脂は世界市場の40%以上を占有。DVD用UV硬化型樹脂(接着剤および表面保護剤)においては世界シェア2位[25%](1位はDIC[45%])である。
  • 医薬事業
    がん関連分野に強く、世界有数のラインナップを誇る20種類の抗がん剤を販売。
  • セイフティシステムズ事業
    自動車安全部品である「インフレータ」(エアバッグを膨らませるための点火・ガス発生装置)の研究・開発・製造を行う。「マイクロガスジェネレーター」(シートベルトを引き込む装置)は世界シェアNo.1である。
  • 化学品事業
    農薬、染料、火薬を製造。

沿革

  • 1916年(大正5年) - 日本最初の火薬メーカー、日本火薬製造株式会社として発足。
  • 1916年(大正5年) - 帝国染料製造株式会社設立。
  • 1921年(大正10年) - 株式を東京証券取引所に上場。
  • 1931年(昭和6年) - 山川製薬株式会社設立。
  • 1943年(昭和18年) - 帝国染料製造株式会社及び山川製薬株式会社を吸収合併。
  • 1945年(昭和20年) - 社名を日本化薬株式会社と改める。
  • 1991年(平成3年) - 有沢製作所と合弁で、株式会社ポラテクノ設立。
    • ポラテクノ(2015年(平成27年)3月現在株主:日本化薬株式会社66.4%、有沢製作所22.4%)
  • 2006年(平成18年) - ポラテクノがジャスダック証券取引所に上場。
  • 2008年(平成20年) - カヤク・ジャパン株式会社(株主:日本化薬株式会社50%、旭化成ケミカルズ株式会社50%)
  • 2010年(平成22年) - 2010年5月期決算にて、営業利益・経常利益 共に当社創立以来の最高益を達成。

事業所

諸問題

偽装請負問題

同社の姫路工場で2005年(平成17年)6月から請負契約社員として、翌2006年(平成18年)10月から2009年(平成21年)1月までは派遣社員として勤務していた50歳の男性が、請負契約期間中にあっても、同工場の正社員の指揮下で働かされ、偽装請負の状態だったと主張、正社員としての雇用確保を求め同社と交渉したが反応が無かったとして、2009年(平成21年)3月6日に同社を相手取り、正社員としての地位確認を求める訴訟を神戸地裁姫路支部に対して起こした これに対し、神戸地裁姫路支部は2011年(平成23年)1月19日、男性の請求を棄却した。中村隆次裁判長は「原告・被告間に労働契約の成立は認められない」と指摘した。 男性側は「1年を超えて勤務させる場合は会社側が派遣労働者側に雇用契約を申し込む義務があり、(1年を越えた時点で)労働契約が事実上成立していた」などと主張。これに対し、中村裁判長は偽装請負状態を含めると派遣社員としての勤務が3年7カ月に及んでいたことを認めたものの、「法律上は『雇用契約の申し込み』を義務付けているだけで、仕事の継続によって労働契約の成立とみなすものではない」と判断した。[1]

その他

  • マスコットキャラクターは「かやくーま」。
  • 東京都北区志茂に所在する同社研究所と、隅田川を挟んで対岸の足立区新田に所在する同社工場との間で渡船を運航している。隅田川の渡しのうち現存する唯一のものであるが、同社従業員専用であり、一般客の利用はできない。[2]
  • 社長を歴任した原安三郎が同社をもとに独自の財閥(コンツェルン)を築く。これが後の「中外コンツェルン[3]であり、現在の中外鉱業の礎となる。尚、同コンツェルンは当時の朝鮮半島にも拠点や企業をつくった。

脚注

外部リンク