強制通用力

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強制通用力(きょうせいつうようりょく)とは、貨幣において、額面で表示された価値で決済の最終手段として認められる効力をいう[1]

法律により強制通用力が付与された貨幣を通貨あるいは法貨(法定通貨)という。

概説

強制通用力を認められた貨幣による決済は、額面で表示された価値の限度で最終的な決済と認められ、受け取る相手側はこれを拒否できない[2]ことが国家により保証されている。[1]

強制通用力は、英国において1844年銀行条例イングランド銀行券に世界で初めて認められたとされる[3]。ただ、1789年のフランス革命直後のアッシニア紙幣も、実際の流通には受取人が抵抗した時期こそありはしたが、法規による強制通用力があった。

なお、かつての本位貨幣(金本位制下では金貨)には無制限の強制通用力があった。このような本位貨幣のことを「無制限法貨」と呼ぶ。また「硬貨」という言葉は本来はこの無制限法貨であるところの本位貨幣を表す言葉であった。これは経済学でハードカレンシー(国際決済通貨)の訳語である硬貨と同義であるために使われた言葉である。国際決済を考えた場合、信頼性の低い通貨(ソフトカレンシー:軟貨)の場合、紙幣では決済が出来ないが、本位貨幣である金貨や銀貨であれば、国際間の決済にも無制限の通用力を持っていたことに由来する。

中央政府(又は中央政府関係機関)が発行する点では同じである国債郵便切手収入印紙には強制通用力はない。

日本

紙幣である日本銀行券(一般に「お札」)は無制限の強制通用力がある[4]。法令上の「貨幣」、すなわち通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律における「貨幣」は、一定限度で強制通用力が認められている[5]。かつての新貨条例貨幣法上の補助貨幣臨時通貨法上の臨時補助貨幣も同様に一定限度で強制通用力が認められていた。

以下、原義における「貨幣」と、法令上の「貨幣」は異なる事に注意を要する。

強制通用力を有する貨幣、すなわち通貨による支払いは最終的なものであり、受取人は受け取りを拒否することができず、これにより決済は完了する(支払完了性)[6]

なお、貨幣に強制通用力があることは、直ちに取引の成立を強制するものではない点に注意を要する(契約締結の自由、後述)。

ただ、一般的に取引で強制通用力を有する貨幣が支払手段として機能するのは、貨幣には富として蓄えられる価値の保蔵という機能があるからであり、また、強制通用力を有する貨幣には誰にでも受け取ってもらえるであろうという一般受容性が認められるためとされる[7]

金銭債務の弁済に強制通用力を有する通貨を充てたときは、民法第493条に言う本旨の弁済となり、その受領を拒絶するときは債権者は受領遅滞の状態となる(民413、492)。

日本銀行券の強制通用力

日本銀行券には無制限の強制通用力がある(日本銀行法第46条第2項)。特約や慣習のない限り、100万円の債務全額を千円紙幣で支払ったとしても、本旨の弁済(民493)となる。極端な例では百円紙幣一円紙幣で支払ったとしても本旨の弁済となる。

ただし、予め契約において弁済方法を指定していた場合にはこの限りではないし、必ずしも取引全般における強行法規性を持つ訳でもない(後述)。

法令上の「貨幣」の強制通用力

法令上の「貨幣」、すなわち現在にあっては通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律の「貨幣」(一般には「硬貨」)については、同法第7条により、額面の20倍まで強制通用力を持つ。すなわち一回の決済につき同一額面の貨幣が21枚以上ある場合、強制通用力はない。例えば、十円硬貨15枚と百円硬貨15枚の計30枚は同一額面では20枚を超えていないので1,650円として強制通用力があるが、一方で五十円硬貨33枚(1,650円分)には強制通用力がない。

また、通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第3条では記念貨幣として一万円硬貨、五千円硬貨、千円硬貨を政令の枚数の範囲内で発行でき(同法施行以降から現在まで発行例はない)、通常の貨幣と同様に同法第7条により額面の20倍まで強制通用力を持つ。

法令上の「貨幣」についても、予め契約において弁済方法を指定していた場合にはこの限りではないし、必ずしも取引全般における強行法規性を持つ訳でもない(後述)。

関係法令

日本銀行法
第5章 日本銀行券
(日本銀行券の発行)
第46条 1.日本銀行は、銀行券を発行する。
2.前項の規定により日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は、法貨として無制限に通用する。

通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律
(法貨としての通用限度)
第7条 貨幣は、額面価格の20倍までを限り、法貨として通用する。

強制通用力と弁済の関係

通貨は強制通用力を一般的に持つとは言えども、取引(契約)や弁済の場面において無制限に強行法規性を持つものでは無いことに注意が必要である。

まず、一般的には契約締結の自由から、取引(契約)が成立する前の段階においては、弁済(決済)の方法を予め指定することは有効である。例として、個人商店などの対面販売においては、客に商品を売るか売らないかは店の自由裁量なので、一般的には理由の如何を問わず[8]店は「あなたには売らない」ということができる。この場合、売買契約自体が成立していない以上、店は貨幣の受け取りを拒むことができるし、商品を買主に引き渡す義務もない。

なお、契約自由の原則に関し、法令により一定の制限がある場合には、全くの自由と言う訳ではないが(例として旅客自動車運送事業運輸規則旅館業法)その場合も運送約款等に別途規定すれば良い場合がある。

また、契約成立後の支払い、その他の法律による債務においても、予め弁済方法(「金種」[9]、弁済の場所その他)を契約において定めている場合には、それ以外の方法による弁済は本旨の弁済(民493)とはならず、無効である。契約に定めが無い場合は、法貨としての通用限度(前述)の範囲内での通貨弁済は有効である。ここで初めて通貨の強制通用力の問題となる。ただしそのような場合であっても、一般の商慣習に基づく場合や、巨額であるため現金輸送に危険が生ずるなどの特段の事情がある場合は、通貨弁済に代えて銀行振込その他の通貨以外の「金種」等による弁済が認められると言うのが判例通説である。

なお、債務弁済方法の指定については、法令により一定の制限(強行法規性)を持つ場合がある。例として、給与の支払いや税金の納付などがあげられる。[10]

なお以上の記述は、日本国内において日本円により弁済(決済)をする場合の話であるが、債権の内容が特定の種類の通貨(外国通貨を含む)の給付である場合はこの限りではない。(民402 - 403)

また、日本の裁判における金額の算定は原則として日本円によるが、例外もある(契約による場合や、外国人に対する債務など)。

具体例

飲食店での飲食後の支払いや、交通機関の利用後の支払い(いずれも後払いの場合)、個人間の口頭による金銭貸借による債務を想定すると、例えばもし支払うべき者が「硬貨」しか持ち合わせていなければ、計算上金額は足りていたとしても、「硬貨」の通用制限を根拠とした受けとり側の拒否によって、支払いができないという事態が生じうる。ただし、債務不履行の問題とはなっても、支払いの意思に関して故意や重大な過失のない限りは無銭飲食不正乗車の問題とはならない。

貨幣の強制通用力とは別に、交通機関によっては現金による支払い(後払い)における通貨の種別を指定し、それ以外は受け付けないところもある。例として、路線バスでは、直接の現金支払いは「硬貨」のみとし、さらに「硬貨」への両替「紙幣」は千円札しか認めないなどである。その場合例えば五千円、一万円札だけを所持して後払い式のバスに乗った場合には、前述と同じく、計算上金額は足りていたとしても、支払いができないという事態が生じる。法令的には、バス会社は精算方法を乗車券または現金のいずれによって行うかは運送約款の規定に基づいて実施するのであれば合法であるし、車内において金銭の両替にあまねく対応する義務もない。この場合においても、支払いの意思に関して故意や重大な過失が認められない限り[11]債務不履行の問題とはなっても、不正乗車の問題とはならない。

脚注

  1. 1.0 1.1 酒井良清著 『金融システム 第3版』 有斐閣アルマ、2006年、87-88頁
  2. 拒否すると受領遅滞など、受け取り側(債権者)にとって不利な効果を生ずべきこと
  3. 日本銀行金融研究所編 『新しい日本銀行 増補版』 有斐閣、2004年、5頁
  4. 日本銀行法(平成 9 年 6 月 18 日法律第 89 号)第 46 条(日本銀行券の発行)第 2 項「前項の規定により日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は、法貨として無制限に通用する。」
  5. 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(昭和 62 年 6 月 1 日法律第 42 号)第 7 条(法貨としての通用限度)「貨幣は、額面価格の二十倍までを限り、法貨として通用する。」
  6. 日本銀行金融研究所編 『新しい日本銀行 増補版』 有斐閣、2004年、36頁
  7. (一般受容性については、日本銀行金融研究所編 『新しい日本銀行 増補版』 有斐閣、2004年、36-39頁を参照)
  8. 法律上不当な差別とされ精神的損害による損害賠償を請求しうる場合を除く
  9. ここで言う「金種」は、現金通貨、銀行振込、小切手証書現金書留など。一般に言う決済手段
  10. 賃金#賃金支払五原則国税通則法第34条などを参照。
  11. 例えば、五千円、一万円札が両替できない事を知らなかった場合や、その事は知っていたがつい忘れてしまった場合など

関連項目