日刊人吉新聞

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日刊人吉新聞にっかんひとよししんぶん)は、株式会社人吉新聞社が発行する夕刊新聞である。発行部数は公称16,000部。朝日新聞と業務提携しているが、資本関係はない。

概要

  • 紙面はタブロイド判で8~16ページ構成、最終面にテレビ欄(熊本県内民放4社、NHK熊本2波、衛星3波を当日夕方18時台~翌日17時台まで収録 ラジオは未掲載)を設けている。人吉、球磨地区のニュースを中心とし、原則として県外や全国のニュースは掲載しない。
  • 以前は発行地域に関する全国ニュース(裁判など)を「朝日新聞社提供」というクレジットを末尾につけて、朝日新聞の記事を半日~1日遅れ(人吉新聞が夕刊のため)で掲載していたこともあったが、最近はほとんど見られなくなった。提携関係は現在も継続しており、毎年1回、朝日新聞社・人吉新聞社合同企画」と称して、人吉球磨地方の連載企画を5回程度、両紙(朝日は熊本版)に掲載する。
  • 最終面の1つ前のページには漫画、お悔やみなどを掲載。
  • 地方版として、球磨総局が編集する球磨版が3面に掲載されている。
  • 月曜~土曜の発行で、購読料は月1800円と廉価。テレビ欄も掲載していることから、当地域では人吉新聞のみを購読し、朝刊各紙を読んでいない世帯も少なくなく、地域において一定の影響力を持つ。発行部数は県紙熊本日日新聞のABC部数(約1万3000部)を上回る。ただ、人吉新聞社はABC非加盟のため、公称発行部数(1万6000部)の信ぴょう性は不明。

沿革

  • 1958年昭和33年)9月15日 石蔵正次初代社長が熊本県人吉市中青井町に設立、週刊の「人吉新聞」を創刊。
  • 1958年(昭和33年)12月25日 第三種郵便物認可
  • 1959年(昭和34年)8月22日 週刊本誌とは別に日刊の速報誌「リボンペーパー」を発行。
  • 1959年(昭和34年)9月15日 創刊1年、第52号から日刊に切り替える。 
  • 1960年(昭和35年)3月1日 印刷工場を新設し、自社印刷開始。
  • 1968年(昭和43年)1月1日 社屋を現在地に新築移転。
  • 1977年(昭和52年)1月1日 鉛活字、活版印刷から写植、オフセット印刷に移行。
  • 1979年(昭和54年)9月1日 創刊20周年記念事業の一環として「肥後 相良今昔史誌」を発刊。
  • 1987年(昭和62年)11月12日 熊本県球磨郡免田町吉井(現・熊本県球磨郡あさぎり町免田東)に球磨総局落成。
  • 1988年(昭和63年)12月1日 石蔵昌祐が社長に就任。
  • 1991年平成3年)10月1日 記者ワープロと電子組版システム(CTS)を導入。
  • 1992年(平成4年)4月15日 紙齢10000号を達成。
  • 1994年(平成6年)6月27日 CTSを更新。
  • 1996年(平成8年)12月20日 石蔵美佐子が社長に就任。
  • 1998年(平成10年)4月1日 高速両面印刷機(1号機)を導入。
  • 2001年(平成13年)5月7日 ホームページ開設
  • 2001年(平成13年)6月10日 高速両面印刷機(2号機)を導入。
  • 2003年(平成15年)11月18日 新聞の編集、制作システムのフルデジタル化(CTS更新)を完了。
  • 2005年(平成17年)4月1日 ホームページ記事無料検索サービス開始。    
  • 2006年(平成18年)9月1日 ホームページをリニューアル。  
  • 2007年(平成19年)2月11日 高速両面印刷機(3号機)を導入。
  • 2008年(平成20年)9月15日 創刊50周年。
  • 2010年(平成22年)9月20日 新システム(CTS)導入、直接刷版に出力する装置(CTP)を導入・移行。
  • 2010年(平成22年)10月 月刊フリーペーパー「ムース」を発行。
  • 2011年(平成23年)11月28日 石蔵尚之が社長に就任。  

事業所

  • 本社 熊本県人吉市西間下町112-3
  • 球磨総局 熊本県球磨郡あさぎり町免田東3156-2

発行エリア

  • 人吉市球磨郡(錦町・あさぎり町・多良木町・湯前町・水上村・相良村・五木村・山江村・球磨村)

購読方法

本社及び球磨総局、販売取次所より宅配

外部リンク